救出劇
蒼花歌唱隊拠点。地下劇場。
薄暗い舞台の上に、四人の少女が拘束されている。
イリヤ、ナオ、ソナタ、ミレイ。
赤星歌唱団のメンバーである。
見張りについている三人の男は、蒼い服を纏っている。蒼花歌唱隊のものだ。その中の一人は、以前イリヤを引き抜こうとしてきたベルンだった。
「恥知らずな真似をしますね」
気丈な態度でイリヤが言う。
「これが明るみに出れば、吟遊神選をシータが制したとしても取り消しになりますよ」
「どのように明るみに出すおつもりですか、イリヤさん」
下卑た笑みを浮かべ、ベルンは彼女を見下ろした。
すると、舞台上に巨大な魔法陣が描かれる。
両隣の二人が、歌を歌い始めた。優しい子守歌である。
イリヤは視線を険しくした。
「……これ、は…………?」
「お察しの通り、<魔夜子守歌>です」
バタッとイリヤの後ろで音が響いた。
ナオ、ソナタ、ミレイが舞台上に倒れ込み、眠りに落ちている。
<魔夜子守歌>の効果だ。
「あなた方は明日、シェルケー川のふもとで発見されるでしょう。溺死体としてね。吟遊神選の最中に足を滑らせて川に落ちた。第一神選、第二神選で、すでに精根尽き果てていたがゆえの悲しい事故です」
「リンファがあなたを見ています」
「証拠はなにも残してはおりません。シータに負けた彼女の言葉は、吟遊宗主になれなかったがゆえの言いがかりとしかとられないでしょうね」
歯を食いしばり、イリヤはベルンを睨めつける。
「そろそろ抵抗するのもお辛いでしょう。この舞台上では、いくらあなたの反魔法が優れていても、<魔夜子守歌>を防ぐことはできません」
「……リンファは……負けません……」
かろうじて<魔夜子守歌>に抵抗しながら、イリヤは言った。
「ククク。器霊族の娘がたった一人でどうするのです? 所詮は<合声拡唱法>がなければ、声量が出せない紛い物なのですから」
「…………リンファは、最高の……歌姫です……私たちがいなくても……」
「残念ながら、勝つのはシータ――いいえ、我々、蒼花歌唱隊です」
ベルンが大きく口を開ければ、そこから魔力が溢れ出し、<魔夜子守歌>の力を増幅された。
それは、ぎりぎりのところで耐えていたイリヤの反魔法を打ち破った。
彼女の意識が落ち、まぶたが閉じられる。
バタッと音を立てて、イリヤは舞台上に倒れた。
「忠告はしましたよ。後悔することになる、と」
「な・る・ほ・どぉ」
突如響いた声に、ベルンは血相を変えて振り向いた。
「何者だっ!?」
コツン、コツン、と杖をつく音がする。
それが止まったかと思えば、突如、天井から一筋の光がさした。脳天気な音楽がけたたましく鳴り響き、無数の紙吹雪が辺りに舞う。
意味のない派手な演出とともに現れたのは、熾死王エールドメードである。
「一部始終を記録させてもらった」
人を食った調子で、熾死王が言う。
ベルンは奥歯を噛み、表情を険しくする。
「さてさて。これを庭園劇場のスクリーンに流せば、シータは落選し、オマエたちはめでたくお縄を頂戴する」
「……いいのですか?」
蒼花歌唱隊の二人が剣を抜き、イリヤとナオの首へ向ける。
「そんなことをすれば、彼女たちの根源を串刺しにします」
ニヤリ、と熾死王は笑う。
「好きにしたまえ」
「……なに?」
怪訝な表情でベルンは熾死王を睨む。
「脅しだとでも思っているのでしたら……」
「おいおい、オマエがオレなら、ソイツらを助けるかね? コチラの目的は吟遊宗主の協力を得ること。つまり、リンファを勝たせることだ。ソイツらを守る義理があるわけでもない。好きにしたまえ」
リンファとの<契約>により、熾死王は命懸けで彼女たちを助けなければならぬ。
だが、ベルンはそれを知らない。
それをいいことに、熾死王は言った。
「正義の味方に見えたかね?」
すかさず、奴はくるりと踵を返す。
そのままイリヤたちに背を向けて、平然と歩き出した。
「……まっ、待てっ!」
ベルンが声をかけた瞬間である。
熾死王は脇目も振らずといった勢いで逃げ出した。
「お、追いますよっ! 殺してでも奴を止めなさいっ!!」
負けじとベルンが走り出し、メンバーの二人もそれを追いかける。
「カカカカッ、もう遅い。オマエたちの拠点から出れば、<思念通信>も使い放題だぁっ!」
「させませんっ! そのようなことはっ!!」
愉快千万といった顔で階段を駆け上がるエールドメード。それを必死の形相で追いかけるベルンたち。
じりじりと追い上げていくも、それより早く熾死王が外へ出た。
彼は<思念通信>の魔法陣を描く。
その瞬間――
「<騒音歌唱通信妨害>ーーーーーーーーーッ♪♪♪」
大声量で歌い上げるように、ベルンが魔法を唱えた。
<思念通信>を妨害するものだろう。それが響いている限り、半径数キロ範囲では、その騒音に邪魔され思うように声を届けられまい。
「残念でしたね。<思念通信>な、ど――え……?」
ベルンの目が点になる。
神剣ロードユイエが彼ら三人の体に突き刺さっていた。
<通信騒音歌唱>にて、彼らが<思念通信>を防ぐことに意識を傾け、守りが疎かになった瞬間に通したのだ。
「……がっ……はっ……」
血を吐き出し、がっくりとベルンたちは膝をつく。
「肺が潰れれば、歌唱魔法も使えないのではないか? ん?」
熾死王は至近距離まで近づくと、ベルンの顔をねっとりと睨めるように凝視した。
ぱくぱく、と奴は口を動かし、掠れた声で言う。
「貴……様…………」
「居残り。見張っていたまえ」
外で待機していたナーヤが彼のそばまで歩いてきていた。
肩にはトモグイが乗っており、隣にはジェル犬ギリシリスがいる。
「は、はいっ……!」
熾死王は引き返して、階段を下りていく。
地下劇場の舞台にはアルカナが立っていた。
すでにイリヤたちの拘束は解かれている。
最初から熾死王がベルンたちを引きつけた隙に救出する算段だったのだ。
「どうかね?」
「吟遊世界の眠りの魔法は特殊。夢の中に入って起こすしかない」
アルカナはそう答えた。
夢の番神リエノ・ガ・ロアズの力を使えば、目覚めさせること自体は可能だろう。
しかし――
「最終神選には間に合わない。吟遊宗主にこのことを話して、最終神選のやり直しができないだろうか?」
「試してみてもいいがね。リンファの不戦勝に賭けよう」
シータはこのことを知らぬだろう。
だが、蒼花歌唱隊の犯行であることは覆せぬ。事実を伝えれば、やり直しが公平という結論にはなるまい。
シータが辞退することも十分に考えられる。
そのような結末を、果たしてリンファが望むかは疑問だ。
「一人では……」
「リンファに勝ってほしいのかね?」
「主犯のベルンは捕らえた。どちらが勝っても、わたしたちは新たな吟遊宗主に頼むだけ」
そう言いながらも、アルカナには思うところがある様子だ。
「それでも、これは彼女たちの約束に決着をつける舞台。願わくば、なんの引け目もなく歌わせてあげたかったとわたしは思っているのだろう」
「どのみち、あの四人と一緒では勝ち目が薄いがね」
不思議そうにアルカナは熾死王を見た。
「なぜだろうか?」
「リンファの歌がどれほどのものでも、実はあまり関係がないのだ。シータの実力が元首にたるものならば、結局最後は一人で歌っているアイツを選ぶ。吟遊宗主には一人でなるのだから。これはそういう勝負だったのだ」
吟遊神選は、ただ歌を競い合うだけではない。世界元首を決めるための舞台だ。五人で歌っているリンファと一人で歌っているシータ。ルール上は問題がないといえども、有事の際どちらに任せられるか、と考えれば自ずと結論は出る。
結局のところ、器霊族と唱霊族の差は、どこまでも彼女について回る。
「いやいや、つまりだ。リンファは万に一つのチャンスを得た。図らずとも。いいや」
熾死王は思い直したように首を振る。
「ウィスプウェンズの主神が歌なのだとすれば、ソイツがこの状況に導いたとも考えられる」
ニヤリと笑いながら彼は言った。
「この最終神選で、彼女に一人で歌わせるために」
一人になったリンファは、大きな壁に立ち向かう――