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みなしごベルル  作者: 春野ただじ
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第一話 プロローグ

 木々が鬱蒼と立ち並ぶ、ある森の中。


 辺りからは鳥の声が消え、聞こえてくるのは虫の音だけだった。

 そんな静まり帰った森に、一つの蠢く“塊”があった。


 グチャ、グチャ、と肉を擂り潰すような心地の悪い音が、虫の声に混じって小さく森に響く。


 「グァッ……グァッ……」


 その蠢く塊は肉を貪っていた。

 喰い散らかされた蚯蚓の様な、蛇の様なものの死骸。

 それを取り憑かれたように、血汁を垂らしながら一心不乱に貪る。

 肉を引き千切る口は獲物の血に塗れそこから覗くのは牙のような犬歯。獲物に突き立つその手からは獣の様な爪が伸び、貪っても貪っても足りぬと餓えに染まるその瞳は金色に光っていた。


 その蠢く塊は、まさに異形の姿。


 異形は、もはや残骸のようになった獲物を投げ捨てると、顔を上げギラつく視線で周囲を見回す。これでは足りぬ、もっと獲物を、もっと血肉をと、まるで渇きを癒すかのように。


 餓えた獣の様な、凡そ人とは呼べぬ人々から忌み嫌われるべく産まれてきたような、そんな禍禍しい黒い生き物は獲物を求めて歩き彷徨う。


 そんな光景の中で、その不気味さにそぐわぬものが一つだけあった。


 『チュッチュウッ』


 それは、おぞましささえ感じる“異形”の、肩で(さえ)ずる小さな白い影。

 近寄ることがすなわち呪いを意味するようなその肩に、そのネズミはちょこりと乗っていた。


 「――ガウッガウウッ」


 するとその“異形”は、凶悪な爪をかざすことも牙のような歯を剥くこともなくネズミの乗る肩に向かって吠えてみせる。分かっていると言わんばかりに。

 それを聞いたネズミもまたプルプルと小さく震えて意志を主張する。

 もしかすると、ネズミは先程の食事(、、)のメニューについて不満を伝えているようにも見えた。

 敵対するでもなく争うでもない、端からみるとまるで不釣合いの二匹。


 森を彷徨い歩く二匹は暫くして、ようやく一匹の獲物を発見する。

 無防備に草を食む一匹のウサギだった。


 『チュチュッ!』

 「ガウアッ!」


 漸く巡り合った肉々しい獲物に二匹は興奮する。

 ウサギはそんな二匹のことなど全く気付かずに、一生懸命に円らな瞳で食事を続けていた。

 しかし、この世は弱肉強食。見た目や生まれなど何の関係も無い。ただ、弱ければ喰われる、それが自然の摂理であった。

 そして、“ウサギ”にはそれらから逃れる術はなかった。


 獲物を視界に収めた“異形”の獣は獲物を狩るべく瞬時に気配を殺して身を屈めた。いつでも飛び掛かれるようにと。

 残酷に引き裂く為の両爪を伸ばした異形は、喉の奥から餓えの音をグルルと鳴らし、禍禍しい瞳は更に獰猛に光を帯びる。

 宿り主の肩の上のネズミも空気を読んでじっとしていた。


 じり、じりと距離を詰めた異形の獣が、今まさにウサギに飛び掛からんとしたその時――。


 ピュンッ、と何かが風を切った。

 その風を切ったものが獲物のウサギに突き立つ。

 ビクリと痙攣して倒れるウサギ。


 「ガウアッ!?」

 『ヂューーッ!?』


 思わぬ不意打ちに二匹は揃って叫びを上げる。

 直後、どこからか声が、


 「あら、あらあら――」


 妙に場違いなのんびりした声と共に、ガサリと音を立てて現れた人影。

 絶望の表情を浮かべていた二匹の獣が、その声に反応して咄嗟に身構えた。


 「ッ!?」


 警戒する二匹が目をやったその先から現れたのは、


 「――あらまぁ……こんな所に珍しいわね」


 一人の老婆だった。

 老婆は緊迫感の漂うこの場所にいかにも不似合いな口調で、誰にともなく声に出した。

 手には弓を下げていることからウサギに矢を射ったのはこの老婆だろうということが分かる。

 老婆は“異形”を見て驚いたように一瞬目を見張る。

 が、僅かな間の後、その顔に刻まれた皺を更に深くさせると、口から優しい声音を漏らした。


 「あらあら、可愛らしい狩人さんだこと」


 そう、目の前の“異形”に言った。

 微笑んだ老婆の細められた視線。その先には、


 「こんにちは――坊や」


 自分に対して精一杯威嚇する“小さな小さな幼い”異形と、逆立てた白い毛を震わせ必死に強がる一匹のネズミがいた。


 ――これが、小さな異形の子供と小さなネズミ、そして魔女と呼ばれる老婆の出会いであった。


 木々の隙間から射す木漏れ日がそんな三つの影を照らしていた。




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