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みなしごベルル  作者: 春野ただじ
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第三話 旅立ち

 老婆が倒れた日の数日後――再び彼女は倒れた。


 外で作業をしていたベルルが家に帰ってきてから直ぐにそれに気付き、今は寝室のベッドに老婆は寝かされていた。


 青い顔色で横になる老婆の傍に心配そうな顔のベルルが付き添う。


 「ごめんねベルル……また迷惑かけちゃって……」

 「迷惑なんてそんなことよりしっかり休んでて、おばあちゃん」

 「ふふ……じゃあ、頼りになるベルルが言うなら、お言葉に甘えようかしらね……大丈夫よ、こうしてベルルがついててれるんだから、お祖母ちゃんすぐに元気になるわ」

 「おばあちゃん……」


 ベルルを見ていつものように優しく頬笑む老婆に、ベルルの目が潤む。

 ベルルにも老婆にも、何となく解っているのだ。それが気休めの言葉だということが。


 老婆は何時ものように、ベルルの栗色の頭を震える手で優しく撫でた。


 「……ふふっ。ベルルの髪は相変わらずサラサラねぇ……ずっと撫でていたくなっちゃうわ」


 目を細める老婆。


 「立派になったわねえ、ベルル……本当に立派に……。もう少しだけ、お祖母ちゃんベルルと一緒にいられると思っていたんだけどねぇ……あなたがもう少しだけ大きくなるまで……」


 眩しいものを見るように老婆はベルルを見つめる。


 「おばあちゃん……なに言ってるのさ……」

 『チュゥゥ…』


 まるで最期の様な老婆の口ぶりに

 ベルルの瞳から涙が溢れた。ベッドにちょこりと乗って心配そうに老婆を見ていたネズミの髭も小さく震えている。


 「あらあら……ベルルったら幾つになっても泣き虫のままねえ……これじゃあお祖母ちゃん心配でおちおち寝ていられないわねぇ、うふふ」


 泣き顔のベルルを見て老婆は優しく嗜めた。


 「……うぅぅ」


 グシグシと袖で涙を拭うベルル。

 それでも、悲しくて悲しくて、後から後から溢れてきた。


 「ふふ、懐かしいわね。 昔は夜ベルルが一人で眠れないとき、眠れるまでこうして撫でてあげてたのを思い出すわ……ふふ」


 遠い目で老婆が語る。


 「――あれからもう何年になるのかしら……時間が過ぎるのはあっという間ね、ほんと。ベルルもこんなに大きくなるはずだわ

 ……ねぇベルル、お祖母ちゃんね、ベルルと一緒にいられてすごく幸せだったよ」

 「……うん……うん、ボクも……」

 「うふふ、もしそうだったならお祖母ちゃんも嬉しいわ。

 ――ベルルも知っているけど、お祖母ちゃんは他の人達よりもほんの少しだけ長生きしてるの……そうほんの少しだけ。 それで辛いことも楽しいことも色々とあったけれど、ベルルと過ごしたこの何年かが一番幸せだったわ。 長生きしたおかげで最期にベルル達に出会えたの。引き合わせてくれた神様に感謝しなきゃね」


 そう言って頬笑む老婆にベルルは何度も頷いてみせた。


 「それと……あなたの、ベルル自身のその〈力〉も……きっと神様から授かったものだから……だから、あなたは自信を持ってあなたの思うように生きなさい」

 「う゛ん……わがっだ……」


 もはや声にならない声がベルルの口から溢れ、流れ落ちる涙が抑えきれない感情となってシーツを濡らしていく。


 「――きっと、あなたはこれから出会う人を幸せにすることが出来る……あなたが私にしてくれたように……。」

 「お゛ばあ゛ち゛ゃん゛……っ」


 老婆は、涙と鼻水塗れになる愛しい存在に、優しい視線を向けるともう一度確かめるように、何時ものように撫でる。いつしかその瞳からは涙が流れていた。

 慈しむように頬笑みを浮かべて老婆は言う。


 「――これからの、あなたの人生がどうか、幸せに包まれていますように……。ブッチ、ベルルをお願いね。この子目を離すとすぐ無茶すちゃうから、うふふ」

 『……ヂュウ、ヂュッ!』


 ネズミも髭を震わせながら鳴いて答える。


 「ベルル……わたしの愛しい子……あの日から、あなたは私のかけがえのない宝物だった…………ふう、お祖母ちゃん少しだけ眠れなってきちゃった……」

 「ふぐぅぅ……眠っちゃだめ、お祖母ちゃん……ぼぐをお゛いて゛いかな゛いでぇ……」


 ベルルはすがり付くように祖母の身体を掴んだ。絶対に離したくないと。


 「あらあら、ベルルったら……大丈夫、よ……泣き虫さんを置いて、お祖母ちゃんは何処かに行ったりしないから…………いつでも傍にいる……見守っているから、ね…………」


 そう消え入るように言うと老婆は、スゥっとまるで眠るように目を閉じた。


 「おばあ゛ちゃんっ……おばあ゛ちゃんっってばぁ……っ」


 目を閉じた老婆の体を泣きながら何度もベルルは揺する。

 直後――老婆の身体がまるで砂のように崩れていった。

 それはもう掴むことのできないただの砂。


 いつかの昔――彼女は〈代償〉なのだと言っていた。

 限りある“生命”を超えたその代償なのだと。


 あとに残されたのは、少年と同じお揃いの銀の腕輪(・・・・)


 「……ぅぅっ」


 ベルルは残されたそれを握り締め声をあげて泣いた。

 老婆の居なくなった(、、、、、、)ベッドの上で。


 窓から覗く森の木々はそんな少年を見守るように、そっと静かに葉を揺らす。それは、夜の帳が下りた後までずっと。




 それから数日後、


 「よしっ、と――ブッチ、準備はいいかい? 忘れ物はない?」


 パンパンになった麻の袋を叩くベルル。


 祖母を失った悲しみはすぐに癒えることはない。

 けれど、哀しみに泣き腫らす少年をきっと老婆は望んではいないだろう。

 だからベルルは前を向いた。悲しくても、寂しくても、きっと傍で見守ってくれているんだと信じて。


 (いつまでもメソメソしてちゃ、お祖母ちゃんに笑われちゃうからね)


 暫くは悲しみにくれていたベルルだったが、一頻り泣き尽くすと気丈に自分を叱咤し気持ちを切り替えた。


 それからベルルは今後についてどうするべきかと色々と考えたのだったが、結果としてベルルは準備を始めた。一度この家を出る決断をして。

 いつか老婆が、『一度は人のいる町や都市に行ってみるといい』とベルルに語ったことがあった。自分だけではなく、他者やその人達が住む場所の空気に触れてみなさいと。

 老婆が生前の時はあまり真剣に考えたこともなかった。此処を出ていくなどということは。

 が、老婆のいなくなった今、その言葉を思い出したベルルは考えた。

 親心ながらに老婆が少年の未来を考えて語ってくれた言葉だ。ならば、それを信じて行動してみようと。


 そうしてベルルと一匹のネズミは、折に触れて老婆が語ってくれていた『都市』に行くことが決まったのである。


 「――ここから西に行けばいいんだったよね?」


 老婆の教えてくれた事を思い出しながら地図を見るベルル。

 一番近い処で、此処から徒歩で六日程行った所に人の住む都市があるのだと以前老婆からは聞いていた。


 最終の確認をし、いざ出発の日。

 荷物を背負ったベルルが、森の家を正面に佇む。


 『チュチュッ』

 「――うん。 おばあちゃんも言ってたもんね。一度は人の街に行ってみなさいって。 大丈夫、何があっても此処がボク達の“家”なのは変わらないんだから」


 思い出の詰まった小屋のような家を見ながら、気遣うブッチにベルルは言う。

 ここが、老婆の眠るこの家が少年にとっての『帰るべき場所』なのだから。


 「それじゃあお祖母ちゃん、少しの間、行ってきます」


 ベルルは誰に言うともなく大きな声で伝えると、ついに一人と一匹は外に向かって出発した。


 残された森の木々が、そんな一人と一匹を祝福するように優しく木の葉を揺らしていた。





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