学院別対抗試験
その翌日――
俺たちは学院別対抗試験のため、城壁の外の聖明湖を訪れていた。
魔王学院、勇者学院の生徒たちは、対抗試験に向けて魔法具などの確認を念入りに行っている。
昨日の出来事ですっかり険悪になった両校の生徒は、決して目を合わすことなく、互いにピリピリとした雰囲気を放っている。両者とも学院別対抗試験で目にものを見せてやると言わんばかりだ。
授業開始の鐘の音が響くと、ディエゴは言った。
「では、今日は学院別対抗試験を行う。諸君はすでに知っての通り、対抗試験は軍勢魔法を使って行われるが、勇者学院は<勇者部隊>を、魔王学院は<魔王軍>の魔法を使う。特性がそれぞれ異なるため、有意義な訓練になるだろう」
淡々と説明するディエゴの目はどこか不気味な光を宿している。
「薄暗い気持ち」
隣でミーシャが呟く。
「ふむ。確かに、あまり正気とは思えぬな。二千年前はよく見かけた顔つきだが」
「憎悪の檻の中にいる」
言い得て妙ではある。
しかし、仮にあれが魔族に対する憎悪だったとして、これまで交流がなかった相手にそこまで敵意を抱けるものか。
昨日の出来事があったにせよ、相当な沸点の低さだ。
「試験の舞台となる場所は、聖明湖。つまり水中戦となる。これは魔法による被害をガイラディーテに及ぼさないための措置だ。水面は反魔法の自然魔法陣を描き、水中での攻撃魔法の影響を最小限に留める。くれぐれも湖上では魔法行使しないように」
ガイラディーテには普通の人間もいる。魔族と違い、体が弱いから、もし外に魔法の影響が出れば事だろうな。
「また聖明湖は試験のために水中都市となっており、建物の他、洞窟なども存在する。うまく活用することが勝利の鍵となるだろう。なにか質問は?」
特に手は挙がらない。
「メノウ先生。こちらは先に軍勢魔法や聖明湖の訓練に慣れている選抜クラスに出てもらう。魔王学院も軍勢魔法や戦闘訓練を十分に積んだ3回生がいいのではないかと思うが?」
メノウが一瞬、俺の方を見た。
「それとも、確か混沌の世代だったか。そちらにも転生者がいるだろう。彼らでも構わないが」
「いえ。3回生でいくわ」
「わかりました」
ニィ、と一瞬、ディエゴは不気味な笑みを見せた。
「では、お手柔らかに」
「ええ」
メノウがこちらへ歩いてくる。
「魔王学院のみんな、集まって」
メノウのもとへ魔王学院の生徒が集合した。
「ディエゴ先生の説明通り、これから、学院別対抗試験を行うわ。出てもらうのは3回生。1回生はまだ水中戦の訓練をしてないし、地の利が向こうにある状況で勝負になりそうなのはアノス君の班だけだわ」
そうだろうな。
混沌の世代の二人、サーシャとレイが俺の班だ。
残った2組の生徒は、烏合の衆といっても過言ではない。
「でも、アノス君の班は五人だけ。一応、学院の規定で学院別対抗試験では、一〇人以上の班じゃないと参加させられないのよ」
ふむ。そういえば、以前にサーシャが似たようなことを言っていたか。
あのときはクラス別対抗試験などの話ではあったが。
「残りの五人を他の班から借りてくることになるけど、いきなりじゃ連携がうまくいかないでしょ」
「数合わせで十分だがな。なんなら、俺一人で勇者学院の生徒全員を相手にしてもいい」
俺がそう口にすると、サーシャが不服そうな表情を浮かべた。
「ちょっと、なに一人でやるつもりなのよ? わたしの分を残しておいてくれないと困るわ」
続けて、レイが言う。
「そろそろ、この剣の試し斬りもしたいところなんだよね」
「あはは……あたしはあんまり役に立たないかもしれませんが、でも、がんばりますよー」
ミサが笑い、
「手伝う」
ミーシャが俺に視線を向けてくる。
「メノウ、お前なら、俺と俺の配下の力を見抜けぬわけでもあるまい」
「そうね」
はっきり肯定した後、メノウはいつもとは違う悪戯っぽい顔を見せた。
「でも、ここだけの話し、先生もちょっと腹が立ってるのよねぇ」
「ほう」
「確かにアノス君なら楽勝かもしれないけど、あの勇者学院のお坊ちゃま方に、私の教え子の力を思い知らせてやりたいなーってね」
ふむ。そういうことか。
まあ、確かに俺が奴らを一蹴してやっても、メノウの溜飲は下がるまい。
自らが手塩をかけ育てた教え子たちの力で、目にものを見せてやりたいというわけだ。
「気持ちはわかるがな、メノウ。3回生は勇者どものやり口を知らんだろう?」
「……アノス君は知ってるの?」
「俺を誰だと思っている?」
メノウは答えられず、けれども反論するわけでもなく、ただ黙った。
「昔から奴らはなかなか陰険でな。昨日の授業でさえあれだ。対抗試験ではなにを仕掛けてくるかわからん。俺の班を出しておいた方が賢明だ」
「では、こう考えればいいのではないでしょうか?」
口を挟んできたのは、3回生のリーベストだ。
「なにを仕掛けてくるかわからないからこそ、まずは3回生で様子見をする、と」
ふむ。皇族派が、珍しいことを言うものだ。
「どこで調べたのかわかりませんが、勇者学院は魔族のことをよく知っています。このまま対抗試験を行うのは、少々こちらが不利でしょう。であれば、まずは向こうの手の内を知るのが先決かと」
確かに定石ではあるだろうな。
人間との戦いから二千年が経った。
もしも奴らが暴虐の魔王を滅ぼそうと本気で考えているなら、俺の知らぬ魔法を開発しているだろうしな。
まあ、それをここで使ってくるほどの馬鹿ではないだろうが、戦い方が二千年前とまったく同じということもあるまい。
「なにも知らずとも、負けはしないがな」
「噂通り、傲慢な人ですね。不適合者と言われるだけのことはあります」
リーベストはふう、とため息をつく。
「僕は皇族派です。アノス・ヴォルディゴード。率直に言って、暴虐の魔王を騙る君を、決して許すことはありません」
強い意志を持って、彼は言った。
「ですが、昨日、君が聖剣を作ったとき、正直言って、胸がスッとしました」
「ほう」
「いけ好かない男ですが、君は魔族の一員。だが、あいつらは違う。魔王学院を侮辱するということは、暴虐の魔王を侮辱するということに他なりません」
まあ、暴虐の魔王を騙るということは、ある意味では敬意の表れとも言えるからな。取るに足らぬ存在の名をわざわざ騙ることはない。
「初戦は僕たちに任せるといいでしょう。君が暴虐の魔王のつもりなら、後ろでどっしりと構えていればいいのでは?」
なかなか心得たことを言う。
「いいのか? 俺のために露払いをすると言っているようなものだぞ」
「今日は学院別対抗試験。敵と戦うときにまで、内輪揉めをしていろなどとデルゾゲードで教わった覚えはありません。勝つために、最善の行動を取るのは当然のことでしょう」
魔族らしい考えだな。
それともメノウの教育の賜物か。
二千年前も魔族は決して一枚岩ではなかった。
シンのように忠誠に厚い者もいれば、俺が気に入らぬという輩もいた。
だが、人間や精霊との戦争となれば、普段の諍いなど忘れ、目の前の敵を倒すために一致団結したものだ。
アヴォス・ディルヘヴィアのおかげで色々と歪んだようだが、根底にあるものまでは変わっていないらしい。
「我らが尊敬する始祖は、弱き者のために戦いました。僕にはその子孫としての誇りがあります。たとえ不適合者の捨て石となろうとも、望むところです」
皇族派にここまで言われては、その思いを汲まぬわけにもいくまい。
この男も、これが本心というわけではないだろう。
つまり、不適合者の俺にへりくだってまで、恩師の期待に応えたいというわけだ。
なかなか見上げた奴だな。
「いいだろう。だが、相手の手の内を知るついでだ。どうせなら、そのまま先輩らしいところを見せてくれても構わぬぞ」
彼は不敵な笑みを覗かせる。
「ええ。あなたに言われるまでもありません」
ふむ。可愛げのない奴だ。
まあ、いきなり従順になられても気味が悪いがな。
「じゃ、決まりねっ。リーベスト班、準備はいい?」
整然と並んでいるリーベストの班員たちがうなずいた。
「さっきも言ったけど、正直、先生、かなりムカついてるのよねぇ。なんなのあいつら、言いたいことがあるならはっきり言えって感じ。あのディエゴって奴も、ちくちく、ちくちく、こっちが大人しくしてたら、ウザいったらないのよ」
メノウが小声で言うと、リーベスト班の目が据わる。
恩師のために報いてやるといった表情だ。
「いいっ。勝つわよっ! 魔王学院の力、人間共に見せてやるといいわっ!」
そう号令を飛ばすと、彼らは「おおおおおおぉぉ!」と声を上げた。
いよいよ始まります、題して、『かませ対かませ』!!
果たして勝つのは――!?