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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)3.6 < chapter.2 >

 騎士団本部裏門横、鈴蘭花壇。

 ここは一年を通して半日蔭となる薄暗い場所で、夏の盛りであっても奇妙な冷気を感じる『出そうな場所』として知られている。花の季節は終わってしまったが、地面を覆い尽くす鈴蘭特有の涼やかな緑色は、それだけで暑さを和らげてくれるようだった。

 時間停止中でなければ、風にそよぐ梢が心地良いさざめきのBGMを奏でているのだが――。

「何度経験しても慣れねえよな、この空間」

 時間停止中、自分以外に動く物は何もない。自分がここにいることを確かめるかのように、ラピスラズリはわざと草を蹴り、ガサガサという音を立てながら進む。

「……出ねえな、ゴースト」

 鈴蘭花壇裏の雑木林をうろついてみるが、それらしいものが現れる気配はない。ラピスラズリの後ろを歩くフェンリルは改めてデータの読み込みを行い、突然顔色を変えた。

「止まれ二号! なにかが近くに……っ!」

 フェンリルはその言葉を最後まで言うことができなかった。


 空間ごと、姿が消えた。


 ラピスラズリはその瞬間、風の魔法で自分の身体を宙に撥ね上げていた。

 一瞬前まで自分のいた場所が、空間ごと消されていく。それはまるで、消しゴムで鉛筆書きの文字をスウッとなぞったような消え方であった。

「練り消しの神ってヤツか!?」

 空間ごと消されてしまうのでは、防御魔法の類は役に立たないだろう。ラピスラズリはそう判断し、圧縮空気を炸裂させて移動した。その際、視線と予備動作は上に向け、実際の移動は真横に向けて行った。

 するとどうだろう。敵は実際の移動方向でなく、視線が向けられていた上方向の空間を消去したではないか。

(なるほど。視覚情報を元に動きを予測してるってことは……)

 こちらの動きを『見て予測』しているのなら話は早い。付近一帯の視界をゼロにしてしまえば良い。

「戦時特装、《グレイプニル》! 焼き尽くしてやるぜ、この糞野郎! 《絨毯爆撃カーペット・ボム》!!」

 これは灼熱の巨石を降らせる投石器《スヴィティ》と、炎のドリルの《豪焔穿孔バーニングスクリュー》を同時使用する、ラピスラズリのオリジナル技である。その名の通り絨毯を敷くように隙間なく攻撃するため、周囲に仲間や民間人がいる場合には絶対に使えない。

 ラピスラズリはさらに《空中竜巻ファンネルアロフト》を使い、雑木林に引火した炎を煽り立てていく。

 燃え盛る炎、上がる黒煙、吹き荒れる熱風。視界が遮られた瞬間から、敵の攻撃は止んでいる。

(この程度で焼け死んでくれるワケはねえよな? どこにいる……?)

 敵が実体を持たない『神』なら、視覚情報を元にこちらを攻撃することなどありえない。神的存在には人類の理解を越えた『神の眼』と『神の耳』があり、五感に頼らないブラインドアタックが可能だからだ。つまり、敵は人間や器物を『器』とし、物理制限を受けるタイプの神である。

 ラピスラズリは風を操作して断熱層を作り、炎の中を移動する。

(フェンリル! まだ再生しないのか!?)

 心の声で呼びかけるが、応答はない。フェンリルは『決して縛ることができない神』である。どのような概念を用いても捕らえることのかなわない漆黒の狼は、『生』と『死』という絶対的な法則からも解き放たれた存在だ。どれだけ残忍に殺されようと、どんな策略にはめられようと、しばらくすれば何食わぬ顔で復活し、当たり前のように報復を開始する。

 今回もそうなるものと思い、呼びかけ続けるラピスラズリだったが――。

(……おい、なんだ? いくらなんでも、時間がかかりすぎだろ……?)

 何が原因か、フェンリルは復活に時間がかかっているようだ。ラピスラズリ単体で対処しなければならないのなら、炎の中に隠れていても事態は好転しない。的確な指示を出してくれるナビゲーターがいなくては、無駄に消耗していくばかりだ。

 ラピスラズリはしばらく考えた後、一か八か、炎から出ることを決めた。

 風を操って上空三百メートルまで急上昇すれば、たいていの攻撃魔法は届かなくなる。安全圏からもう一度《絨毯爆撃カーペット・ボム》を放ち、様子を窺いつつフェンリルの復帰を待つ算段だ。

 ラピスラズリは呼吸を整え、地を蹴った。

 少なくとも、本人はそうしたつもりだった。

「……え……?」

 真下に落ちる感覚。

 地面にぶつかり、したたかに打ち付けた顎。

 手を出して体を支えようとしたはずなのに、その手がなかった。

 いや、手だけではない。首から下が丸ごと消えていた。

「……は? え? ちょ……なにが……?」

 ラピスラズリは今、首だけになって地面に転がっている。

 混乱しながらも、必死に自分の状態を確認する。


 血は流れていない。

 脈も呼吸も正常。

 地面に打ち付けた顎が酷く痛むが、ゴロリと転がって天地が入れ替わった視界のほうが気になって、怪我の具合を気にするほどの余裕はない。


「……なんだよ、これ……」

 消えた体はどこへ行ってしまったのか。

 なぜ首だけで生きていられるのか。

 これはどういう魔法なのか。

 思考を巡らすが、答えが一つも分からない。

「……フェンリル……なあ、おい。どこにいるんだよ……?」

 早く俺を助けてくれ。

 そう思っても、フェンリルはまだ復活しない。

 視界に映る世界の中で、ありとあらゆる物体が空間ごと消されていく。

 間の抜けた『余白』ばかりが増えるその様に、ラピスラズリは文字通り手も足も出せないまま、静かに震えていた。


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