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根源殺し


 ディエゴはその場から飛び退き、憎悪に満ちた目を俺へ向けた。


「邪悪な魔族め……。オレを生き返らせたのは、勇者学院の秘密を探るためか?」


「ふむ、ディエゴ」


 言葉を口にした瞬間、すでに俺はディエゴに近づき、その左胸を貫いていた。


「がぁっ……はっ、ぁ…………!」


 奴は口から血を吐き出す。


「誰に許可を得て喋っている? 頭が高いぞ」


 奴の心臓を掴み、そのままぐしゃりと握りつぶす。


「……か…………あ………………」


 右腕を引き抜くと、ディエゴは顔面から床に倒れた。

 体はぴくりとも動かず、すでに事切れた。


「勝手に死ぬなと言ったはずだ」


 <蘇生インガル>の魔法で再びディエゴを蘇生してやる。

 体が蘇生されるや否や、奴は俺を睨みつけた。


「き、貴様――がぶっ!」


 ディエゴの頭を踏みつけ、床に押しつけてやる。


「……お、おのれぇぇぇ……! 魔族め……なにを企んでいるか知らんが、勇者のこのオレが、屈すると思うな……!!」


「まだ勇者気取りか。見下げた奴だな」


 俺は手の平に魔剣を創造し、ディエゴの根源ごと奴の腹部に突き刺した。


「……がぁっ……ぐぅ…………む、無駄だ……これしきの痛みで……オレは人類のために、平和のために戦っているのだっ! たとえどんな耐え難い苦痛も、耐えてみせる。愛と勇気を解せぬ貴様らには到底理解できぬことだろうがな、この薄汚い魔族がっ!!」


魔眼を凝らし、よく見てみるのだな、自らの体に描かれた魔法術式を」


 魔剣の先端を通じて、ディエゴの全身に魔法陣が描かれていた。

 その魔法術式を見るなり、奴ははっとした。


「……これは…………<魔物化ネドラ>……?」


 大講堂でレドリアーノが説明していた、動物を魔物化する魔法だ。


「人間も動物だ、この魔法はよく効くぞ」


「は……ははは……はっはっは……! 馬鹿なことを。聖剣の祝福を受けた勇者は、魔に堕ちることはない。魔物になるわけがないのだ……!」


「ふむ。それは間違っているぞ」


 魔剣を刺した胸の傷口から、魔が浸食するかのように、黒い体毛が生えてくる。


「……う、ぐ……が、こんな…………」


 ディエゴは咄嗟にそこへ魔法陣を展開し、聖なる魔法で魔物化を抑制する。


「<魔物化ネドラ>の魔法は動物の根源にある獣性や魔性を利用する。理性を持つ人間は魔物化しづらいが、決して魔物化しないわけではない。個人差もある。ここまではお前も知っての通りだ」


 ディエゴは切羽詰まったような表情で、必死に魔力を放出している。


「霊神人剣は、一点の曇りもない光に満ちた根源の持ち主だけを所有者として認める。いいか? 霊神人剣の祝福があるから魔物化しないのではない。魔物化しない人間だからこそ、霊神人剣に選ばれるのだ」


 ディエゴの爪が僅かに伸び、口元からは牙が生えようとしている。


「ふむ。ディエゴ、お前は本当に勇者カノンの生まれ変わりか?」


「……当たり、前だ……オレは、ディエゴ・カノン・イジェイシカ。カノンの根源を持つ勇者の末裔……お前たち魔族を打ち倒し、世界を救うのだ……!」


「そうは思えぬ。転生すれば、人となりは変わる。同じ性格と言うこともないだろう。だが、その根幹にあるものだけは変わらぬものだ。お前は勇者カノンとは似ても似つかぬ。その性根が、醜く歪んでいるのだからな」


「だ、まれ…………」


 怒りが爆発するかのようだった。


「黙れ黙れ黙れぇぇぇっ!! その手には乗らんぞ、魔族めがっ! オレは勇者だぁっ! 貴様ら、魔族を、滅ぼし、世界を救う…………勇者カノンだぁぁっっっ……こんな卑劣な魔法なんぞでぇぇぇぇっ……!!!」


「誰がそんなことを口にしろと言った?」


 <魔物化ネドラ>の魔法に魔力を込める。


「うがぁぁ……こ、んな……馬鹿な……このオレが……勇者のこのオレが魔物になるわけがぁぁぁぁぁぁっっっ……!!!」


「人間が魔物化するとき、知能が高いからか、他の動物とは少々違ってな。その人間の持つ、欲望、悪意、憎悪が助長され、それが外見にまで現れる」


「黙れ……オレはぁ……勇がっ……がひゅっ……がひゅあぁぁ……ががが…………あぁぁ……うがああああああああああああぁぁぁっ!!!」


 魔物化が加速し、ディエゴの全身に真っ黒な体毛が現れる。爪は伸び、牙が生え、頭には太い角が伸びていた。


 なによりも特徴的なのは、その顔だ。

 まるでぐちゃぐちゃに潰されたかの如く、異形の相を呈している。


「それが貴様の本性だ、ディエゴ。思った通り、醜く歪んでいるな」


 のっそりとディエゴは身を起こし、醜い顔を俺に向けた。


「どうだ? 魔物になった気分は?」


「……こん、な、ことで………………こんなことでオレの心が折れると思ったかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」


 まるで雄叫びを上げるかの如くディエゴは叫ぶ。


「人間とは外見ではないっ! 血統でもないっ! 心なのだっ!! どれだけオレの姿形を変えようとも、オレの心は人間だぁっ!! 醜い化け物に成り果てようとも、オレが勇者であることにはなんの変わりもないっ!!」


「貴様の心は、とても勇者とは思えぬ」


「だまれぇぇぇっ……!! 許さん……許さんぞ……残虐で、非道な魔族めっ……。貴様らに情けをかけたのが間違いだった。面倒なことはせず、初めから皆殺しにしておけばよかったのだっ!!」


 ディエゴは<思念通信リークス>を使う。


「ジェルガカノン、全員、魔族へ突撃しろ」


「ふむ。なにをするつもりだ? 総攻撃でやられるほど俺の配下は弱くないぞ」


 俺の言葉には応えず、ディエゴはただニヤリと笑う。

 そうして、近くにあった聖水球に触れ、魔法陣を展開した。


「後悔するがいい、薄汚い魔族め。それを知ったとき、貴様の顔が絶望に染まるのが今から見物だっ!!! ふふふ、ははははは、はーーーーはっはっはっはっ!!」


 魔物になった身で聖水を使うか。

 半分、体はその毒を受けているが、魔法自体は発動している。


「なるほど、<根源光滅爆ガヴエル>か。生徒の根源に魔法を仕掛けていたな」


「……なっ…………!?」


 語るに落ちるというやつだな。

 一瞬で思惑を看破されたことにディエゴは狼狽を隠せない様子だ。


「その魔法陣が、魔法の起爆術式だ。恐らく、突撃した生徒たちはなにも知らぬのだろうな。自らの根源に<根源光滅爆ガヴエル>の魔法術式を仕掛けられていることすら」


 まさか、ここまで愚かだとはな。

 なんと救いようのないことか。


「それが勇者とやらのすることか、ディエゴ。お前の生徒が、死を賭してまで魔族を殺したいとは到底思えぬ」


「人間から全てを奪った魔族が、知った風な口を叩くな。これが、勇者、これこそが伝説の勇者カノンの戦い方だっ! 祖先の悲願を、魔族殲滅という大望を果たすために怖じ気づく者など、オレの生徒には一人もおらぬわっ!! 死を恐れぬ覚悟、この勇気ある行為こそが、勇者でなくてなんだと言うのだっ!!」


 再びディエゴは<思念通信リークス>を発した。


「状況を報告せよっ」


「はっ! 只今、練魔の剣聖、レイ・グランズドリィを発見しました!」


「こちら、破滅の魔女、サーシャ・ネクロンを捉えました」


「魔王学院の九名を確認。こちらも九名で突撃する準備が調っています!」


 ディエゴは醜い顔を更に醜く歪ませて言った。


「行けいっ!! ジェルガカノン、勇者カノンの末裔たちよっ!! お前たちの力を、その勇気を今こそ示すときがきたっ!! 突撃せよぉぉぉっっ!!」


 刹那、俺はディエゴの体を右手で貫いていた。


「させると思ったか」


「……ごふっ……が…………」


 奴は血を吐きながらも、ニヤリと笑った。


「恨みを晴らすぞ。死ね、魔族が」


 すでに魔法の起動を終えていたか、聖水球が自動的に魔法陣へ魔力を送る。

 それは勇者学院の生徒たちを根源爆発させるためのものだ。


 レイやサーシャ、ミサたちと接近した生徒たちの体が<根源光滅爆ガヴエル>によって光に包まれる。


 激しい爆発音が響き渡り、水中都市各地で発生した根源爆発は、この神殿さえ軽く吹き飛ばしたことだろう。


 本来であれば――


「……なぜ……………………」


 ディエゴが呆然と呟く


「なぜ、爆発せんのだっ……!? なぜっ!?」


「少々手間がかかったが、水中都市全域に魔法をかけておいた。<根源光滅爆ガヴエル>の時間を停止させる魔法をな」


 それでミーシャを助けに来るのが遅れたわけだが、他の者が<根源光滅爆ガヴエル>を使わぬとも限らぬからな。


「……魔法の時間を止めた……だと…………?」


「聞いていなかったか? 俺に同じ攻撃は二度通じぬ」


 憎悪と怒りをないまぜにし、ディエゴはわなわなと震えた。


「せっかくの平和だ。命まではとるまいと思っていたが、どうやらお前を生かしておいてはろくなことにならぬようだ」


 俺が右腕を引き抜くと、ディエゴがたたらを踏むように後退した。

 もう力は殆ど残っていないだろう。


「……殺したければ、殺すがいい……だが、オレは何度でも蘇る……今世で叶わぬなら、来世に、来世で叶わぬなら、その次に、何度生まれ変わろうとこの恨み決して忘れず、いつか魔族を根絶やしにしてくれるっ!!」


「お前に来世があると思ったか、ディエゴ」


 俺は右手を開く。奴の魔眼でも見えるよう、そこに魔力を送り込んでやった。

 すると、淡く光る白い球のようなものが、俺の手の平に現れた。


 よく見れば、その白い球は細い糸のような魔法線でディエゴとつながっている。


「わかるか? お前の根源だ」


 右手の先に魔法陣を描く。

 <根源殺死ベブズド>の魔法だ。右手が魔法陣を通っていくと、俺の指先が黒く染まっていく。


「根源に触れることはできぬ。大魔法を使ったとしても、根源自体に干渉するのは難しい。だが、この<根源殺死ベブズド>の魔法は根源に直接触れることができる」


 俺は爪先でその白い球に傷をつけた。


「あがぁぁっ……あっ、あがぁぁぎゃぁっ……ぐっぎゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 断末魔の叫びより、なおも激しい絶叫が上がった。


「理解したか? 根源を傷つけられるのは死を超えるほどの苦痛だ。今世にて考え得るありとあらゆる痛みを凝縮しようと、決してそれに届くことはない。来世の死も、その次の死も、輪廻転生により繰り返される無限に等しき死が、その場で摘み取られるのだからな」


 俺はまた爪先で根源に軽く傷をつける。


「あぎゅっ、ぎゅひゅあぁぁっ、ぐべへぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」


 涙を流し、涎を垂らし、なりふり構わず、ディエゴは獣じみた悲鳴を上げる。


「勇者カノンの戦い方と言ったな。生徒に特攻させ、<根源光滅爆ガヴエル>で敵を倒すのが、勇者だと」


 根源を指先で貫く。

 ディエゴは目をひん向いて、言葉にならぬ絶叫を発した。


「二千年前、勇者カノンは七つの根源を持っていた。根源を消されても、一つさえ残っていれば、奴は何度でも蘇る。神々が人にもたらした究極の大魔法だが、これを実際に使おうとした人間は後にも先にも勇者カノンただ一人だ」


 すでに目も虚ろになっているディエゴに、俺は言った。


「なぜか? 何度も根源を傷つけられ、輪廻の死の痛みに耐えられる者などいなかったのだ。だが、奴はそれを受け入れた。何度も何度も根源を減らし、この俺に立ち向かってきた」


「……や、やめ………………やめ、て……………く…………れ…………」


 指を振り下ろし、俺はディエゴの根源を勢いよく斬り裂いた。


「やっ……ぐっ、ぐぎゃあああああ、ぐぶふぅぅぅぅぅぅっあぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


「その理由が貴様にわかるか?」


 欠けたディエゴの根源に、俺はまた漆黒の指先を向ける。


「…………あ…………はぁ…………う、あぁ…………もう…………やめ…………」


 最早、ディエゴは廃人と化したような有様だ。


「誰かを犠牲にするぐらいならば、自分が死んだ方がいいと、あの男は本気で思っていたのだ。そうして、何度も何度も死に続けた。何度も何度も根源を斬り裂かれ、焼かれ、壊され、それでも奴は人間のために戦ったのだ。それがお前たちの英雄、魔族を何度も退けた大勇者だ。彼こそが、本当の勇気の持ち主だった」


 敵ながら見事な覚悟と、誇りを持っていた。

 彼はいつでも守るために戦った。おのれの欲望に支配されたことなど、ただの一度としてない。


 それを、殺したというのか。

 人間のために、我が身を犠牲にし続けたあの男を、他でもない人間が殺したというのか。


 彼はそれでも蘇っただろう。

 だが、その心を殺すには、十分だったのかもしれぬ。


「お前がカノンの生まれ変わりだと言うなら、耐えてみせろ。それができたのなら、転生させてやろう。もう一度来世で俺を殺しに来るがいい」


「……もう……やめ…………許…………あぁ…………ぁ…………」


 ディエゴの根源に指先で貫く。


「ぐががががががっ、ぎゃひゅぅっ、ぎゅふああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


「どうした、ディエゴ。お前は勇者なのだろう? そんな声で泣くな。カノンに笑われるぞ」


 奴の顔を魔眼で覗く。


「……れ…………」


 絶望よりもなおも深い、奈落の底に飲まれたような表情で、ディエゴは言った。


「……してくれ…………もう、許して……殺してくれ…………終わりにしてくれ……」


 懇願するような声だった。

 恨みも憎悪も消え果て、ただこの苦痛から解放されたい、そんな響きだ。


「お前は勇者カノンではない」


 <根源殺死ベブズド>の手で、ディエゴの根源をつかみ、それを思いきり握りつぶす。

 白い球が粉々に砕け散った。

 ディエゴの体が糸の切れた人形のように倒れ込み、床に叩きつけられる。


 ディエゴは動かない。蘇生することも不可能だ。

 最早その体からは完全に根源が消え失せている。

 

「なにもわからぬ人間が、勇者カノンを騙るな。あの男は、強かったぞ」


つまり、勇者カノン、マジリスペクトっす、てことなんですよねぇ。


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[良い点] 殺して生き返らせるのを繰り返すプレイ好きすぎるう
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