囮
火山基地デネヴ。最下層付近。
深淵総軍の隊長アビニカとガウスを倒した俺とコーストリアは、そのまま火山基地の下層へ進んでいた。
目指すは最下層の司令室だ。
とはいえ、警備を強引に突破することはせず、身を潜めながら移動する。
同行する女は、それがどうも気に入らぬようだ。
「ねえ、いつまで隠れてるの?」
コーストリアが不服そうに言う。その表情には見るからに苛立ちが滲んでいた。早く暴れたくて仕方がないのだろう。
「隊長二人を片付けた。姿をくらませば、奴らは兵を捜索に使わざるえまい」
こちらの力が隊長以上だと示した。生半可な戦力では止められぬと知れば、より多くの兵にて警備に当たるだろう。
そこで行方をくらませれば、奴らは通常より多くの兵を要所に向かわせねばならぬ。
ここは魔弾世界の本拠地だ。重要施設はごまんとあるだろうが、奴らはこちらの狙いを絞り切れていない。つまり、戦力の分散につながる。
無論、<銀界魔弾>の魔法砲台を重点的に守りはするだろうがな。それでも、他を捨ておくことはできまい。
結果、ミーシャとサーシャが向かう動力部は手薄となろう。
俺とコーストリアは<変幻自在>にて姿を消し、兵の視線をかいくぐりながら、更に下層へと向かっていく。
「飽きた」
と、うんざりした様子でコーストリアが言う。
「辛抱のない」
「どうせっ」
唇を尖らせ、彼女はそっぽを向いた。
しかし、思ったよりは言うことを聞いた方か。
この獣を押さえつけようとしても、長続きはしまい。下手なときに抑制が効かぬよりは――
「ならば、暴れよ」
「……いいの?」
虚を突かれたように、コーストリアが聞き返す。
まるで玩具を与えられた子どものようだ。
「ただし」
俺は魔法陣を描き、そこから魔法の粉を振りまいた。彼女の横に現れたのは、仮面をつけた俺の幻影だ。
「そいつが幻だと気取られるな」
「なにそれ? 私を囮にするの? ずるくない?」
彼女はその義眼を開き、苛立ったように俺を睨めつけてくる。暴れたいが、利用されるのは気に食わぬといったところか。難儀な女だ。
「お前の力次第だ」
「なにが?」
「要は敵を引きつければよい。そのまま正面突破をし、大提督の首をとっても構わぬ」
コーストリアはきょとんとする。
しかし、すぐに嗜虐的な笑みを見せた。
「面白そうね」
彼女にかけた<変幻自在>が解除され、その姿があらわになった。
僅かに足音が響く。
通路と部屋を挟んだ向こう側に、俺たちを捜索している深淵総軍の部隊がいるのだ。
「それじゃ、お先に」
地面を蹴ると、彼女はみるみる加速する。
壁を蹴っては跳ね返り、獰猛の獣の如く、深淵総軍の部隊に真正面から突っ込んでいく。
兵士たち気がつき、魔弾の魔法陣を描く。
「侵入者を発見……!!」
「これより排除を開始す――」
ぐじゅう、と赤い爪が兵士の体に突き刺さる。
アーツェノンの爪だ。
「ぐ、ぬ……この魔弾世界で、そんなものが……!!」
「獅子傘爪ヴェガルヴ――やっちゃえ!!」
日傘と獅子の爪が一体化した傘爪が回転し、兵士の体を抉る。コーストリアはヴェガルヴに魔力を込め、勢いよく撃ち出した。
回転する傘爪は竜巻と化し、数十名の兵をズタズタに切り裂いていく。
魔弾世界では真価を発揮できぬだろう。だが、それでもなお、アーツェノンの滅びの獅子と雑兵では勝負にならぬ。
「目標を補足」
「撃て!」
コーストリアに無数の魔弾が降り注ぐ。
弧を描きながら、戻ってきたヴェガルヴが魔法障壁を張り巡らし、その魔弾をすべてはじき返す。
居場所が知れたことで深淵総軍が続々とコーストリアのもとへやってくる。
「集中砲火。撃て!」
「うるさい!」
獅子傘爪ヴェガルヴを突き出し、コーストリアは投擲した。
それは弾丸の如く唸りを上げ、無数の魔弾を飲み込みながら直進する。その傘の陰に隠れ、俺は飛んだ。
「ずるいっ……!」
恨めしそうなコーストリアの声を一瞬にして置き去りにし、ヴェガルヴが切り開いた道を突き進んでいく。
ヴェガルヴの勢いが弱まり、再びコーストリアの元に戻った。
俺は真下へ下りる吹き抜けへ飛び込み、そのまま降下した。
深淵総軍は暴れているコーストリアに引きつけられている。手薄になった警備の穴を縫うようにして飛んだ。
しばらくして床が見えた。
着地すると、目の前に通路があった。それ以外に道はない。
迷いなく通路に入ると、その先で深淵総軍の部隊が待ち構えていた。
<変幻自在>で姿を隠したこちらに気がつき、迎撃の構えをとっている。
さすがにここまでくると、警備の者もかなりの魔眼の使い手だ。
手加減はいらぬな。
「<極獄界滅灰燼魔砲>」
魔法陣の砲塔に、黒き七重の粒子が螺旋を描く。
奴らは魔法障壁を展開した。
撃ち放たれた終末の火は、幾重にも張られた魔法障壁ごと部隊を焼き払い、通路を黒き灰燼に帰す。
その場に倒れた兵たちは、しかしかろうじて息がある。
睨んだ通り、深淵総軍の中でも精鋭だ。
つまり、この先に重要なものがある。
通路の先に視線を向ける。
殺風景なドアがあった。
魔法障壁と兵士たちに当たったことで威力が軽減されたとはいえ、<極獄界滅灰燼魔砲>の余波を食らい、その部屋もドアも原形をとどめている。
俺は歩を進ませる。
魔眼を凝らさずとも、その中に強い魔力の持ち主がいることは容易にわかった。
「ふむ」
手を伸ばし、ドアに触れる。
すると、自動的にそのドアは開いた。
俺は内部へ足を踏み入れる。
「ここまで来たのは貴様が二人目だ」
声が響いた。
青いガラスに隔たれた向こう側に、豪奢な椅子がある。そこに男が座っていた。
飾緒と勲章がつけられた孔雀緑の軍服。ペリースを左肩にかけ、炎の紋章の制帽をかぶっている。
オルドフの<聖遺言>で見たときと変わらぬ姿だ。
魔弾世界エレネシアが元首、大提督ジジ・ジェーンズである。
つまりはここが最下層の司令室だ。
「貴様は誰だ?」
椅子に座したまま、ジジは俺に問うた。
「二律僭主と同じ力を感じるが、しかしあの二律僭主とは微少だが差異がある」
ふむ。
さすがに二律僭主と一戦を交えただけのことはある。
「私の予測ではパブロヘタラの者だろう。聖上六学院のいずれかだ」
ジジは言う。
「ならば、その世界すべてを<銀界魔弾>で撃つ」
「四つの内、三つが外れでもか?」
俺は仮面を外し、問う。
大提督ジジが鋭い視線をこちらへ向けた。
「一つ当たりならば十分だ、転生世界ミリティアの元首、アノス・ヴォルディゴード」
脅しではあるまい。
俺が仮面を外さねば、この男は本当に聖上六学院すべての銀泡を撃っていた。
「<銀界魔弾>を破棄せよ。世界を撃つ弾丸など過ぎた力だ」
「それはできんよ」
一切の逡巡なく、大提督ジジは答えた。
「力はただの力にすぎない。重要なのはそれをどのように使うかだ」
「罪なき世界を撃つのがそんなに重要か?」
「左様」
揺るぎない口調でジジは言った。
「銀水聖海の規律のためならば、罪なき世界を撃つ覚悟を持てるもの。それこそが<銀界魔弾>を所有する資格だ、元首アノス」
ジジは片手を上げ、魔法陣を描く。
「すべては絶渦を止めるため。絵画世界アプトミステには、<銀界魔弾>完成の礎となってもらう」
奴がその術式を発動しようとした瞬間、目の前の青いガラスが粉々に砕け散った。
<熾身弾魔銃砲>にて加速した俺は一発の弾丸となり、大提督ジジに蹴りを放った。
寸前のところで魔法を止め、奴は身を捻ってそれを回避する。
「「<覇弾炎魔熾重砲>」」
放った魔法は奇しくも同じもの。十数発の青き恒星が光の尾を引き、同じ青き恒星と衝突する。
周囲が炎に包まれ、青き火の粉が乱舞する。俺と奴は<熾身弾魔銃砲>にて、またしても同時に突進した。
身に纏った炎と炎が鎬を削り、僅かに角度がズレた俺とジジはすれ違う。地面に足をついて急停止し、右手に魔法陣の砲塔を描く。
俺の手がジジの顔面に突きつけられ、ジジの手が俺の顔面に突きつけられる。
「絶渦とやらがそんなに怖いなら、俺が止めてやろう」
「できんよ。あれは、そういうものではない」
奴の手のひらに魔力が集中し、至近距離にて魔弾が放たれた。
言葉と魔弾を互いに撃ち合い――