一射目
「――脱走された? 幻魔族が全員がかい?」
オットルルーの説明を受け、ベラミーが驚いたように声を上げる。
パブロヘタラ宮殿。聖上大法廷。
ハイフォリアの聖王レブラハルド、バーディルーアの魔女ベラミー、ルツェンドフォルトの軍師レコルが席についている。
部屋の中央には、いつものように裁定神オットルルーが立っていた。
「脱走者はボボンガ、コーストリアのみです。昨日、パブロヘタラ宮殿の牢獄が外から破られているのが見つかり、調べたところ発覚しました」
オットルルーは事務的に説明した。
「外からということは」
手を机に載せ、レブラハルドが言う。
「パブロヘタラに内通者がいると考えて、間違いないね?」
「牢獄に立ち入りができるのは深層講堂の者のみ。その可能性は高いとオットルルーは判断します」
「そりゃ、また面倒なことになったねぇ」
ベラミーは背もたれによりかかり、手に頭の後ろにやった。
「犯人の目星はついているのかい?」
「現在、調査中です」
「奴らを逃がし利益のある者は誰か?」
レコルが言った。
「まぁ、パブロヘタラがバタついて喜ぶのは魔弾世界だろうねぇ」
ベラミーがオットルルーに視線を向ける。
「どうせ今日も来ないんだろう?」
六学院法廷会議の議題は、魔弾世界エレネシアが保有する銀滅魔法について。大提督ジジ・ジェーンズの出席を促すため、期間を空けて再び開かれた。
パブロヘタラとしては強制的な調査を極力避けたいという思惑だったが、しかし定刻になっても大提督が姿を現わすことはなかった。
「魔弾世界エレネシアは本法廷会議を欠席するとのことです」
オットルルーが言う。
「なお、銀滅魔法の開発については否認するとの回答を承りました」
「やれやれ。面倒なことになったもんさ」
ベラミーがぼやく。
「魔弾世界の仕業にしろそうでないにしろ、今、優先すべきは銀滅魔法だ。内通者についてはオットルルーに任せたいと思うが、いいね?」
レブラハルドの言葉に、異論を唱える者はいない。
「承知しました。引き続き、オットルルーが調査を行います」
「しかし、ギーをこっちへ寄越さないのは、話し合うつもりはまったくないってことだろうしねぇ。今頃、魔弾世界はパブロヘタラを迎え撃つ準備でもしてるんじゃないかい?」
「備えはしているだろうね。大提督殿はそういうお人だ」
と、レブラハルドが同意した。
「どうするのさ? これなら前回、適当な理由をつけてギーを拘束しといた方がよかったんじゃないかい?」
「問題あるまい」
俺がそう口にすると、三人が視線を向けてきた。
「こちらから出向き、ついでに銀滅魔法を封じてくればいいのだろう? なにか言伝があれば、ついでに大提督に伝えておくぞ」
「こないだはああ言ったけどねぇ。ミリティア世界だけを行かせるわけにもいかないさ」
「バーディルーアやハイフォリアは魔弾世界では不利なのだろう?」
「まあねぇ。それにしたって、戦力があるに越したことはないよ。パブロヘタラが本気だってわかれば、大提督殿もこちらの要求に従わざるを得なくなるさ」
道理ではある。
しかし――
「的は増やさぬ方がよい」
ベラミーが表情に疑問をたたえる。
「つまり、卿の見立てでは、パブロヘタラが動けば、魔弾世界は銀滅魔法を撃ってくる、と?」
そうレコルが口を開く。
「撃たぬ保証はあるまい。パブロヘタラに所属する全小世界が狙われては、さすがに守るのは骨だ」
浅層世界はただの一発で滅びるという話だ。
どこが狙われるかわからぬ状況になれば、銀滅魔法を防ぐのは至難を極める。小世界から別の小世界へ移動するには時間がかかるからだ。
少なくとも深層大魔法を容易に止められる者を、複数箇所に配置しなければならぬ。
「それは、ミリティアだけならば問題ないという意味か?」
レブラハルドが問う。
「銀滅魔法の特徴は界間砲撃。つまり、超長射程の魔法砲撃だ。撃たれる場所さえわかっていれば、その脅威は限定できよう」
「正気とは思えないねぇ。早い話、自分の世界を囮にするってことじゃないか」
ベラミーが言った。
「我が世界にとっても、いつ銀滅魔法が使われるかわからぬよりはよい」
一時的にミリティア世界の守りを手厚くすることはできる。だが、それを永久に持続するのは困難だ。
熾死王たちには銀滅魔法の対策を探らせているが、それがすんなりと見つかる保証もない。見つかったとして、すぐに使えるとも限らぬ。
いずれにせよ、こちらから仕掛けた方が与しやすいだろう。
「ミリティア世界の独断専行とした方がやりやすいということで、構わないね?」
レブラハルドが問う。
「ああ」
「では本法廷会議では結論は出せなかった、ということにしようか。加えて、次回の法廷会議で、大提督殿に出席してもらうよう再度強く要求を行う」
「だったら、少しは圧力をかけた方がいいんじゃいかい? 平和的にさ」
ベラミーが言う。
「そうだね。法廷会議に出席し、銀滅魔法の説明を行わなければ、これまでパブロヘタラを経由して取得した火露の返還を要請しようか」
パブロヘタラは平和的解決を模索しているように見えるだろう。少なくとも、次回の法廷会議までの間は大きく動かぬはずだ、と大提督は考える。
その間に俺が魔弾世界エレネシアに乗り込む。
銀滅魔法を探っていることを悟られようと、ミリティア世界の独断ならば、他の世界に照準が向く可能性はさほど高くはあるまい。
先のイーヴェゼイノ襲来にて、俺がパブロヘタラと足並みを揃えていないというのも独断専行を印象づけるのに有利に働くだろう。
魔弾世界は俺の行動がパブロヘタラの決定か否かすぐには判別できまい。下手に他の世界を撃てば、本来は敵でなかった者を敵に回す可能性がある。
奴らが正気ならば、まず始めはミリティア世界を撃つだろう。
「妥当なところだろうねぇ。元首アノスには借りができるが、それはおいおい返すさ。レコル。あんたもそれでいいかい?」
ベラミーが問うたその瞬間だ。
聖上大法廷に激しい鐘の音が響き渡った。
「緊急通信につき、休廷します」
オットルルーがそう口にすると、床に魔法陣が展開される。そこから溢れ出した水が球体を象り、映像を映し出した。
「これは…………?」
ベラミーが息を呑む。
水のスクリーンに映っているのは、どでかい穴が空いた小世界だ。
『パブロヘタラへ。絵画世界アプトミステ元首、ルーゼットだ。我が世界は、銀泡の外からの魔法砲撃を受けた。恐らくは例の銀滅魔法と思われる。その直後、正体不明の敵が侵入した』
映像が切り替わり、水銀の人形が映し出される。
「絡繰神」
とレコルが呟く。
『敵は雲海迷宮を目指している。狙いはアプトミステの国宝、神画モルナドだろう。絵画世界は半壊している。至急応援を求む。二射目が直撃すればもたない』
そこで界間通信が切断され、映像が途絶えた。
「緊急通信のため、38秒前の情報となります。界間通信をつなげますか?」
オットルルーが事務的に質問する。
「いいや」
レブラハルドが言う。
「あちらはそれどころではないだろう。聖上六学院の中ではハイフォリアが一番、絵画世界に近い。すぐに五聖爵を向かわせる」
レブラハルドは<思念通信>を使う。船を経由して、界間通信を行うのだろう。
『レイ。聞こえるか?』
俺も<思念通信>を使い、呼びかけた。ハイフォリアまではすでに魔王列車のレールが敷いてある。
それを用いれば、ここからの界間通信も可能だ。
『どうかしたかい?』
『絵画世界アプトミステが銀滅魔法に撃たれた。五聖爵を応援に向かわせるそうだ』
『わかった。僕も行くよ』
『アプトミステ元首からの映像を送っておく』
<思念通信>で先程の映像をレイに送った。
「絵画世界は<銀界魔弾>に撃たれたのかい? 魔弾世界の」
「<銀界魔弾>の発覚以降、銀水聖海を警戒していましたが、魔弾世界と絵画世界の直線上に、魔法砲撃は確認できていません。魔弾世界エレネシアが撃ったとは断定できません」
ベラミーの質問に、オットルルーが答えた。
「……先手を打たれたのかもしれないねぇ。これじゃ、浅層世界を守らないわけにはいかないじゃないか」
苦々しい表情でベラミーが言う。
撃ったのはほぼ間違いなく魔弾世界エレネシアだ。
だが、証拠がなにもなくてはパブロヘタラもエレネシアを断罪する名分に欠ける。
なにより、他の世界は銀滅魔法の脅威から守ってもらうようにパブロヘタラへ要請するだろう。
聖上六学院を始め、深層世界などは浅層世界を守るように銀滅魔法に備えなければならない。
その分だけ、戦力を割かれることになるだろう。
「なに、やることは変わらぬ」
俺は言った。
「お前たちは絵画世界の手助けと、<銀界魔弾>の二射目に備えるがよい。俺は今から魔弾世界へ乗り込み、術者を叩く」
「上手くいくといいんだがねぇ。ここまで大胆に撃ってくるってことは術者が見つかっても構わないのか、それとも見つからない自信があるんだろうさ」
ベラミーが苦虫を噛みつぶしたような顔で言う。
「後者については一つ、案がある」
そう口にしたのはレコルだ。
彼は魔法陣を描き、そこから取り出したのは赤い印鑑だ。
通常のものよりも、少し大きい。
「傀儡皇ベズの権能、呪々印章ガベェガ。押印された操り人形が
破壊されれば、そのダメージを強制的に術者へ返す」
傀儡世界は、その秩序からして操り人形が使われることが多いのだろう。それゆえ、主神たる傀儡皇は対抗策を持っているわけか。
「絵画世界に現れた絡繰神を操っているのが大提督ジジ・ジェーンズなら、これで判別できる」
「絡繰神が隠者エルミデを名乗るなら、その正体も見分けられる、か」
「そうだ。だが、絡繰神を破壊したときに、術者を見ていなければ意味がない」
絵画世界アプトミステにいる絡繰神に、レコルが呪々印章ガベェガを使い、破壊する。そのタイミングで、俺は魔弾世界にいる大提督ジジ・ジェーンズを魔眼で捉えていなければならぬ。
「大提督の基地は難攻不落の要塞だ。不可侵領海とて、魔弾世界にある要塞を攻めようとはしないだろう」
含みを持たせ、レコルが言う。
俺は笑った。
「城とは落ちるものだ。どれほど頑丈に作ろうとも、壊れぬものなどない」
魔弾世界を攻め落とせ――