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落ちゆく船


 静寂がその場を支配していた。


 レオウルフ男爵、そして狩猟貴族らが息を呑む。

 災人イザークまでもが僅かに目を開き、その赤き矢の在処を見据えた。


 やじりからは、赤い血が滴り落ちている。


 祝聖天主エイフェの腹部を、それは確かに射貫いていた。


「天主っ!!」


 聖船エルトフェウスの甲板上。血相を変えて、レオウルフが駆け寄る。彼はバルツァロンドの弓を警戒しながらも、主の傷に視線を配る。


 軽く息を吐き、エイフェは顔を上げた。


「……心配なきかな」


 突き刺さった矢に祝聖天主がそっと手をかざせば、キラキラと光を放ちながら、薄らと消えていく。


 レオウルフが安堵の色を覗かせたそのとき、聖船エルトフェウスが僅かに揺れた。


「しょ、障壁上部被弾っ!」


「黒穹より接近する船を確認。あれは……」


 甲板の狩猟貴族たちが、黒穹へ魔眼を向ける。


 目にも止まらぬ速度で急下降してきたのは、翼を持つ美しき城。


「飛空城艦ゼリドヘヴヌスですっ!」


「――カーッカッカッカッカッッカッカッカッ!!!」


 大空に熾死王エールドメードの声が響き渡る。


 ゼリドヘヴヌスを動かしているのは、創術家ファリス・ノイン、そして魔王学院の生徒たちだ。


「見たまえ、見たまえ、見たまえよっ! 災人イザークを祝福するため、あの箱船は魔力機関を総動員している。イーヴェゼイノの領域で、あの権能を使うのはそれだけ大仕事というわけだ。つ・ま・り!」


 ゼリドヘヴヌス内部にて、エールドメードはニヤリと笑う。


「今なら、オマエたちの力で突破できる。まさにグッドタイミン・グゥゥッ!!」 


「蜂の巣にしろ!」


 レオウルフの命令により、甲板の狩猟貴族らは一斉に矢を放った。


「<創造芸術建築アストラステラ>」


 ゼリドヘヴヌスの両翼がファリスによって描き直される。新たに創造されたのは、鋭い刃が如く、雄々しき翼だ。


「当たりませんっ!」


「おのれっ! あれが、船の動きかっ! 獣の方がまだ大人しいぞっ!」


 雨あられの如く放たれる矢を、その飛空城艦は縦横無尽に飛び回り、華麗にすり抜けていく。


 ファリス・ノインは言った。


「聖なる矢と、鋭き翼の共演。天空に描かれしは、勇猛なる戦士の美」


「聞いたか、オマエら! 戦争の実習のみならず、ど・う・じ・に美術の実習まできるそうだっ! ここで満点を叩き出せば!!」


 熾死王は、大鏡に映る聖船エルトフェウスを杖で指す。


「未来の魔皇まで一・直・線・だぁっ!」


「……やべえぞ、くそ……! 先生たちの言っていること全然わからねえっ!!」


「どっちかっていうと、地獄まで一直線じゃねえのっ!!」


 生徒たちは口々にぼやきながらも、そのときのために魔力を溜めている。


 訓練は積んでいる。ぎりぎり使い物になるからこそ、熾死王はパブロヘタラから彼らを連れてきたのだ。

 そうして、エイフェとイザークが動きを止めるこの絶好の機会を見計らっていた。


「レオウルフ卿。全魔法障壁の展開を。一層だけでは突破される恐れが……!」


「否。あの船は確かに速いが、それだけだ。船同士の衝突ならばこちらに分がある。よしんば魔法障壁を突破されたところで、このエルトフェウスを落とすことはできない」


 レオウルフ男爵は冷静に回答する。


「奴らの目的は災人の救出。天主とエルトフェウスの力を削ぎ、祝福を弱める腹づもりだろう。ならば、聖ハイフォリアの祝福を一寸たりとも緩めるわけにはいかん」


 向かってくるゼリドヘヴヌスを睨み、レオウルフは言った。


「狩り場に誘い込め。一瞬止まれば、おれが斬る」


「了解っ!」


 狩猟貴族たちの射撃が獲物を仕留めようとするものから、追い詰めるものへと変化した。

 当たらないのは承知の上で、飛空城艦の回避先を制限しているのだ。


 狩猟貴族の名に相応しく、獲物の追い詰め方は手慣れたものだ。

 さすがのファリスとて、これでは自由に飛べまい。


 ゼリドヘヴヌスは、半ば奴らに誘導されるように黒穹を抜けた。


 熾死王の狙いは船同士の接近戦。魔力に劣るゼリドヘヴヌスは、その速度を活かしての一撃離脱が最善の攻撃手段だ。


 まっすぐエルトフェウスに照準を定めると、飛空城艦は一気に加速する。その次の瞬間、船の速度よりも早く聖船エルトフェウスの巨大な船体が迫っていた。


 接近戦を狙われているのは承知の上だったか。一撃を受ける覚悟で、攻撃のタイミングをズラすため、レオウルフは船を急上昇させたのだ。


 離脱させず、そのままエルトフェウスをぶつけるつもりだろう。

 

「カカカカッ! こちらの手の内が読まれているではないかっ!」


 愉快千万とばかりに、エールドメードはエルトフェウスを睨む。


 ファリスが魔筆を振るえば、生徒たちの左右に魔法陣が現れる。

 彼らは、二本の魔剣をそこに突き刺し、強く柄を握りしめた。


 魔剣は魔法陣を通し、ゼリドヘヴヌスの両翼をつながっている。

 生徒たちの魔力を直接込めることができるのだ。


「ちっくしょう、やっぱり地獄行きじゃねえか……!」


「あんな馬鹿でけえ船に効くのかよ……練習でだって、成功率は半分だぜ……!」


 聖船エルトフェウスがみるみる迫る。


「成功率が半分? まさかまさか、あれを斬るには刹那の間に、全員一致での魔法行使をするしかない」


 エールドメードがぶっちゃける。


 剣に魔力を送りながらも、生徒たちはごくりと唾を飲み込んだ。


「成功率は一割以下だ! カカカカカ、死ぬ気でやれとは言わんぞ。もはや、死んだも同然だぁぁっっっ!!!」


 絶句する間すらなく、エルトフェウスの魔法障壁が目前に迫る。


 生徒たちは無我夢中で、ありったけの魔力をそこに込めた。


「「「ちっきしょうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!!!」」」


「「「えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっっっ!!!!」」」


 気勢とともに、描かれた術式は<深撃ゼルス>。


 魔力が足りぬため、普通のやり方では彼らに扱うことはできぬ。そのため、集団魔法にてシンと同じく攻撃が当たる瞬間のみ魔法行使をする方法をとった。


 刹那の間のみならば、<深撃ゼルス>の発動が可能。だが、全員の呼吸を揃えなければならない集団魔法にて行うのは至難であり、それを当てるとなれば更に至難だ。


 成功率は幾ばくもないが、死に直面した生徒たちの集中力は極限まで高まっていた。


「美しくあれ」


 ファリスの合図が発せられる。生徒たちは呼吸を揃え、<深撃ゼルス>を使う。魔剣から魔法陣を通して、その魔力は翼に伝わる。


 聖船エルトフェウスの魔法障壁に、その鋭き翼が衝突した。


 バシュンッと弾けるような音が響き、目前にあった魔法障壁が真っ二つに切り裂かれる。


「気を緩めるな。もう一発だぁ!」


 魔法障壁が突破されるのを覚悟していたレオウルフは、聖船エルトフェウスをそのままゼリドヘヴヌスに突っ込ませてきた。


 いかに旋回に優れた飛空城艦といえども、このタイミングで避けきれるものではない。


 活路は一つ、目の前の聖船を切り裂くことだ。


「勇猛なる戦士の美を、ここに」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっっっ!!!」」」


 くるりとゼリドヘヴヌスが回転し、<深撃ゼルス>の翼が、エルトフェウスを切りつける。


 巨大な箱船に一筋の線が走った。

 船体がズレて、ぐらりと地上に落下していく。


 だが、浅い。

 

 <深撃ゼルス>の翼は、甲板の一部を切り落としたにすぎず、その刃は船の根幹には届いていない。


「カカカカッ、もう一回転っ!」


「遅い」


 すでに聖剣を抜き放ったレオウルフが、ゼリドヘヴヌスまで間合いを詰めていた。


融和剣ゆうわけん、秘奥が弐――」


 甲板を斬り裂くように走った聖剣は、聖船エルトフェウスの一部と同化して、巨大な刃と化す。


「――<同化増刃どうかぞうじん>っっっ!!!」

 

 ゼリドヘヴヌスが船を切るより先に、巨大な刃はその翼を切り落とした。


 そのまま飛空城艦は聖船エルトフェウスに衝突する。


 強度ではあちらが遙かに上だ。ぐしゃりと潰れていくゼリドヘヴヌスは、<創造芸術建築アストラステラ>にて創り直され、かろうじて原形を保ち続ける。


「お騒がせしました」


 祝聖天主にレオウルフは言う。


「こうなれば、銀城創手も袋のネズミ。後は――」


「袋のネズミなのはお前たちの方だ」


 俺の声に、レオウルフとエイフェが視線を険しくする。


 がくん、とエルトフェウスが下降を始めた。


「これは……?」


『レオウルフ卿っ! か、舵が効きませんっ! 船が勝手に下降を……!?」


『いえ、これは……落下してっ……!?」


 操舵室からの<思念通信リークス>だ。

 はっと気がついたように、レオウルフは声を上げる。


「船底だっ! ミリティアの元首が張り付いているっ!」


 ふむ。気がつかれたか。


 元よりゼリドヘヴヌスでは、エルトフェウスを落とせぬのはわかっていた。あちらは陽動。<深撃ゼルス>の翼にて、魔法障壁を破った隙に船底にとりついたのだ。


「全速上昇! 振り落とせ!」


『や、やっていますっ! しかし、引きずら――うおぉっ!?』


 聖船エルトフェウスを振り回すように、船底をつかんだまま、俺はぐんと加速した。


 その拍子にゼリドヘヴヌスは空域を離脱していく。

 生徒らは魔力がほぼ枯渇した。これ以上は、エルトフェウスと戦えぬだろう。

 

『ぬぐぅぅっ……!』


『地表に叩きつけるつもりか……!? それしきで、このエルトフェウスが……』


『いや、まさか……あそこは……!?』


 船首を下に向けながら、真っ逆さまに巨大な船体は落下していく。見えてきたのはイーヴェゼイノの雨に満たされた途方もない水溜まり――<渇望の災淵>だ。


「――<同化増刃どうかぞうじん>っっっ!!!」


 甲板に突き刺した聖剣が、巨大な刃となって船底から勢いよく突き出される。


 <深源死殺ベブズド>の掌でそれを受け止め、その刃をぐしゃりとわしづかみにする。


「ちょうど持ち手が欲しかったところだ」


 船底から長く突き出された刃をつかみ、俺はその船をぐるりと振り回す。


「ぬ、あぁっ……!!」


 レオウルフは堪えたが、甲板から何人もの狩猟貴族が宙に投げ出された。

 操舵室では魔力を振り絞り、船の姿勢制御を試みている。


 安定させようという魔力の翼をすべて引きちぎるように、俺は更に船をぐるんぐるんと回転させる。

 その上下左右がめまぐるしく入れ替わり、中が激しくシェイクされた。


「なぁっ……!! お・お、おおおおぉぉっ……!!」


「ば、化け物かぁぁぁっ!!」


 歴戦の狩人たちといえども、母船を振り回された経験はなかったか、エルトフェウスから次々と悲鳴が上がる。


「あの二人の邪魔をしてもらっては困る」


 <同化増刃どうかぞうじん>がバキンッと折れる。勢いよくすっ飛んでいった聖船エルトフェウスを俺は追いかけ、再びその船底をつかんだ。


「お前たちは俺につき合ってもらうぞ」


 直下に見える<渇望の災淵>へ、俺は真っ逆さまに落ちていく。


 聖船エルトフェウスはそれに抵抗するため、下方に魔力を放出した。俺の腕に黒き粒子が螺旋を描く。

 上昇しようという力をねじ伏せ、更に落下を加速させた。

 

「ぬ・あ・あ・ああああああああぁぁぁぁっ…………!!」


「止・ま、れえええええぇぇぇぇぇぇ…………!!」


「「「う、あああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁっっ!!!」」」


 ダッパアアァァァァァァァァァンと暗雲を貫くほどの水柱を上げながら、聖船エルトフェウスを<渇望の災淵>に勢いよく叩きつけた。



聖船撃沈――

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 森羅万掌で掴めばいいのでは?
[良い点] 熾死王先生が絡むとどんなに奮闘して見えても嘘でした感が漂って仕方ない。 まーた何かやってるのだろうなってね
[気になる点] ミリティアと敵対中の狩猟貴族達の多くが噛ませと化していること [一言] アノス「あの二人の邪魔をしてもらっては困る」 聖船エルトフェウスを<渇望の災淵>に勢いよく叩きつけた。 聖船…
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