マグマ溜まり
火山要塞デネヴ。牢獄。
結界に覆われた鉄格子の向こう側に、イージェスがいた。
骨の魔槍がその体に突き刺さっている。
奇妙なことがあった。その槍は確かにイージェスの根源の深淵を貫いている。だというのに、彼は滅びていない。
それどころか、魔力が満ちている。
彼の力の源である血を、その骨の魔槍が根源に補充しているかのようでもあった。
さながら、骨髄が血を作るが如く。
そのとき、耳を劈くような爆発音が鳴り響き、結界と鉄格子、牢獄の至る所に亀裂が走った。
結界は破壊され、鉄格子は折れ曲がり、天井には穴が空いている。
静かにイージェスは目を開く。
目の前には深淵総軍一番隊隊長ギーが立っていた。
「……今の爆発、なにがあった?」
イージェスが問う。
「アノス・ヴォルディゴードが<銀界魔弾>を投げ返した」
ギーは端的に回答した。
「創造神エレネシアの娘たちは、まもなくこの基地の動力部、マグマ溜まりに着く。そこに<銀界魔弾>の砲台が隠されているはずだ」
「……なぜそれを余に教える?」
「自らの魔槍に聞くといい」
ギーはイージェスに刺さっている骨の魔槍を見た。
「緋髄愴ディルフィンシュテイン。貴様がかつて、いつか訪れる日のために遺していったものだ」
不可解そうに、イージェスはギーを見返した。
「戦いが終わった後にまた会おう。死ぬなよ、一番」
そう言い残し、ギーは転移していった。
「……かくも奇妙な縁があるものよ……」
すっと彼は立ち上がり、自らの体から骨の魔槍を引き抜いた。その傷は瞬く間に塞がっていく。
すぐさま冥王イージェスは動力部を目指して駆け出した。
◇
火山要塞デネヴ。動力部入り口。
崩落した瓦礫の山から、雪月花の光が漏れる。
それは瓦礫をすべて氷の結晶に変え、ひらひらと舞い散らせる。
その奥からミーシャが立ち上がった。
「大丈夫?」
伸ばした手をサーシャがつかみ、起き上がる。
「……なんでアノスは<銀界魔弾>をここに投げ返してるのよ……当たり所が悪かったら死んでたわっ…!」
ミーシャが首をかしげ、淡々と言った。
「信頼?」
下手なところに投げれば、無関係の銀泡に<銀界魔弾>が直撃する。
その点、火山要塞デネヴにいるのは深淵総軍のみだ。
なにより、大提督に受け止めさせなければ、世界自体が銀海の藻屑となろう。
「それはそうだけど、せめて投げるなら投げるって言ってくれればいいのに……」
と、サーシャがぼやく。
「とにかく、さっさと<銀界魔弾>の砲台を探さなきゃ。また投げ返されたら、たまったものじゃないわ」
そう口にして、彼女が振り向く。
そこには、ぐつぐつと煮えたぎる青いマグマ溜まりがあった。
一帯は濃密な魔力が充満している。青いマグマから自然に漏れ出しているのだ。
「この基地の動力にしてるだけのことはあるわね」
魔眼を向けながら、サーシャが言う。
「氷の球」
ミーシャが雪月花を舞わせ、マグマの上に巨大な球状の氷を創る。それをドボンッと下に落とせば、瞬く間にマグマによって溶かされた。
「……うわぁ……」
青いマグマの温度に、サーシャは引き気味の表情を浮かべる。
「<銀界魔弾>の砲台って、この中よね……?」
ミーシャはこくりとうなずき、神眼を向ける。
「魔力場が乱れて、奥まで見えない」
「潜ってみるしかないってこと? 最悪だわ」
二人は宙に浮かび、マグマ溜まりの上に移動する。
サーシャの瞳に闇の日輪が浮かび、彼女はキッと下方を睨みつける。
<終滅の神眼>から放たれた黒陽が青きマグマを灼く。その視線に切り裂かれるように、マグマ溜まりに道ができた。
「火成岩」
ミーシャは<源創の神眼>にて、青きマグマを固めていき、火成岩に創り換える。サーシャが作った道は塞がることなく固定された。
二人はその道をまっすぐ下降していく。
深い。
下りても下りても、底は見えない。
サーシャとミーシャは<終滅の神眼>と<源創の神眼>にて道を継ぎ足していきながらも、下降を続けた。
「どこにあるのかしら……? もう通り過ぎたってことはないわよね……?」
「……砲台が近くなら撃ったときにわかるかもしれない……」
「投げ返されるってわかってて、そんなにすぐ撃つかしら?」
「大提督はわからない。でも、神魔射手は主神装填戦を有利に進めるために、効果がなくても絵画世界に撃ち続けると思う」
火成岩の壁越しに、ミーシャは神眼にて周囲に視線を配っている。
そのとき、マグマ溜まりに巨大な魔力が迸った。
ミーシャの神眼が捉えたのは、母エレネシアの魔力。疑似銀泡だ。それが一瞬にして消え去った。
彼女の読み通り、<銀界魔弾>にて撃ち出されたのだ。
「サーシャ」
ミーシャは斜め下を指さす。
すかさず、サーシャは<終滅の神眼>にてそこを睨んだ。
「滅びなさいっ!!」
黒陽が火成岩を突き破り、マグマを灼き尽くしていく。そして、その先にあった魔法術式を撃ち抜いた。
「……どう?」
「展開された魔法陣は破壊した」
サーシャの問いに、ミーシャが答えた。
「砲台らしきものは全然見えなかったけど?」
「姿形が砲台とは限らない」
淡々とミーシャは言う。
「じゃ、これで……」
サーシャが言いかけたその瞬間、またしてもマグマ溜まりで魔力が迸る。疑似銀泡の魔力が出現し、それが消える。
再び<銀界魔弾>が発射されたのだ。
「ミーシャッ!」
「そこ」
ミーシャが真下を指さす。
瞬間、サーシャが放った黒陽が視線上のすべてを灼き払った。展開された魔法陣が破壊される。
火成岩の壁に空いた穴からドクドクとマグマが流れ込んできていた。
「……ねえ、これって……?」
サーシャの疑問に、ミーシャはうなずく。
「砲台は複数ある」
そう二人が結論づけたとき、視界の内にあったマグマが流れを変えた。魔法円を描き、魔法文字を描き、そのマグマ自体が魔法陣と化したのだ。
「このっ!!」
サーシャは再び黒陽にてそれを滅ぼした。
疑似銀泡が創造される前だ。
<銀界魔弾>の発射も未然に防いだ。
だが、二人の表情は重い。
「……複数じゃない……」
先ほどの発言を、ミーシャは撤回した。
「このマグマ溜まりすべてが<銀界魔弾>の砲台術式」
「……それじゃ……このマグマぜんぶを消滅させないと、<銀界魔弾>は止められないってことっ?」
魔眼を見開き、サーシャは真下に視線を向ける。
火成岩の壁に空いた穴からはマグマがどんどん流入してきている。
このマグマ溜まりがどこまでの深さがあるのかわからない。
どこまでの広さがあるのかもわからない。
少なくとも、底はまるで見えないのだ。
「サーシャ」
ミーシャが言う。
「固めたマグマ、ぜんぶ壊せる?」
「……できるけど、マグマが一気に流れ込んでくるわよ」
承知の上だとばかりに、ミーシャはうなずいた。
「氷の世界で吸い込む。<銀界魔弾>の砲台は壊せなくても、魔弾世界の外に出せば、お母さん……創造神エレネシアとのつながりが切れる。そこまでは疑似銀泡が届かない」
ミーシャの氷の世界ならば、その状況を擬似的に再現できるというわけだ。
「わかったわ!」
すぐさまサーシャは<終滅の神眼>で火成岩の壁を灼く。そのまま視線をぐるりと回していき、全方位の壁を破壊した。
空洞を埋めるように、青いマグマが二人のもとへどっと押し寄せる。
「氷の世界」
<源創の神眼>が光り輝く。
小さなガラスの球体が合計六つ、二人の前後左右、そして上下に創造された。
ガラスの球体は氷の世界だ。それは押し寄せた青いマグマをみるみる内部へと吸い込んでいく。
「大きい世界」
ミーシャが両手を伸ばし、周囲に雪月花を舞わせる。
その魔力に反応し、みるみる氷の世界が巨大化していく。二倍、四倍、八倍と加速度的に大きさが増し、指でつまめるほどのサイズだったガラス球は、あっという間に家ほどのサイズになった。
なおも、氷の世界は拡大していく。
ガラス球が大きさが増すほど、マグマに接する面積が増し、その分だけ大量のマグマを吸収することができる。
元々、内部に巨大な世界を内包したガラス球だ。大きくすること自体は不可能ではない。
ミーシャの権能ならば、このマグマ溜まりをすっぽり覆うほどのガラス球にすることもできるはずだ。
更にガラス球が拡大するにつれ、吸引力も増し、触れていない遠くのマグマも吸い込み始めた。
無論、その分だけ消耗は大きい。
「ミーシャ、大丈夫?」
「……ん……」
僅かに苦悶の色が見て取れる。普段表情の変わらぬことを考慮すれば、相当な無理をしているのだろう。
ただでさえ氷の世界を六つ同時に創造しているのだ。その大きさをここまで拡大するとなれば、並大抵のことではない。
だが、その甲斐あってか、マグマはみるみる量を減らしている。
このままいけば、すべてを吸い尽くすのは時間の問題だろう。
「……もう……少し……」
呼吸を荒くしながらも、ミーシャは手を休めようとはしない。そのまま、更にガラス球を拡大させた。
「…………サーシャッ……!」
はっとして、ミーシャが言った。
彼方から魔弾が飛来してきて、ガラス球の一つを撃ち抜いた。穴が空いたそこから、吸収した青いマグマがどっと溢れ出す。
ミーシャが穴を見つめて、<源創の神眼>にて修復していく。
だが、更に三発の魔弾が発射された。
「させないわよっ!」
サーシャはキッと魔弾を睨みつけ、<終滅の神眼>にて灼き滅ぼす。
すぐに彼女は、魔弾が飛んできた方向に視線を向けた。
「なに……あれ………?」
青いマグマが一カ所に集まり、形をなしていく。
ドロドロの液体だったマグマが固形化し、そして六本の大砲を持つ要塞に変貌する。
そのすべての砲口から、ガラス球めがけ巨大な魔弾が放たれた。
<銀界魔弾>を守護する魔弾――