アノス様応援歌合唱曲第三番「絶・魔王」
「……生きてるって、どういうことだと思う?」
エレンがそう問いかけると、ファンユニオンが答えた。
「「「はいっ、それはアノス様ですっ!」」」
「……人生って、どういうことだと思う?」
再びの問いに、ファンユニオンは答えた。
「「「はいっ、それはアノス様ですっ!」」」
「……じゃ、アノス様ってなんだと思う?」
最後の問いに、ファンユニオンは答えた。
「「「はいっ、それは、ゼロにして無限。この世のあまねくすべての概念ですっ!!」」」
エレンは声を上げた。
「そのアノス様がっ、あたしたちに歌えとおっしゃった。あのアノス様がっ! あたしたちの歌を待ってるんだよっ!! 一千万人でも、一億人でも、負けてられないよっ!! 今日ここでこの歌が届かないなら、あたしたちに生きてる価値なんかないっ!!」
「「「アノス様っ! アノス様っ! アノス様っ!!」」」
「みんなっ。いっくよぉーっ!! アノス様応援歌合唱曲第三番「絶・魔王」っ!!!」
研ぎ澄まされた集中に、その場がしんと静まり返る。
次の瞬間――溢れんばかりの想いが歌と共に溢れ出した。
「本気になれない♪」「うっうー♪」
「絶・魔王~~~~♪」
「ぐああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
<聖域>の光に裁かれるが如く、攻撃しているはずのレドリアーノとゼシアが逆に吹き飛んだ。
更に追撃するように<聖域>が光線と化し、二人を襲う。
「あ・の・と・きっ、俺がぁっ、ほんの気まぐれでー♪」
レドリアーノの纏った結界にいとも容易くヒビが入った。
「……なっ……! なんですってっ……!? <魔黒雷帝>さえ防いだわたしの結界が、なぜ心ない魔族の<聖域>に……!?」
ファンユニオンの歌がここまで聞こえる。
さすがは魔族といったところか。
水中都市に響き渡るほどの凄まじい声量、これだけの歌い手は二千年前にもいなかった。
「お・ま・え・にっ、すこーしぃっ♪ 優しくしたぐらいでぇー♪」
その歌に呼応するかの如く、彼女たちの想いが魔力に変わり、<聖域>の勢いが増す。
「こ、こんなはずは……魔族に心などっ、愛などないはずですっ……!!」
「な・に・を勘違い、しーーてるのかっ♪」
ゼシアの光の聖剣エンハーレさえ、俺の<聖域>に押され、斬り裂くことはできない。
「……聖なる魔法で……負けるわけには……。こちらは一千万人、<聖域>の真の力、教えて差し上げます……!!」
レドリアーノは<聖域>の力を引き出そうとするが、それよりも早く歌に込められた想いが増した。
そう、歌のサビが始まろうとしているのだ。
「身の程を弁えろ♪ 支・配・者は、この俺だっ♪」
「くぅぅぅぅぅぅ……」
「慰みもーののっ♪ うっうー♪ 踊り見せ~ろよ~♪」
「こ、こんな……!! ぐああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
「睨んでなーいでっ♪ うっうー♪ 本気にさせてくれ~♪」
「がっはああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
荒れ狂う光の竜巻に飲み込まれ、レドリアーノの纏った結界がズタズタに引き裂かれる。
「……や、やられるわけには……わたしたちは勇者カノンの生まれ変わり、ガイラディーテの明日を、国民の期待を一身に背負っているのですっ! こんな……こんな馬鹿な歌にやられるわけにはいきませんっ……!!」
なるほどな。
試した甲斐があったか。
「馬鹿な歌、か。やはり、お前はカノンの生まれ変わりではないな。七つの根源の内の一つというのも怪しいところだ」
レドリアーノがぎりっと奥歯を噛んだ。
「そんな挑発には乗りませんよ」
「挑発ではない。事実だ。あの男は誰よりも心というものに敏感だった。見てくれではなく、その奥底にある真の想いを察知する機微に長けていた。だからこそ、<聖域>の魔法を歴代のどの勇者よりも使いこなしたのだ」
<聖域>対<聖域>では、勇者カノンには到底太刀打ちできなかった。
「あの少女たちの純粋な想いを見抜けぬ有様で、よくもまあカノンの生まれ変わりを名乗れるものだ」
「魔族に純粋な想いなどあるはずがないでしょうっ!! あなた方は心を持たぬ化け物っ、人間を苦しめるだけの悪魔ですっ!」
「おかしなことを言う。なら、なぜ俺たちと学院交流をしようとした?」
レドリアーノは険しい表情を浮かべるものの、質問に答えようとしなかった。
「なにが目的だ?」
「……今度はこちらの番です。<聖域>の真の力を、人間の想いを、思い知らせて差し上げましょう……!!」
レドリアーノとゼシアは、二人で一つの魔法陣を目の前に描く。
そこに凝縮された聖なる光が集った。
「ふむ、<聖域熾光砲>か」
<聖域>で集めた聖なる魔力を砲弾と化し、一気に撃ち出す勇者最強の光属性魔法。
「二千年前よりも遙かに強い、一千万人分の想いが詰まった<聖域熾光砲>、いくらあなたが神話の時代の魔族でも、耐えられるものではありませんよ?」
「先程も言ったが」
俺は目の前に魔法陣を一門描く。
そこにレドリアーノたち同様、聖なる魔力が集った。
「こちらは八人で十分だ」
あー、あーあーあー、あーーーーっ、と静謐な声が辺りに響く。
瞬間、俺の目の前の魔法陣に集った魔力が、莫大に膨れあがった。
その魔力は先刻よりも更に大きい。
「……な……これはいったい、なにが…………!? 人数が増えたわけでもないのに、こんな急激に想いが変化することなどあるわけが……」
「わからないのか?」
<聖域熾光砲>の照準をレドリアーノに向けながら、俺は言う。
「二番が始まろうとしているんだ」
「本気になれない♪」「うっうー♪」
「絶・魔王~~~~~~♪」
瞬間、レドリアーノとゼシアは魔法陣から魔力を一気に撃ち出した。
こちらの準備が調わぬうちに決めようという腹づもりだろう。
「<聖域熾光砲>!」
巨大な光の砲弾が俺めがけて襲いかかる。
俺は迎え撃つように、同じく<聖域熾光砲>を放った。
光と光が衝突し、世界が真っ白に染まっていく。
<聖域熾光砲>同士の鬩ぎ合いで、僅かに押されているのは俺の方だ。
「……フフフ。やはり、心では魔族が人間に勝てるはずもありません。彼らは本当の愛を知らない。本当の希望を知らない。ゼシア、このまま一気に決めますよ。人間の想いが、魔族よりも何百倍も強いことを思い知らせて差し上げましょうっ!」
より多くの人間の想いを集めたか、レドリアーノとゼシアが放つ<聖域熾光砲>の勢いが更に何倍にも増す。
俺が放つ光弾は、それにみるみる押し戻され、もうほんの鼻先にまで奴らの魔法が迫っている。
「これで、終わりですっ!!」
レドリアーノが最後の一息とばかりに魔力を上乗せする。
そのときだった。
歌が、響いたのは――
「あ・の・よ・るっ、俺がぁっ、ほんの気まぐれでー♪」
僅かに俺の<聖域熾光砲>がレドリアーノの<聖域熾光砲>を押し戻す。
「か・ら・だ・を、そぉっとっ♪ 撫でてやったぐらいでぇー♪」
更に<聖域熾光砲>は奴らの光弾を押し、勢いを増していく。
「な・に・を勘違い、しーーてるのか♪」
互いに互角というところまで、<聖域熾光砲>を押し戻した。
「オー! 望みの接近せ~ん、たーのーしんだか~♪」
更に、俺の<聖域熾光砲>はレドリアーノたちの放った<聖域熾光砲>を押し戻し、奴らに迫る。
「遊ぶだけ遊んで、捨てられる運命さーっ♪」
「……そ、んな……負けるはずがありませんっ……たった八人の、たかだか魔族如きのちっぽけな心に、どうして我々人間の愛が……負けるというのでしょうか……!」
自らを奮い立たせるようにレドリアーノは言うも、もう俺の<聖域熾光砲>は彼の目前まで迫っていた。
「気づかぬ哀れな、なぐさみもーのよー♪」
「く、ぐぅぅぅぅぅっっ……そんなはずは……こんな歌に、想いなどあるわけが……こんな馬鹿げた歌にぃぃ……!!」
「嘆いてなーいでっ♪ うっうー♪ 本気にさせてくれ~♪」
「……人間の、わたしたちの想いを……舐めるなぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
レドリアーノとゼシアは<聖域熾光砲>の光に飲み込まれる。
「本気になれない、うっうー♪ 絶・魔王~~~~~~♪」
瞬間――大爆発が起きた。
まるファンユニオンの愛が大爆発を起こしたかのような輝きである。
レドリアーノとゼシアはなすすべもなく、それに飲み込まれ、吹き飛んだ。
ファンユニオンの愛の前に彼らはあえなく散った。
やがて光の洪水が収まり、地面にひれ伏した彼は、僅かに動く体で俺に視線を向けた。
「…………な、なぜ……? どうして…………たったの、八人で……?」
呆然とレドリアーノは呟く。
彼は未だ自分が負けた理由がわからぬ様子だった。
「<聖域>も<聖域熾光砲>も、肝心なのは人々の想いを一つに束ねることだ。二千年前、ガイラディーテの人々は暴虐の魔王打倒に一致団結し、勇者カノンに絶大なる信頼を寄せていた。彼ならば必ず世界を救ってくれるという信仰にも似た、強く、そしてなにより切実なる想いだ」
人間たちには死の危険があった。それどころか人類が絶滅する未曾有の事態だ。
その状況でなお、勇者カノンを信じることができたからこそ、その想いは一つになり、強く、気高く、莫大な魔力へ変わった。
「わかるか? そのときカノンが一身に背負っていた重たい期待に比べれば、お前への期待など取るに足らぬということだ。いくら一千万人いようとも、ものの数には入らぬ。平和になったこの世の中で、学生のお前たちに寄せる希望など、知れている。それどころか、想いを一つにすることさえできていない」
それでは<聖域>の真の力は使えないのだ。
命さえ賭す覚悟で心を合わせたあの八人の想いとは、比べるまでもあるまい。
「人間の愛が魔族に劣っているとは言わぬ。だが、お前たちへ寄せられる愛など、こんなものだ」
突きつけられた現実を認められず、けれども反論することもできず、レドリアーノはその場に項垂れた。
<四属結界封>が彼の傷を癒すが、再び立ち上がろうとはしなかった。
いくら体が治せても、打ちのめされた心までは治せぬ。
彼は今日まで信じてきた愛が幻想にすぎぬと悟ってしまったのだ。
さて、残るは――
「……ん?」
なにかが聞こえた。
空耳か?
いや、違う。
レドリアーノでも、ゼシアの声でもない。
ファンユニオンの歌声とも違う。
<思念通信>でもない。
心に、根源に、直接染み入ってくるこの声は、<聖域>によるものだ。
――せ。
誰も、喋ってはいない。
――魔族を、殺せ――
俺が行使した<聖域>の魔法が、声を発していた――
遠い昔、どこかで、聞き覚えのある声を。
シリアスな戦闘が続いたので、ここらでほっと一息入れようと思ったのです。