表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
716/726

流水魔法


 聖川世界の源流は激しく交わり、荒れ狂う。


 その水の一滴一滴が剣よりも鋭い刃であり、その流れの一つ一つが大槌よりも重たい鈍器だった。


 複雑怪奇な源流の極光はこの身を裂き、打ちつけ、叩き潰し、押し流していく。


 一言で言うならば、途方もない力の塊をぶつけられていた。


 これがいかに流水魔法の習得につながるのか。皆目見当がつかなかった。


 右腕を切り飛ばされるまでは――


「ふむ」


 体の力を抜き、俺は全ての反魔法を解除した。


 瞬間、荒れ狂う源流の極光がこの身をズタズタに引き裂いていく。


 これほどの深層世界、これほどの力を前に、守りを放棄すれば、瞬く間に滅び去るだろう。


 しかし、右腕を切り飛ばされた時、ほんの僅かだが確かに感じたのだ。


 この世界の秩序――


 この世界の流れを。


 恐らく流水魔法を習得することとは、聖川世界の流れと一体となること。


 つまりは流れに逆らわず、この源流の極光に身を委ねる。そうすることで、この体は聖川世界の流れに乗ることができる。自分自身が、川の流れそのものになるのだ。


 切り離された五体が更に切り刻まれ、水の粒と化すまで細かく切断される。


 川の流れを知るならば、水になるのが手っ取り早い。


 そうして、川そのものとなった俺は幾重にも重なる複雑怪奇な流れの中、唯一穏やかな一点を見つけた。


 それこそが、この流れの深淵にして始まり。すなわち、源流だ。


 ゆるやかに手を伸ばすイメージで、俺はその源流をつかむ。


 すると、水と化していたこの身が光を放ち、形を取り戻していく。


 ぐっと手の平がなにかをつかんだと思ったその瞬間、流れに乗るように体が浮上した。激しく明滅していたオーロラをくぐり抜けると、そこに驚いたような顔があった。


 アイシャだ。


「……え?」


 と、サーシャが声を漏らし、俺の顔をマジマジと見る。


「なかなか変わった習得方法だったが」


 俺が手を伸ばせば、そこに水流が溢れ出す。


 そのまま空をなぞれば、それは魔法陣と化した。


「覚えたぞ」


「……相っ変わらず早いわね……」


 サーシャは驚き半分、呆れ半分で言った。


「《融合転生(ラドピリカ)》を?」


 ミーシャの問いに、俺はうなずく。


「ああ。今すぐ完了させる」


 描いた魔法陣は俺の根源に光を放つ。


「でも、《融合転生(ラドピリカ)》ってお互いに融合するのよね? 完了させるのはいいんだけど、その場合どうなるの?」


「うまく共存できればと思っていたが、どうやら俺が引っ込まねばロンクルスが無事に転生できぬようだ」


「え……じゃあ……?」


「つまり、今と逆だ。俺の体をロンクルスが支配する形で《融合転生(ラドピリカ)》を完了させる」


 ぱちぱち、とアイシャが二度瞬きをする。


「アノスは?」


「しばらくはロンクルスの中で過ごす」


「その後どうするのよ? 体をあげちゃったら、そう簡単には元に戻れないでしょ?」


 体をあげると言うが、正確にはロンクルスを主となるよう根源の形を変えるのだ。体が消滅しても《蘇生(インガル)》を使えばいくらでも復元できるが、《融合転生(ラドピリカ)》が完了すれば、ロンクルスの体でしか復元できぬ。


 別の手を打たねばならぬだろう。


「なに、一応アテはある」


 そうなの? といった視線を向けてくるアイシャをよそに、俺はもう一つ流水魔法の魔法陣を描き、遠くへ向けた。


「《流川操魔(メイヴィア)》」


 光が空を駆け抜けていく。


「アイオネイリアを飛べるようにしておいた。俺が《融合転生(ラドピリカ)》を完了させた後、この体はロンクルスのものとなる。彼とともにアイオネイリアで一度無神大陸に戻れ」


 こくりとアイシャはうなずく。


「わかったわ」


 もう一つ、俺は自らの根源に向けていた《流川操魔(メイヴィア)》を発動させる。


融合転生(ラドピリカ)》を川に見立てれば、それはいくつもの支流からなる大河である。されど支流のいくつかが涸れており、大河の水は十全ではない。流れが滞っているのだ。


流川操魔(メイヴィア)》は涸れていた支流を補う形で、大河に水を流す。滞っていた流れがみるみる元に戻っていき、勢いよく大河の川が流れ出す。


 俺の体が光り輝いた。その像が崩れるように、一度ぐにゃりと歪む。どうやら上手くいったようだ。《融合転生(ラドピリカ)》が正常に進行し始めていた。


「任せたぞ」


 言葉と同時に光が更に膨れ上がる。


 そうして、ぱっとその輝きが消え去ったかと思えば、アイシャの前に目を閉じたロンクルスの姿があった。夢で見た時同様、燕尾服を纏っている。


 息を呑んでアイシャは彼を見つめた。


 だが、しばらく待ってもロンクルスが目を覚ます気配はない。


「あれ? 失敗かしら?」


 サーシャの言葉に、アイシャは自ら首を横に振った。ミーシャだ。


「失敗なら、ロンクルスの姿にはならない」


「そうよね。ロンクルスが主体の根源になってるから、体もロンクルスのものになってるってことだものね……」


 改めて確認するようにサーシャが言う。


「じゃ……なんで起きないのかしら?」


「たぶん、アノスの根源の中にいたから」


「消耗しすぎてるってこと?」


 こくりとアイシャはうなずく。


「それなら、とりあえず無神大陸まで運びましょ」


 アイシャはロンクルスの体に触れ、《転移(ガトム)》で樹海船アイオネイリアに転移した。


分離融合転生(ディノ・ジクセス)》が解除され、アイシャはサーシャとミーシャに分離した。


「飛べるようにしておいたって言ってたけど……」


 サーシャがそう口にした途端、ゴ、ゴゴゴと樹海船はひとりで動き始めた。


流川操魔(メイヴィア)》に従い、二律剣が樹海船に魔力を伝え、聖川世界を離脱していく。


「……そういえば、第三魔王に挨拶していかなくてもいいのかしら? あんまり挨拶したくもないけど……」


「止め方がわからない」


「……あ……」


 ミーシャの言葉に、サーシャは気がついたように声を上げた。そして、その頃にはもう遅かった。


 樹海船アイオネイリアは考える間もなく加速し、銀水聖海を飛び抜けていく。


 ロンクルスは目を覚まさない。


 俺は彼の体の中で、ある過去を見ていた――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
相変わらず、思い切りが素晴らしく良い…。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ