魔王の自習
「すごいっ、すごいよっ、アノス様っ! いつも通り、尊いよぉっ!」
「うんうんっ。アノス様が勇者の魔法を教えてくれれば、学院交流なんてしなくてもいい気がしてきたっ!」
「あ、でもでも、学院交流は、アゼシオンまであたしたちが行くってことだよね? そうしたら、どこかにお泊まりすることになるんだよねっ?」
「え……て、もしかして、あんたっ、それにかこつけて夜這いする気っ!?」
「そ、そんな恥ずかしいことできないよぉっ!」
「じゃ、なによ?」
「アノス様が寝ている建物で、あたしも寝ることになるでしょ? そうしたら、もう一緒に寝てるってことだから、つまり、抱かれたも同然だよねっ!?」
「あんたの逞しい妄想の方が恥ずかしいわ……」
ファンユニオンの連中がきゃーきゃー騒いでいる。
「……そっか……。あなたが例の不適合者ね……」
ようやく思考が動き始めたか、メノウは俺の制服についた校章を見てそう言った。
「見覚えがあると思ったわ。アノス君でしょ、魔剣大会で優勝した」
「ああ」
「噂通り、信じられないことをするのね」
俺の力は話に聞いていたのだろうが、実際に目の当たりにすれば、やはり驚きを隠せないのだろうな。
まあ、エミリアが教室でのことを、そのまま他の教師に伝えていたとは思えない。半信半疑だったのかもしれぬな。
しかし、この様子からすると、エミリアのようにガチガチの皇族派というわけでもなさそうだな。
「じゃ、勇者の魔法のことは、このぐらいにして。さっき言った通り、来週の頭からこのクラスのみんなは勇者学院のある王都ガイラディーテへ行くわ。わたしが受け持っている3回生1組のクラスと一緒にね。必要なものは、今日フクロウがみんなの家に書類を届けるから、それを見て揃えてきてね」
仕切り直すかのように、メノウが言った。
「ちょっと早いけど、3回生のクラスに行かなきゃいけないから、今日は自習ね。他のクラスの迷惑になるから、あんまり騒がないでね」
メノウはドアの方へ向かう。
教室を出る寸前、なにかを思い出したように振り返った。
「そうそう。たぶん、勇者学院では軍勢魔法の実践授業として、<勇者部隊>と<魔王軍>で対抗試験をやるわ。交流目的と言っても、うちはディルヘイド中から優秀な魔族を集めているんだから、負けたら承知しないわよ」
悪戯っぽく、メノウはウインクする。
「まあ、魔王学院の権威は上級生たちが示してくれると思うけど、無様なところは見せないようにね。それじゃ、がんばって自習するのよ」
今度こそ、メノウは教室から出ていった。
「ふむ。自習か」
「サボる気じゃないでしょうね?」
隣でサーシャがじとーっとした視線を向けてくる。
「まさか。それなら、退屈な授業にわざわざ出てこないぞ」
俺は立ち上がり、言った。
「ミーシャ、サーシャ、レイ、ミサ。少しつき合え」
「いいけど」
と、レイが言い、ミーシャが俺に尋ねた。
「なにをする?」
「せっかくの自習だからな。お前たちに力の使い方を教えてやる」
俺が手を伸ばすと、ミーシャがその手を握る。サーシャ、ミサ、レイの順番に手をつなぎ、<転移>を使った。
転移してきた場所は魔樹の森である。体を動かすなら、この場所が一番だろう。どれだけ暴れてやっても、魔力のある土壌はすぐに森を復活させる。
「……嫌な予感がするんだけど、ここでなにをするの……?」
「全員でかかってこい」
一瞬、サーシャは遠い目をした。
「本気で言ってるの?」
「力の使い方を教えてやると言っただろう。勇者学院との対抗試験もあることだしな」
「思うんだけど、アノス一人でなんの問題もないんじゃないかしら?」
「否定はしないがな」
サーシャは不思議そうな表情を浮かべる。
「魔剣大会で俺は学んだことがある」
ミーシャが俺をじっと見てくる。
「なに?」
「たとえ、取るに足らぬことでも全力で取り組むことに意味がある。頑張ることこそが尊いんだ。天地がひっくり返っても届くだろうとわかっていても、全力で駆け抜ける。それこそが、かけがえのない時間を生む」
「……めちゃくちゃな力を持ってるくせに、青春っぽい台詞を言わないでくれるかしら……」
サーシャがぼやき、ミサは苦笑いを浮かべる。
「……あはは……普通は届かないとわかっていても、ですよね」
「でも、わかるよ。アノスの気持ちは」
「お前ならそう言うと思っていたぞ、レイ」
彼は爽やかに微笑む。
「いいこと」
ミーシャが言った。
「そうか?」
彼女はこくりとうなずいた。
「がんばる」
ミサに視線をやると、「もちろんわたしもやりますよー」と返事をした。
「サーシャ」
「やればいいんでしょ、やれば。つき合ってあげるわ」
フッと俺は笑い、四人に背を向けて歩いていく。
「ものわかりのいい配下を持って嬉しいぞ」
振り返り、魔法陣を一門展開した。
サーシャが目を丸くする。
「……ちょっと、あなたそれ、まさか……」
「うまく防げ。でないと、死ぬぞ」
撃ち出された漆黒の太陽が光の尾を引き、サーシャを強襲した。
咄嗟に彼女は勢いよく<飛行>で飛び上がり、寸前でそれを躱す。
後方の木々が黒き爆炎によって薙ぎ払われた。
続けてもう一門、俺は魔法陣を展開する。
「ま、待ちなさいよっ、こらっ! <獄炎殲滅砲>はやりすぎでしょっ。自習じゃなかったのっ?」
「命のかからぬ自習などあるものか」
「なに言ってるのっ!? 馬鹿なのっ!?」
「いいか、サーシャ。根源が最も魔を放つのは、それが消滅の危機にさらされたときだ。灯滅せんとして光を増す。これこそが魔法を学ぶものにとって、確かな道しるべとなる」
<獄炎殲滅砲>を再び放てば、彼女は切羽詰まったような表情を浮かべながら、かろうじてそれを躱す。
後ろはすでに焼け野原だ。
「魔力が強くなっても死んだら意味ないわよねっ!」
「無論だ。灯滅せんとして光を増し、その光を持ちて灯滅を克す」
つまりだ。
「死ぬ一歩手前の力を使い、自らを救え。そうすれば、次の死ぬ一歩手前の力は更に高まる」
死の危険がないからこそ、この時代の魔族は弱い。
魔力を強くするには、死なぬ程度に死ぬことこそが肝要だ。
俺は魔法陣をまた一門展開する。
「……無茶言わないでよね……」
「お前ならできる」
「そんなわけ……」
「できる。俺が信じられないか、サーシャ?」
そう口にすると、サーシャは黙って俺を見返す。
「<破滅の魔眼>を使え。あれは究極の反魔法だ。エウゴ・ラ・ラヴィアズの時間魔法に抵抗したときのことを思い出せ」
<獄炎殲滅砲>を再び発射する。
「……もう…………本当に…………!!」
サーシャは前方に反魔法を展開する。
そして、向かってくる漆黒の太陽にその魔眼の魔力を全力で叩きつけた。
「……死んだら、責任取りなさいよっ!!」
<獄炎殲滅砲>はサーシャの反魔法をあっという間に燃やし尽くす。
直後、サーシャが使った<破滅の魔眼>はその漆黒の太陽の勢いを削ぐ。炎が剥がれ落ちるように太陽が小さくなっていくが、しかし、完全に威力は失われず、サーシャめがけて突っ込んでいった。
「……きゃ……きゃあああぁぁぁぁっ…………!!」
サーシャが黒き炎に包まれ、魔樹の森の向こうへ吹っ飛んでいった。
「だ、大丈夫でしょうか?」
「生きてる」
ミーシャが言う。決死の<破滅の魔眼>は、完全とまでは言えないが、<獄炎殲滅砲>を防いだのだ。<不死鳥の法衣>の力があるため、死ぬことはないだろう。
「じゃ、反撃を、と言いたいところだけど、そういえば剣がないんだった」
「任せて」
ミーシャは<創造建築>の魔法で、レイの目の前に氷の魔剣を生み出した。
「助かるよ」
レイはそれを手に、俺に向かってくる。
「いくよ、アノスッ……!!」
「残念だが」
右手の手の平でそれを受けとめ、俺は難なく刀身をへし折る。
すると、氷の魔剣は粉々に砕け散った。
「ミーシャ、<創造建築>の作り込みがなっていないぞ。石を創造するときに石を創造するな。石を構成する原子を創造しろ。ならば、魔剣を構成するものはなんだ? もっとよく深淵を見つめるがいい」
そう言いつつ、レイに拳を突き出した。
彼はそれを素手で捌こうとする。
「……はっ……!」
一瞬防ぎきったかに思えたが、俺は力尽くでその手をはね除け、彼の鳩尾に拳が突き刺さった。
「……くぅ…………!!」
「レイ。剣を失ったときの立ち回りをもう少しよく考えておくのだな。剣を持っていれば、そこらの相手に負けることはないだろうが、そうでなければ、つけいる隙はいくらでもあるぞ」
「……それにしても、こないだより強くなっているような気がするけど……?」
「いつまでも同じ場所で足踏みをしている俺ではない。追いつきたければ、全力で追いかけてくるがいい」
レイがその場に崩れ落ちる。
ポツ、ポツ、と雨が降ってきた。
ミサの姿がない。
<雨霊霧消>の魔法だろう。
「俺に同じ魔法を何度も見せるな。いくら精霊魔法と言ってもな」
ゆるりと歩いていき、俺は目の前に落ちてきた一粒の雨をつかんだ。
「あ……」
それがミサの本体に変わった。
「ミサ。お前はそもそも弱い。だが、弱いなら弱いなりの戦い方がある。頭を使え。精霊魔法をもっと活かすことだ」
威圧すると、俺の魔力に当てられ、ミサは昏倒した。
「アノス」
振り向けば、ミーシャが<創造建築>で巨大な氷の魔王城を創っていた。
「もう一回」
「いいだろう」
俺も<創造建築>を使い、その場に魔王城を立てる。
手の平を返し、空へ向ければ、魔王城が宙に浮かび上がった。
「試してみよ」
目の前を指さす。すると、魔王城は勢いよく飛び、ミーシャが創った氷の魔王城と激しく衝突した。
けたたましい音が鳴り響き、ガラガラと無数の瓦礫が空から振ってくる。
砂埃が風にさらわれていくと、そこに立っていたのは俺の創った魔王城のみだ。
氷の魔王城は残らず瓦礫と化していた。
「まだまだだな」
ミーシャに向かって歩いていくと、彼女はふっと意識を失ったかのように倒れる。
全魔力を迷い無く<創造建築>の魔法に注ぎ込んでいたのだろう。
「ふむ。思いきりのいいことだ」
魔法陣を描き、全員に<総魔完全治癒>を使う。
すると、四人は意識を取り戻し、ゆっくりと体を起こした。
<魔王軍>の魔法を使い、失った分の魔力を融通してやる。
「さあ、自習の続きだ。時間が来るまで、何度でも、蘇らせてやる」
スパルタ自習……。死んでも、強制蘇生コースです。