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勇者たちの混乱


 踵を返し、俺は席に戻っていく。

 ファンユニオンの女子生徒がうっとりとした表情で声を上げた。


「もぉぉぉ、やっぱり、最っ高だよっ、アノス様ぁぁっ!」


「うんうんっ、やって欲しいときに、やってくれるんだもんっ! もう一生ついてくっ!!」


「あたしもぉぉっ! でも、学院長だっけ、あの人? 勇者学院で一番偉くて、選抜クラスの担任なんでしょ? それが魔王学院の生徒よりも勇者の魔法のことをわかってないなんて、ほんとに形無しだよね」


「アノス様しすぎちゃって、あっちの生徒がちょっと可哀相かな。アノス様されなれてないだろうし」


「アノス様、いつから動詞になったのっ!?」


「どうしよう! 今、すごいこと気づいちゃった!」


「……って、嫌な予感しかしないけど、一応訊くわ。なに?」


「あのね、魔剣って男の子用でしょ。魔剣ってぐらいだし」


「……そういう意味の魔剣だったんだ……」


「じゃ、聖剣は?」


「……!? アノス様って二刀流だ!」


 きゃああぁぁぁぁ、と圧倒的な勢いの彼女たちを見ながら、勇者学院の生徒たちはわけがわからないといった顔をする者半分、わけがわからないが屈辱的だといった顔をする者が半分といった様子である。


「少々驚きましたね」


 レドリアーノが眼鏡を人差し指で持ち上げる。


「しかし、おかげでよくわかりました。圧倒的な魔法の知識、途方もなく膨大な魔力、そして勇者にしか使えない魔法を操る常軌を逸した魔法技術」


 眼鏡の奥から冷たい視線を光らせ、レドリアーノは確信に満ちた口調で言い放った。


「アノス・ヴォルディゴード、あなたが生まれ変わった暴虐の魔王というわけですね」


 そう口にした途端、今度は魔王学院側の席から一斉に失笑が漏れた。


「ぷはははっ。あいつ、なに言ってやがんだ? アノスにうまいこと答えられて、力を見せつけられたからって、動転するにも程があるだろ」


「ああ、白服と黒服の区別もつかないのか。目ついてんのかよ、恥ずかしい奴だな」


「よせよ。勇者学院なんだから、魔王のことなんてこれっぽっちも知らないんだろ」


「なら、知ったかはやめとけって話だよ」


「いくら凄かろうが、アノスの魔法には尊さがないっていうのによ。それがわからないんだろうな、人間如きには」


 浴びせられた声に、レドリアーノは怪訝な顔つきになった。自分の予想が外れたことが意外と言わんばかりである。


「暴虐の魔王でないとおっしゃるのなら、彼は何者だというのでしょうか?」


 レドリアーノは鋭く追及する。

 しかし、皇族派の生徒たちはその問いすら嘲笑った。


「レドリアーノ君、でしたか?」


 3回生の生徒、リーベストが言う。


「魔族の魔法に多少は詳しいようですが、魔王学院の校章がなにを表すかは知っていますか?」


「もちろんです。魔皇の適性と魔力診断の結果でしょう。図形は必ず多角形、あるいは芒星で表され、その頂点が増えるほど優良です」


「へーえ。必ず多角形か芒星ですか。じゃ、アノスの校章はなんなんでしょうね?」


 レドリアーノは俺の制服についた校章に視線をやる。

 それは多角形でも、芒星でもない。


「……十字の烙印……そんな情報は……?」


「レドリアーノ君、あれは不適合者の烙印ですよ。暴虐の魔王からもっとも遠い存在、魔王学院始まって以来の不適合者、それがアノスです。あいつを魔王なんていったら、ディルヘイドでは鼻で笑われますよ」


 リーベストに続き、3回生の皇族派らしき生徒たちが声を上げた。


「そうそう。つまり、お宅のところの学院長先生は、魔王学院の落第生にすら敵わなかったってことだっ」


「まったく勇者学院っていうのもレベルが知れるよなぁ」


「不適合者にやられておいて、暴虐の魔王と勘違いするんだからな。恥ずかしいったらないぜ」

 

「アノスなんて、うちじゃ誰も認めてないってのによ」


 さっきまでの勇者学院の態度に腹をすえかねていたのだろう。あまつさえ、俺を暴虐の魔王と断定したことで、皇族派の怒りが一気に高まったのだ。


「……あれだけの力を持っていながら、不適合者ですって……? だとすれば、他の生徒はいったいどれほどの…………?」


 戦慄を覚えたかの如く、レドリアーノはごくりと唾を飲み込む。


 皇族派と俺をとりまく空気や環境は、ここ二ヶ月ほどで醸成されたものだ。端から見ただけでは状況がつかみにくく、さすがの勇者学院も調べきれていないのだろう。


「ち……こいつら、ハッタリこいてるだけじゃねぇのか……?」


 小声でラオスがぼやく。

 しかし、レドリアーノは首を左右に振った。


「暴虐の魔王はその名を口にすることさえ憚られるほど、ディルヘイドでは尊い存在です。演技であってもこのように悪し様に罵倒し、あまつさえ不適合者の烙印を押しつけるなど、ありえないことです……」


「だったら、なんだ? あいつらの言う通り、ディエゴ先生がただの不適合者に魔法知識で劣ったっていうのか?」


「落ちつきなさい、ラオス。一回だけのことです」


「落ちついていられるかよっ! ただの魔法じゃねぇっ! 勇者の魔法のことだぞっ!」

 

 ラオスが立ち上がり、俺に向かって言う。


「おい、お前っ。アノス・ヴォルディゴード。お前が暴虐の魔王なんだろっ?」


「その通りだ」


「なっ……」


 あっさり認めたことに、ラオスは逆に警戒を強めた。


「どうせだから、もう一つ教えておこう。暴虐の魔王の名はアノス・ヴォルディゴードだ。歴史書と教科書が間違っているだろうから書き直しておけ」


「……なん……だとぉ……?」


 さすがに勇者学院で教えられている暴虐の魔王の名までは疑えないのだろう。

 どう考えればいいのか、ラオスは混乱した様子だ。


「おいおい、見ろよ、あいつ。いつものアノスの嘘を信じかけてるぜ?」


「知ったかはこれだからなぁ。真に受けるなよー、不適合者の言うことなんか」


「そもそも、そいつは皇族じゃないんだからな。始祖の血を完全に受け継いでないんだから、暴虐の魔王が転生できるわけがないんだぞっ!」


 皇族派の生徒が野次を飛ばす。


「ふむ。まあ、こいつらの言うことは気にするな。俺も暴虐の魔王だと認めてもらえず、困っているところだ」


 そんなわけがない、といった風にラオスは眉根を寄せる。


「……ち……なんだってんだ……わけがわからねえ……!」


 ふむ。なにも知らぬ者同士が勝手な推測で物事を断定し、そばにある真実から目を背け続ける。


 いやいや、なかなかどうして、愉快な見せ物ではないか。


「は、はいはいっ! みんな騒がないのっ!」


 メノウが手を叩き、好き勝手に喋り続けている生徒たちを落ちつかせる。


「ディエゴ先生。さっきの<魔物化ネドラ>をこちらの出題としてカウントするので、次の出題は勇者学院の方で」


「あ、ああ。そうだな」


 ディエゴは生徒たちから出題者を選ぼうと視線を向ける。


「ふむ。次はどんな出題なのか胸が躍るな。今度は正解を間違えてくれるなよ?」


 そう口にすると、ディエゴは表情を強ばらせた。


「アノス君、そんなこと言っちゃだめよ? ディエゴ先生だって、さっきはたまたま間違えただけだわ。まさか勇者学院の学院長が勇者の魔法を間違えるなんて、そんなことありえないもの。ねえ、先生?」


 さっきの意趣返しとばかりにメノウはディエゴに言った。

 なかなか心得ているではないか。


「ご、ごほんっ。少し予定が押しているな。レクリエーションを続けたいところだが、次の授業へ移った方が良さそうだ」


 これ以上ボロがでない内に逃げようというわけだ。


「えー、勇者学院は逃げるんですかー?」


「そうそうっ、せっかく盛り上がってきたってのによ」


「今なら正答率は同じで引き分けって魂胆だろ。かー、きたねえよなぁ。これ以上続けると自分たちが負けるからって」


「大体、あっちは先生からして正解を間違えてるんだから、どうやったって負けだろ?」


 さすがは魔族、我が同胞と言うべきか。

 実に煽り方が直球だな。


「……くだらぬことを言う。そんなことにこだわるなら、我が学院の負けでいい」


 すると、ハイネが言った。


「先生。ぼくはもう少し、続けたいなぁ。勇者学院のプライドも、少しは見せておかないとね」


 ディエゴは教壇を下り、ツカツカとハイネの席へ歩いていく。

 そうして、小声で彼を叱りつけた。


「魔族如きの前で、これ以上、オレに恥をかかせる気かっ……!」


 ハイネは面食らったような表情を浮かべる。

 ディエゴが踵を返すと、彼は諦めたように肩をすくめた。


「授業を再開する」


 取り繕ったような低い声で、ディエゴは言った。


 くはは。なんだあれは。

 あまりに小者過ぎて、ハイネたちが可哀相になってくるほどだ。


 あれに比べれば、エミリアの方がまだ教師らしい気さえしてくるな。



アノス様されすぎて、勇者学院は可哀相なぐらい混乱しております……。



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― 新着の感想 ―
[一言] 人間側には二刀流の意味が分かる奴がいないだと…?!
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