深淵を撃ち抜く魔弾
神界・大砲樹バレン。
「――<銀界魔弾>の魔法砲台が落とされたカ」
主神装填戦の最中も、動力部での戦いに神眼を向ける余裕があったか、神魔射手オードゥスがそう言った。
「ワタシの予測通りだっただろウ。エレネシア?」
オードゥスの視線を飛ばす。その先で創造神エレネシアが両膝をつき、がっくりと頭を垂れている。
その神体はボロボロに傷つき、胸にどでかい穴が空いていた。
「キサマの娘たちが<銀界魔弾>を止めるより、主神装填戦の決着が早イ。キサマの勝機は一つ、疑似銀泡の創造を止めるこト。すなわち、本物の銀泡を弾丸として使うことを許容すべきだったのダ」
オードゥスが<銀界魔弾>を発動させれば、エレネシアはその弾丸となる疑似銀泡を創造せざるを得ない。
そして、それを行えば彼女は確実に劣勢を強いられる。
わかっていながら、エレネシアが疑似銀泡の創造をやめることはなかった。
「……私……は……」
辿々しく声を発したエレネシアの口から、血が流れ落ちる。
「それでキサマがワタシに勝利したならバ、キサマの夢物語はこの銀海の泡となって消えル。残るのハ、魔弾世界に犠牲は必要だと悟った神。エレネシア、キサマはその口で愛を語りながら、己の判断で人を弾丸にする強い主神になっただろウ」
勝ち誇ったようにオードゥスは言った。
「少し惜しくもあル。そうなっていれバ、魔弾世界は愛ある独裁者が支配すル、素晴らしい世界になったというのニ。平時は民に愛を与え、有事はその民を弾丸にすル。極めて効率的ダ」
愛を持たない神魔射手オードゥスは、それを手に入れようとした。
他の世界から見れば、ひどく歪な形ではあるが、愛さえも奴にとっては弾丸の一つなのだろう。
なにより自らが生き残ることに、奴はまるで頓着していない。むしろ、魔弾世界が更なる深淵に至るため、エレネシアが己を打ち破り、より優れた主神になることを願った。
その言葉に嘘偽りはなく、すべてが取り替えの効く弾丸でしかない。
まさしくオードゥスは魔弾世界そのものだ。
「……私は……あなたとは……違う……」
「イイヤ、同じ考えダ。だから、キサマに鹵獲魔弾を撃っタ。キサマは己が創った世界が滅びようとするとき、その身を創造の弾丸に換えて、新たな創造神を生み出しタ。その娘が創造した銀泡が、転生世界ミリティアだ。今や、我々の世界と戦うまでになっタ」
冷たい視線が彼女を撃ち抜く。
「キサマは有益ダ。世界のために、己の身を弾丸とすることは有益なのダ。ならバ、すべての民に同じ規律を与えるのが効率的ダ。世界は更に豊かになル。我々は常に最大の成果を獲得すル」
「……間違っている」
「なにが間違っていル? 規律なき夢物語では、すべてが滅びに向かウ」
神魔射手は言う。
「キサマが愛した世界も、第二魔王ムトーの尊厳も」
エレネシアは息を呑む。その唇が震えていた。
だが、彼女の力はもう殆ど残っていない。
神魔射手は、尾を一本切り落とす。
マスケット銃のような形をしたその尾銃が、エレネシアの目の前に突き刺さった。
「それハ、銀魔銃砲。根源を弾丸に換えル、ワタシの権能ダ。その弾倉には、歴代の深淵総軍隊長二〇〇人分の根源が込められていル」
エレネシアの傷は深い。そう簡単には再生せぬだろう。
だが、オードゥスは彼女にとどめをさそうとはせずに、こう言った。
「撃ってみロ。オマエの創造の力で、そのすべての根源を一つの弾丸に創り換えれバ、ワタシを滅ぼすことができル」
「……わからない」
エレネシアは問う。
「オードゥス。あなたはなぜ、そんなにも死に急ぐの……?」
「同じだと言ったはずダ。キサマが慈愛を持つように、ワタシに私利私欲はなイ。世界のために撃ち出される一つの弾丸。新たな主神を装填し続けることが、この魔弾世界の規律。弾丸は――撃つべきときに撃たねばならなイ」
オードゥスは答えた。
「キサマにわかりやすく言えバ、それが世界のためダ」
彼女に突きつけられた選択肢は二つ。
一つは銀魔銃砲を手にし、オードゥスを撃つこと。
そうすれば主神交代戦に勝利し、大提督ジジを元首の座から降ろすことができる。
だが、引き換えに、エレネシアは魔弾世界の住人二〇〇人分の根源を自らの意思で弾丸に変えることになる。
引き金を引けば、オードゥスは彼女が愛を持った独裁者に変わると思っているのだろう。
その予測が正しいかはわからないが、魔弾世界の住人を犠牲にすることがエレネシアの信念に背くのは確かだ。
そして、もう一つの選択肢――撃たないことを選ぶならば、彼女には主神交代戦の敗北が待っている。
「エレネシア。キサマが敗北すれば、いつか必ず、我々は保有する銀泡を<銀界魔弾>で撃ち出す。今二〇〇の根源を手にかけそれを防ぐカ、それとも夢物語に殉じて、遠い未来に銀泡の生命すべてを失うカ」
鋭い言葉の弾丸が、エレネシアを撃ち抜く。
「どちらが慈愛ダ? キサマの慈愛はワタシの有益を、間違っていると言えるカ?」
一瞬の沈黙。
それはエレネシアに生じた逡巡だったのやもしれぬ。
そして、同時に音が鳴り響いた。
ゴオォォ、ゴォォォ、となにかが動き出す音だ。
なにか重たいものが、山よりも海よりも巨大ななにかが、今まさに動き出そうとしている。
ぐらぐらとその神界、大砲樹バレンが揺れ始めた。
「撃つならバ、早くしロ。魔弾世界が深淵に到達する前ニ」
そうオードゥスは言った。
◇
魔弾世界上空。
俺が投げ返してやった<銀界魔弾>によって、壊滅的なダメージを受けた火山要塞デネヴを見やる。
外観は半壊、基地の機能は完全に麻痺し、最早砲台一つまともには動くまい。
その反面、この魔弾世界自体は大した被害を受けていない。
防ぎきったのだ。
遙か彼方、火山要塞デネヴの最下層に、大提督ジジの姿を捉える。
奴の前には六本の筒が浮かんでいる。
<填魔弾倉てんまだんそう>だ。第二魔王ムトーの根源の力を宿すその権能にて、<銀界魔弾>を消し去ったのだろう。
「目的は達した」
大提督ジジが言った。
瞬間、空が青く塗り替えられていく。
否、空だけではない。
大地も海も、魔弾世界のすべてが真っ青になっていた。
ゆらゆらと立ち上るのは、魔力の粒子。それが地上から上空へと流れていく。
世界が揺れていた。
違う。動いているのだ。
災淵世界イーヴェゼイノがハイフォリアに食らいついたときと同じように。
地上から上空へ流れる粒子の速度が加速していく。
それはこの世界がみるみる速度を増している証明だ。
ゴォォッと、大地がめくり上がり、それが上空へ吹き飛んでいった。
自らの速度に耐えきれぬとばかりに、大地という大地がボロボロと剥がれ、上空に舞う。
「元首アノス。貴様の部下が<銀界魔弾>の砲台を落としたようだが、我々の予定を変更するには至らない。試射を終え、すでに弾丸は放たれた後だ」
「ふむ。なるほどな」
世界に立ち上る魔力の粒子に視線を向ける。
その深淵を覗けば、確かにこれは知っている魔法だ。
内側からは、こう見えるということか。
「この第一エレネシアを魔弾に変え、<銀界魔弾>を放ったわけだ」
「退却の判断を下すなら今だ。我々はこれより、深淵世界へ向かう。この魔弾世界ごと深淵世界を撃ち抜き、火露を略奪する。我々こそが深淵世界に進化するのだ」
銀水聖海の魔王以外は到達したことがないといわれる深淵世界。
オットルルーの話では深く沈みすぎたため、普段はその存在さえ知覚することができない。
九九層世界に至れば、かろうじて見えると言われている――だったな。
魔弾世界は九九層に達していなかったはず。どういう手を使ったか知らぬが、少なくとも大提督は、深淵世界の在処を知っているということだ。
「絶渦を撃つための<銀界魔弾>ではなかったのか?」
「その通りだ」
確かに、直接、絶渦撃つと言ったわけではない。
あるいは……
「深淵世界を撃ち抜けば、弾丸となったこの世界もただではすむまい」
「一時的に八割の民が滅び、多くの火露を失う。だが、それ以上の火露を深淵世界から回収する。我々は損害を補填し、深淵世界に至る。魔弾世界の軍人に、それを悪しとするものは一人もおらんよ」
めきめきと大地が剥がれていき、ますます魔弾世界は加速する。
その音がまるで銀泡の悲鳴のように聞こえた。
大提督ジジは言う。
「貴様たちは命が惜しかろう。出て行くがいい」
「そうさせてもらおう」
魔法陣を描き、砲塔を形作る。黒き粒子が渦を巻き、七重の螺旋描く。
遙か眼下の奴を睨み、俺は言った。
「この愚かな弾丸を止めた後に、ゆっくりとな」
魔弾世界が深淵へ迫る――