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テンプレな朝。いかにもな展開。

<ヨシオ>



今日はどんな痛快ドタバタラブコメが、俺を待ち受けているのだろう。


そんなことを考えながら、身支度をしている俺の名は吉岡ヨシオ。どこにでもいるハーレム系の主人公と思ってもらって、差し支えない。


「しかし……あれだな」


俺は、洗面所にある鏡の前で歯磨きをしながら、ふと思った。


「やっぱり俺って、めっちゃ普通のルックスだよな」


別にぱっちりしているわけでもない奥二重の目に、そこにかからないくらいに伸ばした黒髪に、高くもない鼻、少し頬骨のラインが見えるくらいの輪郭に、薄めの唇。背丈は男子高校生の平均身長くらいで、少し細身の体格。


「ま、主人公ってみんな、こんなもんだろ」


俺は、つまらないものに唾を飛ばすように、口の中に含んでいた歯磨き粉を吐き出した。


「鏡、見すぎでしょ」


背後から聞こえたその声の主は、腕を組んで壁にもたれかかって、気怠そうに立っていた。


「そんな微妙な顔見つめても、なんにもならないでしょ。女子のほうが、朝の支度には時間かけなきゃなんだから、ほらどいたどいた」


むすっとしながらそう言った妹は、ぐいっと俺を押しのけると、直ちに鏡を占領してしまった。


「良い意味でも悪い意味でも、俺を客観的に評価できるのは、ショウコくらいなもんだよ」


洗面所から出ていくときに俺の漏らした独り言に、自分の名前があったため、ショウコは「なにー?」と鏡のほうを向いたまま後ろ向きに訊ねてきたが、俺はなんでもないと右手をひらひらしてみせた。


「んー」と返事する妹のうしろ姿を見て、こいつも大きくなったものだと思った。別に局所的にどこがとかはない。この間まであんなにちっこかったショウコが、今や中学三年生とは信じがたいものだ。くたくたになったセーラー服が、彼女の成長と時間の流れを物語っていた。


おっと、感傷に浸っている場合ではなかった。うっかりしていると、遅刻してしまう。


俺は急いで制服のブレザーの袖に腕を通して、玄関に向かった。


いまだに慣れないローファーを履いて、さあ出発だとドアに手をかけたところで、「あーっ」とリビングのほうから声が聞こえた。


「おにい、忘れもの」


そう言って、ショウコは小さな袋を俺に手渡した。


あからさまに頬を膨らませているショウコの顔を見て、「やってしまった」と思った。


「いや、悪いショウコ。お兄ちゃんばたばたしててつい」


「のんきに鏡で自分の顔眺める余裕はあったくせに」


ショウコはそっぽを向いてしまった。それもそうだ。自分が作った弁当を忘れられたら俺だって怒る。


だが、俺には時間がないのも事実。年頃の妹と朝から口論なんてまっぴらごめんなので、俺は妹から弁当箱が包まれた袋を受け取ると、もう一方の手でショウコの頭をポンと撫でた。


「いつもありがとな」と言って、俺は足早に家を飛び出た。


閉まる玄関のドアから「ちょっ」みたいな妹の声が聞こえ――いや、聞こえなかった、ことにしておこう。


小走りで学校に向かっていると、「やあ」と背後から声をかけられた。


よく背後を取られる日だなと思って振り返ると、「ヤツ」がいた。


そう、学校一のイケメンである藤巻タマキだ。


昨日、俺と白石さんのイイ雰囲気をぶち壊しておいて、よくそんなさわやかな笑顔で話しかけてきたなってくらい良い笑顔だ。そんなに俺の恋を邪魔するのが楽しいのか、こいつは。


しかし、そんなことは一切口には出さず、「よう、藤巻」と俺もさわやかに返してみせた。仮にも俺は主人公だからな。それくらい造作もない。


……しかし、あれだな。


ついさっきまで、自分のルックスの普通さ加減を確認していたせいもあってか、藤巻ってやっぱめちゃくちゃイケメンだなと思った。


柔らかくて少し癖のある金髪に、くっきり二重の吸い込まれそうな瞳、主張が激しすぎない程度に高い鼻に、笑うと綺麗にそろった歯が見える口元。180cm近く身長があるが、威圧感はまったくない。むしろ頼れる感じしかしない。


なんだこのイケメン。そりゃフツメンが主人公補正持ったくらいじゃ、勝てんわ。


そんな俺の陰鬱な考えなどよそに、藤巻は笑顔で横に並んできた。


「吉岡くん、今朝はばたばたしていたのかい?」


藤巻はそんなことを訊ねてきた。なぜそんなことを、と思っていると、藤巻はおもむろに俺の頭に手を伸ばしてきた。


「ほら、寝癖がついているよ」


藤巻は、くしゃくしゃっと俺の髪をやってそう言った。


「お、おお。さんきゅ」


こいつが美少女だったらな、とため息が出る。完全にフラグ立ってんだけどな、こんなの。まあ、俺の主人公補正は男友達にも有効ということなのだろう。きっとそうだ。それにしても、俺は鏡を見て自分の顔の何を見ていたんだ。寝癖にも気づかないとは……。


「礼には及ばないよ」と、藤巻はまたしても良い笑顔で答えた。なんでこいつこんな楽しそうなんだ。そんなに俺こいつと仲良かったっけ。小学校来の腐れ縁だが、はっきり言って、俺はおまえのこと苦手だぞ。俺のフラグ全部折るから。


そんなことを考えているうちに、学校に着いた。藤巻とはクラスが違うので、「じゃ」と言って、靴箱の前で別れた。


「なんとか遅刻せずに済んだ」と胸をなでおろしながら、2-2の教室の戸に手をかけた。ガラガラと教室に入るや否や、俺を呼ぶ声がこだました。


「おー!吉岡!」


聞きなれた軽快な声は、朝から聞くと、慣用句的な意味ではなく、文字通り耳が痛い。


「朝っぱらからどうしたんだよ、成瀬」


成瀬はどたどたと俺に歩み寄ってきた。ずり落ちそうになった眼鏡をくいっとやって、成瀬は続けた。


「おせーよ吉岡、略しておせよし。おまえに客だ。放課後の活動は、もう決まったぞ」


なるほどね。


そうだな、まずはこのノリがうざい男の紹介からしようか。彼の名は成瀬ナル。こいつもまた小学校以来の腐れ縁だが、藤巻と違ってこいつとは仲が良い。ひょうひょうとしたやつで、女子に弱い。いかにも主人公と仲の良いスケベキャラって感じだ。こいつに対する認識は、それくらいでいいや。


そして次。成瀬が言った「放課後の活動」についてだが、俺と成瀬、そしてもう一人の女子で構成されている部活があって、そこでの活動のことを指している。どんな部活かって?聞いて驚け。「学園なんでもお助け部」だ。どうだ、いかにも主人公がやってそうな部活だろう?なぜそんな部活があって、かつ俺が所属しているのかって?俺が主人公だからだ。理由なんてそれだけでいい。


で、客ということは、依頼者が来たのだろう。さーて、朝からさっそく来たぞ。もう俺にはわかってるんだよ。きっと依頼者は女の子で、なんやかんやでフラグがたっちゃうんだよ。今朝から登場人物が男ばっかりでつまんねーなと思ってたところだ。


そんなことを考えていると、「ちょっと!」と声が飛んできた。


見ると、腰に左手をやって、右手で俺を指さす少女が、長いツインテールをゆらゆらさせながら立っていた。


「あんたが吉岡ね。ぼーっと突っ立ってないで、さっさとあたしの依頼きいてもらうわよ」


わーお。思わず声に出そうになった。


成瀬と無言で顔を見合わせた。


これはまたいかにもって感じのツンデレキャラ来たよ。え、まだデレてないだろって?俺をだれだと思ってるんだ。主人公だぞ。次回にはきっとデレてるよ。



<タマキ>



今朝はなんて運がいいんだろう。まさか、吉岡くんと一緒に登校できるなんて。テンション上がりすぎて、寝癖なんかなかったのに、「寝癖ついてるよ」なんて言って、吉岡くんの髪触っちゃったよ。きっとそのときの僕は、口元が緩くなって、にやにやしてしまっていたに違いない。


吉岡くんに、僕の気持ちバレてないかな、などと思いながら、僕は上履きに履き替えていた。吉岡くんとはクラスが違うから、「じゃ」と言って別れたところだけど、僕はこっそり彼を尾けることにした。吉岡くんのことだから、目を離した一瞬に女の子から言い寄られていても、ちっともおかしくないからね。


物陰から2-2の教室をのぞいていると、気の強そうな女の子が、吉岡くんを指さして何かを言っているのが見えた。


「今回はあの子か、相変わらずきみはモテるね。吉岡くん」僕はため息を漏らした。


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