滅びの廃球
アビニカとガウスは銃口をこちらへ向けたまま、魔眼を光らせている。軍人らしく、その顔に油断は微塵もない。
さて、乗ってくるかどうか?
泰然と構えていると、先に業を煮やしたのは味方の方だった。
『なにを企んでるの?』
コーストリアが<思念通信>にて、そう問い質す。なんの説明もないことが気に障ったか、不満を隠そうともしていない。
『俺の真似をしろ』
彼女の方を振り向きながら、そう答えた。
『得意分野だろう?』
俺の視線が深淵総軍の二人から完全に切れた瞬間、ガウスが地面を蹴った。
猛然と突進するその勢いこそ凄まじいが、ここは魔弾世界エレネシア、体当たりでは決め手になるはずもない。
つまり、警戒すべきは両腕の大砲のみだ。
俺がそこへ視線を注ぐと、目前でガウスは真横に跳ねた。直角に曲がり、奴が大砲で狙ったのはコーストリアである。
「撃つしか能がないくせに」
打突などの直接攻撃は食らっても構わぬというのがエレネシアでの戦い方だ。しかし、頭でそれがわかっていても、あれだけの勢いで迫れば体に染みついた戦闘技術が咄嗟に反応してしまう。
ガウスはその不慣れをつくつもりだったのだろうが、しかし、目前まで迫ろうとも、コーストリアは反射で動くことなく、大砲だけを警戒している。
その大砲をガウスは真後ろに向けた。
俺に狙いを変えるつもりかと思ったが、違う。奴はそのまま両の大砲に魔力を集中する。
「<熾身弾魔銃砲>ッ!!」
大砲から膨大な魔力を噴射しつつ、青き炎を体に纏う。急激に加速したその姿は、さながら一発の弾丸だった。
己の五体を魔弾と変える肉弾魔法。地の利を生かし、ガウスはコーストリアの知らぬ戦法にて有利をとり、回避不可能なタイミングで突っ込んだ。
だが――
「<災禍相似入替>」
間一髪、コーストリアは床に転がっていた人形と自らの体を入れ替える。
その直後だ。
「<熾撃身弾魔銃砲>」
アビニカがマスケット銃から蒼き魔弾を撃ち放つ。それはガウスに直撃し、奴の軌道を変えた。
<熾撃身弾魔銃砲>は他者を魔弾として撃ち放つ魔法だろう。それに撃たれ、再び魔弾と化したガウスはそのままコーストリアに激突した。
「ぐっ、あぁっ……!」
ガウスの巨体に押し潰されるが如く、コーストリアは地面にめり込む。全身がミシミシと軋み、その口からは血がどっと溢れ出した。
「とどめだ」
コーストリアに馬乗りになりながら、ガウスはその大砲を彼女の顔面に突きつけた。
青き粒子がそこに集中する。
「<魔深流失――」
「<熾身弾魔銃砲>」
ガウスの先程使った魔法を、俺はそっくりそのまま模倣した。
青き魔力を噴出し、ぐんと体が加速する。五体を魔弾と化したまま、コーストリアに跨がるガウスを蹴っ飛ばした。
「ごほぉっ……!!!」
弾け飛んだ奴はそのまま壁にめり込んだ。追撃とばかりに、俺は魔法陣を描く。
「魔弾に特化した反魔法だ。<魔弾防壁>は自分が撃つときは使えまい」
<覇弾炎魔熾重砲>を発射する。
蒼き恒星が光の尾を引く。その前に、マスケット銃を構えたアビニカが立ちはだかった。
すでに魔力の充填は終わっている。
「<魔深流失波濤砲>」
青き魔弾が青きを恒星を一瞬で貫き、俺の鼻先に押し迫る。
身をかわせば、後ろにいるコーストリアに直撃する。俺と彼女が一直線に並ぶこの瞬間を、アビニカは狙っていたのだろう。
「<掌握魔手>」
夕闇に染まった両の手を、その青き魔弾の前に差し出す。
先刻と同じだ。<掌握魔手>に触れるなり、バチバチとけたたましい音を立てる<魔深流失波濤砲>は、今にも爆発しそうなほどに暴走を始めた。
「投げ返せるものか、もう一度試してみるか、二律僭主」
挑発するようにアビニカが言う。
俺が投げ返すのに失敗し、コーストリア諸共爆発に呑み込むのが奴の狙いだろう。
たとえ二律僭主を倒すまではいかずとも、アーツェノンの滅びの獅子には相応の傷を負わせることができる。
しかし――
「投げ返す? なんのことだ、アビニカ」
<掌握魔手>の両手で柔らかく受け止め、俺はその魔弾をふんわりと浮かせていた。
俗に言う、オーバーレシーブである。
「<掌握魔手>とはそのような底の浅い魔法ではない」
さながらボールの如く、その破壊の塊はかつてないほどゆっくりと宙を漂い、コーストリアのもとへ流れていく。
その角度、高さ、速度、すべてが狙い通りであった。
「来い、コーツェ。俺にもってこい」
先程の俺の言葉を思い出したのだろう。はっと気がついたように、コーストリアは<転写の魔眼>を使う。
彼女の周囲に浮かんでいる漆黒の眼球に、<掌握魔手>の魔法陣が描かれていた。
「命令しないでっ」
不服を訴えながらもコーストリアは夕闇に染まった両手で、ゆっくりと落ちてくる青き魔弾にそっと触れる。
だが、掴みはしない。掴めば、<魔深流失波濤砲>の術式が反応し、その場で爆発するだろう。
では、どうするか?
答えは先程、俺が見せた通りだ。
彼女は<掌握魔手>にてその破壊の力を十分に増幅させつつも、青き魔弾を真上にトスしたのだ。
無論、タイミングは完璧だ。
青き魔弾のトスよりも早く、俺は踏み込み跳躍していた。
弓を引くように、思いきり振り上げた右腕の前に、高速で<魔深流失波濤砲>が上がってきた。
「覚えておけ、アビニカ」
電光石火の如く、俺は青き魔弾に夕闇に染まった右手を叩きつける。
カッと辺りが閃光に包まれた。
レシーブ、トス、アタック。三度の<掌握魔手>により、極限まで威力の増した<魔深流失波濤砲>は、地下基地を真っ青に染め上げる。
耳元で世界が破裂したような轟音が鳴り響き、破壊の塊がアビニカとガウスが張り巡らせた<魔弾防壁>に直撃した。
一瞬だ。
魔弾に特化したその反魔法が一瞬、青き魔弾を食い止めた。しかし、その次の瞬間には木っ端微塵に砕け散り、アビニカとガウスに着弾した。
青き爆発が巻き起こった。
外壁という外壁が砂に変わっては消滅し、地下基地がガタガタと脆くも崩れていく。火山要塞デネブが大きく悲鳴を上げた。
「これが、廃球だ」
行き場をなくした噴煙が火山要塞からどっと溢れ出す。
<魔深流失波濤砲>の余波が火口から噴出し、雲という雲を貫いていた。
蹂躙と呼ぶに相応しい威力。まさに滅びの廃球であった。
爆心地で食らったアビニカとガウスは<魔弾防壁>と魔弾への耐性のおかげで、まだかろうじて息がある。
アレを食らって人の形を保っているとは、なかなかどうして精鋭揃いのようだ。
とはいえ、戦闘の継続は不可能であろう。
「ぐ……ぁ………………」
呻き声を上げながらも、ガウスは俺を見た。
その魔眼にてじっと仮面を注視している。
「深淵総軍の分析は……完璧だった…………」
「………………貴様、本当に……二律僭主か…………?」
その疑問はある意味正しいが、どうだろうな?
いかに対抗手段を講じようとも、二律僭主がこの二人に敗れたとは思えぬ。
ロンクルスの記憶で見たきりだが、あの男にはそれほどの力があった。
「残念だが」
最早、立ち上がることすらできぬ二人に、俺はフッと笑ってみせた。
「魔法だけではなく、球遊びの研究もしておくべきだったな」
<掌握魔手>速攻、ナイスキー。