軍艦強奪
第六エレネシア。中央飛行場。
広大な敷地に軍艦がいくつも停泊している。どの区画にも軍人たちが配備されており、蟻の子一匹通さぬといった調子で魔眼を光らせている。
南側の建物から出てきた人々が軍人に誘導され、一隻の軍艦へと入っていくのが見えた。
この銀泡に一時滞在している他の世界の住人である。
第六エレネシアの住人は一人とていない。ボイジャーの話では彼らはこの銀泡から外に出てはならぬ規律だそうだ。
ともあれ、あの船は恐らく第一エレネシア行きの便であろう。
隣に同じ型の軍艦がもう一隻ある。
そちらはまだ乗船が始まっていない。
「――腑に落ちぬ」
中央飛行場より北側――といっても近場ではない。街を一つ挟んだ距離、遥か上空より俺は第一エレネシア行きの軍艦に魔眼を向けていた。
「なにが?」
隣に浮かんでいるコーストリアが俺の仮面に一瞬ちらりと視線を向けた。しかし、あまり興味があるといった風でもない。
「老人ばかりを第六エレネシアに集める理由など、そうそうあるまい」
「知らない。あいつら魔軍族は規律が好きだし、特に理由なんてないんじゃない」
投げやりな答えが返ってくる。
そういう文化の世界と言われれば、それまでだがな。
「魔弾世界のことは詳しくないが、要は世界が軍団なのだろう。単なる慣習とは思えぬがな」
「老兵は戦力にならないからでしょ」
「弱き者をわざわざ一箇所に集めるのか?」
エレネシアが所有する他の銀泡で、穏やかに過ごすこともできよう。
隔離する理由はなんだ?
「……まあよい。まずはあの船を押さえる」
「樹海船で行かないの? レジスタンスだって船は持ってるでしょ」
無言で彼女を見てやれば、ムッとしたようにコーストリアは瞳を開いた。
無機質な義眼が、雄弁に苛立ちを物語っている。
「言いたいことあるなら言って」
「ボイジャーの説明を聞いていなかったな」
「退屈だっただけ」
「言い訳になっておらぬ」
不服そうに、コーストリアは俺を睨んでくる。
「正規の便でなければ、撃墜されるそうだ」
「君を? 私を?」
好戦的な笑みをたたえ、コーストリアが言った。
できるものなら、やってみろとでも考えているのだろう。
「こちらの目的が<銀界魔弾>と気がつかれるやもしれぬ」
「隠されたら面倒ってこと?」
「ゆえに潜入する。あの船を制圧するのは容易い。だが、それを知られれば、大提督ジジに報告がいくだろう。事を荒立てるなと言うつもりはないが、機を見ねばならぬ」
「で?」
どうするの、と言わんばかりに彼女は短く尋ねてきた。
飛行場に視線を向け、俺は説明する。
「あの一帯は結界に覆われている。<転移>も使えず、中へ入るには関所を通らねばならぬ」
「ああ、だから、私を連れてきたんだ」
納得したようにコーストリアが言う。
「その通りだ」
と、<創造建築>の魔法で仮面をつけた人形を作った。
「これと同じものをボイジャーがあの軍船の貨物に仕込んでいるはずだ」
話を聞くなり、コーストリアが目を閉じた小さな人形を俺に放り投げてきた。右手でそれを受け取った瞬間、彼女は魔法陣を描いた。
「私の分、残しといて」
そう言いながら、コーストリアが<災禍相似入替>の魔法を使う。
滅びの獅子の魔力が目の前を黒緑に染めた次の瞬間、ぱっと視界が切り替わった。
木箱の中だ。周囲には多くの小物が入れられている。
蓋を開け、外を確認すると、貨物室であった。
ここに仕込んだ人形と俺が<災禍相似入替>で入れ替わったのだ。
ボイジャーからもらった船の見取り図の記憶を頼りに、その足で堂々と向かった先は操舵室である。
扉を開けば、中にいた艦長ら乗員がこちらを振り向いた。
「てっ……敵しゅ――がぁ……!!」
一足飛びに間合いを詰め、<二律影踏>にて影を踏む。いち早く状況を把握した艦長は、その場に脆くも崩れ落ちた。
すぐに奴らは俺を包囲した。
「き、貴様――がぁっ……!!」
魔法陣の銃口を構えた兵は、その視界から俺を見失う。と、同時に土手っ腹に黒き拳がめり込んでいた。
そのついでとばかりに残り全員の影を踏み、<二律影踏>にて昏倒させた。
「こんなところか」
と、コーストリアからもらった人形を放り投げる。
瞬間、<災禍相似入替>にて入れ替わり、目の前にコーストリアが現れた。
「ちょっと」
伏している軍人たちを見て、彼女は険のある表情を見せた。
「残しといてって言った」
「後始末はお前の仕事だ」
「なにそれ。面倒なことばかり残して」
不平を口にしながらも、コーストリアは<災禍相似入替>で次々と倒れた軍人たちを飛ばしていく。代わりに小さな人形が操舵室に現れた。
「結界内に入れ替えてるから、二、三日は出られないんじゃない」
この飛行場より遠く離れた場所に結界を張り、魔軍族に相似した人形を事前に仕込んでおいたのだろう。
<災禍相似入替>にて入れ替えられた彼らが目を覚ませば、結界の中というわけだ。
『ボイジャー。艦内に張られた<転移>の反魔法を解除した。直接来い』
そう<思念通信>を飛ばす。
すると、目の前に魔法陣が描かれる。
現れたのはボイジャーと、文人族の兵たち――レジスタンスである。
「さすがは二律僭主とアーツェノンの滅びの獅子。見事な手並みだ」
「出航はいつだ?」
「もう一時間ほどだ。第一エレネシアへ降りるまでは任せてくれ」
軍艦の操縦も飛行場とのやりとりも、魔弾世界の住人でなければ難しい。元々潜入するつもりだったのなら、その準備もしているだろう。
「着くまで自由にしていいの?」
コーストリアがそう訊いてくる。
「こちらの二号機は貨物用だ。乗客は乗らない。安心してくつろいでくれ」
コーストリアの機嫌を損なわぬようボイジャーは丁重に説明した。
「君には訊いてない」
冷たい声音で、彼女が言う。
ボイジャーは恐縮したような顔で、俺を見た。
「乗客にバレると厄介だ。お前は操舵室で大人しくしていろ」
「はぁっ!?」
俺は操舵室を後にする。コーストリアがついてきた。
「今、いないって! 乗客はいないんでしょ。ふざけないで!」
「人の話を聞かぬから騙される」
「騙されてないっ」
「ボイジャーのおかげだな。礼を言っておけ」
それがかんに障ったか、コーストリアは日傘を突き出してくる。俺はそれを軽く受け止め、持ち上げた。
ふわり、とコーストリアの体が浮いた。
俺がそのまま歩いていくと、恨み言が飛んでくる。
「指図しないでっ。死んじゃえ」
日傘にぶら下がる格好で、なんとも可愛らしいものだ。
「減るものでもあるまい」
「君が答えないから悪いっ」
「ほう。俺と話がしたかったか?」
「そうは言ってな――」
なにか気がついたようにコーストリアは振り向く。
そこにいたのはレジスタンスの兵たち。それから魔軍族でも、文人族でもない別の世界の住人たちだ。
ミーシャ、サーシャ、イージェスである。
「どうした? 知り合いでもいたか?」
「別に」
コーストリアは日傘から手を放し、ストンと床に降りる。
「文人族はずいぶん色んな世界から協力を得てると思っただけ」
「アーツェノンの滅びの獅子がいることほど不自然はあるまい」
「うるさい」
コーストリアは俺を追い越し、大股で歩いていく。
ミーシャが小首をかしげ、俺に目で語りかけてくる。「大変?」と訊いているようだった。
俺はくるりと踵を返し、コーストリアとは逆方向へ歩き出す。
すると、それに気がついた彼女は大急ぎで戻ってきた。
「返してっ、傘」
「今のはミリティアの連中だな」
日傘を手にしたまま、俺は何食わぬ調子で言った。
「知ってるの?」
コーストリアの声には、僅かな興味が見え隠れしている。
「以前、あそこの元首とやり合ったことがある」
嘘は言っていない。
「……どうだったの?」
「俺の敵ではない」
嘘は言っていない。
「いい気味」
と、コーストリアは暗い情動をあらわにする。
「それ、もっと聞かせてよ」
「ならば、少しは人の話に耳を貸せ」
「君の言うことならいいけど、他は嫌っ」
立ち止まり、俺はコーストリアの顔を覗き込む。
「覚えておけ、コーツェ。俺は嘘をつかれるのが嫌いだ」
「ナーガ姉様じゃないんだから、私は嘘はつかない」
コーストリアはムッとした表情を返してくる。
「ならば来い。第一エレネシアにつくまで、お前の話につき合ってやろう」
「最初からそう言えばいいのに」
俺が歩き出すと、コーストリアがついてくる。
その場から去る途中で、軽く後ろを振り向き、「こんなところだ」と視線を送った。
ミーシャがぱちぱちと瞬きをしており、サーシャは「後が怖いわよ……」といった表情を浮かべている。
イージェスのため息が聞こえてきた。
軍艦奪取に成功したアノス。無事、潜入することができるのか――
【お知らせ】
魔王学院10巻上が昨日、8月6日に発売となりました。
まだ店頭にない地域も順次届けられるかと思いますので、
何卒、よろしくお願い申し上げます。