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これも夢であってくれ

〈ヨシオ〉



「さあて、前回に引き続き、みんなの愛されムードメーカーこと、ワタクシ成瀬ナルがお送りするーー」


……なんだこれ。


俺の悪友である成瀬が、似合いもしないタキシードやサングラスでめかし込んで、ステージ上で謎のマイクパフォーマンスを披露している。


そう、気付いたら俺は、なぜかそれを客席から見上げていた。まわりには大勢の人がいて、広大な会場は熱狂的なムードに支配されている。


何から何まで不思議な状況だが、なにより不可解なのが、成瀬が人気者になっていることだ。


普段なら、女子から罵声を受けたり白い目で見られたりしているところだが、今のあいつは、その全身に黄色い声援を浴びている。


周囲を見渡すと、なぜか観客は女の子ばかりで、彼女らの視界には、俺の存在など入る余地はなく、だれもが成瀬に釘付けだ。中には涙を流しながら、壇上の成瀬に想いを馳せている子もいる。


当の成瀬も、もちろんこの状況を気持ちよく思っていないわけがなく、まるで自分に酔いしれるように、大袈裟に身振り手振りをしながら、マイクに声を載せている。


話している内容はなぜかよく聞こえず、何を言っているのかはさっぱりわからないが、会場や成瀬自身のボルテージが上昇しているのは、ひしひしと肌で感じられる。


……正直、調子に乗って観衆に投げキッスやウインクを飛ばし始めた成瀬を、不愉快に思わないと言えば嘘になるが、一方で、それを喜ばしく思う自分がいた。


普段の、異常なまでに女子から嫌われまくる成瀬に、同情する気持ちはあったから、こうして成瀬が人々から好意を向けられているのを見ると、自分のことのように嬉しく思う。(まあ、成瀬が執拗に女子のことをリサーチして、面倒な絡み方してるのが悪いんだけど)


今の、この意味不明な状況は間違いなく夢だが、それでもーー例えこれが虚ろな世界でも、それが成瀬の望む世界ならば、俺はあえて水を差すようなことはするまい。


嬉しそうに輝く成瀬が、名残惜しそうに、しかし満足したようにーーマイクパフォーマンスを終えてステージを去る姿を、俺は暖かく見守った。




まあ、どうせこれ夢だろうけど。


ーーそう思ったのが記憶の最後。徐々に視界は暗くなり、思考もまとまらず、その世界はあやふやに溶けるようにして、消えた。


そして、目が覚めた。見慣れた部屋の天井が、目の前には広がっていた。


混濁する記憶をむりやり呼び覚まして、さっきまでのは夢だと自覚する。それと同時に、血の気が引いていくのがわかる。


「やばい!寝過ごした!遅刻だ!」


慣習とは恐ろしいもので、頭の中では眠る前の出来事や記憶は都合良く取り除かれて、とりあえず先に「起きる→学校に行く」というローテーション化された思考だけが、機械的に行なわれていた。


しかし、自分が寝ていたベッドの、備え付けの棚に置かれたものを見て、俺は冷静さを取り戻した。


空になったプリンーーそうだ、妹のショウコがくれたものだ。俺は風邪をひいて、それで、ショウコがくれたんだ。そういえば、寝る前に食べていたんだった。


ようやくそこで、自分が今日、学校を休んだことを思い出して、ほっと胸を撫で下ろした。


不意に、平日に学校を休んで日中寝ると、起きたときちょっと焦ること、あるよね。


だれに問うわけでもなく、俺は心の中で共感の声を求めた。


それにしても、俺はどのくらい眠っていたのだろうか。そう思い、時計を確認しようとして、身体をひねったその瞬間ーー




むにっ。


何かが当たった。何か、温かいものが。


そう、ベッドの中にある俺の左手に、何かが当たったのだ。


「これは、もしや……!?」


ついに……きたのか!?ラブコメ漫画ではおなじみのーーあの!?




はい皆さんご一緒に、




せーの、「起きたら、美少女が隣で寝てるやつ」!!




とうとうこんなお約束の展開にありつける日が来るなんて、待て待て心の準備ができてねえよ……!


幸か不幸か、「それ」は見事に掛け布団により姿が隠されており、掛け布団をめくらなければ、視認することはできない状況だ。しかし、そのシルエットから、およそ人一人くらいの大きさであることがわかる。


俺は、右手で高鳴る鼓動を制止しつつ、左手で再度、ベッドの中の「それ」を確かめた。


「間違いないっ……人肌っ……!」


女の子にしては、少しゴツゴツした触り心地に思えたが、意外にも俺は女子と触れ合ったことがほとんどないため、手触りだけで、それの性別を判断することはできなかった。


しかし、俺の主人公補正を考慮すれば、むしろ男が横で寝ているほうが不自然だと考えられる。(起きたら女の子が横で寝てるのも、十二分に不自然だが)


女の子に恐怖している今の俺にとっては、とてつもない試練だ。だが、この状況を前にして退くほど、男が廃っているわけではない。


据え膳食わぬは、ラブコメ主人公の恥だ。


俺は、右手に決意と力を込めて、左手の先にあるそれを確認するべく、掛け布団を思い切り剥がした。


「ええい、ままよ!」


あらわになったベッドの上に寝ていた「それ」の正体はーー




「いやん。ヨシオくんのえっち」


成瀬だった。

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