探し物
第六エレネシア基地が半壊していく。
俺は高く飛び上がり、基地を押し潰す樹海船アイオネイリアの上に着地した。二律剣の魔力を使い、大地を踏み締める。
うにょうにょと樹海の木々が枝を伸ばし、半壊している基地の隙間という隙間へ侵入を始めた。
魔軍族の魔力を感知し、基地の区画を枝で覆い、隔離する。
余程の力がなければ、これで抵抗はできまい。
「さて」
一本の樹を操り、枝に乗せたボイジャーを目の前に移動させる。
驚愕の表情とともに彼は、こちらへ視線を向けた。
仮面を僅かにズラし、俺は言う。
「これで俺が敵ではないと証明できたはずだ」
「……そうか……」
呆然と俺を見ながらも、腑に落ちたというようにボイジャーは呟く。
「転生世界ミリティアの元首は、二律僭主だったか。どうりで、災人イザークと渡り合えるわけだ……」
実際には違うが、ここですべてを説明する必要もあるまい。
むしろ、そう思ってもらっていた方が好都合だ。
「他の誰も俺の正体は知らぬ」
「…………確かに知られれば、ミリティアの元首はその立場を追われることになるだろうな……」
二律僭主はパブロヘタラと敵対している。
ミリティアの元首として話すよりは、ボイジャーも得やすい。奴からすれば、俺の弱味を握っていれば、裏切られる心配がなくなるというものだ。
「あなたがエレネシアに目をつけたということは、大提督ジジを討つつもりか?」
「まだわからぬ。あちらにも言い分があるだろう」
俺の真意を探るように、ボイジャーはじっとこちらを見つめた。
「他者の手は借りぬというのならば、無理強いはせぬ。利ではなく、義の戦いだ。己の手で成せるならばその方がよい」
ボイジャーは奥歯をぐっと噛みしめる。
「……お察しの通り、我々には力が足りない……総力をあげても、この基地を落とせるかどうかというところだった……」
恐らく、成功率は三割ほど。
それでも、やらぬわけにはいくまい。
彼らにとって、ただ生きながらえることに意味などないのだ。
「亡き主のため、我々の魂のため、この戦はどんな手を使ってでも勝たなければならない。願ってもない申し出だ。二律僭主。あなたの力を貸してくれ」
「ああ。ところで――」
言いながら、俺はズラした仮面を再びつけた。
「この基地から奪った船で第一エレネシアへ向かうつもりだったのか?」
「いいえ。第一エレネシアへ向かう船は、正規の便でなければ深淵総軍に撃墜されてしまう。私たちは中央飛行場に潜入し、第一エレネシア行きの船に潜入するつもりだ」
さすがにそこまで無謀ではないか。
「では、なぜこの基地を襲撃した?」
「……我々には戦力が足りない。よって、協力者の存在が不可欠だ。我々にこの基地を制圧するぐらいの力が残っているのならば、話に乗ってやってもいいという者がいたのだ」
ふむ。ずいぶんと足下を見られている。
その協力者とやらは、ボイジャーたちよりもかなり格上なのだろうな。
「魔弾世界の者ではないな」
「ええ。事情があり、合流できない可能性もあったが――」
ボイジャーが言いかけたそのとき、アイオネイリアの樹海に黒き線が走った。勢いよく木々を抜けて、空に舞い上がったのは日傘を手にした少女である。
「むかつく」
苛立った声音も、殺気だった気配も、よく知っている。
なかなかどうして、確かにレジスタンスが得られる戦力としては申し分ない。
「ボイジャー。なんで二律僭主のこと隠してたの?」
アーツェノンの滅びの獅子、コーストリアがそこにいた。
剥き出しの殺気に、ボイジャーは怯む。
彼女は今にも襲いかからんばかりに、膨大な魔力で威嚇している。
「隠していたわけでは……」
「言い訳は聞きたくない」
コーストリアは一瞬で日傘を閉じ、ボイジャーの顔面めがけて投擲する。
「死んじゃえ」
「相変わらず元気がよい」
日傘の先端がボイジャーの鼻先に迫ったところで、ぴたりと止まる。俺がわしづかみにしたのだ。
「奇遇だな、コーツェ」
「名前っ! まだ変わってないっ!!」
大地に降り立ったコーストリアが、怒りをあらわにして詰め寄ってくる。
「ほう。まだ俺が考えると期待していたのか?」
「してないしっ!」
「くはは。仕方のない。今考えよう。そうだな……」
「考えるなっ!」
と、蹴りを繰り出してくるので、俺はそれを軽く受け止めた。
その余波で樹海船の樹木が二つ弾け飛んだ。
ボイジャーは脂汗を垂らしながら、ごくりと唾を飲み込む。俺とコーストリアが出会うなり戦闘を始めたと思っているのだろう。
「そう心配するな、ボイジャー。こいつとはコーツェ、僭主と呼び合う仲でな」
「一回も呼んでないっ! 仲良しみたいに言わないでっ」
魔力の粒子がコーストリアの全身から立ち上る。
びくっとボイジャーは身構えた。
「なに、じゃれているだけだ。獣というのは、力加減を知らぬものでな」
そう口にしながら、俺はコーストリアの足を持ち上げ、暴れる彼女を宙に浮かせる。
「ちょっとっ、どっちがっ!?」
「なにをしにきた、コーツェ。お前が文人族に味方するのは、彼らの心意気を買ってということはあるまい」
「先に放して。あと日傘返して」
義眼にて、コーストリアは俺をきつく睨む。
「パブロヘタラを脱走するなり駆けつけたのだ。お前はそれほど義理堅くもあるまい」
「ただの気まぐれ」
「気まぐれで手を貸せるほど、彼らの魂は安くはないぞ」
「魂の値段なんか知らないし。日傘返して」
俺が日傘を差し出せば、彼女はそれを受け取った。
「足は?」
「支障あるまい。また暴れられては話が進まぬ」
不服そうにコーストリアは睨んでくるが、暴れれば今度は振り回されると思っているのか、大人しくしている。
「それで?」
「私の目的は、魔弾世界の元首に継承される魔法具<填魔弾倉>」
初耳だな。
「手に入れてどうする?」
「<填魔弾倉>は、欠けた力を完全に補うことができる力を持つ。神魔射手オードゥスの権能とも、その一部から作られているとも言われてる」
「話が見えぬ」
「……これ以上は言いたくない」
「では帰れ」
「帰る場所なんてない」
「パブロヘタラに捕らえられたお前をナーガは助けに来たのだろう?」
「それは……」
コーストリアは黙り込む。
「そうだけど、そういうことじゃないし」
オットルルーの読みでは、ボボンガとコーストリアの脱走には、パブロヘタラ内部の者が関わっている。
口の軽いコーストリアならばナーガ以外の者が助けにきたと口にするかとも思ったが、言わぬか。
まあいい。そちらはオットルルーが調査中だ。
「では帰りたくもないイーヴェゼイノへ帰る羽目になりたいか?」
事情を話さねば、力尽くで帰すと示唆してやる。
すると、コーストリアはそっぽを向き、ばつが悪そうに言った。
「……だから、私は不完全なの。獅子の母の胎内から、<渇望の災淵>に戻って、体を取り戻さない限り」
母さんに俺がついている以上、それは不可能だ。
だからこそ、か。
「<填魔弾倉>があれば、取り戻せずとも補うことができるというわけか」
コーストリアは小さくうなずく。
「獅子の母は諦めたか」
「ナーガ姉様とボボンガはそうね。災人にやる気がないなら、ミリティアの元首をどうにかするのは無理だって」
吐き捨てるようにコーストリアが言う。
「災人はほんとわがまま。全然、イーヴェゼイノのために働かない」
「お前が言う台詞ではないな」
「私は嫌なことも渋々やってる」
自慢するように彼女は言った。
「<填魔弾倉>のこともそうか?」
コーストリアは俯き、黙り込んだ。
「……私は完全体にはなりたくない……」
コーストリアの渇望は、妬みや嫉み、羨望だ。それは劣等感からくるものだろう。単純に言えば、自分が嫌いだということだ。完全体になりたくないというのはうなずける。
俺に義眼を握り潰され、怒ったのもそれが理由だ。
自分が嫌いだからこそ、自分ではない体の一部である義眼を大切にしていたのだろうな。
それにならば羨望を感じることができる。
「でも、<填魔弾倉>なら、私は私にならないまま、完全体の力だけ取り戻せる」
自分の体は求めぬが、力だけは欲しいか。
歪んでいる女だな。
「つまり、この件はお前の独断か」
「そう」
確かにナーガならば、魔弾世界に手を出すような真似はせぬか。妹を放っておく性格でもない。誰にも告げず、一人で出てきたのだろう。
「力を取り戻してどうする?」
「むかつく奴を殺せるでしょ。ミリティアの元首とか」
「それだけか?」
「他になにがあるの?」
「ないならよい」
足を持ち上げられたまま、宙でコーストリアは黙り込む。
「……少しは……」
ぼそっと彼女は呟く。
「……少しは変わるのかなって思っただけ……」
俯きながら、目もあわせずに、小さな声でコーストリアは言った。
「姉様もボボンガも、完全体になりたいのがアーツェノンの滅びの獅子として自然なことって思ってる。それに逆らってやったら、つまんない気持ちがなくなるのかなって。ざまあみろより、もっと上の気持ちが手に入るのかなって」
「手にした力に比して、小さな悩みだ」
ムッとした表情で、コーストリアは声を上げる。
「馬鹿にしないでっ」
「過ぎた力だと言っているのだ。お前の力が人並みほどしかなくば、己を探すのにこれほどの大事にせずともよかっただろう」
「意味がわかんない」
「だろうな」
ゆっくりと俺はコーストリアを地面に下ろしてやる。手を放してやれば、彼女は自由になった足を大地についた。
彼女は自らが大切にしている義眼で、まっすぐ俺の顔を見た。
「で?」
いいの、だめなの、と聞くように彼女は問う。
「<銀界魔弾>探しにつき合え。代わりに、お前の自分探しにつき合ってやる」
滅びの獅子は思春期真っ只中――