第八話 探索者(二)
「ふん……まあ所詮は俺も商売だ。頼まれれば作ってやるさ。お前達のような客も珍しいわけじゃあねえしな」
結局、リュックと共に探索者証(偽造だが)を作ってもらう決心をしたベルルに、そう無愛想に言うハンザ。
(やっぱり同じ様な事を考える人はいるんだなあ……それだけ探索者っていう仕事が魅力的なんだろうな、色んな意味で)
ハンザの話からベルルはそんなことを思い浮かべる。単純な収入においても、能力さえあれば出自を問わないという点においても――それこそ偽造のものを作ってでもなりたいと思えるくらいには。
だからこそ、此処のような場所の需要があるのだとも言える。
そうベルルが一人ふむふむと頷いていると、ハンザがそのベルルの内心を推し測ったように言った。
「――まあ、ダンジョンの通行や“偽造探索者証”に関しては最近は取り締まりも厳しくなってきてはいるが、そうはいってもたかだか偽造探索者証だ。そんなやつぁ山程いるしな。市警もそんなに目くじら立てたりまではしていないだろうよ。 バレれば登録権の剥奪だがな、ハッ。
まあ明らかに年齢が足りてねえとかじゃあなけりゃあそうそうそんなこともないだろうがよ。 だからもしやるなら今のうちってことだな。 ああ、もし万が一ばれた時は、分かってはいるとは思うが、俺の名前は絶体に出すなよ。 それが請ける最低条件だ」
ベルルの懸念に答えつつも、最後にハンザは目を細めて念を押す。
「そういう訳で、つまりは自己責任ってことだ。
ヒョロそうなボウズがどれくれえできるのかは知らねえが、精々気張って稼ぐんだな、そいつと一緒に」
ハンザはリュックに一瞬視線を向けると、ハンッと鼻を鳴らした。
(登録権の剥奪、つまりは一生登録出来なくなるっていう……)
ハンザから偽造探索者証の作成にあたっての説明を受けながら、ハンザが言った意味をベルルが考え足りていると、
「あ、あのさ……今更だとは思うけどさ……いいの?ベルル兄ちゃん。オレの我が儘に付き合うことになって」
いつの間にかすぐ傍に寄ってきていたリュックがおずおずと、そう訊いてきた。
「ふふ、ほんとに今更だね」
決意はしたものの今更ながらに、万が一の場合に自分だけでなくベルルにも生じる責任というものに不安が込み上げてきたのだろう。
リュックの瞳は不安に揺れていた。
「大丈夫だよ。 別にリュックの為だけじゃあなく、自分で決めたんだから。 もし摘発されたとしても、別の探索者以外の仕事を探せばいいだけだろうしさ。 それに、リュックがボクならって言ってくれたんだよ? だからそんな風に言ってくれたリュックとだったからやってみてもいいかなって思ったんだ」
ベルルはニコリと笑って、幼さの溢れる笑顔をリュックに見せた。
リュックはその笑顔を見て思わず一瞬呆ける、が、
「……ありがとうベルル兄ちゃん」
ちらりとベルルに視線を向けると若干気恥ずかし気にそう言葉を伝えた。
ベルルはああ言ったが、決断した理由として、『リュックのため』という理由は決して小さくはない筈だ。それはリュックにも解る。
自分勝手にろくに説明もしないまま半ば騙すような真似をして連れてき、そのうえ年齢制限という名の弱みにつけ込んだ。更には、これは意図したわけではなかったが、結果として自身の出自で同情を誘うような真似までしてしまった。
――がその上で、文句を言う訳でもリュックを罵倒する訳でもなくベルルは頷いてくれた。
彼にとってはリスクがある申し出にも関わらず。
別に急がなければ、もし二度目も登録拒否されたとしてももう一年かそこら待てば、いくらクリクリのベルルといえど流石に外見も多少は成長するだろう。それを待ってから再チャレンジしても良かった筈なのだ。
だから、リュックの口から感謝がついて出たのは自然な事だった。
「あ、でも……今更といえば今更なんだけど……ハンザのおっちゃんの言った通りオレ、非適応者だからほんとに荷物運びしか出来ないけどいいの?」
「うん、まあ大丈夫じゃないかな? そんなに無理して危険な事するつもりもないからね。安全第一で、出来るだけ身の安全については余裕を持って考えるようにするから心配しないで」
端から見ればリュックとあまり変わらぬクリクリ――幼さにも関わらず、ベルルは気負わず余裕のある様子でリュックにそう説明する。
するとリュックは慌てたように手を振った。
「あ、やっ、別にそういうつもりで言ったんじゃなくてっ。 オレはもちろん戦力にはならないだろうけど、足手まといにはならないように自分の身は自分で気をつけるつもりだよ。 けど、それでも戦力にならないことには間違いはないからさ。 肝心のベルル兄ちゃんはそんな戦力外と一緒で問題ないのかな、って思ってさ……」
決して自分の身を心配しての事ではなく、ベルルへの負担を考えての発言であったことをリュックは説明する。
「ふふっ、リュックはボクの心配をしてくれてたんだね。 でも大丈夫だと思うよ。 ボクは隠れたり逃げるの結構得意だから、狩りの時もよくそうしてたし。
それに、いざって時はリュックと一緒に逃げれば問題無いでしょ?」
と、ベルルがそう背の変わらないリュックの頭をポンポンしながら言うと、その言葉を信じたのかリュックは一拍置いたあと頷いた。
「……うん、そうだね。ありがと。ベルル兄ちゃん」
何だかんだあった後、ベルルとリュックはハンザに正式に『パスポート』の作成を依頼することになった。
「はいこれ、八〇〇ペソトです」
「……おう、確かに」
ベルルは前払いで、代金である八〇〇ペソト――少金貨にして八枚――をハンザに支払うと、ハンザはそれを熊のような手で無愛想に受け取った。
「オレも……おじさん、これ……」
リュックもベルルに続いて自身の分の代金を支払おうと、両手に大事そうに抱えた薄汚れた布袋をハンザに差し出す。
「おう」
ハンザはそれも受け取って袋の口を開いてみせる。
すると、中にはぎっしりと詰まった硬貨が。
その殆んどが銅貨であった。
まともな生活を送ることさえ困難で、その日を生き抜くことで精一杯だったリュックが、非合法とはいえ探索者になるためにその日の為に文字通り血の滲むような思いをして貯めてきたお金。それがこの布袋に詰まった銅貨だった。
「……確かに受け取った」
硬貨を確認したハンザは袋の口を締め直すと、そう一言だけ言う。
一日時間があれば探索者証はできるとのこと。
その明日の受け取りを約束して二人はハンザの店を出たのだった。
「それで、リュックは本当に“荷物持ち”になるの?」
ハンザの店からの帰り道、路地を歩きながらベルルは隣に並んで歩くリュックに訊ねる。
「勿論! じゃなけりゃ、高いお金払ってまでパスポートを作った意味がないじゃん」
「まあ、そうかもしれないけど……いくら荷物持ちって言っても危険はあるだろ? それだったら無理をせず、今までの生活を続けてた方がずっと安全なんじゃあないのかなぁって思ったんだ」
「危険なのは百も承知だよ。そんなこといったら、今みたくスラムに住んでる時点で安全からはかけ離れてるんだから。それを考えれば、今よりもお金を稼げる可能性があるってだけで希望があるよ」
ベルルが懸念を伝えるが、リュックはそう強い意思でベルルに伝えた。
「そっか」
「うん。 それに、ベルル兄ちゃんの事だって信頼してるしさっ」
「ふふ、そっか。 じゃあその信頼に少しは応えなきゃね」
それだけの決意を聞かされた以上、ベルルに反対する理由はもうなかった。
「あーあ、オレも適応者だったらなぁ~。 もしオレも“マナ”が扱えたらポーターなんかじゃあなくて正真正銘の探索者にだってなれるのに」
頭の後ろで手を組んで、リュックがそんなことを漏らす。
「うん?」
それを聞いたベルルが、『はて』と首を傾げた。
「ん? どうしたのベルル兄ちゃん?」
「ああ、いや、さっきリュックが自分も“マナ”が使えたら――って言ってたから……ボクだってマナは使えないよ?」
「え……うそ」
「うそじゃないよ? ボクは適応者じゃあないからね」
「はあぁ!? え、で、でもっ、ベルル兄ちゃんは探索者に……だから当然マナだって――」
驚きのあまりにリュックは捲し立てるように言った。
荷物持ちという役でない限り、探索者といえば適応者でマナ使いというのがこの世界の常識だ。
それが、つい先程人生をかけた博打に臨んだ直後の、この今になっての衝撃の告白。
リュックの頭が一瞬真っ白になってしまったのは何もおかしなことではないだろう。今のいままでてっきり、探索者になるからには当然適応者だと思い込んでいたのだから。
口を開いたまま唖然となるリュック。
が、当のベルルはというと、普段通りのとぼけたクリクリ顔で、驚くリュックに対し『何をそんなに』といった様子で言った。
「ええと……マナは使えないけど平気だよ? これでも小さい時から、ちゃんとお祖母ちゃんから狩りの仕方とか護身術とか習ってきたから、マナが使えなくたって向こうでもある程度のことは出来ると思うからさ」
「……ほ、ほんとに? 適応者じゃないってことは、“身威”も使えないんだよね?」
「うん、『適応者』じゃあないから“身威”は使えないよ」
「なのに大丈夫なの、ほんとに……?」
「うん。 大丈夫大丈夫。 それに、言ったでしょ。 いざっていう時はリュックと一緒にさっさと逃げるからさ」
マナが扱えないということで心配するリュックにベルルはそう言って聞かせた。
あくまで気負いのないそのベルルの様子に、リュックはフッと肩の力を抜くと、
「……兄ちゃんがそういうなら。 兄ちゃんを信じるって決めたんだし、今更慌ててもしようがないよね、うんっ。というわけで改めてヨロシクねっ、ベルル兄ちゃん!」
「うん、こちらこそ」
マナの使えない探索者志望の二人は顔を見合わせて笑顔を見せた。
それから、裏通りを出た二人は探索に出る時の準備として、携帯食糧等の必要品の買い出しをすることにした。
が、パスポート代として全財産を支払いすっからかんになってしまったリュックにはもうお金が全くといっていいほどにない。
この時の為にと、一応は準備しているようだったのだが、探索に着ていく服は今リュックが着ているものだけで、まともに代えの服などはないようだった。外套なんかも一応は構えているそうだったが、聞いてみると、捨てられたボロ布を必死で拾い集めて自分で縫い合わせて作ったものなのだそうだ。あと、携行する袋なんかも同じ様にして自らで作ったようだ。
(それぐらい探索者になりたかったんだなぁ)
探索者になることを切望していたリュックの思いの強さを改めてベルルは推し量る。
そんなリュックの努力を知ったベルルだったが、お世辞にもそれでは準備万端とはいえないだろう。
例えば、今リュックが着ている服はボロ以前に非常に薄い作りになっていて、夜の寒くなった時などには不安がある。森に赴く際や激しい運動をすることで破れたりする恐れもあった。外套の存在も重要だ。服の質が不十分でも、外套さえしっかりしていればある程度は代用出来るのだが、その外套もボロの物となれば流石に支障があるだろう。
とはいえ、新しく買い揃えようにも、すっからかんのリュックには当然そんなお金は無かった。
そこでベルルはリュックの分もついでに揃え直すことにした。
『……でも、それはベルル兄ちゃんに悪いよ……』と、恐縮し渋るリュック。それを装備の大切さや、『いつか返してくれればいいから』というような事をこんこんと説くことで納得してもらい、何とかその日の内にあらかた揃えることができたのだった。
帰り途中、夕暮れの大通りで、
「都市ってほんとに人が多いんだね。ボクはこの都市以外をしらないけれど、こんなに多くの人がいるなんて想像もできなかったよ」
「あはは。そうだね。 逆にオレはこの都市からは出たことはないけどね。 この都市でたしか、五万人くらいが住んでるって聞いたことがあるよ」
行き交う人々と夕陽を浴びて淡く染まる石造りの建物を見ながら二人は会話を交わす。
あらためて周りを見渡すと、声を張って客を呼び込む商売人やそこら中に建ち並ぶ屋台、そしてそれらを訪れる人達で絶えず賑っていた。森暮らしであったベルルにとっては、この人の多さは何処か現実味を感じにくい光景だ。
「この都市にあるダンジョンは、ダンジョンの中でも結構早い時期に発見されたんだって。 だからその分人も集まってきて、それに合わせて街もここまで大きくなったらしいよ」
リュックが隣を歩くベルルと歩調を合わせながらそんな風に説明する。
都市を囲む四方の壁をベルルは見やる。その壁は霞む程に、遠く大きく見える。
その巨大な市壁という箱に覆われた場所に、全ての人や物そして営みが詰まっている。
そしてその箱のすぐ側には、人々が『ダンジョン』と呼ぶ古き遺跡が存在している。
市壁に遮られた此処からは見えぬダンジョンにベルルは目を向けて、これからの事へ期待に胸を膨らませた。
必要品を揃えた二人は、明日のパスポートの受取りの約束を交わして、そこでその日はそのまま別れた。
宿に帰り、ベルルは部屋に荷物を置くとその足で食堂のある一階に向かった。
「女将さんミルクください」
「はーい。 あらベルルくん、帰ってたのね。ちょっと待っててね、すぐに持っていくから」
「はい、分かりました」
夕食はリュックと一緒に屋台で適当に済ませていたが、寝る前になにか温かい物でもと、ミルクを注文するベルル。
ちなみに夕食は、仮にも年上という立場であるベルルが奢ったのだが、屋体飯にも関わらずリュックには非常に恐縮された。その恐縮ぶりから、一体普段なにを食べているのかとつい心配してしまうベルルであった。
女将に注文を通したベルルは、何処に座ろうかと席を見回す。と、
「――おーいベルル、こっちこっち」
またもや偶然食堂に居たグリーンがベルルに気付いて手招いていた。
グリーンに気が付いたベルルも声をあげる。
「あ、グリーンさん」
グリーンのいるテーブルに目を向けると、残りのいつものメンバーである女性陣二人も当然のように座っていた。二人もベルルに対して手を振っている。
「やっほー、ベルルくん。今から夕食?」
「……ピルピルー、……ここまでおいでー」
一つに結わえた桃色の髪を馬の尻尾のように跳ねさせ両手を振る快活娘テファと、皿に載っていたチェリーを摘まんでぶら下げた餌のようにベルルに振って見せる翠の髪のおかっぱ娘ユン。
(『ベ』は一体どこへ行ってしまったのか……)
と思わず突っこみを入れたくなってしまったベルル。
「テファさんユンさんも、こんばんわです」
お呼ばれしたベルルは折角なので、空けてもらった席に座る。
「ボクは夕御飯はもう食べちゃってるんですけど、皆さんはいま夕食ですか?」
「そうだよ。明日からまた泊まりで探索になるからしっかり食い溜めしておこうと思ってね。はは」
グリーンはそう言って、手に持ったエールに杯をグイっとあおった。
テファはテーブルに並んだ料理の皿をベルルにも勧めてくれる。
ベルルの右隣に座るユンは、座った椅子から浮く足をぶらつかせながら、未だに摘まんだままのチェリーをベルルの鼻先にちらつかせている。
ベルルがチェリーをパクリと、
「……ムグムグ……そうなんですね。気をつけて行ってきて下さいね」
「ああ、ありがとう。そうするよ――そういえばベルルの方こそ今日もう一度登録に行くと言っていたけど、無事登録はできたのかい?」
「そうそう、登録どうだったのベルルくん?」
「ベルベル……お姉ちゃんに教えるよろし……」
どうやら三人はベルルの登録の件を気にしてくれていたようで揃って結果を訊いてきた。
そんなに気にかけてくれていたことに対し少々驚くベルルだったが、
「あ、はい。何とか登録……出来ましたよ?」
まさか、『偽造ですけどね、テヘッ』とは間違っても言えないベルルはやや歯切れ悪く答えた。
しかし、そんなこととは露程も知らぬグリーン達はというと、
「そうかそうか、うん。 それじゃあ、これで晴れてベルルも探索者というわけだな。後輩の新たな門出に乾杯だ。はっはっはっ」
「なに偉そうに言ってんのよ。私達だってまだ駆け出しでしょうが」
「……でも後輩には違いない……間違いない。 そう、私はお姉ちゃんっ」
と、三者三様にそれを喜んでくれた。
(うっ……)
誤魔化して答えた自分に対してあたかも自分の事のように喜んでくれる三人を見て罪悪感の様なものが生まれるベルル。だが同時に、こんなにも気遣ってくれる三人をとても優しい人達だなと思ってしまう。その事にベルルは感謝した。
「うんうん。 でも探索者っていうのは本当に危険と隣り合わせだから、くれぐれも気をつけるんだよ。決して無理をしにように」
「はい。気をつけるようにしますね」
「グリーン、そういうあんたもよ。 あんたの考え無しの行動の所為でこっちはいつも迷惑してんだから……ハァ。 まぁ、でもグリーンの言う通りベルルくんも気をつけるのよ? 最近、『教会』の連中が“貴族”の取り締まりに力入れてるみたいだからさ」
「『教会』に、<貴族>……ですか」
ベルルが反芻する。
教会はベルルも祖母から簡単には聞いていた。テファの言う教会とは所謂、『統一教会』の事を指しているのだろう。
教会――もとい統一教会とは国の垣根に囚われず、大陸を跨いであらゆる国や地域に広く分布し、そこを拠にする組織のこと。
『統一教』という、ベルルは詳しくは知らないが、教義を掲げてそれを布教しているのだと祖母からは聞いていた。
ただ、“教会”の存在意義はそれだけではなく、世界平和の名の元による治安維持も担っているという。
つまり、統一教という教えを説きつつも大陸中に行き届かせるだけの“戦力”を保有しているのが教会という組織であった。
そして、その教会の対になる存在が〈貴族〉である。
此方に関してはベルルも名前以外は大したことは知らなかったが、“向こう側”に一定の縄張りを持つ反社会的勢力を持つ者達の集まりということくらいは知識にあった。
そして、『教会』が〈貴族〉への対抗力――抑止力として存在しているという事。
そして、その二つの巨大な勢力が取り巻く“向こう側の世界”――<旧大地>。
それが、この百年近くの間続く世界の構図だった。
そこに、今まさに飛び込まんとする小さな存在が、やがて大きな波紋を引き起こすことになる。
それはそう遠くない未来のこと。




