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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.6 < chapter.4 >

 生首状態のラピスラズリは、こんな状態でも魔法が使えることに気が付いた。風の魔法で自分の首を宙に持ち上げ、安全圏と思われる上空へと逃れる。

 上空から見ることで被害の全容が分かった。

 空間消失は地面から高さ五メートルほどの範囲に限られている。それ以上高い場所は一切消えておらず、複数個所が同時に消えることも無い。

 消失は線上に拡大している。これは竜巻のように、一定方向へ向かって移動するものであるらしい。

 フェンリルとラピスラズリのいた場所は消失の起点でも終点でもなく、敵の『攻撃』は今なお継続中である。

「……なんだ? 俺がターゲットじゃないのか……?」

 たまたま通り道に立っていたせいで、ついでに攻撃されてしまったように見える。けれども、だからといって『敵』でなくなるわけではない。もののついでに首から下を消されて、「はい、そうですか」と納得する阿呆はいない。納得するどころか『移動のついで』と知った瞬間、『自分への攻撃』と思っていた時以上の怒りが込み上げてきた。

「てめえ……この……っ!」

 風を操り、地面に魔法陣を描く。ナイルが使うゴーレム呪符を参考にしたもので、消えた体の代わりを作ろうとしているのだ。

 出現したのは標準的な大きさの戦闘用ゴーレムである。自分と同じように風で宙に浮かせ、ゴーレムの頭部に自分の生首を格納、思念操作用の回路を接続する。これでひとまず『動ける体』は手に入れた。

 だが、怒りに任せて攻撃するには分が悪い。敵の姿は見えず、目的も定かでないからだ。

「クソ……なんなんだ? こいつは……」

 今は状況を静観するしかない。そう思ったとき、予想外の人物が現れた。

「おーい! ラピスラズリーっ!! 何が起こっている!? なんで俺たち以外、全員フリーズしているんだーっ!?」

 そう叫んでいるのはベイカーである。風の魔法で宙に留まっているおかげで、本部庁舎のほうからでも見つけることができたようだ。

 ベイカーはこちらに駆け寄ってくるが、謎の敵はその声に反応し、ベイカーのほうへと進路を変えた。

「逃げろベイカー! 空間ごと消されるぞ!!」

「っ!?」

 咄嗟に真横に跳躍するベイカー。間一髪のところで消失を免れるが、謎の攻撃は駆け回るベイカーの動きにピタリと追従している。わずかでも速度を落とせば、追いつかれることは間違いない。

 ラピスラズリはタイミングを見計らい、突風でベイカーを押し上げた。そして宙に投げ出されたベイカーを、お姫様抱っこで抱き止めたのだが――。

「なんで俺がキャッチする男はどいつもこいつも!」

「何の話だ!?」

「お前で人生三人目! お尻丸出し男!」

「え……うわあ!? ズボンとパンツが消されてるっ!?」

「今気づいたのかよ!」

「道理で涼しいわけだな! まあ、そんな話はどうでもいい! いったい何が起こっている!?」

「正体不明の神的存在と交戦中! フェンリルは空間ごと消された! 俺も首から下がない!」

「なに? では、これは鎧ではなく?」

「中までみっちり戦闘用ゴーレムだぜ。ぶっちゃけ、なんで首だけで生きてられるのか分からねえ」

「敵の姿も目的も分からないのか?」

「ああ、まったく」

「空中は安全圏?」

「分からねえ。現状、攻撃されちゃあいねえが……」

 ベイカーの姿を見失ったのか、見えない敵は再び元の軌道に戻っている。雑木林を消しながら、どこかへ向かって突き進んでいるようだ。

 移動速度自体は非常に遅いが、正体が掴めない分、その遅さが逆に気味の悪さを際立たせていた。

「……どこへ向かってやがる……?」

「この先にあるのは旧本部だな」

「旧本部……は、まずいぜ。アークたちがいるじゃねえか」

「アル=マハ隊長たちも停止状態なのか?」

「動けたらとっくに出てきてるだろうぜ」

「なら、俺たち二人で止めるしかないか……」

「二人? 馬鹿野郎、そっちの『神』は無傷だろ?」

「……何のことだ?」

「とぼけなくてもいいんだぜ? こっちは人生丸ごと、二十周以上やりなおしてここまで来てんだ。お前にタケミカヅチが憑いていることくらい、とっくの昔に知ってんだよ!」

「ほう? たったの二十周で、偉そうに言ってくれる……」

「あ?」

「残念ながら、ここにタケミカヅチはいない。彼の『器』は俺一人ではなくてな。今日は別の『器』の中にいる」

「別の……? は? マジで? 神と器って、一対一の関係じゃあ……?」

「どこにだって例外はある。よって、今ここにいるのは俺とお前だけ。この二人で事態を解決する必要がある」

「それならどうする? 逃げるか? 様子を見るか?」

「いいや、戦おう。駄目なら駄目で、またやり直すまでさ」

「軽く言いやがって」

「そっちもそうしてきたんだろう?」

「まあな。お前、カミサマ不在でも戦時特装出せるのか?」

「全権を委任されている。問題はない」

「それじゃ、やるか」

「ああ」

 ラピスラズリはベイカーを支えていた手を離す。

 ベイカーは落下しながら叫び、姿を変えた。

「戦時特装! 『九八式水上偵察機』!」

「はあっ!?」

 ベイカーが身に纏ったものは鎧でも戦装束でもなく、地球の、半世紀以上も昔の夜間偵察機であった。

 戦時特装とは各種族の祖となった『神』の力を具現化し、身に纏う行為を指す。種族や覚醒度合いによって出現する武具、防具、装飾は異なるが、概ね『着衣が変化する』という共通点がある。確かに軍用機も『広義の武器』ではあるが、飛行服の付属品と思うにはいささか大きすぎる。そのうえこの複葉機には、なんと乗員がいた。三人乗りの機体には、ベイカー以外にあと二人、迫撃砲を装備した軍人が着座しているのだ。

「え、ちょ、それ誰!?」

 ラピスラズリの疑問はもっともだが、操縦桿を握るベイカーに声は届かない。

「青田! 緑川! 標的が見えるか!?」

「はい! はっきりと!」

「黒くてごつごつした、二足歩行の怪物です!」

「今の俺にはそれが見えない! 神的存在か!?」

「そのようであります!」

「撃ちますか!?」

「ああ! 頼んだぞ!!」

「了解!」

 青田と緑川はほぼ同時に引き金を引いた。

 砲弾は練り消し怪人に直撃。その体を爆砕することに成功する。しかし、これは消しカスを練って作った『練り消しの付喪神』である。体がバラバラになったくらいでは死んだりしない。

 すぐに断片が寄り集まり、元の練り消し怪人に戻ってしまうのだが――。

「なにがどうなっているのか、俺には何も見えていない! 青田、解説を頼む!」

「ハッ! こちらの攻撃は直撃、敵本体を爆砕! ですが断片が合体し、元通りに再生しております!」

「ノーダメージか!?」

「そのように見受けられます!」

「ベイカー殿! 我々が直に戦います! 許可を!」

「戦えるならば任せたいが、大丈夫か!?」

「青田とならいけます!」

「緑川と二人なら負けませんよ!」

「よし、行け!」

「はい!」

「ありがとうございます!!」

 ひらりと飛び降りる二人の日本兵。彼らはいつの間に手にしていたのか、両手に一本ずつ軍刀を装備していた。

 二刀流の陸軍兵が、二人がかりで姿の見えない敵を挟み撃ちにする。

「ィヨォッ! ヤァッ! イイイィィィーアアアァァァーッ!」

「ゼイッ! ハッ! サアアアアアァァァァァーッ!」

 四振りの軍刀による、コンマ一秒のズレもない完璧な連携攻撃。あまりにも早い太刀筋から、ラピスラズリは彼らの正体に気付いた。

「まさか、あいつらも『神』か!? おいベイカー! 奴らは何だ!? なんでお前の戦時特装で別の『神』が二柱も出てくるんだよ!? おーいっ!!」

 旋回する複葉機に向かって問いかけるが、人の声が航空機のエンジン音に勝るはずもない。ベイカーはラピスラズリの声に気付くことなく、青田と緑川の戦いを見つめている。

 青田と緑川は、かつて軍神タケミカヅチの憑代だった。軍属の人間をあまねく守護する軍神の特性により、憑代の魂は『護国の英霊』として神的存在へと昇華を遂げている。彼らの肉体はとうの昔に滅んでしまったが、だからこそ、今は自分たちと同じ『神に類するもの』を攻撃することもできるのだ。

 英霊と化した日本兵は、練り消し怪人をこれでもかというほど切り刻む。

 『神』は信仰心をエネルギー源としている。千切れた身体を再生するには必ずエネルギーを消費し、それが尽きれば存在を維持できなくなる。青田と緑川はそれを狙い、練り消しの付喪神に過剰な斬撃を与え続けた。

 既に再生は追い付かなくなっている。ボロボロと散った消しカスはひとところに集まる力さえなく、付喪神からただの器物へと戻りつつあるようだ。


 あと少しで『神格』を失い、ここから消える――。


 そこまで追い詰めたときだった。

「……すまない。それでは私は殺せない……」

「な……っ!?」

「日本語!?」

 青田と緑川が異世界の怪物と思い込んでいたそれは、驚く二人を尻目に、当たり前のように日本語で話し始めた。

「日ノ本の英霊たちよ、聴いてくれ。私は消しゴムのカスから生まれた付喪神だ。何かに対して『消してしまいたい』と思う心は、すべて私への信仰心となってしまうのだ。助けてくれ。私は消えてしまいたいし、何もかも消し去ってしまいたい。君たちも、私をここから消し去りたいのだろう? しかし、そう思うからこそ、私はより強固な存在になってしまう……。どうしたらいい? どうしたら……」

 あっという間に元の姿に戻る練り消し怪人。戦闘行為というものは、総じて『相手をその場から消すこと』を目的としている。これまでにラピスラズリと日本兵から食らった攻撃は、すべて練り消し怪人への『信仰心』としてカウントされていたのだ。

 攻撃を受けて神格を高めた付喪神は、ついにベイカーとラピスラズリの目にも映るようになった。

 黒ずんだ消しカスのいびつな塊が、空へと向けて手を伸ばす。

「助けてくれ。誰でもいいから私を消してくれ。私は偶発的に、罪人の手から生み出されてしまった神だ。私には役目がない。この世に存在する意味が無い。創造主は、私に『役割』をお与えくださらなかった……」

 彼の視線の先にいるのはラピスラズリである。

 救いを求める眼差しに、ラピスラズリは冷たく返す。

「知るか! 仕事がねえならその辺で漫画でも読んで暇潰してろ! テメエの都合で俺の身体消しやがって! 俺のチンコ今どこだよ!? 金玉は!?」

「……分からない。消しゴムで文字は消せても、文字を書いたという過去、そこに文字があったという事実は消えない。おそらく、取り戻すことはできると思うが……」

「ああっ!? 『おそらく』だあ!? 生温いことぬかしてんじゃねえぞ! ゴルァッ!!」

 と、ブチ切れるラピスラズリを尻目に、ベイカーは戦時特装を解除して青田と緑川の隣に移動している。

 日本兵と特務部隊長は小声で何かを話し合い、次の手を決めた。

 それはなんと、別の戦時特装にフォームチェンジすることだった。

「戦時特装! 満鉄特急『あじあ』号!!」

 どこからともなく聞こえてくる、蒸気機関車の走行音。

 けたたましく鳴らされる警笛に振り向けば、そこには台上試験時速140km超の大型蒸気機関車が現れていた。

 これでも一応『衣服のついでに呼び出せる装備品』に分類されるらしく、ベイカーは満州鉄道の車掌スタイルに変身している。

 たすき掛けした車掌鞄から切符を取り出し、青田と緑川に手渡す。

「すまんな。帰りは列車に乗ってくれ」

「了解いたしました!」

「あ、緑川、ずるいぞ。そっち窓側!」

「ふふ~ん、残念。早い者勝ちだよ、青田クン」

「こっの……っ!!」

 切符を手にした二人の前に、『あじあ』号はゆっくりと停車する。そして扉が開くと、中からぞろぞろと男たちが降りてきた。

 客車一杯に乗り込んでいた274人の男たちは、皆似たような恰好をしている。手には時代がかった大きなカメラ、胸ポケットには手帳とペン。地図や資料を詰め込んだ重そうなショルダーバッグを下げ、ギラギラした目で周囲を見て回る。

 持ち物や醸し出す雰囲気から、彼らが記者であることが分かる。それも彼らは、青田や緑川と同じく『神的存在に昇華した人間』である。

「な……なあ、おい、ベイカー? こんなに英霊ばっかり呼んで、いったい何する気だ……?」

「周辺状況と騎士団職員の記憶を『取材』して、消された情報を新たに書き起こしてもらう」

「は?」

「お前も早く降りてこい。彼らは常に最前線で取材し、逐次戦況を報じ続けた『本物のジャーナリスト』だ。後方で適当なねつ造記事を乱発する紛い物ジャーナリストとはレベルが違う。間違いなく、過不足の無い身体を『書き起こして』くれるぞ!」

「書き起こして……って、マジかよ!? それで直るのか!?」

「軍神の力をなめるな! 武神や闘神と違って、タケミカヅチの守護対象は『軍属の人間と軍が使用したすべての物品』だ! その気になれば便所のモップや朝礼台も呼び出せるぞ!」

「スゲエ! なんて要らない召喚能力!!」

 心底そう思ったラピスラズリだが、同時にベイカーの先ほどの発言の意味も理解した。『神』の能力を使いこなすには、たかだか百年ぽっちの人生では時間が足りない。記憶を保持した状態で何周、何十周も挑戦を続けなければ、これほどまでに自在な戦時特装は完成しないのだ。

 どうやらベイカーは、自分とフェンリル以上に『リセット&リトライ』を繰り返しているらしい。

 ラピスラズリは認識を改め、ベイカーの指示に従うことにした。

 二人がそんな会話をしている間に、列車を降りた記者たちは、蜘蛛の子を散らすように居なくなってしまった。どこに行ってしまったのかと首をかしげるラピスラズリ。するとしばらくして、練り消し怪人に消された『余白』に、何かが現れた。


 それは手書きの文字だった。


 一人ひとり癖のある走り書きのような文字で、次々に『余白』が埋められていく。

 時間を追うごとにその文字は形を変え、元あった物質に非常に近い物へと変容し、世界を補完する。

 これこそが彼らの、英霊としての能力である。神的存在と化した新聞記者たちは本部職員の脳内記憶を直に読み取ることができる。そこから必要な情報を過不足なく正確に抜き取り、文字として書き起こすことで世界に『それ』を報じているのだ。報じられる情報はただの文字列だが、人々に『事実』として認識されていくうちに、次第に実在性を増していく。

 言霊の力、概念、英霊としての能力を完璧に連動させたこの所業に、ラピスラズリはただただ目を見張るばかりである。

 と、いつの間にか、ラピスラズリのすぐ隣に記者がいた。

「あー、失礼。少々よろしいでしょうか? 貴方についてお話をうかがいたいのですが……」

「あ、ああ……元に戻してくれるなら、何でも話すぜ……?」

「ではまず、身長は?」

「201cm」

「体重」

「98kg」

「靴のサイズは?」

「30.5cm」

「体に傷や、特徴的な痣などは?」

「いや、特には……」

「ありがとうございます。貴方の自己認識と他者の証言はほぼ一致しているようなので、このまま『記事』を書き上げさせていただきます。ですが、まあ……一応、確認させてもらってよろしいですか?」

「はい?」

「『あっちのほう』は、元のサイズにしておきます? それとも、やや盛り加減で? いえね、新聞記事というものは、人目を引くためにドーンと大げさな見出しをつける物ですから。『そこ』を見出しの類と思えば、ちょっと話を盛る程度なら、こう……ねぇ?」

「えぇ~と……そういうことなら、モリモリの特盛で……?」

「へっへっへ。ですよね、ですよね。そりゃあ男なら誰だって」

「盛っちまいますわなぁ?」

 コソコソと小声で交わされたこの会話に、ベイカーは全身を使って、全力で溜息を吐いてみせた。


 これ以上この男の下ネタパワーを増幅させてどうするのか。


 こんな状況でも『そこ』のサイズを気にする記者とラピスラズリの固い握手には、もはやどんなツッコミも効きそうにない。

 見る間に元通りになっていく世界と、それを見てオロオロする練り消し怪人。そんな練り消し怪人の隣にも、一人の記者が立っている。

「あなたはご自分のことを『消しカスを練って作られた存在』だと言われましたが、それ以前は? 消しゴムの種類はいくつくらい? 消した文字数はどの程度で、その内容は? もともとの色は白でしたか?」

 矢継ぎ早の質問に、練り消し怪人は後退る。

「お願いしますよ、聞かせてください。あなたという存在を、ありのままに世界に報じたいんです」

「ありのままに……私を? なぜ……」

「なぜって、そりゃあ、この事態を解決するためですよ。あなたはこの世から消えたい、でも消えられない。私たちはそれを何とかしたい、でも方法が分からない。だったら今、ここでできることはただ一つ。あなたという存在を取材し、詳しく知ることです」

「……私は、この世界に生まれたばかりの存在だ。話をするといっても、話すことなんて……」

「あるかないか、それは『読者』が決めますよ」

「え?」

「ある人物にとってはなんてことない日常でも、異なる家庭環境で育った人間にとっては非常に奇妙で、にわかには信じがたい暮らしぶりに見えるんです。我々記者はそういった『接点のない人々』を繋ぎ、相互理解を助けることができる。少なくとも、私はそう信じて記者を続けています。さあ、話してください。あなたが『神』になる前に、いったいどこで、何をしていたのかを。私が報じて、あなたと世界を繋げます」

「……私は……」

 いびつな練り消し怪人は、ためらいがちに話を始めた。


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