表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
694/726

非合理の弾丸

祝! 新作『魔法史に載らない偉人』連載開始記念で更新します!


 神界に張られた結界を、<極獄界滅灰燼魔砲エギル・グローネ・アングドロア>で灰に変え、俺は降下していく。


 大砲樹バレンが天を突く神界の空からは、その大地にて対峙する二人の神の姿が見えた。


 神魔射手オードゥスと創造神エレネシアだ。


 エレネシアは両膝をついている。その眼前には、銀魔銃砲が突き刺さっていた。


「主神装填戦を止めに来たのカ? ミリティアの元首」


 俺を見上げ、オードゥスは言った。


「いいや。見物に来ただけだ」


 俺は六本の筒――<填魔弾倉>を空に浮かべる。


 そこから、僅かに魔力の光が漏れていた。


「魔弾世界の合理性が、儚い夢物語に撃ち抜かれる瞬間をな」


 すると、なにかに気がついたように、エレネシアが顔を上げる。


 彼女の神眼に<填魔弾倉>が映った。


 そこから溢れる、第二魔王ムトーの魔力が輝いている。


「……ムトー……」


 その光に導かれるが如く、力尽きたはずのエレネシアが立ち上がる。


 そうして、空に手を伸ばした。


 彼女の内に宿る根源刀――第二魔王ムトーの根源から魔力の粒子を溢れ、天に昇っていく。


 それは彼の半身が収められた<填魔弾倉>へと。


「元首アノス。それは無益な感傷ダ」


 無機質な声で、オードゥスは言った。


「キサマもダ、エレネシア。半分になった根源が揃えば、第二魔王ムトーが復活するとでも思っているのカ」


 <填魔弾倉>は沈黙している。


 外から与えられたムトーの魔力になんの反応も示していない。


「そこに残っていた彼の魂とやらが、応えてくれるとでも思っているのカ」


 事実を突きつけるように、奴はエレネシアに言う。


「ありえなイ。第二魔王ムトーはすでに滅びタ。キサマの体と、<填魔弾倉>に残っている根源は、ただの力の塊ダ。滅びし者が、キサマを救うことはなイ。あれは最早、ワタシの権能の一部ダ」


 やはり、<填魔弾倉>は沈黙したままだ。


 エレネシアはその光景を、ただ見上げるばかりである。


「喋ることすらできない死者にすがり、世界を見捨てるのがキサマの愛カ、エレネシア」


 オードゥスは言う。


「銀魔銃砲をその手にし、撃テ。そうすれバ、第二魔王ムトーの無念は晴らせル。教えてやろウ、エレネシア」


 執拗に、挑発するように、オードゥスは続ける。


「ワタシはこの<填魔弾倉>で、第二魔王ムトーの根源を使って、いくつもの銀泡を侵略した」


 ぴくり、とエレネシアの眉が上がる。


 かすかに漏れたのは、彼女がこれまで見せなかった怒気であった。


「強者と戦うことしか興味のなかったあの男の力で、弱者を撃ち抜き、制服しタ。キサマはそれを許していいのカ? 死者の魂を、踏みにじるワタシを」


 エレネシアの神眼が、オードゥスを睨みつける。


 言葉はない。けれどもそれは明確な敵意の表れだった。


「そうダ。許せまイ。だが、キサマが撃たねバ、第二魔王ムトーの尊厳は未来永劫踏みにじられル。その弾丸で、老人を撃ッタ、子どもを撃ッタ。そして――」


 オードゥスが九つの尾にて魔法陣を描く。


 空に浮かんでいた<填魔弾倉>が、奴の目の前に転移した。


 その尾銃に、第二魔王ムトーの力の弾丸が装填される。狙いはエレネシアだ。


「キサマを撃つ。奴が根源の半分を譲り渡したキサマを……第二魔王ムトーが守ろうとしたキサマを……奴が自身が撃つのだ。他でもない己の力デ!」


 一瞬の静寂。

 張りつめた空気を切り裂くように、エレネシアが叫んだ。


「オードゥスッ!!」


 銀魔銃砲へ、彼女の手が伸びる。


 それを手にして、銃口をオードゥスへ向けた。


「世界を愛した愚かな男は、最後にその世界を撃つのダ! エレネシア!」


 オードゥスの尾銃から、凄まじい魔力が溢れ出す。


 エレネシアは銀魔銃砲を強く握った。


 その神の瞳には、隠しようもない憎しみが滲む。


「確かに死者は喋りはせぬ」


 大砲樹バレンのふもとにて、銃口を突きつけあう両者に俺は言った。


「だが、彼の魂はここにある。今際の際に、彼が遺した遺志がその力に宿っている」


「ならバ、その遺志で我が魔弾を止めてみせるカ?」


「第二魔王は自らの望みを叶えることができたにもかかわらず、なぜこの結末を迎えたのか」


 わからない、とエレネシアは言った。


 人の想いなど、直接耳にしたとてわからぬことばかりだ。


 だが、


「少なくとも一つだけ確かなことがある。彼が真に銀水聖海の強者ならば、エレネシア、お前が第二魔王ムトーの強さを信じるならば、今この瞬間さえも彼の望み通りということだ」


「敗者になることを望んだ愚者だということには同意しよウ! なあ、エレネシアッ!」


 オードゥスとエレネシアの視線が交錯する。


「……違う」


 彼女は言った。


 力強く、確信に満ちた瞳で。


「彼は、まだ……戦っている……!」


 銃口が火を噴いた。


 放たれた魔弾は一つ。


 それは唸りをあげて直進し、エレネシアの胸を貫き、その根源を撃った。


 彼女の手から、銀魔銃砲がこぼれ落ちる。


 それは一つの秩序の終わり――創造神の体が崩壊を始めるように、光の粒となって消えていく。


「愚かナ。死者に泣いてすがったところで、奇跡は決して起こらなイ。滅びし者が、キサマを救うことなどないのダ」


 ほんの僅か、落胆したようにオードゥスが言う。


 致命的な魔弾を根源に撃ち込まれたエレネシアは、しかし、前を見つめたまま、微笑んでいた。

 

「……ムトー……」


 彼女は、ゆっくりと自らの胸に手を当てる。


「あなたは私に希望をくれた。希望しか、くれなかった」


 静かにエレネシアが語りかける。


「私の敵をあなたは倒すことができたはずだった。生き延びることができたはずだった。あなたが欲しかったのは、なに? 百年に一度、私に会う約束? そうじゃないと私は思う。あなたがそんな小さな勝利で満足するとは思えない」


 その右手に亀裂が入る。


 エレネシアの魔力が、刻一刻と希薄になっていく。


「あなたは世界の秩序を愛したと言った。私に愛を抱いた、と。見返りなく、世界を愛する阿呆な男が一人ぐらいいたっていいじゃないか、と言った」


 淡々と、けれどもどこかなじるように、彼女はそう言葉を紡ぐ。


「嘘ばっかり」


 エレネシアは僅かに、眉をひそめる。


「あなたは、私に戦いを挑んできた。その大きな愛で、世界の秩序を変えようとした。私の心を変えたかった。私を……」


 神界にエレネシアの声が響き渡る。


「独り占めしたかった」


 死者はそれに答えることはない。


「でも、私の勝ち」


 愛に勝ち負けはない、とエレネシアは思っているだろう。


 だから、彼女はあえてそう言ったのだ。


 彼の流儀に、敬意を表し――


「私は、今も変わらず、世界の秩序。私はこの世界のすべての人々を、ただ平等に愛し続ける。この銀海のすべての人々の幸せと安寧を願い続ける。最期の瞬間まで」


 その手にぐっと力が入る。


 エレネシアの胸に爪が食い込む。 


「だから、ムトー」


 彼女は言った。


「私を守りなさい」


 彼女は死者に命令する。


「世界のために尽くしなさい」


 答えるはずのない、その力の塊に。


世界わたしのためだけに戦いなさい」


 強く、強く、なによりも強く彼女の魂が訴える。


「私はあなたを、あなただけは……幸せも、安寧も、願ってあげない。あなたが私を、私だけを見ていてくれるなら……私は世界の秩序として、あなたを……」


 滅びゆくエレネシアの瞳から、一粒の雫が零れ落ちる。


「愛してあげられるから」


 涙が大地に落ち、そして光となって消えた。


 静寂がその場を覆いつくす。


「理解に遠イ。感傷的な遺言ダ」


 オードゥスの尾銃に魔力が集中する。


「――誓約に従い、滅びと引き換えに新たな創造神を創るといイ、エレネシア」


 銃口が火を噴き、巨大な魔弾がエレネシアを飲み込んだ――


 そのときであった。


 途方もない魔力が溢れかえり、黒き一閃が振り下ろされた。


 オードゥスが神眼を見開く。


 魔弾は真っ二つに割れ、エレネシアを外れていった。


「神魔射手オードゥスなら、オレの力だけは滅ぼさず、利用すると思った」


 声が聞こえた。


 死者の声が。


 もう二度と、決して聞くはずのなかった声が。


「だから、根源に魔法を仕掛けたんだよ」

 

 <填魔弾倉>から魔力が溢れ出す。


 エレネシアが持つ第二魔王ムトーの根源に、それは共鳴するかのように、協力な魔力が怒涛のように押し寄せ、<填魔弾倉>の蓋を弾き飛ばした。


 ゆらり、と陽炎が立ち上る。


 エレネシアの神眼に映ったのは、第二魔王ムトーの姿だった。


「君の害意に反応する魔法を。オレを傷つけても、オレを欲しいというその害意エゴに、応える力を遺した」


「……ムトー、私は……」


「これで、君のエゴはオレのものだ。君の戦いは、オレの戦いだ」


 噛み合わない会話は、それが死者の言葉だからだ。


 第二魔王ムトーは、すでに滅びている。


 それは今際の際に、彼が自らの根源に仕掛けておいた魔法にすぎない。


 エレネシアのエゴに、その命令にのみ従うように。


「負けることは許されない」


 第二魔王ムトーの力が、一つに戻っていく。


 <填魔弾倉>から溢れ出したその根源が、エレネシアの中にある半身とつながり、彼が有していた本来の力を取り戻す。


 その桁違いの魔力が、限りなく滅びに近づいたエレネシアを強制的に引き戻す。


 崩壊しかけた彼女の体が、滅びを克服し、光とともに再生を果たした。


「なんの意味があル?」


 オードゥスの手には、エレネシアに撃たせようとした銀魔銃砲が握られていた。


「滅びた後に、愛の合意を得られる魔法に、なんの価値があル。第二魔王ムトーはそれを知ることすらなく、消滅しタ。エレネシア、キサマはその愛をあの男に伝えられなかっただろウ」


「いいえ」


 エレネシアはそっと自らの胸に触れる。


 その深淵に、彼女の根源と彼の根源が確かに結びついている。


「彼の魂はここにある。私のエゴも、私の愛も、彼にはちゃんと届いている」


「錯覚ダ。死者に言葉は届かなイ」


「そう思うのは、あなたが使い捨ての弾丸だから」


 エレネシアは言う。

 自らに宿した根源に、突き動かされるように。


「どれだけの滅びがもたらされようと、この海から想いは消えない。私はそう信じている」


「信じル?」


 銀魔銃砲に魔力が集中する。


 その弾丸は、かつての深淵総軍隊長二〇〇人分の根源だ。


「それは、神の所業ではなイ」


 耳を劈く轟音が鳴り響く。


 根源を凝縮した弾丸が螺旋を描きながら、エレネシアに撃ち放たれた。


 されど、彼女は動じることなく、ただ手のひらをかざす。


 現れたのは黒き短剣、根源刀だ。


 それが光輝いたかと思えば、ガラスが割れるように砕け散る。エレネシアの全面に、無数に舞い散るのは黒い雪月花だった。


 迫りくる銀魔銃砲の弾丸を黒銀こくぎんの光が包み込み、そして一瞬にして創り変えた。


 その弾丸を、二〇〇人分の根源へ戻したのだ。


「ワタシが読み違えていタ」


 大きく飛び退き、オードゥスが尾銃に魔弾を装填する。

 魔力の光が銃口に集った。


「キサマの愛は不合――……!!」


 魔弾の一斉掃射を行おうとしたその瞬間、オードゥスの体に弾丸が撃ち込まれていた。


 それはエレネシアが元に戻した二〇〇の根源。 


 オードゥスが使い捨てようとしたそのすべての弾丸が、奴の全身に穴を空けていた。


「……なぜ……ワタシを撃ツ……?」


「わからないの、オードゥス。それが魔弾世界の民たちの答え。世界に忠誠を尽くし、自らを弾丸としてきた深淵総軍の隊長たちも、最期は人に戻りたい」


 エレネシアが手をかざせば、黒い雪月花が魔法陣を描く。


「いつか、誰もが滅びゆく。けれども、この海のどこかにその想いは残ると信じたい。みんな、みんな、誰だって――」


 魔法陣から黒銀の光が神魔射手オードゥスに降り注ぐ。


「合理的なだけの弾丸にはなりたくない」


 重傷を負ったその体では、第二魔王ムトーの根源にて魔力を上乗せされた雪月花に抵抗する術はなく、根源もろとも凍結した。



神の慈愛に撃ち抜かれて――



【いつもお読みくださる皆様へお願い】


新連載『魔法史に載らない偉人』を投降しました。


面白いものになるよう、全力で書いていますので、

どうか一度、お読みいただけましたら、本当に嬉しいです!


↓にリンクを貼りましたので、

よろしくお願いします。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  死んだとしても、そこに残ったものを、遺志を、人は魂と呼ぶ。 [一言]  合理だけを求めて動けばそれは不合理よりタチが悪い。人が合理を求めるのは人であるがゆえ、終着点で満足に笑うため。  …
[一言] >「強者と戦うことしか興味のなかったあの男の力で、弱者を撃ち抜き、制服しタ。 制服ってことは学園編スタートか?と思ったけど元々学園物だったわこれ。
[良い点] 例え死んでいても《魔法(おもい)》は残る。 愛の無い神(秩序)では理解が及ばない故に、秩序を生み出す神も、歯車も、白虎も、そして今回は射手も破れた。 愛は強し! [気になる点] 歴代の隊…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ