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それぞれの放課後

〈タマキ〉



「なんできみがここにいるんだい?東雲さん」


僕の問いに対して東雲さんは、「僕が、人のいないバスケコートなんかに、用があると思うかい?」と、もったいぶるように答えた。


そのときすでに、暗くなったバスケコートには、僕と東雲さんしかおらず、また、東雲さんの姿がぼんやりして見えるくらい、視界が悪くなっていた。


だから油断した、というわけではないけど、うっかり僕は「さあ、どうだろうね」と、苦笑してしまった。


どうも、東雲さんはつかみどころがなくて、昔から少し苦手だ。


素っ気ない僕の返事に対して、東雲さんはわざとらしく間を取って、


「きみに会いにきたんだよ。藤巻くん」


と、演技っぽく言った。


「きゃっ、言っちゃった」なんて言いながら、頬を両手で覆ってみたりもしている。これじゃ、鈍感な男の子でも冗談だって気づいちゃうよ。


すでに彼女のペースになりつつあるが、僕は冷静に、「本当は何の用だい?」と、改めて質問した。


すると、東雲さんはけろっとして、「きみに会いにきたのは、本当だよ」と、言った。


「なんでまた?」と、僕は思ったままのことを口に出していた。


僕は、東雲さんとは小学校来の知り合いだけど、二人きりで話すことはあまりなかったし、そもそもそんな仲でもない。だから、東雲さんからわざわざこんな遠いところまで会いにきて、僕に用があるというのが驚きだし、単純に気になる。




いや、待てよ。


「そもそもなんで僕がここにいるのがわかったの?」




質問の順序が間違っていたことに気づいた僕は、改めてそう聞き直した。


すると、東雲さんはぐいっとその整った小さな顔を僕に近づけて、意地悪に笑って、こう答えた。


「ここに、吉岡くんがいたからに決まってるじゃないか」




「え?」


予想だにしない返答だったので、思わず僕は間抜けな声が出た。


「え、えと……なんで吉岡くんがここにいたら、僕もここにいることになるんだろう」


僕は少し動揺しながら、また質問した。


「んー?なんでだろうねえ」と、東雲さんはまたしても、はぐらかすような答え方をした。けれど、そう言った彼女の顔は、すべてを知っていて僕をからかうような、そんな笑みだった。


いやな汗がにじみ出てくるのがわかる。


もしかして東雲さんは、僕が吉岡くんに抱く気持ちに気づいているのか……?


接点の少ない東雲さんに限って、そんなことはないとは思うけど、心臓に手をかけられているような息苦しさが、僕を襲う。


僕はこの居心地の悪さから脱するために、急いで話題を変えようとした。


「そ、そもそも、なんで吉岡くんもここにいるとわかったんだい?あらかじめ聞いてたとか?」


「ああ、それはね」と、東雲さんは話し始めた。


「如月サキちゃんだっけ。あの子がバスケ部の部員には気づかれずに練習がしたいって言ってたから、学校じゃ当然できないじゃん。かといって、近所の公園とかで練習してても、目撃される可能性があるわけだから、まあ、少し距離のある隣町のここかなって、思っただけだよ」


東雲さんは、ドラマに出てくる探偵みたいにすらすらと説明した。まるで、僕の隠していることもお見通しだとでも言うように。


「まあ結局、手柄はきみに取られちゃったみたいだけどね」と笑って、東雲さんは僕を覆う無数のボールの山から一つボールを拾い上げて、綺麗なシュートを決めてみせた。




「あれーー?」


東雲さんって確か、腕を怪我してるんじゃーー。


今日の放課後の、お助け部の部室での会話を思い出して疑問に思う。




すると、東雲さんはまたもニヤっと笑って、


「腕を怪我してて、球技なんかできる状態じゃなかったんじゃないの?」


僕の目をいじらしい瞳で見つめて、


「って、もしかしてーー今、そう思った?」


問いかけてきた。




「……!?」


僕は、驚きのあまり、言葉が出なかった。


東雲さんが、腕を怪我したという嘘をついていたことに対して、じゃない。


きっとーーいや、間違いなく東雲さんは気づいている。僕の吉岡くんに対する気持ちに、そして、僕が今日、部室での彼らの会話を盗み聞いていたことに。


そうでなければ、ここまで自信たっぷりに見透かしたようなことは言わないはずだ。もしかしたら、普段から僕の行動に目を光らせているのかもしれない。あるいは、今このタイミングで僕にカマをかけるためだけに、僕が聞いていることに気づいていて、あのとき部室で腕を怪我しているという嘘をついたのかもしれないとまで思えてくる。


彼女が、僕の弱みを握って何をしたいのかはわからないけど、今ここで僕が「それ」を認めてしまうことが、何よりマズい気がしたので、僕は「なんのことだろう」と、精一杯のシラを切った。


すると、東雲さんは「あは」と短く笑って、「藤巻くんをからかうのも、今日はこのくらいにしておくよ」と言った。


そして、「そんなことのために、わざわざきみに会いにきたわけじゃないしね」と続けた。




ここで、最初の質問に戻る。


「き、きみは、僕に何の用があるんだい?」


僕は、できるだけ平静を装って訊ねた。


東雲さんは「うーん」と、少し間をとったあと、「それなんだけどね」と切り出した。


僕は、ゴクリと唾を飲み込んで身構えていたが、直後に返ってきた彼女の言葉に拍子抜けした。


「やっぱいいや、って」


東雲さんは舌を出して、そう言った。


「いや、もう僕からきみに口うるさく言うのはよそうと思って。藤巻くんは藤巻くんなりに、苦悩している様子だったからね」


東雲さんは流し目でそう続けた。


相変わらず的を得ない言い回しをしてくる。


そこで東雲さんは「あ」と、呟いた。


「だけど、やっぱり、これだけは言っておくね」


そう続けた東雲さんは、今度は僕としっかり目を合わせて、こう言った。


「藤巻くん。女の子を悲しませちゃいけないよ」


さっきまで飄々としていた東雲さんが、そのときだけは、真剣な眼差しで訴えかけるように、願うようにそう言った。


僕は、そのときはじめて、東雲さんのまっすぐな気持ちに触れられた気がした。


そして、東雲さんが僕に言いたいことが何なのかも、うっすらとわかった気がした。


だけどーーいやだからこそ、僕は東雲さんのその気持ちに応えることがーー答えることができなかった。



〈ヨシオ〉



どうやら、恋の女神は仕事熱心らしい。なんてったって、顔を合わせたくもない女の子とも、こうして出会わせてくれるんだもんな。


「やれやれ」なんて、余裕の笑みを浮かべながらも、俺は今、内心めっちゃ焦ってる。やばいどうしよう。恥ずかしいいいい。


昨日イキり散らかした挙げ句、フラグがブチ折れたばかりの女の子と、どう接したらいいんだ。


とりあえず、ぶつかったことに関して「ごめん」とら謝って、白石さんからも「こっちこそごめんね」なんて言われたけど、笑えるくらいそっから会話がねえ。なんだこの気まずさは。


早く立ち去りたい、と思う俺の気持ちにストップをかけたのは、白石さんのこの言葉だった。


「昨日はありがとう」


なん……だと……!?


まさか……さっきのツンデレ少女ーー如月さんのみならず、白石さんまでもあのイケメン藤巻と出会わせてくれたことで、俺に礼を言っているのか?


なんて惨めなんだ、吉岡ヨシオ。


グサグサと心をえぐられた俺は「うん、全然いいよ……」と、最後の力を振り絞って言った。


ヨシオの○圧が消えた……!?


そのとき、あたかもそんなふうに思われたが、なんと俺を窮地から救ったのも、また白石さんだった。


「昨日、吉岡くんが背中を押してくれたから」


白石さんはそう言って、「ほら」と、彼女の2-1の教室を俺に見せてくれた。


ああ、教室が騒がしかったのは、こういうことか。


2-1の教室では、多くの生徒がああでもないこうでもない、と言いながら、なにやら作業に没頭していた。


「吉岡くんのおかげで、わたし勇気が出たんだ。クラスのみんなにも頼ってみようって。そうしたら、ほら。みんなも積極的に手伝ってくれるようになって、盛り上がりすぎちゃって、こんな時間まで」と言って、白石さんはえへへと笑ってみせた。


昨日、白石さんから相談があったのも、実はお助け部に依頼があったのがきっかけだった。


依頼内容はざっくりと、「クラス委員長であることを理由にら文化祭の出し物についていろいろと押し付けられて困っているから、助けて欲しい」みたいな感じだ。あ、白石さんの名誉のために一言添えておくと、彼女は「押し付けられてる」なんて言葉は使っていない。あくまでも俺の主観によるまとめなので、悪しからず。


まあ、その依頼については、途中まで俺がキザなこと言ってイイ感じに事が運んでいたが、最後は全部、藤巻に持ってかれた。そのへんは、第一話をご参照されたい。


だから、俺は感謝されるいわれはないはずだ。だって、白石さんの依頼を解決したのは、例によって例の如く、藤巻のはずだから。


だから、俺は謙遜でもなんでもなく、「俺はなんにもしてないよ」と言った。


しかし、「ううん。吉岡くんが心強い言葉をかけてくれたからだよ」と、白石さんは首を横に振る。


いや、それを言うならーー。俺は思った。否、言ってはいけないことだとわかっていながら、俺は言ってしまった。


「いや、それを言うなら、藤巻のおかげだろ?」


嫌味っぽくならないように笑ってみせたが、むしろ、そのせいでかえって嫌味っぽさが出たかもしれない。


ついに俺は、罪のない女の子に八つ当たりをしてしまったのか。俺は自分にひどく失望したが、当の白石さんは顔色一つ変えず、


「そんなことないよ」


と言った。


「確かに、藤巻くんもわたしの味方になってくれたよ。あのあとわたしについてきてくれて、一緒にクラスのみんなに声をかけてくれたの」


めっちゃ青春してますやん……。俺に追い討ちをかけるように、白石さんは藤巻との思い出を語るが、しかし彼女はこうも続けた。


「でもね。こうやってわたしが行動を起こせたのは、吉岡くんのおかげなんだよ。あなたがわたしの味方でいてくれたから、わたしは勇気を出せたの」


俺には、人の嘘を見抜く力なんてないけれど、そのときの白石さんの目は、嘘をついている人の目ではないと確信できた。決して自意識過剰ではない。そう思えるほど、まっすぐな目だった。


俺はそんな言葉がもらえるなんて思ってもみなかったから、驚いたし、嫌味っぽいこと言って申し訳なかったし、なにより、なんか嬉しくて、泣きそうになった。


だから、俺は珍しく照れ隠しなんかして、「大したことしてねーよ」なんて言って、そっぽを向いた。


白石さんは、そんな俺の様子を見てクスッと笑って、「ありがとう、吉岡くん」と、優しく言った。


俺は、また心が暖かくなるのがわかったが、だけど、一方で俺の心の汚い部分が囁く。「けどどうせ、藤巻とイイ感じになったに決まってる」って。


俺は、こんなことも聞いてはいけないのはわかってるが、聞かずにはいられなかった。


「ふ、藤巻とはそのあと、どうだったんだ」


曖昧な質問だが、最低な質問だ。


一度言ってはいけないことを口に出すと、ブレーキが利きにくくなるのか、つい言ってしまった。普段なら、体裁を気にしまくる俺が女の子にこんなこと、口を滑らせても言わないのだが、憎っくき藤巻のこととなると、つい熱くなってしまう。


しかし、白石さんはこの問いには答えづらいようで、「どう、って言われても……」と、言葉を濁してしまった。


やっぱり、言いにくいよな……と、俺は落ち込む一方で、白石さんに対して、申し訳ない気持ちでいっぱいなった。


「みんなに声かけが済んだら、藤巻くんすぐ帰っちゃったよ?なんか、用があるとかって」


苦笑を浮かべて、白石さんはそう続けた。




……ん?答えづらそうにしてたのって、単に何も話すことないからってこと?てことは、藤巻となんもなかったの?


思考が追いつかない俺が「え?」と、口に出したのも束の間、俺は白石さんに手を引かれた。


「ほら、見ていってよ。こんなに盛り上がってるんだから」


白石さんは、無邪気に笑ってみせた。




手、繋いでるのか?俺、白石さんとーー。


それに、彼女のこんな笑顔見たことない。クラス委員長で真面目な雰囲気の白石さんだけど、本当はこんなふうに笑うんだなーー。


てか、あれ?なんかこれ、フラグ立ってねーー?


つかこれ、そもそも白石さん、藤巻とフラグ立ってなかったんじゃねーー?





そのとき、めくるめく疑問が俺の脳を支配して、頭が真っ白になった。




今、白石さんに手を引かれるままに教室に入って、そのまま仲良く彼女としゃべって、そのあと二人きりになって、「好きだ」なんて言って抱きしめれば、俺は白石さんと付き合えるのかもしれない。いや、きっとそうだ。だって主人公おれだもん。




俺は、そんな考えに支配された。


そして、俺が取った行動はこうだ。




「ご、ごめん白石さん。俺、すぐ帰らなくちゃいけない用事があって」


そう言って俺は、彼女の手を離した。


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