そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.6 < chapter.3 >
これは並行世界での出来事である。
四月の中頃、中央市のはずれでちょっとした実験が行われていた。
「やめてくれ! 頼む! 助けて……助けてください!!」
手術台に拘束されているのは地球人の男である。彼はコバルトの報告にあった『迷い込んできた地球人』だ。『ケント・スターライト』のいない並行世界でも、この男の運命は同じだった。時空間断裂に落ち、こちらの世界に迷い込んだ。そして最初に出会った人間、エルフ族の少女を襲ったのだ。
「た……助けて……助けて、助けて……」
彼は顔を涙と鼻水でグシャグシャにしながら、地球の言語で許しを請う。だが、そんな言葉で彼の罪が消えるはずもなかった。
時空間断裂に落ちた地球人は年に数人ほど発見されるが、よほどのことが無い限りきちんと治療を施し、本人の希望を聞いて帰還、もしくは永住の手続きを取る。しかし、彼はこちらの世界で最初に遭遇した人間、エルフ族の女子中学生に性的暴行を働いていた。婦女暴行、それも未成年者への性的虐待は重罪である。だがいくらそのことを問い質しても、彼は自分の罪を認めようとしなかった。
それどころか、彼はこう言った。
「エルフは被差別民のはずだ! 何が悪い!?」
「ここは僕の考えたシナリオの世界なんだから、何をしても良いだろう!?」
「勇者の僕が彼女を妻にして、被差別階級から救うストーリーじゃないのか!?」
「魔王はどこにいる? 伝説の剣は!?」
このほかにも意味不明なことばかりを口走り、被害者を侮辱する発言をやめようとしなかった。そのため女王の判断で人体実験に使われることになったのだ。
ちょうどこのころ、魔法学研究所では『魔力を持たない人間』を求めていた。この国ではありとあらゆるシステムに魔法が使用されている。時折生まれる『魔力を持たない障害児』たちは、日常生活で様々な不都合に直面している。不幸な子供たちの治療法を探るためにも、『魔力を持たない人間』を使った臓器移植実験の実施が急がれていた。
魔力とは生命エネルギーそのもの。最新の研究で、その発生源は食物の消化吸収を行う小腸のあたりと判明している。つまり、魔力を持たない人間に人狼や雷獣の腸を移植すれば、魔法が使えるようになるはずなのだ。
しかし、小腸のどの部位を、どのくらいの長さ移植すれば良いのかは判明していない。今回の実験はそれを確かめるためのものだった。
全身麻酔をかけられ、静かになる男。
開腹され、腸の一部が切り出される。
そして代わりに、用意されていた人狼の腸が縫い合わされていく。
簡単なオペは小一時間で終了し、傷口は治癒魔法によって跡形もなく治療された。麻酔で眠っていた男が目を覚ましても、自分の内臓の一部が異種族のものと挿げ替えられた事には気付かないはずだ。
こちらの世界でも並行世界でも、ここまでは全く同じ時間に、同じ出来事が起こっていた。
運命が分岐したのはここからだ。
「ドクター、魔力値が異常上昇しています!!」
「幾つだ!?」
「二万……二万五千、二万七千……三万突破!」
「計器の故障ではないのか!?」
「いえ! 正常に作動して……うわあっ!?」
所内に轟く爆発音。続いてけたたましく鳴り響く警報。
研究者たちがモニターを確認すると、そこには異形の怪物と化した男の姿が映されていた。
人ではない。
人狼でもない。
二本の足が生えた、黒ずんだ謎の塊。
それは『練り消し怪人』とでも呼びたくなるような、そのものズバリの姿だった。
男が魔力を得たことで、長年練り続けていた消しカスが付喪神化。『生みの親』の窮地を察し、時空の壁を飛び越えて駆け付けた。そして『生みの親』と融合し、人間たちにも視認可能な『物質的な存在』として顕現したのだ。
だが、研究者たちにそんな事情は分からない。
「実験中止! 液体窒素注入用意!」
「はい! ……って、あれ? 映像が……消えて……?」
「監視カメラを壊されたか!?」
「い、いえ! 映ってはいるんですが……室内の物がどんどん消えていて……」
「なに!?」
モニターに映る実験室内の光景は、にわかには理解しがたいものだった。
ベッドが半分消え、壁の一部がなくなり、床のタイルや実験機材が部分的に消失し――消えた空間には、間の抜けた『余白』が生まれている。
この現象はいったい何か。研究者たちがモニターを凝視していると、練り消し怪人は地球の言葉でこう言った。
「ああ、なんてこった。せっかく『神』になれたのに、こんな男の『子供』だなんて……。生きているだけで恥ずかしい……」
その言葉の続きを聞いた者はいない。
並行世界のゴヤがゴーストを目撃したのは、このすぐ後だ。




