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応援


 翌朝――

 一度、家に帰った俺はまたログノース魔法医院へやってきた。


「ん…………」


 昏倒していたミサが目を覚ます。

 彼女はぼんやりとした様子で俺を見た。

 

「……アノス様……レイさんは……?」


「デルゾゲードへ向かった」


「じゃ……もう朝なんですね……」


 ミサがシーラの方へ視線をやる。

 ここへ来たときよりは幾分か容態は安定しているが、まだまだ予断を許さないだろう。


 朝までに<根源変換リリア>である程度まで回復させられればと思っていたが、仕方あるまい。

 ミサとシーラの力の波長が違いすぎた。ああ効率が悪くては、ミサの体の方がもたない。


 レイが止めなければ、俺が止めていたところだ。


「決勝戦が終わるまではここで大人しくしていろ」


 俺は<創造建築アイビス>の魔法で指先に乗るぐらいの小さなガラス玉を作った。


「なにかあれば、そのガラス玉を割れ。影縫いの短剣から逃れられる」


 <光源ジア>の魔法を使い、<条件レント>でガラス玉が割れたときに発動するように条件づけておく。<光源ジア>は光を生み出す魔法だ。あらゆる角度から光で照らし影を完全に消せば、影縫いの短剣は効果を発揮できなくなる。


「じゃあな」


「あの……アノス様っ……!」


 ミサが俺を呼び止める。


「どうした?」


 問うと、彼女は真剣なまなざしを向けてきた。


「もう一度、<根源変換リリア>を使っていただけませんか?」


「使ってどうする?」


「決勝戦が始まる前までにレイさんのお母さんを回復させます。そうすれば、後はアノス様がレイさんから契約の魔剣を抜くだけです」


「<根源変換リリア>の効率では、間に合わないな」


 シーラが歩けるぐらいまで回復するのに、少なくとも一○日はかかるはずだ。

 それに、それだけ力を融通し続ければ、今度はミサが危険に陥る。


「それでも、なにもしないよりはマシです」


「神に祈ろうと奇蹟は起きんぞ」


「……そうかもしれません。でも、奇蹟が起きないからって、諦めるわけにはいきませんよ」


 ミサは切実な表情を浮かべる。


「後悔したくないんです。後になって、あのときあれをしていればって、そんなことは考えたくないんです。たとえ、なんにもならなくても、今あたしができる精一杯のことをしておきたいんです」


 ふむ。現状が理解できていないわけでもないか。


「お前の覚悟はよくわかった」


 <根源変換リリア>の魔法を使い、再びミサとシーラの根源をつなぐ。


「もしも奇蹟を起こせたなら、シーラをつれて闘技場に来い。レイに首輪をつけた奴らも気がつくだろうが、後は俺がなんとかしてやる」


 ミサはしっかりとうなずいた。


「わかりました」


「じゃあな」


 <転移ガトム>を使い、俺はデルゾゲード魔王学院へ転移した。


 闘技場の控え室へ向かいながら、決勝戦のことを考える。

 ミサにはああ言ったが、シーラはまず間に合わないだろう。

 奇蹟など期待していても、仕方がないからな。


 レイは決勝戦で俺になにか仕掛けるように言われている。

 だが、あいつは魔法が得意ではない。


 予備の魔剣の使用は認められていない。

 レイの武器は魔法術式を斬り裂くイニーティオだ。

 

 強力だが、その分できることは少ない。

 それでアヴォス・ディルヘヴィアはなにを企んでいるのか?


 まあ、なにを企んでいようと構わぬ。

 要はシーラの精霊病を治療し、レイに刺さっている契約の魔剣を抜き、奴らを返り討ちにしてやればいい。

 他愛もないことだ。


 控え室に到着し、中へ入る。

 レイはとっくに反対側の控え室で待機しているだろう。


 どうせならば、このようなつまらぬ謀略に巻き込まれることなく、心置きなく戦ってみたかったがな。


 金剛鉄の剣をぼんやりと見つめながら、決勝戦の開始を待つ。

 

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。


「誰だ?」


 一拍遅れて、返事があった。


「……わたし……」


 ミーシャの声だ。


「どうした?」


 ガチャ、とドアが開き、そこからひょっこりとミーシャの顔が覗いた。

 

「応援」


「俺のか?」


 ミーシャはこくこくとうなずく。


「そうか。ところで、なんで顔だけ出してるんだ?」


「入ってもいい?」


「当たり前だ」


 すると、ドアを完全に開き、ミーシャが入ってきた。


「緊張してる?」


「緊張? ふむ。まあ、一度はしてみたいがな。あいにくとまだ経験がない」


 ミーシャはぱちぱちと瞬きを二回した。


「どうした?」


「アノスらしい」


 ミーシャはそう言って、笑った。


「サーシャは一緒じゃないのか?」


「アノスのお母さんのところ」


「ほう。珍しいこともあるんだな」


 ミーシャなら料理を習っているからわかるが、サーシャはそれほど母さんと仲が良いわけでもない。


「昨日、襲われたって聞いた」


「母さんからか?」


 ミーシャはこくりとうなずく。


「わたしが守るから、アノスは決勝戦に専念してって。サーシャから伝言」


 なかなか気が利く奴だな。

 

「闘技場でなにか変わったことはなかったか?」


 ミーシャが首をかしげる。


「誰かが忍び込んだ形跡があったなどだ」


「いつもと同じ」


 ふむ。転生前のエミリアの死体を放置しておいたが、どうやら観客が入る前に処理したようだな。

 やはり、昨日のエミリアの暴走はアヴォス・ディルヘヴィアにも予定外のことだったのだろう。

 

 この件について事を荒立てれば、計画に支障が出るというわけだ。

 これで母さんに手を出してくる可能性はさほど高くないというのがわかったが、まあ、油断は禁物だ。

 サーシャがそばにいてくれるのなら、備えになるだろう。


「……どうかした?」


 ミーシャが俺の顔をじーと覗き込んでくる。


「いや、大したことじゃない」


「わたしにできることはある?」


 大したことじゃないと言ったのだがな。


「そうだな。ならば、応援していろ」


 ミーシャは小首をかしげた。


「応援?」


「応援しにきたと言っていただろ。あまりそういうことはされたことがなくてな」


 ミーシャはこくりとうなずく。


「わかった」


 とことこと彼女はそばまで歩いてきて、俺の手を取った。

 そこに小さな手が重なる。


「怖くない」


「まあ、元より怖くなどないがな」


 ミーシャは考えるように俯き、また顔を上げる。


「アノスは勝てる」


「負けたことなどないからな」


 ミーシャは少し困ったように再び考える。

 

「アノスが優勝すると嬉しい」


「暴虐の魔王が優勝したところで、なんの面白味もないと思うが?」

 

 ミーシャはふるふると首を横に振る。


「アノスはクラスメイトで、友達」


「そうだな」


「レイもそう。同じ班の二人が、ディルヘイド一の剣豪を決める魔剣大会の決勝戦で戦う」


 ミーシャはいつも通りの平坦な口調で言う。


「すごいこと」


「そうか?」


 そのとき、室内に<思念通信リークス>が響いた。


「大変長らくお待たせしました。それでは、ディルヘイド魔剣大会決勝戦をこれより始めさせていただきますっ! まず登場するのは、デルゾゲード魔王学院所属、アノス・ヴォルディゴード選手っ!!」


 どうやら時間のようだ。


「行ってくる」


 闘技場の舞台へ続く通路へ向かう。

 俺の背中にミーシャは言った。


「アノスは生まれ変わった」


 振り返ると、ミーシャは俺の目をまっすぐ見つめてくる。


「今は学生」


 ミーシャは薄く微笑み、言った。


「楽しんできて」


 ふむ。悪くない。


 悪くない気分だな。これが応援とやらか。

 

 俺が暴虐の魔王と知っておきながら、ミーシャはかつての俺ではなく、今の俺を見ている。


 生まれ変わった俺を。


 退屈で、つまらぬ、学院生活。

 弱すぎる子孫たち、退化した魔法術式。


 学ぶものなど、なに一つとてありはしない。


 ここでなにをなしたとしても、なんの糧にもならぬ。

 それでも、確かに、これが欲しかったのだ。


 このなんでもないような無為な時間が。


「ミーシャ」


 彼女は首をかしげる。「なあに?」と訊いているようだ。

 俺はニヤリと笑いながら言った。


「優勝してくるぞ」


「ん」


 踵を返し、俺はまっすぐ通路へ向かう。


 友が待つ、決勝戦の舞台へ。

ミーシャはアノスのことをよく見ているのです。


帰ってきたら、本当に沢山の感想が寄せられていてびっくりしました。

ありがとうございます。一つ一つしっかり読ませていただきました。

大変励みになりました。


感想返しは昨日の夜にコツコツやっていたのですが、少々量が多くてまだぜんぶ返せておりません。

申し訳ございません。また今日の夜にでも、感想を返すようにいたします。


段々と毎日更新は厳しくなってきているのですが、

きりがいいところまではこのままの更新ペースでがんばりたいと思います。


もうすぐ二章もクライマックス。

決勝戦でなにが起きるのか。お楽しみいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] この後、アノスが本当に子どもになるなんて誰も読んでませんからね
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