成瀬タッチザ核心
〈ナル〉
「さあて、前回に引き続き、みんなの愛されムードメーカーこと、ワタクシ成瀬ナルがお送りする『乱立する主人公の恋愛フラグを学校一のイケメンがことごとくへし折ってくるんだが』!今までの流れを、ざっとおさらいだァ!」
俺のマイクパフォーマンスを聞いた大勢のオーディエンスが、一斉に立ち上がり、割れんばかりの拍手を鳴らしていた。
気づけば、俺は円形のフロアの上に立ち、マイク片手に大観衆を前に、声を張り上げていた。視界がうっすらと暗いのは、いつもの眼鏡とは違って、サングラスをかけていることが原因らしい。
何から何まで不思議な状況だが、なぜか、俺はそれを気に留めず話し続ける。
「俺の親友である吉岡ヨシオは、風邪をひいてしまったらしく、学校を欠席することになった!その朝、吉岡から俺に一通のメールが届く。なんとそこには、藤巻タマキのスキャンダルを探ってほしいとの依頼が!一体何の理由で?いつも恋路を邪魔されている復讐?はたまた別の何か?しかし、俺がそれを勘ぐることなど何の意味をもたない。心の友のためならば、黙って頼みをきこうではないか……それが友情ーーそれこそが友情だァ!」
俺が握り拳を天に掲げ、啖呵を切ると、観衆はみな涙を流しながら、歓喜の声を上げた。
俺は有頂天になりながら、さらに声量を上げ、ラストスパートを畳み掛ける。
「そんなこんなで、ついに藤巻タマキのスキャンダルを探り始めた俺だが、なんとそこで衝撃の事実に直面する!どうなる成瀬ナル!どうなっちまうんだ俺!(少し間を取って)さあ!この興奮を見逃すな!」
俺はびしっと人々を指差して、こう締め括った。会場の明かりが消えていく。観衆からは惜しむ声が絶えない。望むことなら、俺もこの自分が輝ける舞台を手放したくはなかった。しかし俺は、唇を噛みしめながら、会場をあとにした。
「はぅあっ!?」
気づけば、俺は教室にいた。見慣れた教室ーー俺が毎日通っている学校の教室だ。
周りのクラスメイトの視線は、俺に集中している。しかし、先ほどのオーディエンスとは違い、ゴミを見るような目だ。
ぐるっと教室を見渡すと、どうやら今は授業中らしいことがわかった。
俺は、今の状況がまったく飲み込めずにいたが、反射的に口元を拭ったその瞬間、すべて理解した。
「寝てたのか、俺」
制服の袖に伸びるよだれを見て、俺は授業中に居眠りをしていたことに気づいた。さっきの謎のマイクパフォーマンスも、全部夢らしい。
ひそひそひそひそ。
声が聞こえる。
「え、よだれキモ」「一時間目から寝るって、何考えてんだよ」「てか、よだれキモ」
夢とはいえ、さっきまで黄色い歓声を浴びていた男が、その身に受けるセリフとは思えない。しかも聞こえてくる声の主は、女子ばかり。
しかし!常人ならば、心に深い傷を負う場面であるはずだが、俺は違う。
そう、ご褒美!女子から受ける罵声など、ご褒美以外のなにものでもない!金を払ってでも女の子に罵倒されたい変態紳士が、世の中には大勢いる中、俺は居眠りするだけで、それを可能にする!
なんたる幸運!なんたる幸福!
俺は自分にそう言い聞かせるようにして、悦に入った。うん、そうーーきっとそうだ。
俺の頬を一筋の涙が流れているが、これは決して悲しいからではない。喜びの涙だ。そうだ……そうだと言ってくれ。
「うわ、なんか泣いてるキモ」「てか、よだれキモ」
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さて、ではさっそく始めようか。藤巻タマキのスキャンダル調査を。
一時間目の授業が終わったところで、俺はさっそく席を立った。二時間目が始まるまでの、このわずかな休憩時間でも、簡単な調査はできる。
2-2の教室を出て、廊下を歩きながら、考える。
吉岡が俺を頼ったのは、なにも仲が良いからってだけじゃないはずだ。きっと、俺の能力を買ってのことだろう。俺はお助け部の活動においても、こういった調べごとについては、何かと任されることが多かった。
なぜか?
「えっと、佐竹さんだよね。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「え、はい。てかだれ?」
俺は2-3の教室の前にいた一人の女の子に訊ねた。彼女の名は佐竹チヒロ。佐竹さんは、藤巻とは同じクラスで、手芸部に所属している大和撫子女子だ。黒髪ロングに、校則を破らないスカート丈、少し垂れ目気味の瞳に、小柄な身長がベリーキューツ。
そんな佐竹さんは、俺のことを知らないようだが、一方で、俺は佐竹さんのことを知っている。
そう、これだ!俺のこの情報量!この学校に通うすべての女子のデータを持つこの俺にとっては、学園で起きる問題に関する情報を手に入れることなど朝飯前!さらに、部の活動の一環という大義名分を掲げることにより、合法的に女の子に話しかけーーごほん……調査にご協力いただけるのが、何よりナイス!
しかし、女子に関する情報を持っているということは、彼女らの恋愛事情についても網羅しているも同義。それにも関わらず、常に女の子たちの話題の中心にいるようなーー絶世のイケメン藤巻タマキのスキャンダルを耳にしたことがないのは、本当に浮いた話がないということだろうか……?
考えても仕方がない。今から調べるのだから。気を取り直して、佐竹さんに話を聞こう。
「俺は学園お助け部の成瀬ナル。少し調査に協力してほしいんだけど……藤巻タマキに恋人がいるみたいな噂って、聞いたことない?」
眼鏡くいっ。髪ファサッ。そう、俺はジェントルに、エレガントに、そしてクールに佐竹さんに訊ねた。
「え、知らない。てか、あなただれ?キモい」
気持ちいいほどの一蹴。
……慣れてる。こんなのは日常茶飯事だ。けど、慣れてるから大丈夫ってわけじゃない。こんなの、あまりにも儚くて酷くない?
そんな俺の心を抉るかのように、ここからはダイジェストでお送りいたしやがります。
○二時間目のあとの休み時間
「えっ、藤巻くん彼女いるの?てか、あなただれ?キモい」
○三時間目のあとの休み時間
「は?知らんし。てか、おまえだれ?キモいんだけど」
○昼休み
「だれ?キモい」「藤巻くん?かっこいいよねー。きみはキモいけど」「え?キモい」「いや、キモい」
ぐはっ……!さすがの俺でもきつい。俺が何をしたというのだ。ただただ俺は女の子が好きで、ちょっとだけ一方的にきみたちのことを調べ上げまくっているだけじゃないか。そんなにキモいと言われる筋合いが、一体全体どこにあるというのだ。
しかし、恋は障害が大きければ大きいほど面白いとも言うーー別に恋してないけど。
俺は、もう半分やる気を失いながら、漫研の部室の戸を叩いた。
「すみませーん。お助け部の成瀬ナルです。ちょっとお話いいですか」
すると、部長の夢路ナナさんが快く迎え入れてくれた。部室の中央に置かれた大きな机に案内されて、対面する形で、お互い椅子に座った。
部室には、もとから彼女一人しかいなかったようだ。漫画研究部の夢路ナナさんーー彼女に関しては、何か目立ったところはなく、どちらかと言えば、地味な感じだ。表情も乏しく、常におどおどしている。そんな女の子だ。
しかし、話を聞く姿勢をとってくれるだけでめちゃくちゃありがたい。今までは、近寄っただけで開口一番「キモい」だったから。やばい、好きになってしまいそうだ。
非モテ男子特有の「優しくされたらすぐに好きになってしまう病」を発症しそうになったが、ぐっと堪えて、今日もう何度したかわからない質問を、夢路さんに投げかけた。
「藤巻タマキに恋人がいるみたいな噂、聞いたことあるかな?」
その瞬間、夢路さんの目が鋭く光った。さっきまで虚ろな目をしていた夢路さんが、ギラギラした瞳で俺を見つめてきた。
「ふ、ふふ」
夢路さんは、不気味に笑い始めた。
な、なんだ。こんな夢路さんーー俺のデータにないぞ。
俺は、何かまずいことが起きそうな気がして、ごくりと唾を飲んだ。しかし、その場から逃げることはできない。それを許さないーー夢路さんは、そんな目をしていた。
緊張感により支配された部室で、先に口を開いたのは、夢路さんだった。
「あなた、藤巻くん狙ってるんですか?」
「は?」
思わず声に出てしまった。
「いや、だから、あなた藤巻くんを狙ってるんですかって」
夢路さんは丁寧に同じ質問を繰り返してくれたが、やはり、俺はその質問の意図が汲み取れない。
「えっと、狙ってるってのはどういう……」
俺は、恐る恐る訊ねた。
すると、夢路さんは「ちっ」と舌打ちして、「じれったいですね」と続けた。
「藤巻くんのことが、好きなのかときいているのですよ」
「は?」
どうやら、夢路さんはとんでもない勘違いをしているらしい。俺が恋のライバルを探るために、藤巻に恋人がいないかを訊ねているのだと、思っているようだ。
しかし、一体なにをどうすれば、そんな考えに至るのだろう。俺はそんなことを考えながら、なんとなく部室の本棚に目をやると、大量のBL本がぎゅうぎゅうに詰められていた。
あ、そゆこと……。
すべてを理解した俺は、誤解であることを夢路さんに説明した。
「まったく、冷やかしですか」と、夢路さんはご立腹の様子だが、「ですが、藤巻くんの噂なら、耳にしたことがありますよ」と、夢路さんは続けた。
「えっ、ほんと!?」
まさか、この流れで収穫があると思ってなかった俺は、思い切り身を乗り出して、机をガタガタと揺らしてしまった。
すると、夢路さんは「近寄らないでください。キモい」と、先ほどまでの大人しさは何処へ。
「ご、ごめん。で、きみは藤巻の何を知ってるんだい?」
俺は、ついさっき好きになりかけたばかりの、優しい女の子からもキモいと言われたショックを、努めて押し殺して、質問し直した。
すると、夢路さんは「ごほん」と改まって、「あんなにイケメンの藤巻くんに恋人がいないなんて、おかしいと思わないですか?」と始めた。
「うんうん、確かに」と、俺は心の底から同意した。俺もあんな顔だったらもっとモテてたのに、といつも考える。
「そうでしょう?だからね、考え方を変えるんですよ。藤巻くんは、恋人ができないんじゃなくて、作らないんだと」
そう続けた夢路さんは、なにやら不適な笑みを浮かべた。
俺は固唾を飲んで、夢路さんに続きを促した。
すると、夢路さんは、もう我慢ならないとでも言わんばかりに、机をダンっと叩いて、こう叫んだ。
「そう!つまり!藤巻くんは!きっと男が好きなんですよ!」
そして、静まり返った漫研の部室には、夢路さんの荒い息遣いだけが微かに聞こえた。
「……いやいやいや」
俺は、ずり落ちた眼鏡をくいっとやって、夢路さんの暴論を足蹴にしようと思った。
だけど、なぜか、それを否定できない自分がいた。