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みなしごベルル  作者: 春野ただじ
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第六話 リュック

 想定外な一幕のあった夕食の席。


 現在ベルルは、そんな“元凶”ともいえる三人と夕食を共にしていた。


 好き嫌いのないベルルではあったがその中でも、夕食のメニューは偶然にもベルルの好きなポトフであった。祖母もよく作事を思い出してベルルは懐かしい気持ちになる。

 ――ただ一つ、今テーブルの上に鎮座するポトフが祖母のそれとは似ても似つかないという点を除けば、だったが。


 「モグモグ……おいひいです……モグモグ」

 「あ、う、うん、よかったね……」

 「……ある意味すごいわ、ベルルくん」

 「くっ……謎ポトフは直視できなくともそれを頬張る姿が小憎たらしいほどに可愛いっ」


 いつの間にか揃ってベルルのテーブルに移動していた三人は、ベルルが美味しそうに料理に舌づつみをうつのを何ともいえぬ複雑な表情で見ていた。

 信じられない、といった奇異の目を向ける二人と、『むぐぐ』と歯軋りしながら意味不明な台詞をのたまう一人の視線の先には、紫色したポトフの様な『何か』があった。

 それを美味しそうに夢中で頬張るベルル。何故か周りに居た食堂の他の客達も残念そうなものを見るようにベルルに視線を送っていた。

 隣でグリーンが、『この宿は安くて居心地もいいんだけどいかんせん、たまに変な実験的な料理が出てくるんだよなぁ』などと独りごちている。

 ベルルは全く気付いていなかったが、どうやら常連達の間ではそれが共通の認識のようだった。


 「それじゃあ、ベルルは今日都市に来たばかりなんだね」


 と、金髪の細面の青年グリーンが言う。


 「あはは。十三歳なのに見られなくて登録できなかったんだ。ひどいね」


 と、蒼の髪をした快活なテファ。


 「……じ、じゅうさん。……これは、私が姉ポジになるべき時がついに……」


 最後に翠の髪のおかっぱ眼鏡の娘が独り言のように呟く。

 またベルルには聞こえないくらいの小声で、『それにしても、これで十三歳とは……かわゆす……』等とのたまっていた。


 結局、興味本位が切欠で交ざってきた三人とベルルは一緒に夕食をとることになり、その際にお互いのことについて等を自己紹介がてらに話していた。


 三人は元々田舎の村出身で、いわゆる幼馴染みという間柄らしく、一年前に田舎から探索者になるためにやってきたということだった。

 歳はグリーンが十七、テファが十六、ユンが十五歳らしい。


 まだまだ探索者歴も一年と、この世界では新人扱いになるらしい三人は収入もまだ少ないようで、安いこの宿をずっと拠点にしているようだ。

 また他の客達も同じような理由から新人や駆け出しの探索者が多いのだと教えてくれた。


 そんな宿にまだ幼く見える子供がいたことで、お節介とは思いつつも三人は心配して声をかけてきたのだと。

 よくよくベルルの実際の歳を聞いたときは三人とも驚いていた。


 「まぁ災難だったね。 最近は未成年の違法登録者の死亡事故が多くなっていて、登録時の年齢の確認が厳しくなっているみたいだからね」


 そうグリーンがギルドの受付の人と同じような話を聞かせてくれる。


 「私達も決して裕福な村じゃあなかったから、歳を偽ってでも探索者になりたいって気持ちは分からなくはないんだけどね……」


 何ともいえない表情を浮かべながらテファが溜め息を溢す。


 「……私も登録するとき歳相応にみられなくて怪しまれた(ボソ)。

 でも一年前はまだそんなに厳しくなかったから……」


 ユンは自分の髪色に似たピューリを小動物の様に噛りながら呟いていた。


 「まあそういう理由があるから、明日もう一度行ってみてもし駄目だったら暫くは諦めるしかないかもね。 保証人になるような保護者とかがいれば何とかなるんだろうけど……」

 「そうですか……」


 グリーンから聞かせれる現実に気落ちする感情を隠せないベルル。


 「ま、まあ、もしダメでもあと一年もすれば流石に登録できるだろうしさ。それまで少しだけ我慢すれば」

 「(コクコク)」


 ベルルが肩を落としていると、それを見かねたテファが慰めを掛け、ユンも同意するように頷いていた。


 「……うん、そうですよね」


 もし明日また駄目だったとしても、テファの言う通りもう少し成長するのを待ってから再度登録に挑めばいいのだ。


 (でも、できるなら……)


 遠い所を苦労して折角此処までやってきたのだ。できるなら、当初の予定通り、探索者になるという目的を叶えたかった。

 ベルルが考え込んでいるとグリーンが言う。


 「――それに、年齢云々を抜きにしても、最近の“向こう”は何かと物騒だからね……」

 「?」


 呟くように言ったグリーンの言葉にベルルは意味をはかりかね首を傾げる。


 「んん――というか、そもそもベルルくんは探索に出たとしても狩りの手段はあるの? 見たところ剣術とかを学んでるようにはみえないんだけど……もしかして意外にも狩人とか」


 グリィンの発言の直後、テファが咳払いをしつつベルルに訊いてきた。


 「あ、はい、ボクは剣術とかは学んでいませんし、狩人というわけでもないですけど、森で暮らしていたのでお祖母ちゃんに習って鹿とか猪とかの獣は時々狩っていました。 なので最低限の術は身に付けてるつもりなんですけど」

 「……鹿とか猪……そんなに小さいのに意外。 ……成る程、それなら向こう(、、、)でも最低限の活動はできそう……」


 ピューリの残りをブッチにあげながらユンが少し感心した風に言う。


 「おぉ、ベルルはその歳で既にそんなに狩りの経験が? すごいなっ。剣じゃないってことは弓とかを使うのかな? そうならユンの言う通り向こうでも十分やっていけるかもね」

 「弓も一応習ったには習ったんですけどあんまり得意じゃあないんです。 向こうでも通用すればいいんですけど、当然ながらまだ〈魔物〉には出くわしたことがないのでなんとも……」


 グリーンは男同士通ずる所があるのか、そっち方面の話題に食い付きよく話に乗ってくる。

 ベルルはそれに対して苦笑いで答えていた。


 「そうだよね。まだ探索に出たきとがないんだから〈魔物〉も見たことがなくて当たり前だよね。 でも、鹿とか猪とかを狩れるんだったら、“ゴブリン”とかは問題ないんじゃないかな?」

 「ゴブリンってたしか、人型の魔物でしたよね」


 知識として、向こう側に棲息する代表的な〈魔物〉については祖母から教えてもらっていたベルル。

 魔物というのは此方側にはおらず、向こう側(、、、、)にのみ棲息する生物のことである。

 “ゴブリン”はその中でも最も代表的な魔物だった筈だ。


 「……そうだよ。 ギイギイって鳴き声で、いつ見ても気持ち悪いヤツら。……単体なら武器さえ持てば素人でも倒せる。けど、アイツらは大抵集団で行動するから面倒臭いの……」

 「それに、アイツらは女と見ると見境なく(さか)って、酷い場合は巣まで連れ去ったりとかもするからね」


 ユンもグリーンも、ゴブリンについて嫌悪感を露にしながら説明してくる。


 「でもアイツらは基本頭が悪いから、油断さえしなきゃあ、そうそう囲まれることもないと思うよ」

 「……でもベルベルは小さいから、もしかしたら間違って連れ去られちゃうかも……どうしようっ?」


 気付いたら呼び名がいつの間にか変わってしまっているユンは、喋っているうちに自分の世界に入ってしまったのか一人で慌てていた。

 その暴走の巻き添えにブッチがあい、妄想状態のユンに両手で握られたままガクガクと揺すられている。


 「こらユン、いい加減ネズミくんを放してやりなよ。――まあ、ゴブリンは脚も大して早くないから、いざという時は全力で逃げれば大丈夫だろう。 それよりも最初のうちは場所を考えて探索した方がいいよ。森とかだと、ゴブリンなんかよりも危険な魔物もいるからね」

 「はい。気をつけます」


 グリーンの真面目な助言に、ベルルも真剣な面持ちで頷くのであった。


 その後も暫くの間、グリーン達と時間を共にしたベルルは他にも幾つかの注意点や助言を貰い、その日はお開きになった。



 部屋で一人きりになり、ベッドにゴロリンと寝転がったベルル。

 今日はまさか登録の段階で出鼻を挫かれるとは思ってもいなかった。

 しかもその理由が年齢制限とは。


 明日もう一度ギルドを訪ねるつもりではあったが、駄目だった可能性についてもベルルは頭の片隅で考えていた。


 (もし明日駄目だったらどうしようかな……)


 ベルルは別にどうしても探索者になりたいというわけでもない。危険が伴う仕事なので祖母からもあまり勧められはしなかったのだ。


 (……それでも、一応男としては一度くらいはやってみたいって思うよね……)


 他聞に漏れずこんな成りのベルルでも、俗にいう『男の浪漫』という症候群にかかってしまっているのかもしれなかった。


 「まぁもし駄目だった時は、その時は他の仕事を探せばいいかな」


 等と、ベルルはあまり深刻に考え過ぎないよう割り切って考え、明日のリベンジの為に早々に眠りについた。

 “探索者”の――〈旧大地〉の夢を見ながら。




 街の顔ともいえる表通りとは対照的な裏通りの路地裏。

 そんなろくに街灯の整備されていない、夜に限らず薄暗い雰囲気の通りを赤毛の子供が薄汚れた袋を手に歩いていた。

 地面には、時折浮浪者やゴミが散見しているが、赤毛の子供は馴れた足取りでそれらを無視して歩き抜けていく。


 そうして辿り着いた場所は、街外れにある都市内を流れる用水路の側。この辺りは一応壁の内側ではあったが、半分外といっても違和感の無い場所であった。

 周辺には、木の板とボロ布を合わせて造った粗末な小屋の様なものが幾つかあった。


 リュックはその内の一つにやって来ると扉代わりのボロ布を上げると、


 「ただいま」


 誰に言うでもなく声に出すリュック。

 此処がリュックの“家”であった。


 リュックは家というには粗末過ぎる小さな小屋に入ると一息つき、頭に被っていたボロの薄汚れた帽子を脱いだ。すると帽子の中に詰めていた髪がぱさりと肩まで落ちる。

 赤毛の“少女”――リュックはその肩までかかる髪を鬱陶しそうに一つに纏めると、今日の報酬で買ってきた売れ残りの屑イモと屑野菜を元に夕食の準備を始めた。


 リュックの住むこの場所は、所謂スラムと一般に呼ばれる場所だった。

 この都市は比較的規模の大きな都市で、それに合わせて物や人もそれなりに豊富である。

 しかし、光在る所には必ず陰も存在する。人が形成する共同体とは得てしてそういうもので、このスラムが正に“陰”だった。


 リュックはずっと此処に一人で住んでいるわけではない。

 元々は少し離れた場所にある孤児院で暮らしていた。

 院長先生は本当の親以上に優しく、また一緒に暮らす他の子供達も彼女にしてみれば可愛い実の弟妹達以上の存在だった。

 が、孤児院のある場所がスラムという場所が場所なだけに碌な支援が受けられず、経営は非常に厳しかった。

 食事や衣服は勿論のこと、院の建物自体もボロボロでとても最低限度の安心できる生活を送れているとはとても言えなかったのだ。


 そんな中、年長であったリュックは年頃になると、一つの決心をして院を出た。まだ小さな弟妹達の代わりに自分が稼いで少しでも院の経営を助けようと。

 だが実質は、リュックは家出のような形で孤児院を飛び出してきていた。

 リュックは十一歳。その年頃であれば働いたり家業の手伝いをしたりといったこともごく普通の事。しかし彼女はスラム出身の孤児だ。それだけでも人からはよく見られないし、孤児ゆえにいざという時に誰も後ろ楯になってくれる者もいない。

 それに加えて、十一歳ということは未だ子供には違いないが、女としても成長が始まるくらいの歳。

 この都市に限らずこの世界では、人攫いというものが日常的に横行している。その出自から事件として発覚されにくく、また拐うのが容易であることからその人攫いの対象として狙われやすいのが正にスラム出身の孤児であった。


 人攫い共にとっては十一歳という歳は、しかも女であれば十分に商品として価値がある。元の素材がいいリュックのような子供なら尚更に。


 そんな理由から、リュックが孤児院を出ることを反対するのは当然といえば当然の事だろう。が、結局彼女は強引に押切り半ば飛び出すようにして院を出てきたのだった。

 そこからの生活はリュックにとって厳しいもので、院の為にと出てきたリュックに現実というものを知らしめた。

 院長先生の心配通りの事に合いかけたことも何度かあった。その経験から外に出るときは女として見られないように振る舞うようになった。

 普段はゴミという名の資材集めを主に行い、その中から売れそうなもの買い取ってもらうという仕事を延々と毎日していた。

 二束三文にもならない仕事。そんな稼ぎでは当然院の為に仕送る余裕などある筈もなかった。が、日々の食費を削ることでその少ない中からでも僅かに貯えを作っていた。

 想定はしていたが想像以上にままならなかった。けれど、それでも彼女が出た分だけでも院の負担が減るのであれば意味はあるのだとリュックなりに納得して日々の生活を送っていた。

 全ては院の、弟妹達の為にと。


 そんな生活のある日のこと。

 リュックは珍しく街案内の客を掴まえることができた。別にそういった仕事が特にあるわけではなく、ただ単に初めて都市を訪れた人間を目的の場所まで案内してその対価として幾ばくかの駄賃をもらうというそれだけのことだ。

 が、それでもリュック達にとって大事な収入源であることには変わりない。

 現に、まれにしかない仕事にありつけたリュックも当然喜んだ。

 その客は見るからに田舎から出てきた馬鹿りのお上りさんといった様相の少年だった。彼女が今まで会ったことのある人間とはどこか違う。

 大抵の人間はリュックのような見るからにスラムの者に対しては、蔑むような憐れむような目を向けてくる。しかし少年はそんな風な様子も一切なく、むしろ気を遣ってさえしていた節があった。

 結局、少年とは宿とギルドを案内しただけで別れたが、最後には値切ることなく案内賃をしっかりと払ってくれた。こういったものの料金は予め値切ってくることを考慮して値段なので実際よりもやや高めに提示していたというのに。

 純朴というか人を疑うこと知らないというか、兎に角どこか変わった少年。


 売れ残りで安く買った夕食を食べた後、布を敷いただけの寝床に横になってリュックは今日の事を思い返していた。


 「………探索者か」


 腕に自信のある者が高い報酬を夢見て、または食い詰め者や脛に傷があってまともな職につけない者達が選ぶ職業。

 孤児という理由からまともな職につけないリュックも考えたことは一度や二度ではなかった。が、生憎リュックはまだ十一なので登録が出来ない。

 その事を抜きにしても、リュック自身は戦う為の技術など学んでいる筈もなく、剣も握ったことがなければナイフさえも握ったことがない。探索者として魔物を狩ることなど到底無理だった。

 しかし一つだけリュックのような者でも出来る役割がある。

 それは『ポーター(荷物係)』としての仕事だ。ポーターならば直接の戦闘技術がなくとも探索者として同行することができるのである。

 これは今になって思い付いたものではなく以前から密かに考えていたこと。実際にそうやって稼いでいる人もいるという話を聞いてから、自分もと思っていたのだ。


 年齢の事は方法がある。お金さえどうにか工面すれば。肝心なのは誰に、どの探索者に同行させてもらうかということだった。

 スラム出身でも年齢の事も気にせず(、、、、、、、)に、それでいてポーターを欲しながらも信用出来る人間。

 そんな途方もなく都合のいい人間なんかそうそういるわけもなく、だからこそこの計画も只の計画止まりだった――いや、今日までは(・・・・・)そうだった。


 「……プッ」


 そこまで考えて、リュックは不意にクスリと笑った。


 「あれで十三歳って――」


 独り言のように呟きながらクスクスと笑うリュック。

 稀に年齢が原因で審査に落ちる人もいるという話は聞いた事はあったがベルルの場合は、もし仮にリュックが担当だったとしても間違いなく落としていただろう。それぐらい歳上には見えなかった。特にあのクリクリした感じなんか。


 ベルルは明日もまたギルドに行ってみると言っていたが、審査の厳しい今、一度落とされた以上保証人無しでは難しいだろうとリュックは思う。

 もしそうなった場合、


 (ベルル兄ちゃんを誘う理由に……)


 あんな如何にも少年というようなクリクリな(なり)で狩りなどできるのかとも思うが、ただの好奇心の考えなしで探索者になろうとするような人種にも見えなかった。


 結局は希望などどこにもなく、夢は夢のままで終わると思って諦めかけていた時に射した一筋の希望の光、それがベルルだった。


 今日出会ったばかりだが人の良い少年のようにリュックの目には映った。

 その境遇から、それなりには人を見る目があると自負しているリュックから見てベルルは、ややポヤッとはしているものの基本的に善人に思えたのだ。


 (……話だけでもしてみよう)


 個人的な理由から正規(・・)ではない道にベルルを誘うことに少なくはない罪悪感を感じるリュック。


 (それでも、院と皆のためにお金が……)


 天井を見詰めながらリュックは、感じた罪悪感を握り潰すように拳を握り締め決心をした。




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