深淵総軍
火口をそのまま降りていき、地下基地へと入った。
俺の声は届いているはずだが、未だ大提督からは応答がない。
<極獄界滅灰燼魔砲>にて灰に変わった隔壁をいくつも通過すると、床が見えてきた。
俺とコーストリアはそこに降り立つ。
ぐるりと周囲を見回すと、暗闇の向こう側が僅かに光った。
唸りを上げて迫ってきた十数発の魔弾を飛び退いて回避する。コーストリアが<災淵黒獄反撥魔弾>にて応射した。
すぐさま敵はそこにめがけて魔弾を連射する。魔力を吸収しながら反射する<災淵黒獄反撥魔弾>は、敵の魔弾に当たって幾度も跳ね返り、それに誘導されるように俺とコーストリアに戻ってきた。
「<災淵黒獄反撥魔弾>」
俺が放ったその魔弾で、戻ってきた<災淵黒獄反撥魔弾>を相殺する。
「こちらは深淵総軍、二番隊隊長アビニカ・ガモン」
声の方向に俺は視線を向ける。
ギーと同じく深淵総軍の軍服を纏った男がマスケット銃を構えていた。
「同じく三番隊隊長ガウス・ジスロー」
もう一人の男は、両腕に大砲を持ち、やはりこちらへ狙いを向けている。
「我々は貴様たちを滅殺する戦力を有している。ただちに魔力武装を解除し、投降せよ。捕虜としての待遇を保証する」
それが義務だと言わんばかりにアビニカは警告を発した。
「いいだろう。絵画世界アプトミステへの<銀界魔弾>発射を止めれば、話は聞いてやる」
「我々はいかなる銀滅魔法をも保有していない。ただちに魔力武装を解除し、投降せよ」
アビニカはそう繰り返す。
「信用できない。証拠を見せて」
コーストリアが言った。
「あと<填魔弾倉>をちょうだい」
アビニカとガウスは表情を崩さない。
だが、憤りをあらわにするように、その魔力が揺れた。
神魔射手オードゥス――自らの主神の権能をよこせと言われ、心中が穏やかであるはずもない。
「こいつの言うことは気にするな。持っていないというのならば、調べさせてもらおうか?」
「我々の要求は一つだ。ただちに魔力武装を解除し、投降せよ」
にべもなく答え、アビニカはマスケット銃に魔法陣が描く。
魔力の粒子が、銃口に集中した。
「我々は貴様たちを滅殺する戦力を有している」
ゆるりと奴らを睥睨し、俺は言った。
「足りぬ」
瞬間、アビニカのマスケット銃が光った。
同時に俺は、<創造建築>にて小さな人形を数体作り、それを奴らに向かって飛ばす。
「<覇弾雷魔電重砲>」
アビニカのマスケット銃から雷光とともに雷の魔弾が疾走し、俺が作った人形を撃ち抜いた。
絶え間なく連射される魔弾は更にコーストリアに迫る。彼女は広げた日傘に反魔法を重ねて受け流す。
「コーツェ」
「はいはい」
<災禍相似入替>の魔法で、俺はアビニカの背後に入れ替わった。<思念平行憑依>にて人形を操り、奴に接近させておいたのだ。
「<深源死殺>」
アビニカが振り向いた瞬間、漆黒の指先をその左胸に突き出す。
だが、刺さらぬ。
まともに当たれば、災人イザークとて切り裂く指先は、奴の胸板一枚に阻まれている。
堅い? 違うな。
<深源死殺>が本来の力を発揮できぬのだ。
ベラミーが言っていた魔弾世界の秩序だろう。
魔弾など魔法砲撃以外の力が弱い。
「第七エレネシアではさほど感じなかったがな。第一エレネシアこそが、魔弾世界本来の秩序というわけか」
「警告はした」
奴は俺の顔面に銃口を突きつけた。
「我々は貴様たちを滅殺する戦力を有している」
至近距離で<覇弾雷魔電重砲>が炸裂し、雷を伴った大爆発が巻き起こる。
「俺も言ったはずだ」
爆煙の中から、ぬっと手を伸ばし、アビニカの頭をわしづかみにする。
「足りぬ、と」
頭をつかんだまま、<覇弾炎魔熾重砲>を放つ。蒼き恒星がその場で爆発し、炎が奴の体を飲み込んでいく。
更に二発、三発と至近距離でその魔弾をアビニカに撃ち込み続けた。
だが――
「以前もそれを試したはずだ、二律僭主」
アビニカが言う。
<覇弾炎魔熾重砲>を至近距離で数発食らっておきながら、奴はほぼ無傷。その強固な反魔法を突破するには至らない。
奴は俺の土手っ腹に銃口を突きつけ、魔弾を連射した。
「<覇弾雷魔電重砲>!」
ジジジジジッと空気を切り裂くような雷鳴が響き渡る。発射の反動で奴は俺の手を振り払った。
着地するより早く、奴は叫んだ。
「ガウスッ!!」
コーストリアと交戦中だったガウスが体を反転させ、両腕の大砲を俺に向けた。
多重魔法陣が展開され、二つの大砲が連結される。一つの砲塔と化した銃口に、膨大な魔力が集中し、青き粒子が波打った。
この魔法は、知っている。
イーヴェゼイノ襲来の際、<破滅の太陽>と<創造の月>を撃ち抜いた魔弾――
「<魔深流失波濤砲>ッ!!」
青き魔弾が激しい音を響かせながら一直線に飛来する。
俺は左手を<魔深流失波濤砲>に向けた。
「<掌握魔手>」
夕闇に染まったその手で、青き魔弾を握りしめる。それを圧縮し、更に威力を増幅していく。
「魔弾の反魔法には自信があるようだが、これならばどうだ?」
着地したアビニカに、そのまま<掌握魔手>で増幅した<魔深流失波濤砲>を投げつける――その寸前だった。
手の平に確かにつかんだはずの魔弾が、不自然な大爆発を引き起こした。
「このっ!!」
背を見せたガウスにコーストリアが<災淵黒獄反撥魔弾>を直撃させる。
しかし――
「<魔弾防壁>」
張られたその強固な反魔法は敗れず、ガウスは無傷だった。
「むかつくっ」
苛立ったようにコーストリアは日傘に無数の<災淵黒獄反撥魔弾>をぶらさげていく。
「よせ」
アビニカが視線を険しくする。
奴は油断することなく、<魔深流失波濤砲>の爆炎に銃口を向けたままだ。
この程度では俺が死なぬのは承知しているとばかりに。
そう、こいつらは知っているのだ。
二律僭主を。
ゆえに、<掌握魔手>にて魔弾を投げ返す前に爆発を起こした。
「<魔深流失波濤砲>は、<掌握魔手>を封じる魔法か」
「貴様の情報は深淵総軍全隊に引き継がれ、研究されている」
ゆえに勝ち目はない、と言いたいのだろう。
いつの話か知らぬが、かつて二律僭主は魔弾世界エレネシアと一戦を交えた。このアビニカとガウスが直接戦ったとは限らぬが、そのときの情報をもとに、<掌握魔手>を解析し、対抗手段となる魔法を開発したのだろう。
アビニカの使った魔弾、その術式からして、<覇弾炎魔熾重砲>は魔弾世界エレネシアの魔法だ。恐らくは二律僭主が盗んだのだ。
「ねえ」
飛んできたコーストリアが、すっと俺の隣に着地する。
「いつまでよせばいいの?」
「奴らの反魔法、<魔弾防壁>といったか。あれは魔弾にのみ強固な力を発揮する。並の魔法砲撃で撃ち抜くことはできぬ」
アビニカとガウスは銃に魔法陣を描き、そこに魔力を溜めている。
「魔弾じゃなきゃいいわけ?」
「魔弾世界以外でならな」
剣や槍なら<魔弾防壁>は素通りする。ハイフォリアやイーヴェゼイノでならば、接近戦を仕掛けた時点で勝機は見えるだろうが、この魔弾世界の秩序では、魔弾以外はまともな威力を発揮できぬ。
「第一エレネシア防衛戦において、深淵総軍は不敗。魔力武装を解除し、投降せよ」
アビニカが言う。
「これは最後の警告だ。我々は無駄弾を撃つのは好まないが、平和主義ではない」
「ならば、もう一度、<魔深流失波濤砲>で来い」
軽く手招きし、俺は<掌握魔手>を発動した。
「一発で終わらせてやる」
行く手を阻むは二律僭主を知る軍人。魔王の一手は――