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「……大魔王ジニア様」


 新しく魔法で作った玉座に座るジニアに、第三魔王ヒースは言った。


「彼は本当に……?」


「ん?」


 ジニアはヒースに視線を向ける。


 ただそれだけのことでヒースは萎縮したようにその先の言葉を発することができなかった。


「……いえ……」


 俺が本当に二律僭主なのか、そう聞こうとしたのだろう。しかし、それは大魔王ジニアの魔眼を疑うことに他ならない。


 彼からすれば、あまりに恐れ多いことだというのが、その反応から容易く推測できる。


「ノアや。これからどうするのじゃ?」


「第三魔王ヒースに用がある」


 すると、奴は怪訝そうにこちらを見た。


「用とはなんだ?」


「流水魔法を教えてくれぬか?」


「なにぃ?」


 唾棄すべきことかのように、ヒースは不快をあらわにする。


「少々、必要になってな。お前より流水魔法が得意な者がいるなら、そちらを当たるが……」


「愚弄しているのか? 我よりも流水魔法に長けている者など存在しない!」


 かんに障ったか、憤りを隠そうともせず、ヒースは俺を睨めつけてくる。


「ならば、お前が適任だ。頼めるか?」


「…………」


 ヒースはますます俺を睨み、熟考するように黙り込んでいる。慎重な性格ゆえ、俺の狙いを図りかねているのだろう。


「俺の根源の中にロンクルスがいてな。《融合転生(ラドピリカ)》を使っているが、それが思うように完了せぬ。このままでは滅びるだろう」


 すると、奴は魔眼を光らせ、俺の深淵を覗く。


 俺の魔力はアヴォスの仮面により隠されているが、俺の根源の中にいるロンクルスは別だ。第三魔王ほどの手練れとなれば、根源の中にある根源を見ることができるだろう。


「己の体を与えようとは、お優しい主人だな」


 皮肉交じりにヒースは言った。


「それで?」


「いいだろう」


 意外にも、第三魔王ヒースは承諾した。


「ただし、条件がある」


「なんだ?」


「我と決闘をしろ。無神大陸をかけてな」


 俺を睨み殺さんばかりの気迫でヒースはそう言った。


「無神大陸は深層十二界の外に出す。お前たちの国盗りとは無関係になるはずだが……?」


「関係ない。二律僭主、我々魔王がいつまでも汝に舐められたままでいると思うな」


 なるほど。


 利ではなく、誇りの問題と言いたいわけか。


 しかし――


「お前は魔王だろう。戦いたければ、俺の同意など必要あるまい。いつでも、やりたいときに来ればよい」


「大魔王ジニア様は汝を魔王の不可侵領海と定めた。手を出すなという命であれば、手を出すわけにはいかん」


 二律僭主を恐れて手を出さぬというわけではないわけだ。


「決闘ならいいのか?」


 大魔王ジニアの方を見れば、彼は鷹揚にうなずいた。


「侵略であれば、ヒースが勝ったとて、お前は無神大陸を取り返しに来るじゃろう。正式な決闘であれば、いらぬ火種は生まれはせん」


 ふむ。


 この口振りからして、大魔王ジニアは二律僭主を警戒していたのは、純粋にその力を買っていたようだな。


 無神大陸に手を出せば、深層十二界が二律僭主との争いに巻き込まれる。


 それを避けようと考えたわけだ。


 とはいえ、解せぬな。二律僭主がいかに強くとも、大魔王ジニアの力ならば臆することはないはずだ。


 あれだけの強者が、己の敗北を危惧したといったことはあるまい。だとすれば、二律僭主と戦いたくない理由は、いらぬ火種を生みたくないといったことだけではないだろう。


 なぜ深層十二界のルールをねじ曲げてまで、二律僭主に自由を許していた?


「どうする?」


 俺が答えぬのに業を煮やしたか、ヒースが聞いてきた。


「その条件でよい。ただし、決闘は《融合転生(ラドピリカ)》の後だ」


 そう答えれば、クククク、と小さく彼は笑う。そうして、魔法陣を描き、深層十二界の海図を出した。


「ここが我が聖川世界リブラヒルムだ」


 赤く光る点をヒースが指し示す。


「無神大陸を移動させた後に来るがいい。流水魔法の手ほどきをしてやろう」


 そう口にして、第三魔王ヒースは転移していった。


 聖川世界へ向かったのだろう。


「邪魔したな」


 大魔王にそう告げて、俺は《転移(ガトム)》の魔法陣を描く。視界が真っ白に染まり、次の瞬間、目の前に現れたのはサーシャの顔だ。


「きゃあっ……!!」


 悲鳴を上げ、サーシャが思いきりのけ反った。


「きゅ、急に帰ってきたら、びっくりするじゃないっ!」


 大地に尻餅をつきながら、サーシャは顔を真っ赤にしている。


「おかえり」


 隣でサーシャに手を伸ばしながら、ミーシャが淡々と言った。


 場所は樹海船アイオネイリアの中だ。


「それで、どうだったの?」


 恐る恐るサーシャが聞いてくる。


「無神大陸は動かしても構わぬそうだ」


「そ、そうなの……?」


 サーシャは肩透かしを食らったような顔をしている。


「条件は?」


 ミーシャが問う。


「特にない。元々二律僭主にやったものだそうだ」


「……てっきり、大魔王と全面戦争になるのかと思ったわ……」


 ほっとしたようにサーシャは胸をなでおろした。


「ついでに、第三魔王ヒースから流水魔法を教えてもらうことになった」


 俺は二律剣を突き刺し、魔力を送る。銀泡の外へ進路を向け、ゆっくりと樹海船が上昇していく。


「……え? 本当に? 魔王の中でも、特に性格に難があるって話だったけど……?」


「無神大陸を賭けて、決闘をすることが条件だ」


「アノスが?」


「二律僭主がだ」


「どっちでも同じじゃない……」


 呆れたようにサーシャがぼやく。


「でも、そんなの勝手に賭けて大丈夫なの? 第五魔王が怒るんじゃないかしら?」


「深層十二界の外に出したとて、それで無神大陸が完全に安全になったわけではあるまい。第三魔王を打ち破り、二律僭主が健在であることを知らしめれば、当分は手を出してくる者もいなくなるだろう」


 樹海船は黒穹に到着し、そのまま銀泡の外に出た。真っ暗な銀海を無神大陸の方角へ飛んでいく。


「……まあ、決闘なら、アノスと一対一だから、安心だけど……」


 俺の力には信頼を寄せているのだろう。サーシャは半ば諦めたように理解を示した。流れ弾で滅ぼされる心配はなさそうだ、と顔に書いてある。


「流れ弾で滅ぼされる心配はなさそうよね」


 言った。


 思わず笑みをこぼすと同時に、ミーシャも薄く微笑んでいた。


 同じことを考えたのだろう。


「な、なによ、二人して笑って」


「なんでもない」


 と、ミーシャは答えた。


 やがて、俺たちの目の前に無神大陸が見えてくる。樹海船を下ろして、第五魔王ホルセフィのもとへ移動する。


 大魔王、そして第三魔王ヒースとの話し合いの結果を彼に伝えると、


「……大魔王が……!? それは確かか?」


 ホルセフィが驚愕といった風に声を上げた。


「ああ。無神大陸は深層十二界から出しても構わぬそうだ」


「…………」


 そう改めて言ってやるも、ホルセフィは無言だった。


 深層十二界から出せば、無神大陸は魔王たちの国盗りとは関係がなくなる。彼らが望んだことではあるものの、ふってわいたような話を信じていいものか、吟味しているのだろう。


「だけど、この大陸どうやって動かすの? 元々は銀泡でしょ。動いたのって、イーヴェゼイノぐらいしか知らないわ」


 ふと気がついたように、サーシャが疑問を呈する。


「問題はないのだ。この無神大陸は秩序の枠には縛られない。私の魔力で飛ばすことができる」


 第五魔王ホルセフィは答えた。


「大魔王の気が変わらない内に出発するとしよう。ここを狙っている魔王が、深層十二界を出る前に奪おうとやってくる可能性もあるだろう」


「いいのか?」


 覚悟は決まったのか、と俺は問う。


「罠の可能性も考えたが、どのみちここに留まっていても先はなかろう。皆もそれでよいな?」


 ホルセフィが確認すると、ラグーをはじめとする無神大陸の住人たちはうなずいた。


「では、参ろう」


 岩と同化しているホルセフィの体から魔力が発せられたかと思えば、それは大地を伝い、みるみる無神大陸全体へと広がっていく。


 ゴ、ゴゴゴ、ゴゴゴゴゴゴと地震が起きる。


 否、無神大陸が動いているのだ。


 ホルセフィの停滞魔法である。これまで拘束されていた力を解き放つように、無神大陸は一気に加速し、あっという間に深層十二界から離脱していったのだった。


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