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吟遊世界の入り方


 銀水聖海。


 生き物の存在を許さぬ水の中に銀灯のレールが敷かれていき、その上を魔王列車が走っていた。


「――なるほどぉ。聖王にそんな悲しい過去があったとはな。カカカ、胸が痛むではないか」


 心痛などまるで感じていない調子でエールドメードが言った。


 機関室にて、魔王列車の進路を指示する彼は、パブロヘタラにいる俺と聖剣世界にいるレイ、三者間での界間通信を行っている。


「しかし、だ。偽の魔王を演じた経験者からすれば、聖王の言ったことを鵜呑みにしたわけでもないのだろう? ん?」


『……結局、彼は霊神人剣を抜けないからね』


 簡潔にレイは答えた。


『筋は通っているように思うけど、別人が成り代わっている可能性はなくなったわけじゃない』


「泳がせるために信用するフリをしたわけだ。いやいや、なんとも胸が躍る化かし合いではないか」


 レブラハルドを本物だと信用したならば、あちらも多少は警戒が緩むやもしれぬ。


 下手に問い詰めれば、逃げられる恐れがある以上、今は表立って疑心を見せぬ方がよい。そうレイは判断したのだ。


 奴が別人だとして、正体が何者なのかまるでわからぬことだしな。


『だけど、どうだろうね? 少なくとも、聖王は自らに向けた剣を止める気がなかった。

あの場で、彼の祝聖礼剣を折れたのは僕だけだしね』


「確かに確かに、祝聖天主や子飼いの部下ならば止める確信があっての猿芝居も考えられるが、聖王からしてみれば、転生世界ミリティアのレイ・グランズドリィという男が止める方に賭けるのは博打だな」


 熾死王の言うことも一理ある。

 それでも、やはり、霊神人剣が抜けぬ以上はどうしても疑念は拭えぬ。


「博打好きにはたまらん賭けではあるがね」


『もう少し様子を見るよ。少なくとも、聖王は協力的になったことだしね』


「カカカ。ではその間、オレは吟遊宗主から情報を仕入れてこよう」


 機関室の大鏡に映し出された映像に熾死王は視線を向ける。進行方向に輝いているのは銀泡である。


「オマエら、吟遊世界ウィスプウェンズに到着だ」


 魔王列車中に、エールドメードは声を響かせる。


 鏡に映るその小世界は竪琴の形をしている。だが、妙に小さい。魔王列車すら、入れぬほどのサイズしかないのだ。


「ねえ、あの銀泡、近づくほど小さくなってない?」


「あたしも思った! 進んでも、全然近くに見えてこないし」


 砲塔室にて、エレンとジェシカが言った。


「あれは……中にいる子たちは大丈夫だろうか?」


 隣にいたアルカナが、ぽつりと言った。


「大丈夫って?」


 どういう意味か、とエレンが尋ねる。


「潰れそうな気がする」


「ウィスプウェンズの人たちがっ?」


「そんなことってあるっ!?」


「わかった。いつものカナっちのボケじゃない?」


「まつろわないやつ」


「はいっ、エールドメード先生! カナっちが吟遊世界の人たちが潰れそうだって嘘を言ってますっ!」


 ノノが手を上げて、機関室に<思念通信リークス>を飛ばす。


『カカカッ、嘘ではないぞ。圧縮、圧搾、圧砕だ。どういう理屈か知らんが、あれでは中の住人はひとたまりもない』


「えっ、本当なのっ!?」


「止まって止まってっ! 先生、一回戻りましょうっ!」


 ヒムカとマイアが慌てたように声を上げた。


 しかし、エールドメードは楽しげな様子で、まるでリズムをつけるようにこう言うのだ。


『全速前進! どんどん潰れる。どんどん潰れる。圧縮、圧搾、圧砕だ』


「先生、なに言ってるんですかぁーっ!!」


『カカカカッ、深淵を覗きたまえ。魔王の妹はそうしているぞ」


 ファンユニオンたちは、アルカナを振り向く。確かに彼女はいつもの静謐な表情を保ったままだ。


 アルカナはその神眼を光らせ、深刻そうに言った。


「あれは、ペラペラになって事なきを得ている」


「そんなことってあるっ!?」


『オマエら、私語はそのぐらいにしたまえ。生徒の冗談に付き合う分の給金はもらっていないぞ』


「「「エールドメード先生が一番ノリノリでしたよっっっ!」」」


 ファンユニオンが声を揃えて言う。


 カカカ、と愉快そうに熾死王は笑っていた。


「しかし、あの銀泡はなんだ? 見かけの大きさと実態が違うのか? 調べんことにはわからんな。レールを接続したまえ」


「了解! 線路連結!」


 銀灯のレールがまっすぐ延びていき、竪琴の小世界からこぼれ落ちる光の中へ入っていく。

 しかし、それは貫通し、向こう側に出てしまった。


「……駄目ですっ。線路連結できませんっ」


「奇妙な銀泡ではないか。面白い」


 エールドメードが魔眼を光らせ、その銀泡の深淵を覗く。すると、竪琴の弦が震えたのがわかった。


「あれ……?」


「音楽……?」


 砲塔室にて、ファンユニオンの少女たちは耳をすます。


 すると、次々と竪琴の弦が震え、曲が奏でられ始めた。陽気で愉快な曲が、弾むリズムとともに響き渡る。


「あ、止まった……」


「カーカ、カカカ♪ 良い曲だよね」


 と、エレンが言う。


「なんで、カなの?」


「今のメロディ、なんか、エールドメード先生の笑い声に似てるなって思って」


「そう? カーカ、カカカ♪ あ、そうかも!」


「でしょでしょっ!」


 カーカ、カカカ♪ と騒がしく彼女たちは砲塔室で歌いながらも、きゃーきゃーと騒いでいる。


 そのとき、一瞬竪琴から風が吹いた。桃の花びらが僅かに舞い、そして消えた。


『オマエら』


「ご、ごめんさいっ」


「私語はやめますっ」


 エールドメードの声に、すぐさまファンユニオンは静かになった。


『いやいや、逆だ。砲塔からあの竪琴に向けて、今の歌を歌いたまえ。吟遊世界というぐらいだ。あの竪琴と曲にはなにか意味があるのだろう』


 エレンたちは顔を見合わせる。そして、うんとうなずいた。


「じゃ、やってみますっ」


「歯車砲、歌唱形態」


 魔王列車の歯車砲が拡声器のように変形し、照準を竪琴の小世界へ合わせた。


 そして――


「「「カーカ、カカカ、カーカカカカ♪ カーカ、カカカ、カーカカカカ♪」」」


 と、彼女たちは歌い始める。


 歯車砲から発車されたその歌声は、銀泡の竪琴に直撃する。すると、彼女たちの歌に合わせるように、再び竪琴が美麗な音を鳴らし始めた。


 その調べに合わせ、竪琴から風が吹き、桃の花びらが銀海に舞う。それはみるみる広がり、周囲一帯を風と桃の花で覆い尽くしていく。


「「「カーカ、カカカ、カーカカカカ♪ カーカ、カカカ、カーカカカカ♪」」」


 ニヤリ、とエールドメードが笑い、ファンユニオンの歌に合わせるように自らも歌い上げる。


「全速前進♪ どんどん潰れる。どんどん潰れる♪ 圧縮、圧搾、圧砕だ♪」


「「「カーカ、カカカ、カーカカカカ♪ カーカ、カカカ、カーカカカカ♪」」」


 人を食ったようなわけのわからぬ歌が響き渡り、風が更に勢いを増す。それは歌を届け、桃の花びらを舞い散らせる。


 空が見えた。


 風が広げれば広がるほど、青空がいっぱいに広がっていき、花びらがひらひらと落ちていく。


 そして、その向こう側には延々と立ち並ぶ見事な桃の並木道があった。


 オルドフの<聖遺言バセラム>で見た場所と相違ない。


 そこは吟遊世界ウィスプウェンズだ。

 魔王列車はその世界の空をゆっくりと下りていた。


幾歳いくとせぶりの来訪者でしょうか」


 声が響き、風が吹いた。


 姿を現したのは、豪奢な旅装束を身につけ、木製のリュートを手にした女性である。


「ようこそ、吟遊世界ウィスプウェンズへ。わたしはこの世界の元首、吟遊宗主エルム・ローレイト。どうぞ王宮へいらしてください。歌を愛する人々をウィスプウェンズは歓迎します」



いきなりの邂逅。協力を得ることはできるのか――?

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― 新着の感想 ―
魔王聖歌隊feat.熾死王先生…? これはまた珍妙なユニットが出来たもんだ…。
[気になる点] 魔王聖歌隊はどこまで腐教するつもりなのか… ウィスプエンズは歌詞は気にしないんでしょうかね…まぁ歌を愛していればそんなところはつっこみませんか [一言] そして安定のアルカナとエー…
[良い点] よっしゃアニメ二期だああああああ! [気になる点] このままいくと漫画の四章が終わるまでに十年以上かかりそうなところ。 [一言] ファンユニオンは止まらねえな……。
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