偽者の証拠
パブロヘタラ宮殿内、魔王学院宿舎。
バルツァロンドが手にしたハインリエル勲章が光り輝いている。
先王オルドフが今際の際に遺した遺言、<聖遺言>だ。
それが見せたのは魔弾世界エレネシアの元首、大提督ジジ・ジェーンズが、オルドフに<魔深根源穿孔凶弾>を撃ち込む映像だった。
『魔弾世界の銀滅魔法<銀界魔弾>は、決して撃たせてはならない弾丸だ』
<聖遺言>から、オルドフの声が響いている。
『浅層世界ならばただの一発で滅び去り、深層世界でも無事には済まない。魔弾世界を旅した際、私はそれを創造神テルネスより打ち明けられた』
ミーシャとサーシャが顔を見合わせる。
創造神の名が今と違うことに、疑問を覚えたのだろう。
『テルネス曰く、深淵総軍にて開発中の<銀界魔弾>は創造神の力を最大限に利用する。もしも、魔弾世界の名が変わることがあれば、そのときは<銀界魔弾>が完成しているだろう』
どういう理屈かはわからぬが、<銀界魔弾>の完成に創造神の交代が必要というわけか。
俺がバルツァロンドに視線を向ければ、彼はこくりとうなずいた。
「魔弾世界はかつてテルネスという名だった。一万三千年ほど前、魔弾世界がパブロヘタラに加盟した頃には、すでにエレネシアに変わっていた」
世界の名は、創造神の名を使うのが銀水聖海のルールだ。
つまり、創造神テルネスが滅び、代わりにエレネシアが魔弾世界の創造神となった。
<銀界魔弾>とやらはすでに完成しているとみてよい。
『<銀界魔弾>の機密を知った私は深淵総軍に追われ、大提督ジジに撃たれた』
ハインリエル勲章がいっそう輝き、<聖遺言>の声が響く。
『息子よ。レブラハルドよ。吟遊世界ウィスプウェンズへ行け。吟遊宗主の力を借りるのだ。我が聖剣世界の未来を……いや、この銀水聖海の未来を守ってくれ』
バルツァロンドは重たい表情で、その言葉に耳を傾ける。
『決して……決してパブロヘタラの思惑通りにさせてはならない……』
ハインリエル勲章の光は次第に収まっていき、やがて消えた。
<聖遺言>が終わったのだ。
「最後の」
レイがバルツァロンドの方を向く。
「どういう意味かな?」
「……父上はかねてよりパブロヘタラには関わるなと言っていた……」
バルツァロンドが答える。
「背後に複数の、あるいは相当に深い深層世界の存在があるように思えてならない、と」
「つまり、それが魔弾世界だってことかい?」
「……<聖遺言>から考えれば、そういう意味に違いない。大提督ジジ・ジェーンズが、裏でパブロヘタラを牛耳っていたのだろう」
オルドフが大提督に撃たれたのは、魔弾世界がまだパブロヘタラに加盟する前だ。
にも関わらず、オルドフはパブロヘタラの思惑通りにさせてはならない、と<聖遺言>に遺した。
パブロヘタラは元々が浅層世界や中層世界の集まりに過ぎなかった。そこに魔弾世界が接触し、裏で操りながらも、やがて何食わぬ顔をして自らも加盟したのやもしれぬ。
「だとしても、魔弾世界だけが黒幕なら、わざわざパブロヘタラの思惑通りに、とは言わなかったんじゃないかな?」
「確かにそれなら、魔弾世界の思惑通りにって言いそうよね」
レイの言葉に、サーシャが同意する。
「普通に考えれば、魔弾世界以外も敵だって意味だと思うけど?」
「パブロヘタラぜんぶが? でも、ベラミーとかは全然そんな気がしないぞ。オルドフとは旧友だったんだし」
エレオノールがそう言うと、ゼシアがぐっと拳を握る。
「ばぁば……敵じゃないです……!」
「あくまで当時のパブロヘタラの話だからね。オルドフが警戒していたなら、鍛冶世界バーディルーアは、たぶんその頃はまだ加盟してないんじゃないかな?」
レイがバルツァロンドに訊く。
「バーディルーアが加盟したのは、聖剣世界の後だ」
「そっかそっか。じゃ、一万三千年前の旧パブロヘタラが敵だってことだ」
エレオノールはぴっと人差し指を立てる。
「そう単純な話とは限らぬが、魔弾世界が暗躍していたのなら、あり得ぬわけでもない。利害が一致した者たちがパブロヘタラに集ったとすれば、オルドフの言葉も納得がいく」
なにが思惑かは知らぬがな。
少なくともエレネシアは深層世界であり、序列一位だ。昔も今も、パブロヘタラでは最も発言力が強い。
「……一つ、気になる点がある」
バルツァロンドが言った。
「兄は聖王に即位後、しばらくしてパブロヘタラの学院同盟へ加盟を決めた。父上と話し合ったのだと思っていた。そうでなければ、父上も暢気に旅などするはずがない」
言わんとすることは大凡見当がつく。
「話し合う前に大提督ジジに撃たれ、行方知れずとなったか」
俺がそう口にすると、沈痛の表情でバルツァロンドが首肯する。
「先王が行方不明なんて公にできないから、レブラハルドは隠してたってことよね? それなら一応は筋が通っているように思うけど……」
サーシャが疑問を向ける。
「……だが、都合が良すぎるのではないか……」
バルツァロンドがそう答えた。
「兄が別人だとすれば、父上ならばもっと早くに見抜いただろう。その父上が、大提督に撃たれ幽閉されていたのだ。これがただの偶然というのは、私には信じられない」
「今の聖王と大提督が共謀しているって言うのかい?」
レイが問う。
「父上の根源に<魔深根源穿孔凶弾>が撃ち込まれているのを知りながら、聖王は大提督に立ち向かおうとはしなかった」
「共謀していたなら、いつからだろうか?」
アルカナが言った。
「……最初からだろう」
最悪の事態とでもいうように、バルツァロンドが言葉を絞り出す。
「旧パブロヘタラがレブラハルドの偽物をハイフォリアに送り込んできた?」
レイが問えば、バルツァロンドは首肯する。
「魔弾世界の秩序に、そこまで精巧な偽者を作る魔法は存在しない。だが、他の世界ならば、可能性がある。旧パブロヘタラは兄の偽者をハイフォリアに送り、それに気がつきそうだった父上に大提督を刺客として放った」
「しかし、そもそもだ」
エールドメードが杖を指先でくるくると回転させ、手遊びをしながら口を開く。
「あくまで聖王レブラハルドが偽者だとすればの話だ。まだ証拠はなに一つないのではないか?」
「それは……」
バルツァロンドが返事に窮する。
揃っているのは状況証拠ばかり、今のところ推論の域を出ぬ。
「<聖遺言>の映像から推測するに、銀滅魔法というのは銀水聖海において相当な禁忌のようだな?」
エールドメードが問い、バルツァロンドが答えた。
「通常の魔法砲撃で外から銀泡を撃つには、銀水船などで十分に接近しなければならない。それでも威力は減衰する」
銀泡の中に入るには、イーヴェゼイノの災亀やハイフォリアの銀水船など専用の船が必要だ。銀泡の中に入れる状況ならばこそ、魔法砲撃も届くのだろう。
しかし、遠距離からどれだけの威力の魔法を放とうとも、それは銀泡の内側に干渉できぬだろう。生身では銀泡に入れぬのと同じように。
「小世界から他の小世界を撃つことのできる界間砲撃。それが銀滅魔法だ。銀水聖海では禁忌とされ、いかなる争いがあろうともその魔法を研究しないという暗黙の了解がある。銀滅魔法により滅びた根源は火露をも汚染すると言われているからだ」
「汚染とはなにかね?」
エールドメードが問う。神妙な顔でバルツァロンドが言った。
「火露があっても、その働きを成さないということだ」
火露とは、言わば輪廻する根源の秩序。それが働かなければ、新たな生命が生まれなくなることに等しい。
銀水聖海において、禁忌とされるのも納得のいく話だ。
「つまり、だ」
エールドメードがバルツァロンドに杖を突きつける。
「銀水聖海では、銀滅魔法を持つ小世界は村八分に合うというわけだな?」
「その通りだ。パブロヘタラでも、学院条約第六条にてそれを堅く禁じている」
「では、そんなリスクを冒してまで、魔弾世界の大提督はあえて先王オルドフに<銀界魔弾>の機密を漏らしたのかね?」
バルツァロンドが気がついたように口を噤み、じっと考え込む。
「聖王が偽物だと知られないようにオルドフの口封じをしたいのであれば、ただ始末すればよかっただけではないか?」
「……それはそうよね。銀滅魔法のことを知ったら、オルドフだって魔弾世界を警戒するだろうし、わざわざ機密を漏らす意味はないわ」
サーシャが同意するように言った。
「元首を疑うのは早計すぎるということか?」
「いやいや、いやいやいや、疑うならば早いに越したことはない。むしろ、疑っているからこそ、証拠が欲しいのだ。疑心は容易く己を騙し、事実から目を眩ませる」
人を食ったような物言いをされ、バルツァロンドは怪訝そうな顔をした。
「一つ聞きたいのだが、オマエや祝聖天主の魔眼で見抜けぬほどの偽者を作れるものかね?」
エールドメードが問う。
「外見だけならば可能だが、根源は極めて難しい。聖剣世界に生まれなければ狩猟貴族の根源にはならない……だからこそ、今まで気がつくことができなかった」
銀水聖海では根源の属性は生まれた世界に影響を受ける。聖剣世界では、祝聖天主の祝福属性となるのだろう。
「では、旧パブロヘタラで偽者が作れる可能性があるのは?」
バルツァロンドはしばし考え込む。
「……深層世界以外は除外していいだろう。粉塵世界パリビーリャの化粧魔法か、傀儡世界ルツェンドフォルトの傀儡魔法で聖剣世界の住人を操っている……それも他の世界が知り得ない深層大魔法、そうでなければありえない……」
こんなにも長い間、正体を見抜けぬというのだから、そう考える他あるまい。
「カカカ、それならば、聖剣世界の住人がレブラハルドになりすましている可能性の方が高いのではないか」
「狩猟貴族に裏切り者がいるというのか?」
ニヤリ、と唇を吊り上げ、エールドメードは言った。
「オマエはどう思う?」
「……やはり、そんなことは考えられない。天主を裏切るような真似をすれば、狩猟貴族の良心に背く。虹路が現れないのだ。それでは、霊神人剣を抜けはしな……」
はっとしたようにバルツァロンドは言葉を切った。
「そう、そう、それだ。それが証拠になるのではないか? 聖王レブラハルドは、天敵であるイーヴェゼイノが攻めてくるというのに、霊神人剣を鍛え直すのに反対した。いったいなぜ? なんのために?」
反対する理由などなにもないはずだった。
だが、奴が偽者ならば、納得がいく。
「抜けないのはないか? ん?」
現聖王への大きな疑惑――
【お知らせ】
活動報告にも書いたのですが、
新作短編を書きました。
どうしても書きたい話が思いついてしまい、魔王学院で忙しい中、
どうしようかと迷っていたのですが、とりあえず短編ならいけそうと考え、
コツコツ書き上げておりました。
タイトルは、
魔法史に載らない偉人 ~無益な研究だと魔法省を解雇されたため、新魔法の権利は独占だった~
https://ncode.syosetu.com/n7196gs/
です。
↓にリンクを張りました。
魔王学院を好きな方なら楽しんでもらえるんじゃないかな、
と思いますのでよかったら、ご覧になってくださいませ。