起死回生
ぐら……とレイの体が傾く。
重傷を負った彼は雲海迷宮から落下していく。力を使い果たしたか、意識が飛んでいるようだ。
その体に雪月花がまとわりつき、ふわりと浮かせた。
落ちてくる彼の体をアルカナがそっと抱きかかえた。彼女はそのまま魔王列車に戻っていく。
吟遊宗主リンファが安堵しながら言った。
「よかった」
同じく吟遊宗主シータが、すっと手を差し伸べた。
「エレンたちも」
「「「うん!」」」
魔王列車から元気な返事とともにはエレンたち魔王聖歌隊が出てくる。彼女たちは空を飛び、列車の屋根の上に乗った。
「もういっかいいくよ」
リンファの合図に合わせ、シータと魔王聖歌隊がすっと息を吸い込んだ。
張りつめたような一瞬の静寂。
次の瞬間、荘厳な歌が広がった。
音が響く。神の歌が。
その歌声は遠くどこまでも響き渡り、音色に乗せられ、桃色の粒子が絵画世界を満たしていく。
やがて、それは銀泡の外にまで広がり始める。
「カーッカッカッカ!」
魔王列車の機関室にて、エールドメードの声を上げる。
腕を大きく振り上げ、彼はその場で無駄にグルグルと回転した。
「成功、成功、大成功だぁっ! これこそ神詩ロドウェル第一四編、争いなき夢の旅路ぃぃっっっ!!!」
跳躍した彼は、着地と同時に<遠隔透視>に映っている絡繰神をビシィッと杖で指す。
「さあ、さあさあさあ! <銀界魔弾>を撃ってみたまえ、隠者エルミデ」
魔力で増幅した声を外へ飛ばし、熾死王が挑発する。
絡繰神――隠者エルミデは一瞬、魔王列車へ視線を向けた。
その瞬間、眩い光の線が天地を抜けていく。
確かに感じられたのは<銀界魔弾>の魔力。銀泡を撃ち抜く不可視の魔弾が放たれたのだ。
されど、絵画世界に異変はない。
ニヤリ、と熾死王が笑った。
「は・ず・れ・だぁ! 隠者エルミデ、オマエの放った<銀界魔弾>は、この絵画世界をすり抜けて、あさっての方向に飛んでいったぞ。おっとぉ」
わざとらしく熾死王はおどけ、それから言った。
「まだオマエが撃っている証拠を見つけたわけではなかったなぁ」
「耳障りな歌だ」
吐き捨てるように言い、隠者エルミデは左腕を突き出す。
「<断罪刃弾>」
組み付いていたレブラハルドは、奴の胸から剣を抜いて後退する。追撃の<断罪刃弾>が一閃され、彼は手にした聖剣で受け止める。
だが、威力を殺しきれない。<断罪刃弾>に押し切られ、レブラハルドの聖剣が弾き飛ばされた。
追い打ちとばかりにエルミデは<覇弾炎魔熾重砲>を連射する。
レブラハルドは魔法障壁を展開した。そこに蒼き恒星が次々と着弾する。
爆炎が渦巻き、魔法障壁にヒビが入る。次の瞬間、魔法障壁は割れ、彼は爆発に吹き飛ばされた。
聖船エルトフェウスまで後退し、船体に足をつきようやく止まった。
エルミデは反転し、<飛行>にてまっすぐ魔王列車へ向かう。
「<覇弾炎魔熾重砲>」
青き恒星が乱れ撃たれる。
全速で回避行動をとった魔王列車だったが、避けきることができず、数発が着弾する。
バラバラと車両の破片が崩れ落ちていく。
「くっ!!」
フレアドールがエルミデを追いかけようと、視線を鋭くした。
魔王列車が落ちれば……神詩ロドウェルの歌い手がいなくなれば、再び絵画世界が<銀界魔弾>に撃たれる。
それを守ることが今、最優先事項だった。
「フレアドール卿、貴公は聖覇狩道を維持しろっ! 奴の腕と剣が戻れば、手がつけられないっ!」
バルツァロンドが声を上げる。
一番近くにいた彼が回り込んできて、魔王列車の前に立ち塞がる。
迫りくるエルミデに、鋭い眼光を向けた。
「させはしな――」
弓を構えた瞬間だ。
エルミデの左手がバルツァロンドの腹を貫いていた。
「がぁっ……!」
左手を血に染めながら、見下すように奴は言う。
「弓兵が前に出ても役にはたたんよ」
バルツァロンドを一顧だにせず、エルミデは魔王列車に向かう。
距離をとろうと魔王列車は全速力で飛んでいるが、速度差はあまりに大きい。
瞬く間に距離が詰まめられる。
と、そのとき、エルミデが減速した。
なにかに後ろから引っ張られたかのようだ。
「弓兵から距離をとるなど、愚か極まりない!」
エルミデの左腕に矢に結ばれた光の紐が巻きついており、それがバルツァロンドの手につながっていた。
エルミデが離れた後に放った矢ではない。
エルミデがバルツァロンドに接近する前、奴が自分を一瞬で置き去りすると予測し、予め放ってあったのだ。
弧を描き視界と意識の外から迫ったその矢に、エルミデは反応が遅れた。
放ってあった矢は一本だけではない。
続けて、三本、四本とバルツァロンドの矢が弧を描き、エルミデの五体に光の紐を巻きつけ、拘束していく。
「逃しはしな――!!」
「<断罪刃弾>」
瞬間、光の紐は瞬く間に切断される。
同時に、バルツァロンドの胸には<断罪刃弾>が突き刺さっていた。
「が……ぅ……」
彼の魔力が消えていき、ふらりと落下する。
<飛行>を使う力すら残っていないのだ。
「バルツァロンドッ!!」
血相を変え、レブラハルドが叫ぶ。
船体に突き刺さっていた霊神人剣を、無我夢中といった様子で彼はつかんだ。
だが、抜けない。
彼にその聖剣は抜けないのだ。
バルツァロンドは意識を失っているのか、ピクリとも動かない。エルミデは容赦なく左手を振り上げた。
「滅びよ」
奴の左手に赤き光が集い、長大な刃を構築する。
バルツァロンドは未だ動かない。
意識すらない状態では、反魔法を使うことすらできない。
無防備なその状態でもう一撃を食らえば、確実に根源は滅び去る。
フレアドール、エイフェの顔に陰りが見えた。
彼女らの距離からでは、もう間に合わない。
レブラハルドは、ぐっと霊神人剣の柄を握りしめる。
「……私は、間違っているのかもしれない」
強く、強く、血が滲むほどに強く、彼はその聖剣に訴えかけた。
「……罪を犯したのかもしれない。それでも!」
全魔力を集中させ、レブラハルドは力尽くにでもその聖剣を抜こうとする。
「たとえ、この道が今は過ちだとしても、いつか未来につながると信じている。バルツァロンドを、我が弟を、私はここで死なせるわけにはいかないっ!」
ミリミリと聖剣が刺さった船体に亀裂が走り、蒼白の光が僅かに漏れた。
「我が正道を照らしてくれっ、エヴァンスマナッ!!!」
思い切りレブラハルドはその剣を引き抜いていく。
「う、お・お・お・お・お・おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
「<断罪刃弾>」
赤き斬撃が一閃され、バルツァロンドに襲いかかる。未だ意識の戻らぬ彼に、凶刃が振り下ろされたその瞬間だった。
蒼白の斬撃が、<断罪刃弾>を斬り裂いた。
まさに間一髪、霊神人剣を抜き放ったレブラハルドが、隠者エルミデの前に立ちはだかる。
落下していくバルツァロンドを、アルカナが雪月花で受け止め、魔王列車に収納した。
「貴様にここで引導を渡すことになろうとはな、聖王」
「こちらの台詞だ、隠者エルミデ」
レブラハルドの魔力が霊神人剣に伝わり、蒼白の魔力が立ち上る。隠者エルミデが身構えたそのとき、奴の死角からふっと黒い影が姿を現した。
闇を纏った全身鎧、人型学会の軍師レコルである。
レブラハルドに意識をさかれていたエルミデは、ほんの一瞬反応が遅れる。その距離、その絶好の機会をレコルはずっと窺っていたのだ。
「呪々印章ガベェガ」
押印された操り人形が破壊されれば、そのダメージを強制的に術者へ返す。傀儡世界ルツェンドフォルトが主神、傀儡皇ベズの権能である。
狙いすましたようにレコルは確実に絡繰神の体を捉え、呪々印章ガベェガを押印した。
禍々しい呪いの印が、奴の全身に浮かび上がる。
「傀儡世界の人形風情が」
そう履き捨て、エルミデは至近距離にて<覇弾炎魔熾重砲>を撃ち込む。
蒼き爆発を巻き起こった。
「貴様らに絡繰神は滅ぼせんよ」
とどめとばかりに<断罪刃弾>が振り下ろされる。
恐るべき必殺の一撃、その赤き刃をしかし、紅蓮の手がわしづかみにしていた。
ぐしゃり、とレコルは<断罪刃弾>を握りつぶした。
「……っ……!?」
隠者エルミデが後退しようとするが、それより早くレコルが紅蓮の手にて奴の頭をつかんでいた。
「貴……様は……誰――」
ドゴン、と爆ぜるように絡繰神の頭が握りつぶされた。
「とどめをさせ、聖王」
ぐらりとよろめいた絡繰神に、まっすぐレブラハルドが迫る。霊神人剣から夥しい光が溢れ出す。
「霊神人剣、秘奥が壱――」
蒼白の剣閃が無数に放たれ、絡みつくように隠者エルミデに襲いかかる。
「――<天牙刃断>!!」
絡繰神が八つに割れ、霊神人剣の力にて霧散していく。
その術式を断ち切ったか、奴の再生能力は失われ、そのまま絵画世界の空に散った。
すると、絡繰神が消滅したその場所に呪いの印が浮かび上がる。
不気味な音を立てながら、術者にダメージを返す呪々印章ガベェガが発動した――
術者の正体は――!?
【ご挨拶】
新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。