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お見舞いフェスティボー①

〈ヨシオ〉



「おはよう吉岡!略しておはよし!」


顔面をパンパンに腫らした成瀬が快活に声を張り上げた。


場所は俺の家、俺の部屋。


俺はベッドに腰掛けながら、正座をする成瀬を見下ろした。


「おはよしじゃねーんだよコラ」


俺は頭に青筋を浮かべながら、成瀬に言い放った。


「悪かったって言ってんじゃん。ヨシオくん」と成瀬は腰をくねくねさせながら、まったく反省していない様子。


「やめろやめろその動き」と目を背けたが、俺はさっきのことを無理やり想起させられた。


俺はラブコメ物ではお約束の「起きたら隣で美少女が寝てるやつ」が自分にも舞い降りたのだと思い、緊張と興奮を己の胸に抱えながら掛け布団を引き剥がした。


するとそこにいたのは、腰をくねくねさせながら、いじらしく人差し指を唇にそっと触れさせる、そんな世にも気色の悪い成瀬だった。


官能的とは対極に位置するような気持ち悪さを帯びた成瀬が、突然俺のベッドに忍び込んでいた。そんなこの世の終わりのような現実を受け入れることができなかった俺は、目の前の成瀬を、そして目の前の現実を拒否するかの如く、気づいたら成瀬をボコボコにしていた。


「しかしまあ、こんだけ俺のことボコボコにできるくらい元気になったみたいで良かったじゃねーか」


成瀬は腫れた自分の顔を優しく撫でながらそう言った。


「確かにそうだな……」


俺は自分の身体が軽くなっていることにそのとき気づいた。そういえば今朝ガラガラだった喉も良くなっているようで、普通に声が出るし普通に話せる。


俺は改めて時計を見た。するとすっかり時刻は17時を回っており、どうやら俺はぐっすり眠り続けていたらしい。


「それはそうと、何しにきたんだよおまえ」と俺は成瀬に訊ねた。「そもそもどうやって俺の部屋に入ったんだよ」と質問を付け加えた。


「ああ、それなら」と成瀬はヒビが入ったメガネをくいっとやって、「麗しのショウコちゃんが入れてくれたんだよ」と心底嬉しそうに言った。


「ショウコが?よく門前払いを食らわずに済んだな」


成瀬の「女の子に嫌われ体質」を考えると、インターホンを鳴らした瞬間に通報されてもおかしくはないのだが。


しかし成瀬は「いや初手通報されかけたけどね」とけろっと言ってのけた。


普通に通報されてたんかい。てかガチでやるか妹よ。


友人の家を来訪しただけで通報されかける成瀬にさすがに同情したが、むしろ本人は嬉々として「いやあ、ショウコちゃんかわいいよね。あんな妹がいて羨ましいなあ」とにやにやした。


そしてふぅーっとひと息ついた。刹那、俺は気づいた。来るぞ……「あれ」が……!


成瀬は瞬時に立ち上がり、まるで講演でも始めるかのように姿勢を正し、大袈裟に両腕を開いてみせて、そしてゆっくりと口を開いた。そして、始まった。


「まだあどけない童顔に、しかし『もう子どもじゃないもん!』とでも言わんばかりの、反抗期を象徴するあのジト目!また小柄でありながらも凹凸が現れ始めたその身体は女性性を感じさせるが、一方でその黒髪ボブが彼女の純粋さを思い出させてくれる。そんな相反する数々の要素を、いろんな意味でプリティーなそのボディーに秘めたショウコちゃんこそ!そう!ベストオブ妹!妹オブ妹!」


成瀬は満足したように、ぐっと握り締めた右の拳を天に掲げた。


「「もしもし。家に変態がいるんですけど」」


俺は反射的にスマホを取り出し、通報していた。部屋の入り口に目をやると、開かれたドアのそばにはいつの間にいたのかショウコが立っており、彼女もまたスマホを耳にあて、まったく同じ行動を取っていた。


「ちょちょっ、お二方!?」と成瀬が止めに入ったが、成瀬に近寄られたショウコは「ちょっ、キモい」と後退りした。


「そうだぞ成瀬。キモいぞおまえ」と俺は妹に同意して、「確かに通報されて然るべきだわ。なぜ兄がいる前でひとの妹についてそんな堂々と語れるんだよ」と続けた。


「本人がいる家で大声で言うのもありえない」とショウコもゴミを見るような目で成瀬に視線を飛ばした。


「ショウコちゃんのSっ気はむしろ加点だよねえ。今日は嫌と言うほど女子から罵声を浴びせられたけど、浄化さえされる気分だよ」と成瀬は手足を目一杯広げて、その全身にショウコからの罵倒を浴びる振りをした。


「うわ、キモ」とガチのトーンで言ったショウコは「おにいのお見舞いにきたって言うから仕方なく家に入れてあげたのに、なんなのこの人!」といよいよ俺に怒りの矛先を向けた。


「わ、悪い」と俺は反射的に謝ってしまった。確かにいつも成瀬はキモいが、今日のこいつはやけにテンションが高いように見える。


「そう、それ!」と成瀬は俺を指差した。「何しにきたんだよ、の問いに対して答えるときがきたよ。一つはお見舞い。で、これはもう済んだよな。この通りおまえの元気な姿を見られたし」と無駄に良い笑顔で言う成瀬を見ると、どうも憎めない気がしてくる。


「そして二つ目」と俺を指差した右手の指を二本立てて、「依頼されてた件、収穫あったぜ」とその指をVサインに見立てて、少年のように成瀬ははにかんだ。


「あ」と俺は声を漏らした。


さっきからバタバタしていて、すっかり忘れていた。俺は今朝、藤巻のスキャンダル調査を成瀬に頼んだんだった。


「でかしたぞ成瀬!」


「だろ?もう無理だって思ってたから、正直俺が一番嬉しいくらいだよ」


男二人がニタリと悪そうな笑みを浮かべて話す中、一人ショウコだけ置いてけぼりを食らっていた。


そしてなんとなく居づらさを感じたのか、あるいは俺たちに気をつかったのか、ショウコは「あたし、席外すね」と言って俺の部屋を出て行ってしまった。


別にエロい話とかするわけじゃないんだけどな、と俺と成瀬は互いを見合って苦笑した。


すっかり静まり返った部屋で、自然と俺は声量を落として「おまえがやけにテンション高い理由はそれなんだな」と静かに成瀬に話しかけた。


成瀬もこの状況を楽しんでいるように、俺に合わせてこそこそと「おうよ、あちこち走り回って手に入れた情報だからな」と返した。


「で、どうだったんだよ」と俺は答えを促した。


「まあそう急ぐなよ」と成瀬は俺を制した。そして眼鏡をくいっとやって、小さく咳払いをした。


くるぞ……!俺はゴクリと唾を飲んだ。


成瀬は、おもむろに口を開いた。


「噂によると藤巻のやつ、男が好きらしいぞ」


「は?」


「じゃ、用済んだから俺帰るわ」


「いや、は?」


そして成瀬の野郎は本当に帰りやがった。


「いやいやいや……は?」


部屋に一人きりになってしまったが、俺はだれにでもなく疑問を投げ続けた。


あまりにも唐突すぎる、予想の斜め上をいく答え。しかも詳細な説明なし。


「いや思考が追いつかねーよ」


家に来てから、だらだらとずっと下らないことをしていたくせに、なんで本題については一瞬で済ませて帰っちまうんだよあいつ。


「意味がわからねえ」と俺は自室でしばらく固まっていた。すると部屋の外からショウコが俺を呼ぶ声が聞こえた。


「おにい、またお見舞いにきてくれた人がいるよ。今度はめっちゃイケメン。藤巻タマキって人だって」


「はあ!?」

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