水面下の戦い
聖上大法廷は静まり返っていた。
レブラハルド、ベラミー、レコルは視線を険しくし、その真偽を確かめるように俺とギーに注意を配る。
口火を切ったのはレブラハルドだった。
「元首アノス。それは間違いではすまない事柄のように思うが、確証があると考えて構わないね?」
半ば脅すように彼は釘を刺してきた。
「お前の世界の先王が遺した言葉だ」
俺がそう口にすれば、聖王は僅かに目を丸くした。
「<聖遺言>か」
「先王オルドフは魔弾世界の機密、銀滅魔法<銀界魔弾>の存在を知ったがために、大提督ジジ・ジェーンズの凶弾に撃たれた」
オルドフの身柄はミリティア世界にあった。俺が<聖遺言>を知ることになるのも、レブラハルドには予想の範疇だろう。
「真偽を確認したくば、バルツァロンドに聞くがよい。己の弟も信用できぬと言うのならば、それ以上説明しようがないがな」
レブラハルドは黙したまま、俺に視線を向けている。
代わりに口を開いたのはベラミーだ。
「ま、確認するまでもないだろうけどねぇ。バルツァロンド君が先王の<聖遺言>をねつ造するとは思えないよ。そもそも、嘘をつき通せるような頭の出来じゃないさ」
よい意味でも、悪い意味でも、バルツァロンドがこの件について嘘をつかぬというのは明らかだった。
「確認すればすぐにバレるような嘘をつく理由はないさ」
ベラミーがそう言うと、レブラハルドは長く息を吐く。
「だとすれば、事はパブロヘタラだけの問題ではなくなってしまうね」
彼はその鋭い視線を、ギーへと移した。
「ギー隊長。答えてもらいたい。元首アノスの言葉は本当かな?」
「は。事実ではありません」
ギーは即座に否定した。
「オルドフが<魔深根源穿孔凶弾>に撃たれたのはあたしでも知ってることさ。その上、大提督殿が撃った証拠が<聖遺言>に遺されてる。隠してた銀滅魔法を知られたっていうなら、動機もあるじゃないか」
「は。事実ではありません」
ベラミーの追及に、変わらぬ言葉でギーが否定する。
「銀滅魔法は隠していない。オルドフを撃ってもいないって言うんだね?」
「肯定であります」
「だったら、<聖遺言>のことはどう説明をつけるのさ」
「我々の感知しないことであります。必要であれば、調査を行います」
実直な口調でギーは答える。
「ま、あんたはそう言うだろうねぇ。事実だとしても」
半ば予想していたといった風にベラミーは言った。
銀滅魔法の存在を認めれば魔弾世界エレネシアの立場は厳しいものになるだろう。ここで馬鹿正直に答えはしないというのは、この場の誰もが理解している。
「そなたも事情を知らないだけかもしれない。大提督殿に出てきていただこうと思うが、構わないね?」
レブラハルドがそう切り出した。
「は。それについてはできません。しばらくの間、パブロヘタラの法廷会議については自分に一任されております」
ギーは要求をあっさりと拒否してのける。
すぐさま、レブラハルドは追及した。
「ことは銀滅魔法とハイフォリアの先王に関わる。それでもかい?」
「肯定であります」
「わからないねぇ。魔弾世界には銀滅魔法より重要な事柄があるってことかい? 大提督殿はいったいなにをしてるのさ?」
探りを入れるように、ベラミーが問う。
「は。お答えできません」
「事情はわかるさ。とはいっても、今回ばかりは答えられないじゃ済まないと思うんだけどねぇ」
「深淵総軍の機密につき、お答えできません」
「そうかい? それじゃ、やましいことがあるって言っているようなものじゃないか」
「防衛上の観点からとなります」
ベラミーは呆れた表情で肩をすくめた。
「ま、押し問答をするつもりはないさ。話を進めようか。レブラハルド君、魔弾世界はミリティアを処分したいとのことだけど、どうお考えだい?」
「ハイフォリアの住人に被害が出なかったのは、転生世界ミリティアの功績によるものが大きい。問題行為ではあるものの、除名はバランスに欠いた判断と言えるだろうね」
あくまで銀滅魔法について説明しないならば、ハイフォリアは魔弾世界エレネシアの要求には賛同しない。そのスタンスをここではっきりと示したのだ。
「魔弾世界は銀滅魔法を隠していないってことだけど、それなら調べさせてもらおうかねぇ」
「要請については拒否します。防衛上、深淵総軍の戦力については開示できません」
ベラミーが言うと、ギーは即答した。
「拒否するのは勝手さ。いつも通り、法廷会議で決めようじゃないか。まさかパブロヘタラの決定にまで逆らうってことはないだろう?」
「もちろんであります。しかし、深淵総軍には軍事上、様々な戦略魔法が存在します。魔弾世界の秩序に精通していなければ、安全を保証できません」
生真面目な口調でギーは言う。
「あんたの言いたいことはわかるさ。確かに魔弾世界は変わってるからねぇ。剣や槍なんかが使い物にならないんで、鉄火人や狩猟貴族にはちょいと勝手がつかみにくい。魔法を調べていて、うっかり暴発するってこともあるらしいからねぇ。事故が起きちゃ大変だ」
含みを持たせてベラミーはそう言った。
要するに、事故に見せかけてなにをしてくるかわからない、という意味か。
ギーが安全を保証できぬと言ったのも脅しか、あるいは本気で心配してのことだろう。彼の立場は、あくまで軍の部隊長だ。魔弾世界の決定に関与する立場にはあるまい。
魔弾世界エレネシアはパブロヘタラの序列一位。
総合的な実力は、他の世界の追随を許さぬだろう。
現地で戦うとなれば、更に不利となる。ゆえに、これまでは多少黒い部分があろうとも、パブロヘタラの強制力は発揮できずにいたのだ。
多数決で決まる法廷会議でも、あくまで強気な態度を崩さぬのがそれを裏付けている。
そして、だからこそミリティア世界を除名したがっていた、か。
「では調査が決まれば俺が行こう。事故への安全対策は得意分野だ」
「おや? そうだったのかい?」
ギーへの牽制か、ベラミーが猿芝居をするのでそれにのってやる。
「魔弾世界の住人のことまでは面倒を見れぬがな」
「深淵総軍は事故になれてるからねぇ。死ぬこたぁないだろうさ」
事故に見せかけてなにかするつもりならば相応の覚悟をせよ、とここで示しておく。
それぐらいで引くとも思えぬがな。
「それじゃ、発議をしようかねぇ、レブラハルド君」
「もちろん、そうしたいところだ。しかし代理を立てている間にこれだけのことが決まってしまうと大提督殿としても困るだろうね」
「あちらさんがギーに一任するって言ってるんだ。構やしないだろう?」
予定調和と言ったようにベラミーは言葉を返す。
「それでも、礼は尽くしておこう。ギー隊長。三日後、もう一度同じ議題で法廷会議を設ける。今度は是非、大提督殿にも来ていただきたい」
法廷会議に参加し、<銀界魔弾>や先王オルドフの件について譲歩しなければ、パブロヘタラは強制的に調査を実行するという意味だ。
「私たちもできればパブロヘタラの理念に則り、穏便な話し合いで決着をつけたい。火薬庫に火種を放り込むような真似をしたくはないからね」
そう言いながら、聖王はちらりと俺の方を見る。
「綺麗に火薬だけを消せばいいのだろう?」
「それでも後片付けが大変だ」
そう口にして、レブラハルドはギーに視線を戻した。
「答えはどうか?」
「各元首の主張についてはお伝えします。ただし、ジジ大提督の回答は保証できません」
「それで構わない。大提督殿も気が変わるかもしれないからね」
ギーとレブラハルド、ベラミーは牽制するように視線を交わす。
「レコル。あんたはなにか言うことはないのかい?」
「こちらも代理の立場だ」
銀滅魔法はそれだけ大事だという意味だろう。
いずれにせよ次回に持ち越しならば、ここで迂闊な発言をする必要もあるまい。
一通り話がまとまったと判断したか、オットルルーが口を開いた。
「それでは三日後、同じ時刻に六学院法廷会議を開きます。先王オルドフの<聖遺言>についてはオットルルーが確認をとります。本法廷会議を終了します」
すぐにギーとレコルが転移していく。
「やれやれ。穏便に済めばいいんだけどねぇ」
ぼやきながら、続いてベラミーも聖上大法廷を後にした。
「レブラハルド。お前の弟からの伝言だ」
同じく転移しようとしていた奴に、俺は声をかけた。
レブラハルドは転移の魔法陣を止め、こちらに疑問の視線を向けてくる。
不敵な笑みを返し、俺は告げた。
「聖王の座を明け渡してもらう」
宣戦布告――