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命の輝き


「……魔族を…………殺、せ………………?」


 呆然とエレンが言った。


「……暴虐の魔王を…………殺せ…………?」


 熱に浮かされたように、ジェシカが呟く。


「…………殺せ?」


 ファンユニオンの少女たちが譫言のように呟くのが、<思念通信リークス>を通して聞こえてくる。


 ふむ。少々まずそうだな。

 気つけが必要か?


「……ち、違うよっ。みんな、変なこと考えちゃだめっ……! きっとこの声は、敵の攻撃だよっ。洗脳魔法かなにかっ……!」


「あ、そ……そっか……どうしようっ?」


「大丈夫。アノス様のことを考えて気を確かにたもって。こんなおっさん臭い声、アノス様で上書きしてやるんだっ!」


「う、うん……アノス様っ」


「アノス様、今日も格好良かったなぁ……」


「お前たちの愛を寄越せとか言われて……もうあたしこの耳一生洗わないからっ!!」


「……あぁっ、やっぱりだめっ……!」


「し、しっかりしてっ、エレンッ。あんたがアノス様のことを考えて気を確かにたもてって言ったんじゃないっ!?」


「……そうだけど、アノス様の声が尊すぎて、思い出しただけで、おかしくなっちゃいそう……」


「……敵の攻撃は?」


「え? 全然平気」


「さすがアノス様……」


「うん、アノス様すごい……」


 ふむ。存外に精神力の高いことだな。

 だが、これ以上はやめておいた方がいいだろう。


 俺は<聖域アスク>の魔法を解いた。


「アノス」


 ミーシャが俺を呼ぶ。


「今の?」


「聞こえたか?」


 こくりと彼女はうなずいた。


 <魔王軍ガイズ>の魔法でつながっているからな。

 聞こえたとしても不思議はあるまい。


「憎悪の塊」


 確かに、そう形容するに相応しい声ではあった。


「他になにか感じたか?」


「似ている気持ちを知ってる」


 ミーシャは静かに言った。


「学院長」


 ふむ。なるほど。

 確か、勇者カノンの声が聞こえるとハイネが言っていたか。


 あれは、このことかもしれぬ。

 どうやら勇者学院も魔王学院に劣らず、面倒なことになっているようだな。


「……アノス・ヴォルディゴード……」


 レドリアーノが、薄暗い声を発した。

 先程同様生気のない瞳をしたままだが、どこかが違う。


 ミーシャの言葉を借りれば、憎悪の檻の中にいるといったところか。


 見れば、<聖域熾光砲テオ・トライアス>に巻き込まれたゼシアが立ち上がっている。


 彼女の持つ光の聖剣エンハーレがかつてないほどの魔力を発していた。

 その輝きは、あたかも燃え尽きる直前の星のようだ。


「……あなたが暴虐の魔王でないにしろ、あなたの力は危険です。いつの日にか、必ず、我々人類を脅かすでしょう……」


 半ば正気を手放したような声でレドリアーノが言う。

 ゼシアはレドリアーノの言葉には反応せず、俺に視線を向ける。


 感情のない瞳は、ただ命令を聞くだけの人形を思わせる。

 だが、聖剣の光に覆われたその向こうには、確かに彼女の根源がある。


「……この学院交流にあなたが訪れたことが……わたしどもにとっては、この上ない僥倖だったようですよ……」


 レドリアーノが呟くと同時に、ゼシアは俺に向かって突っ込んでくる。


「アノス」


「心配するな」

 

 ミーシャにそう声をかけ、ゼシアを迎え撃つべく俺は前に出る。

 彼女は自らの左胸に魔法陣を描いた。


 あの術式は――


「下がれ、ミーシャッ!」


 俺は背後のミーシャを守るように反魔法を展開した。


「聞け、ゼシア。その魔法はよしておけ。望まぬ結果になるぞ」


 俺の忠告を無視し、ゼシアは突っ込んでくる。


「今更、怖じ気づきましたか。終わりです、アノス・ヴォルディゴード。勇者の意地を思い知るがいい」


 ゼシアが俺に肉薄する。


 魔法を使うのに言葉を発しなければならないというわけではない。

 だが、声を発せぬゼシアの代わりとでもいうように、レドリアーノは言った。


「――<根源光滅爆ガヴエル>っ!!」


 俺の至近距離で、ゼシアは光の聖剣エンハーレを自らの左胸に突き刺した。

 瞬間、彼女の体が、その根源が目映い無数の光を放ち、崩壊を始める。


 <根源光滅爆ガヴエル>。

 根源の持つ全ての魔力を強制的に全開放し、光の魔法爆発を起こす勇者の禁呪。


 俗に根源爆発とも言われるこれは、捨て身の自爆魔法でもある。

 自らの命どころか、来世の可能性すら捨て、その後に続いたはずの幾世代分もの魔力をこの場で爆発させるのだ。


 その威力は、術者が扱える範疇をゆうに超える。


 光が世界を覆いつくす。音が止まった。

 白よりもなお白い、純白なる命の輝きが聖明湖を満たしていた。


「……わたしどもの覚悟を、わたしどもの勇気を、どうやら侮っていたようですね……」


 根源爆発が収まり、真っ白な世界が、ゆっくりと元の色を取り戻していく。


「よしておけと言ったはずだがな」


 俺の声に、レドリアーノは驚愕と絶望の入り交じった表情を浮かべる。


「正気か、レドリアーノ。無駄死にだぞ」


「………………な…………………ぁ…………………………」


 歯の根が合わぬ音がする。

 がくがくと震え、呻くような声を発するばかりで、レドリアーノはまともに言葉も発することができない様子だった。


「無事か、ミーシャ?」


 俺の言いつけ通り、魔王城の近くまで下がった彼女に言った。


「アノスが守ってくれたから」


 <破滅の魔眼>と反魔法で根源爆発を押さえこんだ。


 一旦、<転移ガトム>で退く手もあったが、<根源光滅爆ガヴエル>の範囲は広い。爆心地でなければ威力は劣るが、かなり強力な魔法だ。レイとサーシャはなんとか防ぐとしても、ミサやファンユニオンの連中は助かるまい。


「……な…………ぜ…………?」


 ようやくレドリアーノが、言葉らしい言葉を発する。

 俺が視線を向けると、彼は言った。


「……なぜ、<根源光滅爆ガヴエル>の爆心地で……無傷なのですかっ……!?」


「未来を捨てれば、俺に届くと思ったか」


 ゆるりとレドリアーノに向かい、足を踏み出す。


「確かに俺はお前たちを侮っていた。たかだか学院別対抗試験で、まさか<根源光滅爆ガヴエル>を使ってこようとはな」


 もう一歩、俺は足を踏み出した。


「見事な覚悟だ。しかし、貴様ら全員の未来と引き換えにしたところで手が届くほど、この命安くはないぞ」


 更にもう一歩、俺は足を踏み出す。

 そのとき、閃光のような剣撃が走った。


 俺は右手でそれを受けとめ、払いのけた。


「……ほう」


 さすがの俺も驚かざるを得ぬな、これは。


「…………」


 目の前に立ち塞がったのは、先程<根源光滅爆ガヴエル>で消滅したはずのゼシアだった。

 根源爆発を起こしたのだ。蘇生が利くはずもない。もろとも消滅したはずの光の聖剣エンハーレも彼女の手にある。


「なかなか面白いことをするものだ。なあ、レドリアーノ?」


 そう口にするも、彼はなにかに脅えるように震えるばかりだ。

 これまでの性格からして、得意気に説明しだしてもよさそうなものだがな。


 なにかある、というわけか。


「…………」


 ゼシアが地面を蹴る。

 瞬く間に俺に接近すると、再度左胸に魔法陣を描いた。

 

 すぐさま彼女はエンハーレを自らに刺した。

 <根源光滅爆ガヴエル>の爆発が辺りを白く染める。


 <破滅の魔眼>と反魔法で俺はそれを押さえこんだ。

 ゼシアは死んだ。根源もろとも消滅した。


 だが――


「…………」


 消滅したはずのゼシアが、どこからともなく現れ、三度俺の前に立ち塞がった。


「ふむ。埒があかぬな」


 とはいえ、<根源光滅爆ガヴエル>は軽くいなせるような魔法ではない。こいつがなぜ蘇るのかを突き止めねばな。

 <根源光滅爆ガヴエル>で死なぬようなら、なにをしても死なぬだろう。まったく、勇者との戦いらしくなってきたものだ。


 ――アノス君、聞こえる?――


 <思念通信リークス>が響く。

 勇者学院側には伝わっていない、俺に宛てた秘匿通信だ。


 ――神殿に来て。お願い。ゼシアはボクにしか止められないぞ――


 <思念通信リークス>が途切れる。


「エレオノール?」


 ミーシャが言う。


「罠でないとも言い切れぬが」


 ふるふるとミーシャは首を振る。


「嘘じゃない」


 エレオノールは他の連中とは毛色が違うようだしな。

 まあ、ミーシャがそう言うのなら、そうなのだろう。


「わたしが行く」


「わかった。こいつは俺が押さえておこう」


 今度は離れた位置のまま、再び<根源光滅爆ガヴエル>の魔法を使おうとゼシアは光の聖剣を自らの胸に突き刺した。

 その刹那、俺は彼女に接近を果たし、彼女の左胸を右腕で貫く。


「……っ……!」


「芸のない奴だ。そう何度も自爆させると思ったか」


 体内に魔法陣を描き、起源魔法<時間操作レバイド>を使う。

 対象は<根源光滅爆ガヴエル>。魔法自体の時間を停止させ、根源爆発を防ぐ。


「ふむ。さすがにすぐには止まらぬか」


 魔法自体に起源魔法を使うのは少々無理があったが、まあ、しかし、時間の問題だろう。


「気をつけて」


「お前もな」


 こくりとうなずき、ミーシャは<転移ガトム>の魔法を使った。


自爆で無傷の魔王VS自爆を繰り返す勇者……。



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