故郷へ迫る弾丸
魔弾世界エレネシア。火山要塞デネブ。
「ぐぅ……ぬぐぐぅ……」
司令室が、黒く燃え上がっている。
<涅槃七歩征服>、そして<掌握魔手>にて増幅した<極獄界滅灰燼魔砲>を、大提督ジジ・ジェーンズは両手で受け止めていた。
守りの要たるペリースと<魔弾防壁>は灰燼と化し、奴の両手は指先から徐々に灰へと変わっていく。
終末の火の威力に押され、奴の足は床を削りながらも、じりじりと後退を続ける。
だが、それでも、かろうじてジジは踏みとどまっている。
刺滅の凶弾を、<極獄界滅灰燼魔砲>に撃ち込み続けているのだ。
「――<魔深根源穿孔凶弾>ッ!」
無論、奴の魔弾は終末の火に呑まれるのみだが、幾分かは相殺できる。
小さな穴を穿ち、それを活路にして、どうにか回避しようとしているのだろう。
「なかなかどうして、さすがは魔弾世界の元首といったところか」
「……戦闘中に、手を休めてお喋りとは感心せんよ……アノス……」
奴の体に火が燃え移り、漆黒に炎上した。
しかし、今にも滅ぼされそうになりながらも、大提督ジジは鋭い眼光でこちらを睨めつけてくる。
「ふむ。それは追撃してほしいという意味か。それとも、追撃されては困るという意味か?」
奴の深淵を覗きながら、俺はそう問うた。
追撃を誘っているのだとすれば、もう一発、<極獄界滅灰燼魔砲>を撃ち込むことで、奴には反撃の手段が生じるのだろう。
だが、そう思わせておいて、追撃を封じる駆け引きやもしれぬ。
「<魔深五体囮弾>」
大提督の右腕が真っ青に染まる。
その瞬間であった。奴の体についた終末の火の一切が引き寄せられるように、右腕一本に集中した。
ジジは自らその右腕を左手でつかむ。
ギチギチと右腕を引きちぎり、用済みとばかりに放り投げた。
右腕に集めた終末の火が起爆したかのように、カッと黒き閃光を発した。
炎の柱が立ち上る。
天井は黒く炎上し、漆黒の灰が落ちてくる。
最下層にある司令室から、上階にあるすべての部屋がぶちぬかれ、どでかい穴が空いていた。そこからは空が見える。
右腕を失ったものの、大提督は無事だ。
「なるほど。右腕を囮にして、すべての滅びを集中させたか。面白い魔法だ」
「一瞬の判断の遅れが死を招く」
奴は左腕を突き出し、魔法陣を描く。
「貴様は追撃するべきだったのだ」
言葉と同時、魔法陣から<魔深根源穿孔凶弾>が連射され、この身に迫った。
「なにを言っている?」
右腕を突き出せば、黒き魔力の粒子が七重の螺旋を描く。
<極獄界滅灰燼魔砲>を乱れ打ち、奴の魔弾を迎え撃った。
二つの魔法砲撃が再びぶつかり、滅びの粒子が火花を散らす。
「追撃ならもうした」
俺は奴の体を指さした。
そこに、不気味な呪いの印が浮かび上がっている。
呪々印章ガベェガの印が――
「ごふっ……!!」
奴の全身に走ったのは、八つの蒼白き剣閃。
それは絵画世界の絡繰神を屠ったレブラハルドの一撃、霊神人剣、秘奥が壱、<天牙刃断>。
操っていた絡繰神のダメージが呪々印章により術者であるジジに逆流したのだ。
「答えは出た。お前が隠者エルミデだ、大提督」
ぼとり、とジジの左腕が落ちる。
全身に深い傷が刻まれており、どくどくと血が溢れ出していた。
霊神人剣の秘奥をまともに食らって滅びていないのは、ここが魔弾世界だからだろう。
呪々印章を介しているとはいえ、聖剣での攻撃では威力が十分に発揮できなかったのだ。
とはいえ、落ちた両腕はそうそう回復しまい。
「フ……」
正体が暴かれ、深手を負ったにもかかわらず、ジジは薄く微笑んでいる。
まるでこの状況すら、予定通りだと言わんばかりに。
「では、パブロヘタラに伝えるがいい」
ジジの体に魔法陣が描かれる。
見覚えがあった。
神魔射手オードゥスが使ったものと同じだ。
「大提督に呪々印章の効果はなかった、と。さもなくば――」
含みを持たせて奴は言う。
その意味は考えるまでもあるまい。
「<銀界魔弾>でミリティア世界を撃つ、か」
「神詩ロドウェルは、己が世界の防衛に使うべきだった」
大提督ジジは、この戦いを総括するように述べた。
「確かに貴様は強い。一対一で戦えば、あの第二魔王に匹敵するだろう。だが、その第二魔王ですら、最後は我々深淵総軍の前に屈した。戦争には大局というものがあるのだ。貴様個人がいかに強大でも、所詮は駒の一つ。私を取りに来た時点で、無駄駒となった」
「なるほどな。もう勝ったつもりというわけだ、大提督」
そう言ってやれば、奴は当然のように首肯した。
「左様。ミリティアの元首、貴様の優先目標は私を討つことではない。己が世界を犠牲にする意義はなかろう。<銀界魔弾>の照準がミリティア世界に向いた時点で、すべては終わっている」
大提督ジジは、勝ち誇るでもなく、ただ事実を述べるように言う。
「要は貴様が正体を見せた時点で決着はついていたのだ。私の目的は、貴様に私が隠者エルミデではないと証言させることだ」
呪々印章ガベェガも想定内ということか。
確かに世界をまたいで届くガベェガの呪いは信頼性が高い。俺が大提督ジジは隠者エルミデではなかったと証言すれば、この先疑われることなく自由に行動することができよう。
だが――
「残念だったな。我が世界に<銀界魔弾>は当たらぬ」
すると、ジジは不可解そうに眉根を寄せた。
「それでは、確かめてみても構わないな?」
撃つぞ、とジジが脅す。
「存分に試せ」
と、俺は即答した。
奴の視線と俺の視線が交錯し、一瞬の静寂が訪れた。
「<涅槃七歩征服>」
一歩目を刻んだ瞬間、奴は言った。
「<銀界魔弾>」
俺は一歩目の勢いのまま地面を蹴り、跳んだ。
「<銀界魔弾>には射点も、弾道もなく、転移したかのように小世界に着弾する。世界を覆い尽くすほどの結界を作るのは無理がある。ゆえに、神詩ロドウェルのように、銀滅魔法に特化した結界でなくては防ぎようがない」
天井の穴から一気に外へ出る。
<飛行>の魔法にて俺は更に上昇していく。
「そう、お前は誤認させていた。<銀界魔弾>は見えぬだけだ。神魔射手の<銀界魔弾>発動から、絵画世界への着弾時間。神詩ロドウェルが歌われたとき、微かに見えた<銀界魔弾>の射線。そして、創造神エレネシアの現在位置。それらをつなぎ合わせれば、この第一エレネシアから放たれた弾丸が銀水聖海を通っていることは明白だ」
<銀界魔弾>発射の瞬間、創造神エレネシアは第一エレネシアにいた。
彼女の権能も小世界の外にまで影響を及ぼすことはない。<銀界魔弾>の砲台も第一エレネシアにある。間違いなく弾丸はそこから放たれている。
「ならば、弾丸は必ずこのミリティア世界の方角へと撃たれている」
黒穹を抜けて、魔弾世界から脱出した。
視界には銀水聖海が映る。
<涅槃七歩征服>の<飛行>にて、俺の体は銀水を切り裂いて加速していく。
魔弾よりも、遙かに速く――
夕闇に染まった<掌握魔手>の右手を伸ばし、しっかりとそれをつかんだ。
蒼と黒が混ざり合った蒼黒の弾丸が手の中で暴れ狂ったように光を放つ。
周囲の銀水がその光に灼かれ、じゅうっと蒸発していく。
<銀界魔弾>を強く握りしめ、俺は極限まで圧縮する。
「さて、大提督。今度は貴様の番だ。死ぬ気で受け止めよ」
ゆるりと腕を振り上げ、<銀界魔弾>を投げ返す。
「避ければ滅びるのは、魔弾世界だ」
蒼黒の弾丸が、銀水を切り裂いて、まっすぐ魔弾世界に撃ち込まれる。
それは火山要塞デネヴの司令室にて、空を見上げる大提督ジジに向かって、一直線に降り注ぐ。
天地を震撼させる激しい爆発が巻き起こり、火山要塞が吹き飛んだ。
魔弾世界を撃ち抜く弾丸――!?