決着の最中
「いくよ、アノス」
レイは魔剣イニーティオの切っ先を俺に向け、地面を蹴った。
体ごと矢の如く飛んだレイは、俺の喉元めがけ突きを繰り出す。
「遅い」
まっすぐ向かってきたイニーティオの先端に、金剛鉄の剣を突きで合わせる。
衝突すれば、魔法術式を斬り裂く魔剣の前に、<秘匿魔力>と<武装強化>ごと金剛鉄の剣は破壊されるだろう。
しかし、レイは金剛鉄の剣と打ち合うのを避け、突きの軌道を途中で変えた。
狙いは左手の<吸魔の円環>だ。
イニーティオの切っ先がそこに貫こうという刹那、俺は左手を開いた。
ぴたり、とレイが剣を止める。
「どうした? 今の勢いなら俺の手の平を串刺しにできたかもしれんぞ」
「その代償に剣をつかまれたら、勝ち目がないからね」
ふむ。さすがだな。
あえて左手を貫かせ、レイの剣をつかむ。剣技ではレイが俺の上を行くが、力比べなら負けるはずもない。その状態に持っていきさえすれば、剣を完全に封じることができたのだが、そう簡単にやらせてはもらえないようだ。
「では、今度はこちらの番だ」
左手を伸ばし、無造作にイニーティオの剣身をつかみにかかる。
レイは咄嗟に剣を引き、それを避けた。
同時に俺は金剛鉄の剣を、渾身の力でレイの脳天に振り下ろす。
このタイミングではイニーティオで受けるしか方法はない。
だが、まともに受ければ俺の剣が折れる。それはレイにとって試合に勝って、勝負に負けたも同然だろう。<吸魔の円環>を破壊しての勝利でなければ、俺に重荷を背負わせることになる。レイは俺の剣を破壊するわけにはいかないのだ。
だが、どうする?
剣で受けなければ、致命傷は免れぬぞ。
「ふっ……!」
レイは引いたイニーティオで金剛鉄の剣を迎え撃つ。
刃先と刃先が衝突したその瞬間、俺は妙な手応えを感じた。
柔らかいのだ。まるで衝撃を吸収するかの如く、レイは渾身の力を込めた俺の剣を、その威力に逆らわず、力の方向を巧みに変え、打ち払った。
「ほう。もう一度見せてみろ」
「何度でも構わないよ」
剣と剣が衝突する。しかし、驚愕するほど静かな音しか鳴らず、俺の剣は打ち払われる。角度を変え、力加減を変え、連撃を繰り出すも、その悉くをレイは見事に受け流した。一見簡単にやっているように見えるが、神業と言っても過言ではない。
神話の時代にも、こんな芸当ができた魔族がいったい何人いたか。
「恐ろしい男だな、お前は。俺の剣を折ってもいいのなら、すでに数撃は食らっているぞ」
「君の剣が魔剣で、<吸魔の円環>をつけていなかったら、話は別だけどね」
俺は金剛鉄の剣を使い、<吸魔の円環>で絶えず魔力を吸収されている。
ルール上、<秘匿魔力>を使い続けなければならない。
レイは左手を使うことができず、俺の剣と真っ向から打ち合うことができない。
ハンデの大きさとしては、どちらも似たり寄ったりだろう。
互いに思う存分というわけにはいかないが、少なくとも相手の不利を気遣う必要はあるまい。
「信じられねえ……あの剣、イニーティオとまともに打ち合ってやがる……!」
「魔法術式を斬り裂くイニーティオは、魔剣に施された術式をも斬り裂けるはずだ……! 現にこれまでの対戦相手の魔剣は、数合も刃を交えればぽっきり折れたっていうのに、どうなってやがんだ……!?」
「……魔力のない剣だから、そもそも魔法術式がなくて、イニーティオの効果がないのか……?」
「馬鹿なっ! ただの金属の剣なら、それこそ一合で真っ二つだ……!」
「……やはり、本当なのか……?」
「……真の名工が鍛えた、心の剣……」
「魔力とは違うなにかが宿っているというのか」
観客席からはそんな的外れな言葉が飛び交っていた。
俺とレイの攻防は激しく、いったいなにが起きているのか、正確に把握できる者も少ないのだろう。
「このまま持久戦を狙うつもりか?」
刃を交え、レイが再び俺の剣を受け流す。
イニーティオをつかまれるのを警戒してか、レイは守勢に回っている。
「君のハンデにつけ込むつもりはないよ。時間を稼げば、皇族派の思惑通りだからね」
「いらぬ気遣いだな。いくら魔力を吸われたところで、なんの問題にもならない。それよりも俺に勝つことだけを考えていろ」
巧みに間合いを計ろうとするレイに対して、俺は少々強引に距離を詰める。
その瞬間、レイはイニーティオを一閃した。
「もちろん、そのつもりだよっ……!」
一気に攻撃に転じたレイの刃は寸分の狂いなく左手の<吸魔の円環>を強襲する。
「甘い」
すかさず、その刃を手の平で受けとめようとするが、しかし、イニーティオの軌道が変わる。
狙いは左腕だ。筋肉を硬直させ、俺は相打ち覚悟で金剛鉄の剣を突きだした。
鮮血が散る。
イニーティオは俺の左腕に食い込み、俺の剣はレイの肩を貫いていた。
「はっ……!」
食い込んだ左腕に更にイニーティオを押し込もうと、レイはその場で勢いをつけるようにくるりと回る。剣に回転力が伝わり、イニーティオが骨にまで達する。
「仕損じたな。隙ができたぞ」
金剛鉄の剣を振るう。
レイは身を捻ったが、躱しきることができず、刃が彼の首筋をかすめ、血が飛び散った。
いや、違う。レイは涼しい顔をしながら、すでに剣を走らせている。
躱しきれなかったのではなく、躱さなかったのだ。
俺の剣を前に無傷でいようとしていては、いつまで経っても致命傷を与えられぬと踏んだのだろう。
イニーティオが一閃し、俺の左腕から血が流れる。
同時に俺の剣はレイの腰を斬り裂いていた。
「我慢比べなら、俺には勝てぬぞ」
「やってみなきゃ、わからないよ」
イニーティオと金剛鉄の剣が交錯し、互いの体を斬り裂いていく。
先程までの鍔迫り合いとは打って変わって、一合を交える毎に両者ともに傷が増える。
肉を切らせて、骨を断つ。
レイが俺に試みているのはそれだ。
互いに致命傷だけは避けながら、必殺の刃を放ち続ける。
刻一刻と二人の傷は増え、血が溢れるが、しかし、俺たちは笑っていた。
「さすがだ、レイ。いつぞやよりも、更にやるようになったものだ」
「君こそ、アノス。あのときをとっくに上回ったと思ったのに、まだ力の底を見せてなかったなんてね」
恨みもなく、名誉が欲しいわけでもない。
ただ、そう、楽しかったのだ。
剣と剣を交換することが、刃と刃を交えることが、滴る血の一滴さえも、俺たちには喜びだった。
一合を交える度、数瞬前の自分を上回ってくるレイの恐るべき才が、俺は愉快でならず、何度自分を超えても未だ見えて来ない俺の底なしの力に、レイは崇敬を感じている様子である。
皇族派も魔剣大会も、アヴォス・ディルヘヴィアさえ眼中にはない。
今は荘厳な剣戟が鳴り響く舞台で、ただ華麗に踊ることだけに集中すればいい。
長い、長い、剣戟が繰り広げられる。
観客たちはもう言葉を発することができず、息つく間もなく切り替わる攻防を、固唾を飲んで見守っていた。
そうして半時が経ち、一時間が過ぎて、俺たちはまだ剣を交えていた。
恐らく、俺もレイも願ったことは一つ。
どうか、この時が永遠に続くように。
それでも、終わりはやってくるものだ。
もうまもなくだと互いに悟っていた。
「……く……」
俺の一撃がレイの右足を斬り裂き、とうとう彼が膝をつく。
その代償に俺は左腕に激しい裂傷を負っていた。
「ふむ。腕が殆どあがらぬな」
魔剣を杖代わりに、レイがゆっくりと立ち上がる。
「レイ、終わりだ、楽しかったぞ」
「そうだね。僕も、これで最後だ」
剣を構え、俺たちは同時に前へ踏み込んだ。
レイの狙いは俺の左腕。
動きの鈍った俺の手をかいくぐり、<吸魔の円環>を破壊するつもりだろう。
俺の狙いは一つ――
互いに剣の間合いに入った、そのときである。
「……レイッ…………!」
俺たちが交錯する間際、彼を呼ぶ声が響いた。
目の端に彼女の姿が映る。
観客席の中段、入り口から入ったばかりのところにレイの母親、シーラがいた。
ミサも一緒だ。
「……アノスッ……!!」
レイの手の中で、イニーティオが煌めく。
<吸魔の円環>を狙ったそれを避けようと俺は鈍くなった腕を、強引に上げる。
そのとき、魔剣がくるりと翻り、左腕の付け根を切り上げた。
俺の呼吸と筋肉が弛緩した隙をついた、これ以上ないタイミング、申し分のない剣撃だ。
切断された俺の腕が宙を待った。
初めからそれが狙いだったか。レイは落ちてくる腕の<吸魔の円環>を睨む。
「俺の腕を持っていくとは、大したものだ、レイ」
レイが<吸魔の円環>を斬ろうとするよりも速く、俺は金剛鉄の剣で突きを繰り出す。
咄嗟にレイは魔剣の腹を盾にした。
「だが、今回も俺の勝ちだ」
切っ先が魔剣に触れた瞬間、<武装強化>を全力で込め、渾身の力で金剛鉄の剣を押し出す。
ちょうど、そのときだった。
闘技場の舞台に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
それはすぐにある魔法を展開した。
これは――?
「……かっ……ぁ…………」
イニーティオが真っ二つに折れ、俺の剣はレイの胸に突き刺さっていた。
「……さすがだね、アノス……今度は勝ったと思ったのにな……」
彼は満足そうに微笑む。
そうして、よろよろと後退し、仰向けに倒れた。
しかし、歓声はない。
闘技場の舞台に浮かび上がった魔法陣。
使われたのは、<次元牢獄>の魔法。
この場所だけがデルゾゲードから隔離された別次元へと飛ばされたのだ。
「このときを、長年待ちわびておりました」
嗄れた声が響く。
「ようやく、あなた様を始末することができそうでございますね」
現れたのは白髭を生やした老人。
七魔皇老が一人、メルヘイス・ボランだった。
七魔皇老最強のメルヘイス、つまり、最強のかませ犬登場です!(強いのか弱いのかどっちだ)
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