お見舞いフェスティボー⑦
〈ヨシオ〉
突然の告白ーーそう、俺はシノブに、彼女の胸の内を告白された。
「実は僕、きみのこときらいなんだよね」
しかしご覧の通り、愛の告白などではなく、むしろその逆で、俺のことがきらいだということを告白された。
何度でも言うが、俺ーー吉岡ヨシオはハーレムラブコメものの主人公さながらに、女の子からモテまくるチート補正を、その身に宿してこの世に生を受けた。よって俺は生まれてこの方、女の子から好意を向けられることはありまくっても、きらわれることなんて一度たりともなかったのだ。
……そう、俺はモテまくり系主人公だ。きっとさっきのシノブのセリフは、俺の聞き間違いかシノブの言い間違いに違いない。こんな状況でありながらも、俺ってば冴えてる〜。
となれば善は急げだ。至急聞き直そう。
「えっと、シノブさん。よく聞こえなかったから、もう一度言ってくれないーー」
「僕、きみのことが大きらいなんだよね」
ほら、やっぱり俺の聞き間違いだった。だってさっきは「大」なんて付いてなかったもの。まったくおっちょこちょいだなあシノブはーーなどと、余裕振る一方で、俺は内心めちゃくちゃ焦っていた。だって「大きらい」に昇格していたもの!今度は食い気味で言ってきたもの!!
シノブに言葉を遮られたせいで、俺は「い」の形のまま口が引きつっていた。冷や汗が頬を伝うどころか、背中がびちゃびちゃになっていた。
「いやあすっきりしたよ。ようやくこうしてきみに直接伝えられたからね」
しかしシノブは俺と対照的に、まるで愛の告白でも済ませたように紅く染めた頬に両手をあてている。
俺にはもうシノブの冗談に付き合う余裕は残されておらず、「そりゃよかった」としか言えなかった。嫌味にも聞こえるセリフだが、悲しいことに悪態をつく余裕もなく、本心からぽろっと出た言葉だった。その証拠として、今の俺の姿勢を見てほしい。シノブと目を合わせることができず、背中を丸めて床と睨めっこをする始末だ。
するとシノブは「ごめんごめん。ハーレムラブコメ主人公のきみには、ちょっと辛い現実だったかな?」と言った。
俺はシノブのその言葉に、思わず顔を上げた。見るとそこには、嗜虐的な笑みを浮かべるシノブがいた。
「なんでおまえがそれを?って顔だね」
またしてもシノブは、すべてを見透かしたように言った。
いや、あるいは本当にシノブはすべて知っているのかもしれない。なぜなら俺は本当にそのときシノブの言う通りのことを思ったからだ。「なんでおまえがそれを知ってるんだ?」と。
俺はチート級に女の子にモテる。だがそれを自らひけらかすことはしてこなかった。俺は何もしなくてもモテるが、何かをやらかしてもモテるとは限らないからだ。そのためあえて自分の体裁を崩すような振る舞いはしないように心がけてきた。
だから、シノブが知っているはずないんだ。俺が「主人公を自称」していることをーー。
てかなにしにきたんだよこいつ。俺の見舞いに来てくれたんじゃないのかよ。もうだれも覚えてないと思うけど、俺いま体調崩してるんだよ。なんでそこに鞭打ちにきてんだよ。
ただただ絶句しかできない俺を見て、シノブはまた話し始めた。
「きみはもう少し周囲に気を配ったほうがいいよ。僕たち一体いつから一緒にいると思っているんだい?きみと成瀬くんの会話なんてその気になればいつだって聞き耳を立てることはできるんだよ」
唯一俺が、主人公を自称していることを明かす相手は成瀬だ。どうやらいつの間にか、成瀬とそんな話をしているところを、シノブ聞かれていたらしい。もちろん俺に落ち度があったのは間違いないが、ずっと細心の注意を払っていたのも事実。常にシノブに監視されているような錯覚がしてぞっとしない。
「それにね、きみが主人公を騙っていることと、僕がきみをきらいなこととは繋がっているからね。順を追って話そうか」
シノブはさらに鞭を打つようだ。
俺は突然シノブにきらい宣言をされ、そのうえまだ何か良からぬことを言われそうな気がしたので、たまらず制止しようとした。
「まっ、待っーー」
「僕はね、きみみたいに女の子の気持ちを踏みにじる男が大きらいなんだ」
俺の制止を無視して言ったシノブのその言葉を聞いて、俺は言葉を失った。
「きみは自分がモテるのをいいことに、フラグだなんだとくだらないことを言って、真剣に女の子の気持ちを、恋を考えたことがないよね」
シノブは話し続ける。
「だからきみは今さら恐くなったんだ。女の子と、恋と向き合うことに」
「……」
気づけば、俺はまた床に視線を落としていた。
「沈黙はYesと受け取っていいかな?まあとにかく、僕はきみみたいに常に受け身の姿勢で、自分でものを考えるとなれば途端に臆病になるような男が大きらいなんだ」
「……」
「はぁ。そもそもきみみたいなーー」
「待ってくれ」
俺はようやく口を開いた。
バチィン!
ーーと同時に、俺は自分の両の頬を平手で叩いた。
自分じゃないほかのだれかからーー女子から、直接言われることで、ようやく俺は気づいた。俺は今、シノブから逃げてはならないーー現実と向き合わなければならないと。
何が体調を崩してるだ。そんなものを言い訳にするな。しっかりと見て、聞くんだ。俺。
「悪い。続き頼む」
俺は再び視線を上げた。
「……あー、気合入れてみた、とか。そういう感じ?まあ別にいいけど」
シノブは退屈そうに言った。そういうの正直めっちゃきついけど、いちいちそんなことに傷ついていられない。
「えーっと、じゃあ続きから。そもそもね、僕はきみみたいなモテ男きらいなんだよ」
シノブは再び話し始めた。しかしこれには俺も異を唱えざるをえない。
「待ってくれ。んなこと言われても、何もしなくてもモテるんだし……」
「そう、それだよ」とシノブは食い気味に言って、こう続けた。
「きみが納得のいくモテ男なら、僕もこんなに言わないよ。きみが特にイケメンでもなく、気立てがいいわけでもなく、頭脳明晰•運動神経抜群ってわけでもないのにモテる。それが問題なんだ」
シノブは至極真剣な表情で、俺に罵詈雑言を吐いた。彼女の毒舌は続く。
「主人公、ってのは言い得て妙だよ。常に受け身で、男らしい決断や行動はまるでしない。少しそれっぽい言動をするだけでかっこいい扱い。魅力のかけらもない有象無象のハーレム主人公。実にくだらなくてきみらしい」
返す言葉もない。そんな気力もない。一丁前に自分の顔しばいて気合入れてみたりしたけども、やっぱりそんなものは女子の悪口の前には雲散霧消する。そこまで言わんでもええやん……。
「ではここで問題。なぜそんなしょうもない主人公はモテるんだろう」
シノブに突然の問いを投げられ、俺は固まる。主人公がモテる理由……?そんなこと考えたことなかったな。なぜ……?
「主人公だから……?」
俺は思わず口にしていた。答えになっていないような答えだが、しかしシノブは俺に指を差して言った。
「そう、きっとそれなんだよ」
自分で言っておいてなんだが、正直意味がわからない。首を傾げて黙ってみせることで、俺はシノブに続きを促した。
俺の意図を汲み取ったのか、シノブは口を開いた。
「これは僕の仮説なんだけど、きみは【吉岡ヨシオは主人公である】という仮面を被っているんだよ」
俺はさっきの二倍首を傾げた。
※シノブの主人公に対する意見は、あくまで個人の感想です。