表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/726

二人の決勝戦


 控え室からの通路を抜け、闘技場の舞台に上がった瞬間、大きな歓声が聞こえてきた。


「アノスちゃーんっ、頑張ってーっ!」


「アノスーっ、お前、ここまで来たら絶対優勝だぞっ! 気合い入れてけー!」


 母さんと父さんの声。


「アノス様ーっ! 今日も格好いいですっ!!」


「いつも通り、瞬殺でお願いしまーすっ!」


「あ、だけど、瞬殺したら、アノス様の勇姿が長く見られないよっ!」


「じゃ、じゃあ、じっくりたっぷりいたぶってくださーいっ!」


「あ、だけど、そしたら、あたしの方がいたぶって欲しくなっちゃうよっ!」


「なんなのっ!?」


 相も変わらずなファンユニオンたちの声が聞こえる。


「続いて登場するのは、ログノース魔剣協会所属っ! 怒濤の快進撃でここまで無傷で勝ち抜いた、レイ・グランズドリィ選手っ!!!」


 反対側の通路からレイが闘技場の舞台に姿を現す。

 先程よりも更に大きな歓声が観客席からわっと溢れた。


「待ってました、練魔の剣聖っ!!」


「あの混血のガキに目にものを見せてやってくれ!」


「おうよっ! 馬鹿みてえに盛り上がってる統一派の連中の頭をガツンとやってやろうぜ!」


 皇族派の連中がレイに声援を飛ばす。

 さながら、統一派と皇族派の代理戦争といった様相だな。


「ふむ。騒がしいことだ」


「ほんとだね」


 レイはいつも通り、爽やかに微笑む。

 吹っ切れたか。気負わない、自然な笑みだった。


「決勝戦の開始前に、本大会の運営委員よりお知らせがあります」


 なにか小細工を弄してくるだろうと思っていたが、早速仕掛けてきたようだな。


「決勝戦は特別ルールで行われます。まず各選手にはそれぞれ腕輪をつけてもらいます」


 フクロウがそう口にすると、監視員たちが俺とレイの近くまで寄ってくる。


「左手を」


 言われるがままに左手を差し出すと、そこにキラキラと光る腕輪をつけられた。


「剣だけではなく、この腕輪が破壊された場合も敗北とします」


 ふむ。魔力が抜けていくな。

 <吸魔の円環>か。神話の時代の魔法具だ。


 これは腕輪をつけている者の魔力を永久に吸い続ける。

 並の者なら、魔法を行使するのも至難の業だろうな。


 防ぐには壊すしかないが、そうすれば負けだ。

 俺の力を削ごうというわけか。


「下手な真似はしないことです、アノス・ヴォルディゴード」


 声が頭に直接響いた。

 俺だけに宛てた<思念通信リークス>だ。


 魔力を辿り、頭上を見上げる。


 あのフクロウからか。


「その<吸魔の円環>が吸い続けている魔力は別の場所へ送られています」


 確かに、魔眼を働かせてみれば、<吸魔の円環>から魔法線を通じ、どこかへ魔力が送られている。


「その魔力が途絶えれば、シーラ・グランズリィの精霊病が悪化し、彼女は消滅するでしょう」


 なるほど。

 シーラの根源の元となった噂と伝承を消す用意があるというわけか。


「そして、あなたがレイ・グランズドリィに勝てば、彼の根源は消滅します」


 ふむ。契約の魔剣の効果が働くとみて間違いないだろうな。


「それでは」


 言いたいことは言ったのか、フクロウからの<思念通信リークス>が途絶える。


 監視員たちはレイの左手にも腕輪をつけ、舞台隅へ去っていった。

 見たところ、レイの腕輪は魔法具ではないようだ。


「それでは、ディルヘイド魔剣大会、決勝戦!」


 上空からフクロウの声が響く。


「始めてくださいっ!!」


 開始の合図と共にレイはイニーティオを抜き放つ。

 そして、純白の剣身を俺に向かって掲げた。


 俺は金剛鉄の剣を抜き、挨拶代わりにイニーティオへ重ねた。

 キン、と軽く金属音が鳴る。


「なにも考えず、剣を振るだけでいられたら、どれだけ幸せだっただろうね」


 レイがそんなことを口にする。


「ふむ。まるで無理だったと言わんばかりだな」


 彼は曖昧な笑みを覗かせる。


「魔力を吸われたまま戦えるかい?」


「なに、遠慮はするな。俺が不利だと勘違いし手心を加えれば死ぬだけだぞ」


「そうだと思ったよ」


 レイは無駄のない所作で、剣を中段に構える。

 俺はいつも通り、金剛鉄の剣をゆるりと下げた。


 すでに俺たちは互いの間合いに入っている。


 だが、動けなかった。


 レイの構えに隙はない。どこを攻めても、純白の魔剣で打ち払われるだろう。

 いかに堅牢だろうと、力尽くでその守りをこじ開けるのが俺の流儀だが、今回ばかりはそうもいかぬ。


 迂闊に攻めれば、イニーティオに<秘匿魔力ナジラ>と<武装強化アデシン>の魔法術式ごと剣を叩き斬られ、それで終わりだろう。


 向こうの攻撃の隙をつくしかない。

 そして、それをうまくやったとしても、レイに勝ってしまえば、彼は消滅する。


 さて、どうしたものか?

 八方塞がりというわけではないが、なかなか面倒な状況だな。


 ひとまずレイの出方を窺う。

 しかし、彼もまた動かなかった。


 数分間、睨み合ったまま、ただ時間だけが過ぎていく。

 

 だが次の瞬間、レイはふっと力を抜いた。


「実は決勝戦は時間稼ぎをするように言われてるんだ」


 彼が呟く。

 内情を曝したことが、少々意外だった。


「長引けば長引くほど、僕が有利になるからね」


 <武装強化アデシン>に<秘匿魔力ナジラ>を重ねがけするのは魔力の消耗が大きい。

 かといって、打ち合いのときだけ魔法を使えばいいというほど、レイの剣は甘くはあるまい。


 その上、<吸魔の円環>で俺の魔力は絶えず吸われ続けている。

 

 レイが守勢に回れば、さすがにこの金剛鉄の剣で打ち破るのは容易いことではない。

 確かにこのまま動かなければ、俺が不利になる一方だろう。


「だけどね。やめたよ」


 言葉と同時、イニーティオの剣先がブレた。

 目にも止まらぬ速さでまっすぐ突き出された刃を寸前で見切ると、剣先が頬にかすめていく。

 

 間合いを離すため、俺は金剛鉄の剣をレイの左手に振るう。


 左手を引き、避けると思ったが、しかし、レイは更に間合いを詰めてきた。

 レイと体が接触し、俺の腕が止まる。


 この至近距離では剣を振るいようもない。


「……ふっ……!」


 いったい、どのような技なのか。拳を当てる隙間もない空間から、剣が弾かれたように俺の顎へ向かってくる。咄嗟に身を引いて躱す。バランスを崩した俺の眼前に純白の刃が迫った。


 剣で受ければ、もろとも斬り裂かれる。


 ならば――


「…………!?」


 レイの剣が俺の左腕に食い込む。

 肉は裂かれ、刃は骨にまで達したが、そこで剣は止まった。


「惜しかったな。骨は硬いぞ」


「相変わらず、でたらめな体だね、アノスは」


 イニーティオを引き、レイは仕切り直すように後退する。

 その左腕が不自然にだらりと下がっているのが見えた。


 そういえば、今の打ち込みも普段よりは僅かに遅い。

 両手で握っていれば、剣は骨にまで食い込んでいたはずだ。


「その腕は、どうした?」


 レイは爽やかに微笑む。


「できるだけ対等な勝負がしたくてね」


「自分で腱を切ったのか」


「けっこう痛いよね」


 なんでもないようにレイは魔剣イニーティオを片手で構える。


「いいのか?」


 持久戦を避けるのも、左腕の腱を斬るのも、皇族派に対する裏切りだろう。

 母親を治療するという契約を反故にすることになる。


「アノス」


 静かにレイは答える。


「あの班別対抗試験で、思ったよ。ようやく出会えたんだって。この剣のすべてを振り絞っても敵わない相手に。全力で君にぶつかりたいと思った」


 話しながらも、彼は油断のない視線を向けてくる。


「だけど、僕と、僕の母を人質に取られている以上、君は全力を出すことができない」


 レイは監視されているはずだ。

 彼に契約の魔剣を刺した魔族も、この台詞で俺が勘づいていることがわかっただろう。


「色々考えたけど、僕にあるのは結局、剣のことだけだった」


 覚悟を決めたようにレイは言う。


「契約に背いた。これで体内の魔剣は僕の根源に食い込んだ」


 さすが、というべきか。並の者ならば、この時点で食い込んだ契約の魔剣で根源を滅ぼされているだろう。

 だが、それもこのままでは時間の問題にすぎぬ。


「じきに僕は死ぬ。母も助からない。君が気後れする必要はどこにもなくなった」


 イニーティオの剣先が俺の左腕にある<吸魔の円環>に向けられる。


「君との友情を守るために、勝たせてもらうよ」


 <吸魔の円環>を破壊すれば、レイの勝ちだ。

 そして、フクロウが報せてきた通り、シーラの噂と伝承が消され、彼女は死ぬだろう。


 しかし、これを破壊しなければ、俺は魔力を永久に吸い続けられることになる。

 俺がシーラを見捨てられぬと踏み、自ら母の命を奪おうというのか?


 俺を守るために。

 自身の命を懸けてまで。

 

「俺に助けを請わないのか?」


「君が死ぬかもしれないのに?」


「俺は死なんぞ」


「そうかもね。でも、そうじゃないかもしれない。どれだけ君が超越していたって、危険に曝してもいいなんて考えるのは、本当に友達なのかな?」


 レイはふっと笑う。


「これが一番僕らしい。最後に君に勝ち、そして君を守る」


 なるほどな。


 まあ、わざと負けてやれば、それで済む話ではある。

 <吸魔の円環>が破壊されればシーラの身の安全は保証できないが、金剛鉄の剣が折れた場合については、あのフクロウはなにも言っていなかった。


 つまり、<吸魔の円環>で俺の魔力を吸い続けるのが目的というわけだ。

 この魔剣大会の勝敗などどうでもいいのだろう。


 あえて負け、レイに刺さった契約の魔剣を抜いてやり、勝負はまたアヴォス・ディルヘヴィアの企みを潰した後にでも、改めてすればいい。

 利口な者ならそうする。


 だが、できぬ。


 契約の魔剣が根源に食い込んだこの状況で、レイが望んだのは俺との勝負だ。


 地位でもなく、名声でもなく、ただ純粋に剣だけを求めた。

 ここが最後になって構わぬと、レイは剣にすべてを捧げたのだ。


 人にとってはなにを馬鹿なと思うかもしれぬがな。

 しかし、そうまでして望んだ勝負だ。


 後回しにしようなどと口にすれば、この男の友でいる資格などない。


「敵に屈せず、俺に頼らず、あくまで己の信念を貫こうとはな。それでこそ我が友だ」


 俺は一歩、足を踏み出す。


「レイ。もうなにも考えなくとも構わぬぞ。皇族派も統一派も関係ない。母親のことも忘れろ。今は俺とお前だけの時間だ」


 レイは微笑む。

 本当に、嬉しそうに。


「さあ、来い。遊んでやる」


 アヴォス・ディルヘヴィアがなにを企んでいようと邪魔はさせぬ。


 父さんと母さんが俺を応援している。

 ミーシャには優勝すると誓った。

 そして、レイは命懸けで俺に勝負を挑んでいるのだ。


 これは暴虐の魔王とはなんの関係もない、生まれ変わった俺の、俺たちの望んだ、俺たち二人の決勝戦だ。

こんな状況で、敵の企みより、自分たちの決勝戦を重視する人達……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ