主神装填戦
神界。大砲樹バレン。
大地には巨大な樹木がそびえ立つ。
植物というには無機質であり、樹皮は金属のように硬質だ。その幹は巨大な大砲であり、その枝は長い銃口である。
魔力のように銃口に集うのは火露の輝き。この場は魔弾世界が主神、神魔射手オードゥスの神域であった。
創造神エレネシアは、その大地に立っている。
視線の先には九つの尾を持つ主神、オードゥスがいた。
「定刻ダ。これより、主神装填戦を開始すル」
オードゥスがそう言うと、彼の尾がうねうねと蠢く。尾の先にある銃口がエレネシアへ向けられた。
「誓約せヨ」
エレネシアは肯定を示すように、大砲樹バレンに手を触れる。
静謐な声で、彼女は言った。
「あなたが勝てば、私は根源と引き換えに新たな創造神を創る。その子は魔弾世界をより広く、豊かな世界へと創り変える」
エレネシアは、元々ミリティア世界の創造神。<源創の月蝕>を生涯に二度だけ使うことが許される。
限界を迎えた世界を創り直すためのその権能を、魔弾世界に使えば、更なる力を得られるだろう。
第二魔王ムトーの根源を持つエレネシアにはそれだけの魔力があった。
オードゥスは彼女と同じく、大砲樹に手を触れた。
「キサマが勝てば、この神域、大砲樹バレンを受け継ぎ、新たな主神として魔弾世界に君臨する」
二人の手の平から魔力が走り、大砲樹バレンに契約の魔法陣が浮かび上がった。
エレネシアとオードゥスは互いに視線を向け、静かに身構える。
「一つだけ、聞きたい」
エレネシアが問う。
「私が主神になれば、魔弾世界は大きく変わる」
「そうだろうナ」
大したことではない、といった風にオードゥスは同意を示す。
「あなたはそれをどう思うの?」
「主神か創造神、いずれにしてもこの世界に新しき魔弾が装填され、ワタシたち深淵総軍の戦力は増強すル」
神魔射手オードゥスは当然のことのように答えた。
「キサマが主神になり、この世界を変えるならば、それは魔弾世界にとって必要な弾丸だったということダ」
「あなたの本意ではないはず」
「そう思うカ?」
エレネシアの表情に疑問が浮かぶ。
「まだ予定には早イ。この主神装填戦の決着が見える頃にはわかるだろウ。今は本意ではないと言っておク」
回りくどい言い回しだったが、オードゥスはエレネシアを煙に巻こうとしているようには見えなかった。
彼の表情は、真剣そのものだ。
「なぜならば、長きに渡り、準備した<銀界魔弾>をキサマは破棄しようとしているからダ。この魔弾世界が、敵を撃たず、軍拡もせず、夢物語を追いかける腑抜けた銀泡と化ス」
嫌悪感さえ表さず、オードゥスは冷静にエレネシアの理想を否定する。
「だが、キサマが勝ったならば、その腑抜けた弾丸こそが強いということダ。ワタシは言葉に価値を置かなイ。正義は正しク、悪が間違っているカ? 優しさは素晴らしく、憎しみは愚かなことカ? 誰が決めル?」
オードゥスは問い、そして自ら答えた。
「勝者ダ。ワタシの独裁も、キサマの夢物語も、結局は同じことなのダ。規律に則り、互いの弾丸をぶつけ合い、勝利したものが権利を得ル。それでいイ」
「勝った方はただ勝っただけ。正しいわけではない」
「正しさに価値はないと言っているのダ。なぜならば、それを正しいと示せるのは勝者だけダ」
二本の尾銃に魔力が集中し、エレネシアに狙いを定める。
「だからこその主神装填戦であル」
尾銃が火を噴く。
放たれた赤い魔弾は轟々と唸りを上げ、エレネシアに押し迫る。
そっと手の平を前に出し、彼女は雪月花を舞わせる。雪の大砲がそこに創造され、雪の魔弾を撃ち放った。
両者は激突し、魔力の粒子を散らしながら相殺される。
更にオードゥスとエレネシアは魔弾を連射していく。威力はほぼ互角。魔弾と魔弾を相殺させながら、互いに一歩も引かず撃ち合った。
「<魔深流失波濤砲>」
オードゥスは九つの尾銃から、九つの青き魔弾を発射する。魔弾世界における深層大魔法の一つだ。それを九つ同時に発射するとは、さすがに主神といったところか。
そもそも、神族の頂点に位置するからこそ、主神なのだ。魔弾世界の秩序に従う限り、他の神族では勝ち目がない。
本来ならば――
「<魔深流失波濤砲>」
雪月花にて九つの魔法陣を描き、エレネシアはそこから青き魔弾を発射した。
<魔深流失波濤砲>と<魔深流失波濤砲>の衝突でけたたましい爆発を巻き起こる。神域が激しく揺れていた。
エレネシアにはムトーの根源の半分がある。魔弾世界の秩序に囚われることのない第二魔王の力が。
それにより、彼女は魔弾世界の秩序から半歩踏み出す。
勝機があるということだ。
「アーティエルトノア」
静かにエレネシアが手をかざす。
すると、神域に夜が訪れ、空には創造の月、アーティエルトノアが昇った。
「銀の雨」
夜の空が瞬き、創造の月が粉々に砕け散る。その一つ一つがあたかも雨の如く、神魔射手オードゥスめがけて降り注いだ。
ドドドドドド、と絶え間なく降り注ぐ銀の雨が神域の大地を抉っていく。オードゥスは後退し、雨の隙間を縫うようにしてそれをかわしていくが、雨脚は増す一方だった。
「<魔弾防壁結界要塞>」
九つの尾がそれぞれ魔法陣を描き、そこに防壁が出現する。
魔力の防壁は幾重にも積み重なっていき、多面体を形成、結界を構築する。それが更に積み重なり、まるで要塞のような魔法障壁が作り上げられた。
降り注ぐ銀の雨は、その要塞結界に阻まれる。
だが、月の欠片は地に落ちることなく、要塞結界を包囲するように浮遊したままだ。
その一つ一つが白銀の光を放ち、オードゥスの踏みしめる大地を創り換えていく。
巨大な穴が空き、<魔弾防壁結界要塞>ごと奴は真下に落ちていく。
創造されたのは、滝だった。
しかし、どれだけ落ちても一番下の滝壺には辿り着かない。
みるみる穴の長さが伸びている。滝が創造され続けているのだ。
「アーティエルトノア」
再び創造の月が夜空に昇る。
飛び上がったエレネシアの姿が、月明かりに映し出された。
「水天射月」
滝壺の水面にはアーティエルトノアが映っている。
その白銀の水月が浮かび上がり、魔弾の如く発射された。オードゥスの真下から勢いよく月が迫り、要塞結界に直撃した。
白銀の粒子が周囲に飛び散り、<魔弾防壁結界要塞>に亀裂が入った。
それだけでは終わらない。
滝壺の水面にはまだアーティエルトノアが映し出されている。
月が夜空にある限り、水月の魔弾は何度でも装填されるのか。再び発射された水天射月が、<魔弾防壁結界要塞>に直撃し、無数の亀裂を走らせた。
更にもう一発、水月の魔弾が発射される。
「第二魔王ムトーの力は素晴らしイ」
オードゥスはそう口にして、魔法陣を描いた。
「だが、キサマの弾丸はワタシには届かなイ」
その魔法陣の深淵を覗き、エレネシアははっとする。
「<銀界魔弾>」
世界を撃ち抜く銀滅魔法が発動する。
それはエレネシアを狙ったものではない。
この神域内に弾丸は発射されていない。
しかし、エレネシアが放った水月の魔弾が消えた。
「<魔深流失波濤砲>」
オードゥスの尾銃が火を噴く。
青き魔弾が直進し、上空に浮かぶ創造神エレネシアを撃ち抜いた。雪月花による護りさえ間に合わず、彼女はその爆発を体一つで受け止める。
人の姿を保っているのは、ムトーの根源の恩恵だろう。
だが、彼女が創造した滝も、空に浮かぶ月も消え去っている。
彼女の魔力が、消え去ってしまったかのように。
「<銀界魔弾>を使えば、キサマは疑似銀泡を創造しなければならなイ。そうでなけれバ、弾丸として撃ち出されるのは我々が保有する銀泡。一発目は第六エレネシアであル」
本物の銀泡が<銀界魔弾>の弾丸になれば、そこに住む多くの住人が命を失う。
それを避けるため、エレネシアは疑似銀泡を創造せざるを得ない。
「疑似銀泡を創造すれバ、キサマは根源を削ることになル。創造の月はおろか、殆どの権能、魔法を使うことはできなイ」
オードゥスが悠長に話しているのも、勝利を確信しているからだろう。このままでは戦いにすらならぬ。
「あなたは主神に相応しくない。私が疑似銀泡を創らなかったら、あなたは意味もなく、自らの銀泡を犠牲にしていた」
「第六エレネシアにいるのは、使えない老人だけダ。キサマの覚悟を確かめられるなら、有効な使い道だろウ」
その言葉に強く憤りを覚えたように、エレネシアはオードゥスを睨む。
「キサマが犠牲を許容しない限リ、キサマの弾丸はワタシには届かなイ。キサマの夢物語は弱いということダ」
「そうかもしれない」
全身をボロボロにされながらも、エレネシアは言う。
「けれど、あなたの独裁も強いわけではない。私がそれを教えてあげる」
その神眼が見据えるのは、希望の光――




