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夜の空に浮かぶ


 決着がついた後、俺はゆっくりと降下し、エレネシアのもとへ降り立った。


 彼女は静かにこちらを振り向く。


 そうして、優しく微笑んだ。


 やはりミーシャとサーシャによく似ている。


「……こうして、あなたに会える日を楽しみにしていた。魔王アノス。ミリティアの世界を守ってくれてありがとう」


「なに、俺一人で守ったわけではない」


 そう俺は答えた。


「<銀界魔弾ゾネイド>は止められるか?」


 大提督ジジ、神魔射手オードゥスは倒した。だが、依然としてこの第一エレネシアは魔弾となったまま、深淵世界を目指して飛んでいる。


「大丈夫。ムトーが私に力を貸してくれるから」


 エレネシアがすっと手を伸ばす。


 黒銀の雪月花がそこに出現する。青い光がちらついた。<銀界魔弾ゾネイド>の魔力だ。魔弾世界すべてを覆っていたその青い粒子が、雪月花に集まり、吸収されていく。


 雪月花が大きくなっていく毎に、そこに集まる青い粒子もまた膨大になっていく。


 ゴ、ゴゴゴ、ゴゴゴゴゴ、と再び魔弾世界が揺れ始めた。


 <銀界魔弾ゾネイド>が解除され、銀泡が減速しているのだろう。


 崩壊の一途を辿っていた大地も、それ以上は剥がれ落ちることはなくなった。この分ならば、心配はあるまい。


「一つ頼みがあるのだが」


 俺は宙に浮いている六本の筒――<填魔弾倉>を指さす。


「それを譲ってもらえるか? 協力してくれた者が欲しがっていてな」


 そう口にすると、エレネシアは指先から魔力を発する。


「魔弾世界は大きな罪を犯した。これ一つで償い切れることではないけれど、友好の証に受け取ってほしい」


 <填魔弾倉>が手元に飛んでくる。


「主神交代戦を挑む神は、主神を滅ぼさなければ勝利にはならない」


 エレネシアが言う。


「滅ぼさず、凍結にとどめた理由があるということか?」


「ムトーのすべての力を使える今なら、できることがあると思ったから」


 彼女は僅かに目を伏せ、悲しげに言った。


「魔弾世界は多くの銀泡を奪ってしまった。失われた主神を元に戻すことはできない。それでも、彼らにとって、この世界が、もっと生きやすくなることを私は願う」


 静謐な声でエレネシアは告げる。


「あなたが生きる世界のように」


 彼女がしようとしていることは大凡分かった。


 ゆえに俺は、笑みを返す。


「娘の力を借りるといい」


 そう言って、俺は<填魔弾倉>を手にした。


 仮面をつけ、二律僭主に紛する。そのまま飛び上がり、神界を後にした。黒穹を抜け、降下を続けると、火山基地デネヴが見えてくる。


 激しい戦闘の末、最早ボロボロになり果てている。かろうじて残っているその火口に、ボイジャーたちの姿を捉えた。


 彼は俺に気がつき、こちらを向いた。


「……僭主……! 大提督は――」


 魔法陣を描き、史聖文書しせいもんじょポポロを取り出す。それに気がついたか、ボイジャーは言葉を失い、息を飲んだ。


 彼の仲間たちもまた、悼むような面持ちでただこちらに視線を注ぐばかりだ。


 俺は火口に着地し、ボイジャーと向き合った。


 そうして、史聖文書を彼に差し出した。


「大提督は滅ぼした」


 ボイジャーは丁重に史聖文書を受け取った。


 彼はそれを胸に抱き、うっすらと涙を滲ませる。


「……ありがとう……我ら文人族を代表して、心より感謝を表する」


 ボイジャーがその場に跪く。

 彼らの仲間もまた俺に感謝の意を示すように、そこに膝を折った。


 皆、涙を滲ませている。

 だが、それを決してこぼしてはならないと必死にこらえていた。


「これで、恐れるものはなにもない。オードゥスが我々を滅ぼしに来ようとも、我々は文人族として、最後の一兵となるまで戦い抜き、胸を張って聖書神せいしょしん様に会いに行ける」


 我らはすでに敗北している、とボイジャーは言った。


 最早、先などないのだ、と。


 彼らはすでに聖書神を失った。古書世界は存在せず、彼らの子孫は彼らの誇りである古書を読むことができない。


 それでも、その本だけは――魂だけは持っていきたかったのだ。


 おぞましく、無残なその敗北に、せめて一つ、気高き誇りを貫きたかった。


 それだけが、彼らに残された悲しい希望だったのだ。


 だが――


「神魔射手オードゥスは創造神に敗れたぞ」


 俺の言葉に、ボイジャーが僅かに目を丸くする。


「主神という弾丸が変わることさえ魔弾世界にとっては……」


「エレネシアはかつて、我が世界ミリティアの創造神だった」


 俺はそう言い、頭上を見上げた。


 ボイジャーたちも、その視線を追う。


 空に浮かんでいるのは創造神エレネシア。白銀の光を放つ彼女に向かって飛んでいく二つの影があった。


 ミーシャとサーシャだ。

 傷が深いか、ミーシャは姉の肩を借りている。


 エレネシアは二人に声をかけた。


「ミリティア。アベルニユー。あなたたちの力を貸してほしい。銀城世界バランディアスと同じように、この魔弾世界を」


「……ミーシャ」


 <銀界魔弾ゾネイド>の直撃を受けた妹を案じるように、サーシャが振り向く。


 彼女はこくりとうなずいた。


「……大丈夫。神魔射手を」


 ミーシャがそう口にすると、エレネシアは魔法陣を描いた。


 そこに出現したのは黒銀の氷に閉じ込められた神魔射手オードゥスである。


「……魔力、足りるかしら? 第二魔王ムトーの根源はあるけど、魔弾世界は保有する銀泡も多いでしょ」


 サーシャが言った。


「大砲樹バレンを魔力に変える。これはこの世界のすべてが使い捨ての弾丸である象徴だから」


 エレネシアの言葉を受け、ミーシャとサーシャは顔を見合わせた。


 そうして、それぞれの権能を使う。


「<創造神顕現ミリティア>」


「<破壊神降臨アベルニユー>」


 魔弾世界の大空に出現したのは、<創造の月>と<破滅の太陽>。その二つが重なっていき、皆既月蝕が発生する。


 やがて、赤銀の月明りが大地を照らし出す。<源創の月蝕>である。


「お母さん」


 ミーシャが合図を出すと、エレネシアは手をかざす。雪月花が舞い散り、静謐な光が大空に満ちた。


 <源創の月蝕>の隣にもう一つ、<創造の月>が現れる。それが<源創の月蝕>に寄り添うように、静かに重なった。


 黒銀の光は神界に降り注ぎ、大砲樹バレンを魔力の粒子へと創り変えていく。


 静かにミーシャが言った。


「――三面世界<創世天球>」


 創造神ミリティアの権能が発動し、それと同時に神界から溢れ出した大砲樹バレンの魔力が、魔弾世界全体へ広がっていく。


「この世界に生きる、すべての人々へ」


 <源創の月蝕>と<創造の月>を背に、エレネシアは言った。


「私は創造神エレネシア。主神装填戦にて私は神魔射手オードゥスをやぶった」


 静謐な声は<思念通信リークス>により、世界の隅々にまで届けられる。


「だけど、私は規律を守らない。この世界に主神はいらない。主神の定める規律はいらない。この世界は、この世界を生きるあなたたちのものだから」


 遙か地上、その言葉にボイジャーが息を呑む。


「これからオードゥスが奪った銀泡を、魔弾世界の秩序から解放する」


 ミーシャが伸ばした手に、エレネシアがそっと手を重ね、つないだ。


 二人は声をそろえて、創造神たる権能を発揮する。


「「<優しい世界はここ(アール・アント・から始まるエルトノア>」」


 魔弾世界エレネシアが赤銀に染まった。


 凍結されていた神魔射手オードゥスが光に包まれ、それは一本の青い銃砲と化した。


 少しずつ、しかし確かに、世界は優しく創り変えられていく。


 創造神エレネシアは手を組み、祈りを捧げる。


 どうか、暖かく、優しい世界が生まれるように、と。彼女の真摯な願いが、その姿から伝わってくる。


 かつて、ミリティアの前身となる銀泡を創ったときも、きっとそうだったのだろう。


 神でありながら、祈りを捧げるべき相手などいないと知りながら、それでも彼女は祈らずにはいられない。


 静かに、そしてゆっくりと<優しい世界はここ(アール・アント・から始まるエルトノア>の光が収まっていく。


 <源創の月蝕>が消えて、そしてエレネシアの<創造の月>も消えたとき――魔弾世界エレネシアの空には、黒銀に光る球体が浮かんでいた。

 

「なにに見える?」


 静謐な声で、エレネシアは問いかけた。


 この世界の生きとし生ける者へ。


「魔弾? それとも満月?」


 空に浮かぶそれは、冷たい魔弾のようでもあり、優しい満月のようでもあった。


「争いは悪しきことであり、愚かなこと。言葉を持ちながら、なぜ人々は戦うのか。私はずっとそう思っていた」


 エレネシアは言う。


 己の過ちを悔いるように。


「けれども、私はこの広い海を渡り、巡り合った。戦うことでしか、自身を表明できない人に。彼にとって、戦うことこそ対話なのだとすれば、その逆もまた然り。理性と優しさをもって、武力を忌み嫌い、対話を迫る私が、彼にはもしかしたら暴力のように感じられたのかもしれない」


 一旦言葉を切り、僅かに彼女はうつむく。

 

 それから言った。


「私の言葉が、彼の胸を弾丸のように撃ち抜いたことがあったかもしれない……」


 それはもう確かめようがないことで、その表情には後悔の色が滲んだ。


「言葉さえ魔弾に変わってしまうのなら……愛と優しさにさえ傷つく人がいるのなら……私は決して誰かを救うことなどできないと思った。けれども……」


 火山基地デネヴから、軍魔族たちが次々と浮かび上がってくる。


 彼らに戦闘の意思はなく、ただ空に浮かぶ黒銀の球体とエレネシアを眺めていた。


「けれども、主神装填戦で最後に私の心を優しく照らしてくれたのは、遠い過去に、その彼が遺してくれた、一発の、戦うための弾丸だった」


 力強く彼女は言う。


「私はこの魔弾世界に生きるすべての人々が、使い捨ての弾丸などであってはならないと思っている。けれども、どうか忘れないでほしい。私たちは常に弾丸を持っている。たとえ、銃砲を手にしていなくとも、私たちのすべてが弾丸になり得るでしょう」


 気がつけば、多くの軍魔族が空を見上げていた。


 火山基地デネヴだけではなく、都市や村落など、様々な場所で、彼らは耳をすましている。


 規律に従っていた魔弾世界が、今まさに変わろうとしていることに、気がついたのだろう。


「そして、その弾丸は敵を撃ち抜くだけではなく、誰かを優しく照らすことができる」


 空に浮かぶ黒銀の球体がよりいっそう輝きを増し、地上に暖かな光をもたらす。


「これは生まれ変わった魔弾世界の象徴。<創月の魔弾>。夜の空を見たら、ほんの少しだけ考えてほしい。あなたの手にあるのは魔弾? それとも満月? どちらが優れているわけではない」


 エレネシアは告げる。


「今、その人にとってどちらが優しいの?」


 彼女は優しく微笑み、そして慈愛をもって彼らを見つめた。


 月のように優しく、


 魔弾のように優しく、


 彼女は言った。


「どうか考えて。私はいつでも、いつまでもこの世界を見守り続け、一緒に考えるから」



かくて、魔弾世界は新生する――



【土下座する勢いでのお願い!】


新連載『魔法史に載らない偉人』を

投稿しました。


面白いものになるよう、全力で書いています!

もうあと少しでランキングもいいところまでいけそうですので、

どうか一度、お読みいただけましたら、本当に嬉しいです!


↓にリンクを貼りましたので、

何卒、よろしくお願い申し上げます。


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― 新着の感想 ―
愛を知った創造神は、戦いの意味をも理解した。 争いと慈愛を、無思考で肯定することも合理的に否定することもなく、その意義を自ら問いて選ぶ秩序を世界にもたらす。 魔弾世界はその形を保ったまま、新生する─…
[一言] 「我が世界ミリティア」の件 ボイジャーたちは656話「探し物」でミリティアの元首=二律僭主っと誤解したから大丈夫と思う、ほかの人もしくはコーツェに聞かれたらまずいだけど。
[一言] >そうして、史聖文書を彼に差し出した。 >「大提督は滅ぼした」 >ボイジャーは丁重に史聖文書を受け取った。 >彼はそれを胸に抱き、うっすらと涙を滲ませる。 >「……ありがとう……我ら文人族を…
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