お見舞いフェスティボー③
〈タマキ〉
昼休みだというのに、僕はその名に反旗を翻すかのごとく、休むことなく校舎内を駆け巡っていた。
昼食をさっさと済ませて、そのまま走ったりしたものだから、脇腹のあたりが少し痛い。
おっと、僕は何も目的もなく走り回っているわけではない。僕は探していたんだ。今朝から学校に姿が見当たらない、彼を。だけど彼に対する僕の秘めたる想いを、だれにも悟られないために、僕は独力で探すほかなかった。
けれど僕のそんな考えを見透かすように、彼女はそこに立っていた。吉岡くんの行方を再度確認するために訪れた2-2の教室の前に、東雲さんはまるで僕を待っていたかのように立っていた。
「やあ」と右手を顔の横でひらひらさせた東雲さんは、その小さな顔を僕に近づけて、「吉岡くんなら今日はいないよ」と耳打ちした。
僕はドキリとする気持ちを表には出さないで、「まだ僕なにも言ってないんだけど」と苦笑した。
「あー、いいよそれ。僕にはさ。毎度毎度話すたびに、そのしらを切る下り入れるのきみも面倒だろ?ほら、きみと僕の仲じゃないか。もっと胸を開いて話そうよ」
東雲さんは、僕をあしらうようにしっしっとやってみせた。
「僕ときみって、そんなに深い仲だっけ?」と思わず反論めいたことを言ってしまった。僕が女の子にこんな態度を取るのは、これが初めてだった。
「うーん、いいね。完璧イケメンのそういう内面も見られて僕は嬉しいよ」と東雲さんは笑った。
「きみもその、いつでも人を小馬鹿にしたような貼りついた笑顔を外しなよ」とは、さすがに言えなかった。確かに彼女の言う通り、これ以上の口論は面倒だし無駄なだけだ。
「それで、今日はいないってどういうことだい?」と僕は腹を括って訊ねた。今は吉岡くんの安否が何より大事だ。
「うんうん。素直でよろしい」と東雲さんは満足げに頷いた。そして「なに、大事があったわけではないらしいよ。どうやら風邪で欠席したみたい」と続けた。その断定的な表現を避けた言い方から察するに、彼女もきっと本人から聞いたわけではないのだろう。おそらくは、成瀬くんから伝えられたのだとうかがえる。
吉岡くんが風邪をひいたという一大事を、「大事ではない」と切り捨てた東雲さんに多少の怒りを覚えなかったと言えば嘘になるけど、次に言った東雲さんの一言のほうが、僕の心を揺さぶった。
「吉岡くんと仲が良かったら、きっときみにも連絡がいっただろうに」
もしかしたら東雲さんは、あえて僕が傷つくような言葉を選んで僕と話しているのかもしれない。だけど僕は、そんな東雲さんを責める気にはなれなかった。
昨日の放課後、東雲さんが僕に言った言葉ーー「女の子を悲しませちゃいけないよ」
僕は自分の恋のため、だれかの恋の邪魔をしてきた。僕はみんなの気持ちを踏みにじって、自分のずるい恋を守り続けた。
東雲さんはなぜか僕のそんな一面に気づいていた。そして僕に忠告した。
もしかしたら東雲さんは、恋の女神様の遣いなのかもしれない。そして正しくない恋をする僕を、裁きにやってきたのかもしれない。
そんな馬鹿げた空想を、僕は真剣に考えていたーー真剣に考えてしまうような状態だった。
だから僕は、東雲さんに返す言葉も見当たらず、ただ静かに「そうだね……」と言うほかなかった。
すると東雲さんはなぜかむすっとして、「まあ、今日は彼が女の子と出会うイベントなんて起きないだろうし、行ってあげたら?吉岡くんのお見舞い」とつまらなそうに吐き捨てた。
「昨日、僕が言ったことを一丁前に気にしてるんだろう?だったら心配はいらないよ。なんせ吉岡くんの家だ。だれも邪魔は入らない」
続けてそう言って東雲さんは、吉岡くんの家の場所を僕に教えて、さっさとその場を去ってしまった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
放課後、17時半を少し過ぎたころ、僕は吉岡くんの家の前にいた。
実は東雲さんに教えられるまでもなく、僕は吉岡くんの家を知っていた。昔、小学生のころ、僕は一度だけ彼の家を訪れたことがあった。理由は今日と同じでお見舞いだ。そのときはクラスが一緒だったから、プリントを持って行ったりもしたっけ。
けれどそれ以来、僕は吉岡くんの家の戸を叩くことは一度もなかったーーいや、別にそのとき何かあったとかではないんだけどね。ただ単純に、用事(口実)がなかったから来られなかっただけだ。
「……」
しかし僕は吉岡くんの家の前で固まっていた。それはもうまるで岩のように佇んでいた。
すぐ眼前にある、インターホンが押せない。
そう、今はまたとないチャンス!合法的に吉岡くんの家にお邪魔して、吉岡くんと二人きりでお話しができる最初で最後の機会!
だけれど僕は怯えていた。吉岡くんが風邪で苦しんでいるのに不謹慎だっていう気持ちももちろんあるけど、ずるい恋を一方的に続ける僕が、きみと一対一で向き合うのが恐い。
改めて考えてみると、僕は今まで吉岡くんと二人きりで話すことなんてほとんどなかった。常に僕たちの間には、吉岡くんに恋する女の子たちがいた。
そんな煮え切らない気持ちを胸に抱えて、吉岡くんの家の前で立ち往生していると、玄関から一人の少女が顔を出した。
「あのキモい人、突然帰っちゃったな。なんだったんだろ……」
くたびれたセーラー服を着こなしたそのあどけない女の子は、そのような独り言を漏らしたかと思うと、僕と目を合わせて「ひょっとして、あなたもおにい……ちゃんのお見舞いですか?」と怪訝そうに訊ねてきた。