格納庫
火山要塞デネヴ、地下二〇〇〇メートル地点。
<魔深流失波濤砲>が青き爆発を引き起こした頃、ミーシャ、サーシャ、イージェスは創造神エレネシアに会うため、通路を駆けていた。
派手に暴れてやったのが功を奏したか、今のところ敵とは遭遇していない。
「……今の……最初の<極獄界滅灰燼魔砲>よりすごくなかった……?」
離れていても伝わってくる戦いの苛烈さに、サーシャは息を呑む。
隣を走っているミーシャが神眼を光らせていた。
「アノスの魔力じゃない」
「いらぬ心配よ」
冥王は低い声で断言する。
「魔王が派手に暴れているのは陽動のため。こちらの動きをとりやすくしているだけのこと」
「……わかってるわよ……」
それでも、想定以上に深淵総軍の反撃が激しいとサーシャは言いたげだった。
だが、心配したところでどうすることもできぬ。
彼女は頭を切り替え、妹に問うた。
「ミーシャ。創造神の居場所は?」
「もう少し。この道をまっすぐ」
通路の先に見えてきた扉をイージェスが魔槍にて切り裂く。
その先にあったのは、広大な空間だ。巨大な戦艦がいくつも見えた。
「格納庫……よね?」
「ん」
ボイジャーの調査によれば、深淵総軍は格納庫付近で待機している。
イーヴェゼイノ襲来時、創造神エレネシアは一番隊の戦艦に乗っていた。となれば、ギーのいる一番格納庫にいる可能性が高い。
「ここは四番格納庫みたいね。たぶんだけど」
壁には数字の四が大きく刻まれている。また要所要所で四の数字が記されていることからも、その予想は正しいだろう。
「あっち」
ミーシャが指さした方向に、彼女たちは走っていく。
敵の気配はない。
それが逆に不気味に感じられたか、サーシャは表情を険しくする。
三人はいつ敵の魔法砲撃を受けてもいいように、全身で周囲を警戒していた。
「けっこう進んだけど、あとどのぐらいかしら?」
「わからない。でも、近い」
「敵が全員、あっちに引きつけられてくれてればいいんだけど……」
ミーシャとサーシャがそんな会話を交わした直後、魔力の粒子が視界の隅にちらついた。
「飛べっ!」
冥王がそう指示を出し、ミーシャとサーシャは左右に飛び退いた。魔弾が床に着弾し、爆発を巻き起こす。
「……やっぱり、そう都合よくはいかないわよね」
サーシャとミーシャは身構える。イージェスは魔弾を撃ってきた方向に槍の穂先を向け、僅かに腰を落とした。
姿を現したのは、軍服を纏った兵士たちだ。
全員で一六名。それを確認するなり、冥王は言った。
「行くがよい。ここは余が引き受ける」
「二手に分かれるのは危険」
ミーシャが淡々と反論する。
「<銀界魔弾>の照準がミリティア世界に向くまでが勝負よ。慎重を期そうと、帰るべき場所をなくしては詮無きこと」
絵画世界アプトミステにも、いつ三射目が撃ち込まれるかわからぬ。奴らがレイたちごと世界を滅ぼす気になれば、それを防ぐのは至難だ。
この先は、より迅速な行動が鍵となるだろう。
「見たところ雑兵ばかり。後れはとらん。行けっ!」
イージェスが紅血魔槍ディヒッドアテムを突き出す。槍の穂先は次元を越え、兵士が撃とうとした魔弾に突き刺さった。
暴発し、爆炎が敵を呑み込む。
ミーシャとサーシャは視線を交わし、こくりとうなずいた。
「任せたわっ!」
「無理しないで」
兵士たちに背を向けて、二人は格納庫の奥へと駆け出した。
「逃がすな。撃てっ!」
奴らは魔法陣を描き、ミーシャとサーシャめがけ魔弾を連射する。
「紅血魔槍、秘奥が肆――」
巨大な血の門がそこに出現する。それはこれまでもよりも更に大きく、そして強力な魔力を秘めている。
多様な世界での戦闘を経て、研鑽を積んだことにより、ミリティア世界にいたときよりも冥王の実力は数段増している。
その言葉通り、いかに敵が魔弾世界エレネシアが誇る深淵総軍といえど、雑兵如きには後れをとるまい。
「――<血界門>!」
血の門が開かれる。
兵士たちの放った数十発もの魔弾がそこをくぐった瞬間、次元に飲まれて消えた。
次の瞬間、その魔弾は奴らが布陣を敷くその場所に出現する。
「くっ……!!」
奴らが気がついた瞬間、魔弾は爆発した。
「ぐっ、ぬぅっ……!!」
「次元術式の使い手か……」
隊長クラスほどの反魔法は使えぬものの、それでも兵士たちもかなりのレベルだ。<血界門>にて返された魔弾を直撃した者もいるが、軽傷である。
「くるがよい、深淵総軍」
腰を落とし、イージェスは静かに魔愴を構えた。
兵士たちは魔法陣を描きながらも、しかし魔弾を撃つことはない。撃てば先程同様、<血界門>にて別次元に飛ばされ、そして奴らのもとへ返される。
無論、イージェスも<血界門>の内側からは、紅血魔槍の次元を越える力は制限される。
両者は睨み合いとなったが、それはイージェスにとっては好都合だ。彼の目的は、ミーシャとサーシャが創造神エレネシアに会うまでの時間を稼ぐこと。敵を討つ必要はないのだ。
膠着状態でも顔色一つ変えぬイージェスに不穏さを覚えたか、兵士たちはすぐさま決断を下した。
「反次元術式を構築する。全隊、突撃っ!」
魔法陣の砲塔を構えたまま、一六名の兵士たちが突っ込んでくる。<血界門>の外に出れば、間髪入れずに魔弾が飛んでくるだろう。冥王はその場で迎え撃つ。
兵士の一人目が<血界門>をくぐる。本来ならば、その瞬間に歪んだ時空が体を後方へと飛ばす。だが、兵士は魔法陣の砲塔を床に向け、魔弾を放っていた。
「<反次元陣地>」
その魔弾が薄く引き延ばされるように、床を緑に染めた。次元魔法に反するそのエリアでは、<血界門>の効果が及ばない。
「ぬんっ!」
すかさず、イージェスが兵士の体を貫く。
鮮血が散ったが、その魔槍は骨で止まった。魔弾世界エレネシアの秩序では、槍の力を十分に発揮することはできぬ。
「はっ!」
槍を引き抜くようにしながら薙ぎ払い、イージェスは兵士の腕を斬り裂いた。やはり致命傷には至らぬが、狙いは魔法術式を乱すことだ。
しかし<反次元陣地>が解除されたのも束の間、すでに門の内側に入った兵士ら数名が新たな<反次元陣地>を展開していた。
奴らはイージェスに直接攻撃を仕掛けることなく、まずは彼の陣地を崩しにかかっている。
目にも止まらぬ突きが兵士を貫く。
一呼吸で五人の兵を串刺しにしたが、最後の一名の体から魔槍が抜けなかった。そいつは槍の柄をつかみ、命令を発した。
「撃てっ!!」
全員が<血界門>の内側に足を踏み入れ、魔法陣の砲塔をイージェスへと向けた。
瞬間、イージェスの体から血が噴き出す。
兵士は目を見張った。冥王の体の内側から槍が突き出されていたのだ。
「紅血魔槍、秘奥が漆――」
溢れ出した血がもう一つの<血界門>を冥王の後方に構築した。バタンとその扉が閉まり、兵士たちは二つの門に挟まれていた。
「――<血地葬送>」
門と門の間に血の池が作られ、兵士たちの体が沈んでいく。
「こ、これは……!?」
「<反次元陣地>を全開にしろっ! 次元の歪みに呑み込まれるっ!」
「だめですっ! <反次元陣地>の術式ごと呑み込まれ……!!」
「させるかぁっ……!!」
最後のあがきとばかりに、兵士たちはイージェスに魔弾を連射する。だが、足下が飲まれる中では正確に狙いを定めることはできず、それらは体をかすめるばかりだ。
「く、そ…………」
なんとか這い上がろうと、奴らは手を頭上へ伸ばす。
しかし、それすらも血の中に呑み込まれていき、一六名の兵士たちはなすすべなく<血地葬送>に沈んだ。
そのとき――
「<魔深流失波濤砲>」
青き魔弾が直進し、冥王は思いきり飛び退いた。
視界が青一色に染められ、耳を劈くほどの大爆発が巻き起こる。
イージェスはその隻眼を険しくした。
噴煙が立ち上る中、<血界門>に切断跡が走った。ぐらり、と門の上部がズレ、それが切り落とされる。
<血地葬送>の効果が消え去り、兵士たちは次元に飲み込まれることはなかった。
「転生世界ミリティア、魔王学院のイージェスだな?」
現れたのは二人だ。
<魔深流失波濤砲>を放ったのは、大砲の義手をつけた男。
「自分は深淵総軍、四番隊隊長、ゼン・ボウス」
もう一人は、<血界門>を斬り裂いた制帽の軍人。その実直な顔は、これまでに何度も見た。
「深淵総軍、一番隊隊長ギー・アンバレッド」
ギーは魔法陣を描き、銃口をイージェスへ向けた。
「投降すれば、捕虜としての扱いを保証する」
溢れる血から新しく紅血魔槍ディヒッドアテムを作り、冥王はそれを整然と構える。
「それはできぬ相談というものよ」
激闘必至――




