勇者学院の謎
最上階にやってくると、そこにメルヘイスがいた。
「お待ちしておりました、アノス様」
彼は俺の前に跪き、頭を垂れる。
「ガイオスとイドルはどうだ?」
「蘇生は無事成功しました。やはり、二千年前に何者かに襲われ、根源と体を乗っ取られていたようでございます」
アイヴィスのときと同じか。
残りの七魔皇老もそうだと思って間違いはあるまい。
「こちら側の七魔皇老は三人でございます。統一派の勢力を強めることも可能かとは思いますが……?」
アイヴィスだけが、今のところアヴォス・ディルヘヴィアに生きていると悟られてはいない。
表だって俺の配下として行動に移せるのは、メルヘイス、ガイオス、イドルの三人だ。向こうの手駒である七魔皇老も残り三人。
政治的な意味では統一派と皇族派のパワーバランスを拮抗させることはできるだろう。そうすれば、皇族や皇族派を使ったアヴォス・ディルヘヴィアの企てを牽制することもできよう。
だが――
「これまで通りで構わん。いくら上が変わろうとも、魔族の意識がそうそう変わるものではないからな。下手を打てば、ディルヘイドが二つに割れる」
権力の大半を皇族と皇族派が押さえているからこそ、混血と統一派は大人しくしているのだ。両者の権力が拮抗すれば、統一派もそうそう黙ってはいまい。エミリアのように、暴走する者が出てきてもおかしくはない。
俺が支配すればいい話ではあるが、今は力がすべてという時代でもないしな。皇族派を黙らせるのに、何人殺せばいいことやら? そうして魔族を統一すれば、アヴォス・ディルヘヴィアは二の足を踏むかもしれぬ。
奴に逃げられては後々面倒なことになる。無論、負けるつもりなどないが、二千年の間周到な準備をしていた輩だ。更に数千年と機会を待たれては億劫だ。
今しばらくは、向こうの思惑に乗ってやるのが最善だろう。思い通りに事が進んでいると思わせておけば、やがては姿を現す。そのときに仕留めればいい。
「承知しました。それと、この間の一件で、一つ疑問がございます」
「なぜお前は根源を乗っ取られなかったのか、ということか?」
メルヘイスは神妙な顔つきでうなずく。
「左様でございます。他の七魔皇老は皆根源を融合され、乗っ取られました。しかし、わしの場合は、隷属の魔剣を刺されただけでございます。この違いには、なにか意味があるのかもしれませぬ」
「同じやり方では俺に見抜かれると思ったか。もしくは、手駒の配下が足りなかったのかもな」
「それほど多くの配下を抱えているわけではない、と?」
「お前を乗っ取らせるなら、それなりに信頼できる配下でなくてはならぬ。使い捨てなら、いくらでもいるかもしれぬが、腹心となるとそう数はいまい」
そう考えれば、奴の腹心は七魔皇老を乗っ取っている残りの三人だけということになる。
「あるいは、俺にもう手駒は三つしかない、と思わせたいのかもな」
少なくとも、アヴォス・ディルヘヴィアは馬鹿ではない。その上、慎重だ。二重三重の罠を張り、そのどれかに俺がハマるのをじっと待っていることだろう。
「俺からも聞きたいことがあるが、統一派のトップはお前ではないらしいな」
「……さすがはアノス様、そこまで掴んでおられましたか……」
恐縮したようにメルヘイスは言う。
「何者だ?」
「……それが、わからないのでございます……。もちろん、皇族であれば、正体を隠そうとするのは当然のことです。いずこかの区域を納める魔皇や、それに近い立場の者であれば、統一派と知られれば権力の座を追われることとなります。そうなれば、統一派としての活動もままならなくなりますゆえ」
正体を隠す理由はある。
逆に言えば、魔皇やそれに近い立場の者でなくとも、堂々と正体を隠せるのだ。
たとえば、アヴォス・ディルヘヴィアだとしても。
「お前がトップではないということは、そいつが統一派を結成したのか?」
「私が調べた限りでは、そのようでございます。正体を探ったこともあったのですが、見事に魔力の痕跡を消しており、辿り着くことができませんでした。その時点では、私と同じく神話の時代の魔族ではないかと思いました」
現在のディルヘイドの状況に憂いを覚え、統一派を結成したと考えられなくもない。
「しかし、そうであれば、アノス様が転生なさった今、あなた様の前に姿を現すはずでございましょう」
少なくとも、俺が本物か、確かめに来ると考えるのが妥当ではある。
二千年前の魔族ならば、暴虐の魔王を無視できるとも考えがたい。
「未だ姿を見せないということは、俺の前に正体を見せられぬ者だということか」
「その可能性は高いかと思われます」
魔剣大会の一連の出来事から察するに、あの仮面の男が、統一派のトップと考えられなくもないな。
アヴォス・ディルヘヴィアか、その配下といったところか?
「もう一つ、尋ねよう。勇者学院について、知っていることはあるか?」
すると、メルヘイスの顔色が変わった。
「……なにか、ございましたか?」
「学院交流をするそうだ。急遽、向こうの受け入れ体制が調ったという話だったが、少々不審に思ったのでな」
「勇者学院がアヴォス・ディルヘヴィアの息がかかったものかどうかはわかりませぬ。今のところ、奴らに魔族の影は見えません」
メルヘイスは重々しい口調で言った。
「しかし、奴らには十分ご注意なさってください。かつての仇敵、私も王都ガイラディーテに探りを入れたことがございます。確かに人間の国も平和になり、あまり戦争らしい戦争も起きてはおりません。ですが、ガイラディーテは、いえ、アゼシオンは国の税収の一割を勇者学院に使っております」
一学院に対して、国の税収の一割か。
尋常ではないほどの力の入れようだな。
「勇者学院はなんのために作られた?」
「表向きは剣や魔法、あらゆる学問に精通する勇者の育成でございます。彼らは勇者学院を卒業した後、アゼシオン全土でその力を振るい、国の発展に寄与しています」
ディルヘイドにおける魔皇と似たような役割なのだろう。
「ですが、それにしてはきな臭いことがございます。勇者学院には選抜クラス『ジェルガカノン』というものがあり、ここにかなりの予算が使われております。しかし、調べても、その詳細が出てこないのでございます」
ふむ。ジェルガカノンか。
この時代には伝説となっているであろう二人の大勇者から、名を取ったのだろうな。
「勇者というのは、大戦の英雄です。魔族を支配する魔王とは違い、平和な時代にそれほど必要なものとは思えません。もちろん、勇者の力を今度は国の発展に役立てようというのはわからない話ではございませんが……」
「ただの学院とは思えないというわけか」
メルヘイスがうなずく。
「ジェルガカノンは、転生した勇者たちのクラスだそうです。アヴォス・ディルヘヴィアと関わりがないにせよ、警戒すべきかと」
人間自体がなにかを企んでいる、か。
まあ、魔力に劣る分、謀略にかけては、魔族よりもよっぽど陰湿で底意地の悪いものを思いつくのが人間だからな。
「人間の寿命は短い。二千年経った今、魔族に敵対する理由があるとすれば、その転生した勇者たちが過去の怨恨に囚われているからだろう」
とはいえ、俺が世界に壁を作るとき、カノンとは和解した。
あの男なら、魔族に対する遺恨を、後世にまで残そうとはしないはずだ。
それ以外の勇者に、転生して記憶を完全に引き継げたとは思えぬ。
それとも、割りきれなかったか?
だとしても、無理からぬことだろうがな。
「理由までは、わかりませぬ。二千年前の記憶を持った転生者がいるのかも、定かではありません。おっしゃる通り人の寿命は短い。二千年前の勇者が現代にいるとすれば、何度も転生を繰り返したはずでございます」
<転生>の魔法は、状況にもよるが、寿命や魔力によって転生までの期間が変わってくる。人間は比較的早く転生し、魔族は俺のように二千年かかることも珍しくはない。
「デルゾゲードも今ではガイラディーテや勇者学院との交流が多少はあります。人間は特に魔族に敵意を持っているようには見えませんでした」
まあ、もしも戦争を仕掛けてくる気だとしても、あからさまな態度はとるまい。
メルヘイスなど、魔族を代表する七魔皇老が相手ならなおのことだろう。
「ふむ。では、勇者学院は俺が直接現地で調べて来よう。まさか、学院交流の生徒に、暴虐の魔王が混ざっているとは夢にも思うまい」
「承知しました」
「お前は引き続き、ディルヘイドで七魔皇老の動きを注視するがいい。なにかあれば報せろ。すぐに戻る」
「かしこまりました」
俺は踵を返し、ユニオン塔を後にする。
しかし、選抜クラス『ジェルガカノン』か。
記憶があるにせよ、ないにせよ、勇者カノンが転生しているのなら、会ってみたいものだな。
くっ、すみませんっ、爺と二人きりで話し合うだけの話になってしまいましたっ……。