骨の魔槍
一歩、イージェスが足を踏み出せば、赤き槍が疾走した。
「紅血魔槍、秘奥が弐――<次元衝>」
一番隊隊長ギー、四番隊隊長ゼンに、穴が穿たれる。本来ならば、その穴の中に吸い込まれるはずの二人は、しかし平然と魔法陣を描く。
「「<覇弾炎魔熾重砲>」」
蒼き恒星が二方向から連射される。
「<次元閃>」
雨あられの如く降り注ぐ<覇弾炎魔熾重砲>に、紅き槍閃が走った。
その魔弾は次元の彼方に飛んでいく。だが、その直後、イージェスの周囲で青き爆発が巻き起こった。
「むう……!?」
咄嗟に飛び退いたイージェスだが、爆発を避けきれず負傷している。
紅血魔槍の秘奥が十全に力を発揮できぬのは、魔弾世界エレネシアの秩序によるものだろう。格下相手ならばいざ知らず、深淵総軍の隊長クラスとなればそれが如実に現れる。
<血界門>や血地葬送>が容易く破られたのも、それが魔槍の秘奥であるからだ。
このエレネシアで魔弾以外を用いて戦う限り、不利は否めない。
「死ね」
至近距離からの声を聞き、イージェスがその隻眼を険しくする。
爆風に紛れ、いつの間にか背後をとったゼンが義手の大砲を向けていた。そこに魔法陣が描かれ、膨大な魔力が集中していく。
「遅い!」
イージェスは振り向かず、自らの脇の下を通すようにして背後のゼンに槍を突き刺す。
寸分の狂いなく、狙ったのは彼の右眼だ。冥王は<深撃>を使い、そこに致命的な一撃を叩き込んだ。
「槍の不利を過信し、近づきすぎるは愚の骨頂よ」
「過信ではない。事実だ」
冥王は表情が険しさを増す。
<深撃>を込めた渾身の一突きは、しかしゼンの右眼すら貫くことができなかった。
イージェスの顔に突きつけられた義手の大砲から魔弾が放たれる。
「<魔波貫通刃弾砲>!」
反魔法を容易く貫き、イージェスの腹部に突き刺さったのは刃状の弾丸だ。それは鋭く体内を抉り、血を滴らせる。
歯を食いしばり、冥王はどうにかそこに踏みとどまる。それも束の間、追撃とばかりにギーが放った<覇弾雷魔電重砲>が、その刃弾を撃ち抜いた。
「ぐ、ぬぅっ……!!」
刃弾を伝い、雷の弾丸はイージェスの全身を内側から焼いた。<魔波貫通刃弾砲>は反魔法を無効化するためのくさびなのだろう。
それが刺さっている限り、魔弾は遮断するのは難しい。
「ぬあぁっ!!」
冥王は引くことなく、<次元閃>にて反撃する。赤き槍閃が疾走するも、ゼンは左腕一本でそれを容易く受け止めた。
傷はつけられず、時空に飲み込むこともできない。
イージェスを見下ろしながら、ゼンの口元が僅かに笑う。
「魔弾世界に侵入したのが運の尽きだっ!!」
再びゼンの大砲に魔力が集中する。至近距離にて狙いを定め、それが放たれる瞬間だった。イージェスの隻眼がぎらりと光る。
「<深撃>」
槍の穂先が次元を越える。
どこを狙おうとも無駄と判断したか、ゼンは避けようともせずに魔弾の発射に集中する。
青き魔力が集中するその魔法は、<魔深流失波濤砲>。この至近距離で直撃すれば、冥王とて跡形も残るまい。
青き魔砲から火花が散る。それと同時に、次元を越えた槍の穂先がイージェスの真後ろに出現した。
渾身の<深撃>にて突き出されたその槍は、寸分の狂いなくイージェスの体に突き刺さった刃弾を捉える。
「なにっ……!?」
ゼンが大きく目を見開く。
イージェスの体から勢いよく押し出された<魔波貫通刃弾砲>は、青き魔力が集中する大砲の口を貫いた。
耳を劈く轟音とともに、真っ青な爆発が巻き起こる。
「……貴様…………!」
爆炎が迸る中、床に片膝を突きながら、ゼンは冥王を睨んでいる。
義手の大砲は<魔波貫通刃弾砲>と<魔深流失波濤砲>の暴発により、ボロボロになっており、奴自身もかなりの深手だ。
咄嗟に<魔弾防壁>を張ったようだが、僅かに槍の方が早かった。イージェスに魔弾はないと判断したのが仇となったのだろう。
自らに刺さった刃の魔弾を飛ばしてくるとは、予想だにしなかったのだ。
「それが過信ということよ」
イージェスは整然と槍を構える。
すると、彼の背後に<血界門>が現れた。直後、<覇弾雷魔電重砲>がそこに直撃する。
ギーの魔法砲撃だ。
あっという間に<血界門>は破壊されていくが、冥王はその射線上にゼンが来るように巧みに移動した。
冥王が避ければその魔弾はゼンに当たる。万全の状態ならば大した問題でもないだろうが、深手を負った今は、流れ弾すら命取りになりかねない。
絶妙な位置取りにて、ギーの援護射撃を最低限に封じながら、イージェスはまっすぐゼンへ接近していく。
「まずは一人」
二対一を続ければさすがに不利となる。
冥王はまず確実に一人を戦闘不能にすることを選んだ。
「後退!」
ギーの飛ばした指示に従い、ゼンは後方に下がりながら、<魔波貫通刃弾砲>を発射する。それをぎりぎりのところで見切ってかわすと、冥王の魔力が一瞬無となった。
「紅血魔槍、秘奥が肆――<血界門>」
刃弾の傷痕からどくどくと溢れ出す大量の血液。それが魔力に満ちたかと思えば、巨大な門が八つ、冥王とゼンを囲むように出現した。
「紅血魔槍、秘奥が漆――」
八つの<血界門>が閉められ、それは結界を構築した。
「<血地葬送>!!」
血の池がその場に出現し、ゼンの体が沈んでいく。
「ちぃっ……!」
<反次元陣地>の魔法を使い、ゼンは<血地葬送>に対抗する。
その瞬間を狙いすまし、イージェスは<深撃>の一突きを放った。
紅血魔愴が狙ったのは先程の攻撃にて生じた義手の亀裂だ。いかに魔弾世界にて、剣や槍の威力が本来の力を発揮できずとも、壊れかけたものを壊せぬほどでもない。
針の穴を射抜くような正確さで、その急所に寸分違わず槍を通し、<反次元陣地>を破壊する。貫いた義手ごと、ゼンの体をこの場に縫い止めた。
次元に飛ばされる力と、この場に引き留める力が同時に働き、奴の体が引き裂かれていく。
「<覇弾炎魔熾重砲>!」
「ぬんっ!」
苦しい態勢で放とうとしたゼンの青き恒星を、イージェスは新たに生み出した紅血魔槍にて貫いていた。
その場で魔弾が爆発して、ゼンの左手が鮮血に染まる。
「ぐっ、むぅ……!」
「悪あがきはこれで仕舞いぞ。逝け」
ゼンの体が<血地葬送>に沈んだ。
その瞬間、血の池が霧に変わっていく。
「……!?」
イージェスが鋭い視線をそこへ向けた。
血の池が霧に変わり、消えていく。いや、血の池だけではない。八つの<血界門>もすべてが血の霧に変わった。
真っ赤な霧が周囲に立ちこめる中、奥には黒い人影がちらつく。
負傷しているゼンは捨ておき、イージェスは反射的にそちらに槍を構えていた。
微かに見えたのは制帽の影。ギーだ。しかし、先程までとはなにかが違う。奴はその手に棒状の武器を持っている。
<血地葬送>も<血界門>も、破壊するでもなく、一瞬にして無力化された。
ゼンにとどめをさすのを差し置いても、最大限の警戒をせざるを得なかった。
「来るがよい」
影がみるみる迫りくる。
小細工はせず、一直線にギーはイージェスに向かってきた。
魔弾世界エレネシアの住人であるはずの奴が挑んだのは、予想とは裏腹に接近戦だ。その出鼻に合わせるように、イージェスが<深撃>の魔槍を突き出す。
同じくギーがその棒状の武器を突き出した。
刹那の交錯。
イージェスの紅血魔槍は<血界門>や<血地葬送>と同じく、血の霧へと変わる。一瞬の抵抗すらできず、魔槍が無効化されていくのだ。
彼の隻眼が捉えたのは、骨で作られた魔槍である。
「………………がっ……はっ…………」
鮮血が散った。
なす術もなく、骨の魔槍はイージェスの体を貫き、その根源の深淵に突き刺さっていた。
溢れ出す冥王の血――




