アノス班出陣
悠然と足を踏み出し、勇者学院の連中のもとへ向かう。
一意剣シグシェスタを携えたレイが俺の横に並び、サーシャは<不死鳥の法衣>を纏い、その反対側に来た。隣に無言でミーシャが並ぶ。
ミサがファンユニオンの八人をつれてくる。
問題ないかと視線で訴えてきたので、うなずいてやった。
これで合計一三人。学院別対抗試験に参加する人数を満たしている。
「ハイネ」
一仕事終えたといった風に、彼は湖の畔で岩に腰かけ、無邪気な笑みを携えている。
「やあ、お兄さん。あの先輩、ずいぶん弱かったけど、あれで3回生だなんて、魔族っていっても大したことないんだね」
挑発するようにハイネが笑う。
「本物の勇者カノンならば、結界など使うまでもなかっただろうな」
気分よく笑っていたハイネの表情が僅かに歪む。
「なにが言いたいのさ?」
「どこまでいっても、お前は紛い物にすぎぬということだ。勇者とは、力と勇気を兼ね備えた者のことだ。大戦の最中、魔族にさえ慈悲を与え、人として常に葛藤し続けることができたあの男と、お前は似ても似つかぬ」
「へーえ。ぼくが勇者じゃないって? 知った風なことを言うけどさ」
吐き捨てるようにハイネが言う。
「お兄さんに人間のなにがわかるのさ? 転生者なんだっけ? 勇者には会ったことあるかもしれないけどさ、ぼくたちには今の彼の声がずっと聞こえてるんだよ」
ふむ。興味深いことを言う。
叩きのめした後に詳しく聞かせてもらうとしよう。
「それで? 今度はお兄さんが遊んでくれるの?」
「ああ。全力でかかってこい。貴様らのつまらんプライドごとまとめて、軽くひねり潰してやろう」
ハイネの後ろにいたレドリアーノが眼鏡を人差し指で押さえる。ラオスが立ち上がってボキボキと指を鳴らす。ジェルガカノンの連中は全員やる気の表情だ。
「盛り上がっているところすまないが、君たちの相手はジェルガカノンではない」
そう言いながら、ディエゴがやってきた。
「そもそも、今やれば、ジェルガカノンは連戦になる。疲弊しているところなら勝てると思ったのかもしれないが、あまりに卑怯ではないかな。ああ、それとも、魔王学院ではそういう教育を受けているのか?」
嘲るようにディエゴが言ってくる。
「悪いがここは勇者学院だ。今回の学院交流ではそういう手口は謹んでもらうことになる」
どうやら一番調子に乗っているのはこいつのようだな。
「ジェルガカノンとの学院別対抗試験はまた後日、と言いたいところだが、君たちの雪辱を果たしたいという気持ちはわからないでもない。まずはうちの3回生と戦った後で、ということなら条件は五分だが、どうかな?」
なるほど。
俺たちの手の内を暴きつつも、ジェルガカノンに休息をとらせたいわけか。
勇者学院の3回生と戦った後では、こちらの方が連戦になることだしな。
時間がないなどと理由をつけて、すぐに試験を開始する腹づもりか?
つまらん小細工を弄するものだ。
「構わん。ならば、そっちの方の雑魚からかかってこい」
ニヤリとディエゴが笑う。
うまくいったと言わんばかりだ。
聖水の結界は転生者でなくとも使えるのだろうな。
俺たちの力を削るだけ削り、ジェルガカノンにとどめを刺させるつもりだろう。
「では、すぐに始めよう。陣地はどちらに?」
「水中都市の方をくれてやる」
踵を返し、俺たちは湖へ向かった。
「ああ、最初に言っておくけど、僕は<水中活動>の魔法を使えないからね」
爽やかな笑みでレイは言った。
「……て、どうするつもりよ? 完全に水中戦よ?」
サーシャは驚いたように言葉を発する。
「大丈夫。息は長く止められる方なんだ」
「はぁっ?」
「他に使えない人?」
ミーシャが軽く手を挙げ、申し出るように促した。
気まずそうにファンユニオンの八人が手を挙げる。
「……いくら数合わせでも放っておいたら死ぬんじゃちょっとね……湖に浮かんでてもらうんじゃだめかしら?」
「わたしがサポートする?」
ミーシャが<水中活動>を使ってやれば、ファンユニオンの八人もなんとか水中で活動できるだろう。
「でも、それだとミーシャの負担が大きすぎるわ」
「あれこれ考えずとも問題ないぞ」
俺は<水中活動>を使い湖の中へ潜っていく。
<飛行>で水中を飛ぶようにして、陣地である洞窟付近へ向かった。
「ちょっと、そんないい加減でいいのっ?」
すぐにサーシャたちが追いかけてくる。
俺たちが陣地に到着すると、<思念通信>でディエゴの声が聞こえてきた。
「両軍、準備はいいか。ではこれより、魔王学院1回生と勇者学院3回生の学院別対抗試験を始める。祖先の名誉と誇りを汚さぬよう、正々堂々と戦え」
ディエゴが試験開始の合図を告げた。
「まずは、向こうの聖水の結界をなんとかしないとね。あれがあるんじゃ、魔族の力は半減するわ」
「勇者学院の校章を奪う?」
ミーシャとサーシャが俺を見る。
「聖水の結界が成立するのは、校章の魔法具の力により、湖の水流を制御し、湧き出る聖水を自在に移動させることができるからだ。それによって魔法の術式を成立させている。なら、その水流を止めてやればいい」
「でも、どうやってですか?」
ミサが尋ねる。
「簡単なことだ」
俺は手を目の前にかざし、魔法陣を一門描く。
それはみるみる拡大していき、激しく魔力の粒子を立ち上らせた。
「…………え………………?」
何度も俺の魔法を見ているはずのサーシャが驚いたように声を漏らした。
「ちょ、ちょっと……待ってよ……なに、この尋常じゃない魔力…………!? こんなの自習のときだって……?」
「歴史の授業で習っただろう、サーシャ。二千年前、暴虐の魔王がディルヘイド全土を焼いた魔法の名を」
サーシャは驚愕したように呟く。
「もしかして、今まで本気じゃなかったの……?」
「当たり前だ。抑えなくては国が滅びる。だが、魔族の力を抑える結界があるのなら、ちょうどいいだろう」
黒い太陽が魔法陣の砲塔から出現する。
まあ、それでも全力というわけにはいかぬがな。
「滅びよ、人間共。魔王の力を思い知るがいい」
漆黒の太陽から発せられた暗い光が水底を覆いつくした。
水という水が、聖水という聖水が、俺が放った<獄炎殲滅砲>によって、瞬く間に蒸発していく。
まるで夜が来たかのような暗闇の中、聖なる湖は黒き太陽に焼かれ続けた。
「ふむ。もう息を止める必要はないぞ、レイ」
やがて暗黒に光が差し込み、すっと晴れる。
聖明湖の水は残らず干上がり、かつて水中都市だった場所には勇者学院の生徒たちが身を横たえていた。
「水が空っぽになれば、水流を操ろうと無駄だ。いくら聖水が湧き出ててきても、結界の魔法陣を描くことはできまい」
湖の畔に遠見の魔眼を向けると、ディエゴがわなわなと震えていた。
「……馬鹿…………な…………聖明湖の水が……神々がもたらした聖なる水が、干上がったというのか…………それも、ただの一度の魔法で…………」
彼は空っぽになった聖明湖に驚愕の視線を注いでいる。
ひれ伏した3回生の生徒で動こうとするものは一人もいない。
すでに戦闘の続行は不可能だろう。
俺は倒れている奴らを魔法で浮かせ、湖の畔へ上げてやった。
「ふむ、露払いの一発で勝負がついたか。これで3回生とは、勇者といっても大したこともないようだな」
ジェルガカノンへ向け、そう<思念通信>を飛ばしてやる。
湖の畔でハイネ、ラオス、レドリアーノは険しい表情を浮かべていた。
「……なんっだよ、そりゃ……魔法一発で結界ごと湖の水をぜんぶ蒸発させたってのか……あの野郎……マジもんの化け物じゃねえか……魔王じゃなくて、ただの転生者でこのレベルなのかよ……」
「……どうやら、向こうの3回生とは明らかに格が違うようですね……我らの祖先がこんな連中を相手にしていたとは……よくまあ今日まで人間が生き延びたものです……」
「でもさ、強ければ強いほど、それを屈服させたときが、気持ちいいよねぇ。結界に封じ込めちゃえば、なんとかなるんじゃない?」
三人はそんな風に言葉を漏らす。
「なにをごちゃごちゃとくっちゃべっている? 次は貴様らの番だ。さっさと下りてこい」
けっこう予想されていた方がいらっしゃったかもしれませんが、
なんの捻りもなく聖水ごと湖を蒸発させる一発を。
これでレイも息を止めなくていいっ。