第五話 登録
「さ、着いたよ! ここがこの街のギルドだよ!」
リュックの後を付いていくこと暫くしてやって来たのは、街の中心地ほどにある一つの大きな建物。周囲には同じくらいの大きさの建物が幾つか建ち並び街角には燃料に魔石をふんだんに使っていそうな、街灯の“魔道具”らしきものが幾つも立っている。
色んな意味でここがこの街の中心地だと思わせるような立地であった。
「ふわぁー」
その建物の大きさに思わず目を奪われてしまうベルル。
と、そんなベルルに赤毛の案内者がせっつく。
「ベルル兄ちゃん、いつまでも建物に見とれてたら日が暮れちゃうよっ。 眺めるのは後にして、オレはここで待ってるから早く行ってきなよ」
「う、うん、わかった。行ってくるよ」
ベルルは、お上りさん然としている彼に苦笑するリュックに背を押されて追いやられてしまう。
両開きの少し重さのある扉の片側を押し開けてベルルが建物の中に足を踏み入れると、そこは大勢の人達で入り乱れ混雑していた。
「すごい人だなあ……」
足を踏み入れた瞬間、明るい照明の魔道具が放つ煌々たる光と大勢の労働者達による喧騒という名の熱気がベルルを出迎える。
その熱気に当てられたベルルは暫しその場で立ち尽くしてしまっていた。が、ややあってハッと気持ちを切り替えると、
(よしっ――)
ベルルは両手でペチンと頬を打つと、覚悟を決めて人混みの中へと突貫していった。
人の多さに若干および腰になりながらも、キョロキョロと辺りに目をやりつつ歩き進むベルル。
この建物は横に長くなっていて、人の多さと相まって目当ての受付を見付けるのにベルルは苦労する。
『ギルド』と一口にいっても規模の大きな商人ギルドといったものから、大工、服飾といったものまで様々な部門がギルドにはあった。今回ベルルが用事のあるのは、その数あるギルドの中で“探索者ギルド”といわれるギルドになる。
「あ、あれかな」
と、横並びになった受付の中にそれらしきものを見つけた。
『すいませんっ』、『すいませんっ』と言いながら人混みの中をすり抜けていき、やっとの思いでベルルは辿り着くと、小柄な彼にとっては些か高い受付台越しに遠慮がちに声をかけた。
「……あのー……すいません」
「はい――あら坊や、なにかしら?」
ベルルの声に反応して答えたのは、そこにいた担当らしき女性だった。年齢は分からないが大人の女性だった。
彼女は声の主であるベルルを見て一瞬意外そうな表情を顔に浮かべたが、すぐに営業用の笑顔に戻りベルルに接する。
『坊やという程の年齢じゃあないんだけど……』と思いつつも、それを顔には出さずにベルルは続けた。
「……あの、ギルド登録をしたいんですけど」
「あー……ボク? 知らかったんだとは思うけど……ギルドで登録をするには十二歳になってからじゃないと駄目なのよ。
だから申し訳ないけど、ボクじゃあまだ登録はできないのよ……ごめんね」
「えっ……あ、いやボクはこう見えても十三歳ですので問題はありません。 ですので登録をお願いします」
受付の女性の説明にベルルは一瞬呆けた顔を晒してしまうが、慌てて誤解を訂正する。
背の低さは少年自身も認めるところではあったので間違われるのは仕方がないことかもしれないが、そこは男子としてしっかり訂正しておかねばならない。
そう思い言葉を返したベルルだったが、
「――ダメよ、嘘ついちゃ。 坊やくらいの歳の子が年齢を偽って登録に来ることは時々あるけど、もし仮にそれで登録できたとしても、いつかそれが発覚したら、その時は一生登録できなくなっちゃうのよ。 それでもいいの?」
「え、あ……いやだからボクは……」
「――もし本当に坊やが十二歳以上だっていうんだったら、親御さんと一緒に来て保証人になってもらってからにしなさい、ね? その時は私が責任持ってちゃんと受付けてあげるから」
「あ、……はい」
必死に弁解を試みようとするベルルだったが、まるでダメな弟を叱るかのような有無を言わせぬ彼女の説明につい頷いてしまった。
(あっ、思わず頷いちゃったよ!?)
確かにベルル自身も自分の歳が正確なものではないことを知ってはいた。が祖母からも、実年齢からそう大きくずれてることはないだろうといわれていたのだ。
なので納得出来ないベルルが再度主張しようとしたところ、
「いや、あのですね、ボクは本当に――」
「おい、此処はまだ坊主には早いんじゃあないのか。 無茶言って困らせてねえで早く帰んな」
後ろに並んでいた人から苦言を入れられてしまうベルル。
いつの間にか周りから我が儘な子供いった風な扱いをされてしまっているようだった。
(えぇー……)
甚だ不本意に感じてしまうベルルだったが、このまま問答を続けて周りに迷惑をかけてもいけないと思い、取り合えず今日のところは一旦出直すべくそのまますごすごとギルドを後にした。
建物を出たベルルの表情は来た時とは一転して消沈しきったものだった。
そんなベルルが出てきたことに気付いたリュックが駆け寄ってきて、
「あれ、早かったねベルル兄ちゃん。 どうだった、ちゃんと登録できたの?」
律儀に待ってくれていたリュックに、そう純真な目を向けられたベルルは気不味そうに答える。
「……登録、できなかったよ……」
「え?」
「十二歳以上じゃないと登録できない、って……ボク十三歳なのに……」
「えっ」
「えっ」
ベルルの呟きにリュックが驚き、ベルルもまたそんなリュックに驚く。
「……え、兄ちゃんって、オレと二コしか違わないの……? そんなクリクリなのに」
「だれがクリちゃんかっ。どこからどう見ても十三歳の立派な男でしょうが!?」
「――う、うん。 そ、そうだね………十三歳……っぽい、かな?」
「そこは言い切ろうよっ、自信を持ってさ」
説明しても未だ半信半疑なリュック。
ベルルは、『まったくもう』と、プンプンしていた。
「っていうか、ベルル兄ちゃん、もしかして探索者ギルドに登録しにきたの?」
「うん? そうだけど……」
リュックの問いに、『なにか?』と言いたげな目を向けるベルル。
「いや……てっきり商人ギルドかなんかに見習いの登録で来たのかと思ってたから……」
「違うよ、っていうか見習いって?」
咄嗟にベルルは聞き返す。
「うん。商人ギルドとか他の探索者以外のギルドは大体見習い制度があって、十二歳未満の子供でも師匠とか親方とかの許可さえあればそれを保証に登録することができるんだ。むしろその制度がある方が殆どで無いのはそれこそ探索者くらいだと思う。
だからオレも、てっきり兄ちゃんがその、じゅう……歳未満の見習い登録だとばっかり……」
「……なるほど。 そんな制度があるんだ。……他のギルドかあ。 うーん」
リュックの話を聞いて唸るベルル。まさか自分の容姿がこんなところで足を引っ張るとは思わなかったのだ。
気不味い空気が流れる中、不意にリュックがベルルに訊ねた。
「……兄ちゃんは他のギルドじゃなくて探索者がいいの? というかベルル兄ちゃんって戦えるの?」
先までの気まずそうな顔ではなく、どこか真剣な表情のリュック。
「失敬な……こう見えても狩りとかはやってたから多少は戦えるよ。 まあでも、どうしてもってわけじゃあないけど、実入りがいい仕事だと探索者かなぁって」
「……そっか」
「うん。それに探索者って、未だ誰も行ったことのない場所に行ったりするんだよね?」
祖母からそんな風に聞いていた。危険の伴う仕事だからと、決して勧められはしなかったが。
それでも、
「――だから、なんか夢のある仕事でやりがいがありそうだなって思ったんだよね。 まぁそれだけじゃあお腹は膨れないから、やっぱり実入りが一番の理由ではあるかなあ」
探索者。
ベルルが祖母から何度も聞いた話だった。
探索者というのはダンジョンに潜ることによって魔石を手に入れ、その魔石を市場に売ることによって生計を立てる職業だと。
魔石は現代の生活には欠かせないものでありまた相当数が日常的に消費されていっている。
なので常に魔石の需要はあり、むしろ需要に対して十分な量の供給が追い付いていないのが現状だ。
危険を差し引いても、探索者の報酬がそれなりに高く、特定の職につけない者の受け口として人気が高い理由がそれである。
「まあ、駄目だったものはしょうがないよね……ダメもとでまた明日出直してみるよ――リュック?」
「……え、あ、うんっ」
「どうしたの? 大丈夫?」
「う、うん、大丈夫だよっ。 今日はもう他に回る所はない?」
「うん。今日の所は、まだ街に着いたばっかりでちょっと疲れてるから宿に戻ることにするよ。 案内してくれてありがとねリュック、助かったよ――あとこれ、はい」
何となくリュックの様子に違和感を感じたベルルだったが、深く追求するようなことはせず、おもむろに腰に下げた巾着から一枚銀貨を取り出すとリュックに差し出した。最初にリュックと約束していた案内賃である一〇ヨーツだ。
「……あ、うん。ありがとう」
「ほんとに助かったよリュック――じゃあ」
銀貨を握り締めるリュックに、ベルルはそう言うと手を振って宿まで来た道を戻っていく。
「……」
その場に残されたリュックは何かを考えるように去っていくベルルの背を見つめていた。
宿に戻ったベルルは一度部屋に戻り、少し早めの夕食を取ろうかとと食堂まで下りてきた。
「あらベルルくん。 夕食はうちで食べてくれるの?」
「はい、美味しそうだったので」
「あらあら、お上手ね。ふふふ。 それじゃあ期待に応えられるようにうんと腕によりをかけて作るように言っておくわね」
「はい、ありがとうございます」
そう言うとベルルは、女将さんお勧めの定食を注文する。
ちなみに、料理は女将さん自らが作っているようだ。
普段、外着で着ている黒のローブを部屋に置いて短パンにシャツという少年らしさの際立つ身軽な服装になっているベルルは、料理ができるまでに時間をやや手持無沙汰に何をするでもなく待っていた。
そうしていた時、そんなベルルに不意に声が掛けられる。
「やあ、もしかして一人かい?」
「――? あ、はい」
声の方に振り向くと、そこにいたのは若い男だった。
突然声をかけられたベルルは何だろうかとキョトンとする。
「突然声なんかかけたりして申し訳ないね。 いや、随分若いように見えたから、そんな子が一人でいることがちょっと気になって声をかけただけなんだ。 驚かせてしまったなら申し訳ない――僕はグリィン、良かったら名前を訊いても?」
と、そうグリィンと名乗った男は金色の髪を掻きながら若干気恥ずかしそうに言った。
「あ、はい、ボクはベルルっていいます。十三歳です」
男の雰囲気に何となく人当たりの良さを感じたベルルは、気を悪くすることもなく自らも名乗った。ついでに歳を名乗ることも忘れない。
すると、
「――ふふ。ほら、だから言ったじゃない。 歳のことは余計だって。 ごめんね、ベルルくんだっけ? こいつちょっと空気が読めないとこがあって、気に障ったなら私から謝るわ」
と明るい口調で向こうの席に居た女性が割って話に入ってくる。
「おい、空気が読めないとはなんだ。 僕ほど空気を読めるやつも珍しいだろうが。 でなければ、到底お前達なんかと付き合っていられないだろう」
その彼女に気安い様子で返すグリィン。と、そこへ、
「……まっ、なんて言い種……そういうところが空気が読めないとテファは言っている……このヒョロリーン」
ベルルに謝ってきた、蒼色の髪の女性――テファと呼ばれた彼女と同じテーブルに居たもう一人の女性が、グリーンを非難するような言葉を向けてきた。
「僕はグリーンだ。 変な渾名を付けるんじゃないユン。もし定着してしまったらどうするんだ」
「はいはい、二人とも喧嘩はそこまでよ。 ほら、ベルルくんが引いちゃってるじゃない」
いつまでも続きそうな言い合いをテファがぱんぱんと手を叩いて収めようとするも、
「いや、そもそもテファがだな……」
「……うるさい、黙るのだ――エイッ」
「アフゥッ!?」
納得のいかないグリーンが食い下がり、それを見かねた翠の髪の彼女――ユンに背後から股間を杖で殴打されて泡を吹いていた。
頭を抱えるテファと白目を剥いて痙攣するグリーン、そしてそれを満足気な顔で見下ろしているユンという騒がしい三人に加え、更にはその様子を見てオロオロするベルルといった世にも珍妙な光景がその日の食堂にはあった。




