秘奥合一
両者の距離が狭まっていく。
すでにそこはガルンゼストの間合いの内。その剣の技をもってすれば、瞬きの間に刃が飛んでくるだろう。しかし奴はまだ微動だにしない。
更に一歩、二歩とシンは歩を進めた。その一挙手一投足に魔眼を配りながらも、やはりガルンゼストは先手を取ろうとはしなかった。
シンの足が止まった。
彼は屍焔剣ガラギュードスをゆるりと上げた。
防御を捨て、攻撃に傾倒した構え。胸から下が隙だらけだ。しかし、叡爵はその誘いに乗らず、あくまで二本の守護剣にて守りを固めている。
シンは、ガラギュードスの剣身に魔力を集めていく。
「<聖覇護道>は護りの剣。自ら打って出れば、その道を失うのでしょう」
シンの隙をつこうとすれば、自らにも隙が生じる。
それゆえ、間合いの内側で敵がなにをしようとも、待つ以外の選択肢はない。
あえて先手を取らせることが、<聖覇護道>の定石とシンは見抜いた。
「おっしゃる通り。しかしながら、攻撃に全精力を注いだ程度のことで、私の護道を崩すことは叶いません」
「――そうでしょうか?」
踏み込むと同時に、シンは屍焔剣を振り下ろす。
十分に魔力を乗せた刃は、それを受け流そうとした守護剣に触れた瞬間、<深撃>によって更に威力を増す。
ミシィ、と鈍い音が響き、同時に守護剣の剣身にガラギュードスが食い込んだ。そのまま守護剣は両断され、屍焔剣はガルンゼストの肩口へ振り下ろされる。
「――秘奥が弐、<延>」
接触するまでの時間を延長された屍焔剣を、ガルンゼストはもう一本の守護剣にて打ち払う。
「守護剣、秘奥が肆――」
奴は折れた守護剣を突き出す。
シンはその間合いを見切り、僅かに体を下げた。
「<再>!」
切断された守護剣が復元していき、その刃がシンの脇腹を貫通した。
根源を削られながらも、シンは体で刃を押さえ込み、魔剣を振り上げる。飛び退いたガルンゼストだったが、すぐさま険しい表情を浮かべた。
真後ろの熱気を察知したのだ。
炎が二人の周囲を取り囲み、行く手を阻んでいた。
シンの魔力が無と化し、その根源が魔剣をつかんでいる。
「屍焔剣、秘奥が壱――」
ガラギュードスに焔が渦巻き、その剣身が赤く燃える。シルク・ミューラーが鍛えたその魔剣は、想像を絶する魔力を放ち、そこに焔の地獄を彷彿させた。
「――<焔舞>」
剣身が焔と化して、舞い踊る。
およそ剣とは思えぬほどに変幻自在に走る屍焔剣ガラギュードスを、ガルンゼストは二本の守護剣で迎え撃った。
「守護剣秘奥が弐――」
ガラギュードスの<焔舞>が減速させた。
だが、その焔は遅くとも確実にガルンゼストの行く手を阻む。ゆるりと舞う焔が着実に奴を追い詰めていく。
「――参(ヽ)」
守護剣の秘奥が発動しようとするその最中、もう一本の守護剣までもが光り輝き、<焔舞>を阻む防壁と化す。
「秘奥合一、<延堅>」
両者の秘奥が衝突し、火の粉が激しく舞い散った。
シンが刃を押し込み、ガルンゼストが守護剣を交差して足を踏ん張る。
<焔舞>は刻一刻と、ガルンゼストの護りを削いでいくが、しかし攻めきることができない。
その防壁にはヒビが入っている。
押せば粉々に砕け散りそうな状況にもかかわらず、そのまま焔の剣身を防ぎ続けているのだ。
「素晴らしき魔剣、素晴らしき秘奥」
ガルンゼストが薄い笑みを覗かせる。
「されど、剣技においては私に一日の長がありましたね」
焔の如く変幻自在の剣身を、ガルンゼストは二本の守護剣にて受け流していく。
「剣の深淵はいと深きもの。冥土の土産になさるがよろしい。こちらが極めた技と、同属性の剣によって初めて成る秘奥の極地――秘奥合一というものでございます」
唸りを上げる<焔舞>が完全に捌かれ、ガルンゼストの守護剣がシンの胸をぱっくりと裂いた。
――秘奥合一。
<延>は攻撃が届く時間を延長し、<堅>は強固な魔力防壁を構築する。
それらを合一した<延堅>は、攻撃が届く時間のみならず、<堅>が破壊される時間をも延長する。
砕けかけた防壁を、ガラギュードスの<焔舞>が突破できなかったのはそのためだ。
二つの秘奥が融合され、同時に使う以上の効果を発揮している。
「――私と一対一でここまで剣を斬り結んだ者はそうそうおりません。あなたにとどめを刺す前に、一つ聞いておきます」
二本の守護剣を下げて、ガルンゼストはまっすぐ問うた。
「天主の祝福を受け、聖王陛下に仕えてみるつもりはありませんか?」
その眼差しには、一点の曇りもない。
シンの剣の腕を買い、本気で誘っているのだろう。
「いいえ」
血まみれの体で、シンはガラギュードスを構えた。
「父との約束すら果たせぬような、腑抜けた王に仕えるつもりはありません」
「けっこう」
その回答に、ガルンゼストは真顔で応じた。
「聖王陛下への侮辱、その身をもって贖うとよろしい」
そう口にして、奴は静かに守護剣を構えた。
やはり打って出る気配はない。
手負いのシンにも油断することなく、その護道でもって斬り伏せるつもりなのだろう。
シンは再び前へ出て、魔法陣を描く。
左手で引き抜いたのは流崩剣アルトコルアスタだ。
一瞬、奴はそれを警戒するように魔眼を向けた。
その機を逃さず、シンはガラギュードスを振るう。
「屍焔剣、秘奥が弐――」
シンの体から分かれるように、焔の分身が三体出現する。焔体だ。そのどれもが、炎の剣を手にしている。
本体のシンと三体の分身は、ガルンゼストを前後左右から挟み撃ちにした。
「――<焔踊>」
四つの刃が同時にガルンゼストを襲う。
「<聖覇護道>」
無数の魔法線が走り、ガルンゼストは身を回転させる。<聖覇護道>を辿るように守護剣が疾走し、円を描いた。
「秘奥合一、<反延>」
<焔踊>の刃が減速し、<反延>に触れた途端に、跳ね返った。
炎の刃は三つの焔体に直撃し、それを滅ぼす。身を低くして避けたシンは、再び屍焔剣ガラギュードスを突き出した。
「屍焔剣、秘奥が壱――」
「何度試そうとも、同じことでございます」
屍焔剣から焔が渦巻き、二本の守護剣は同時に秘奥を放つ。
変幻自在にしなる焔の刃を、頑強な<延堅>が受け止めた。
秘奥と秘奥合一の鍔迫り合いの最中、シンは左手の流崩剣アルトコルアスタを振り上げる。
「流崩剣、秘奥が壱――」
「<聖覇護道>」
ガルンゼストの周囲に再び無数の魔法線が走った。
護るための剣の道。
それは流崩剣を阻む道を指し示すことはなかった。
だが、ガルンゼストは焦りもしない。
「やはり、浅層世界の魔剣ですか」
浅層世界の流崩剣では深手にならぬと判断したか、ガルンゼストはそれを完全に無視し、ガラギュードスを受け流すことに集中した。
肉を切らせて骨を断つ。
流崩剣を体で受け止め、シンの根源を斬り裂くつもりだろう。
だが――
「流崩屍焔、秘奥合一」
ガルンゼストが目を見開く。
未だ<聖覇護道>はそれを防ごうとはしていない。
だが、彼の全身が総毛立った。
「――<焔舞波紋>」
ガルンゼストの前に薄い水鏡が現れる。
水滴が落ち、そこに三つの波紋が立てられる。直後、剣身が焔のようにうねり、水鏡を焼き斬った。
ボォッとガルンゼストの手元が燃え、ボロボロと守護剣が崩れ落ちる。それは瞬く間に灰に変わった。
根源を焼き滅ぼされたその聖剣は、最早再生することもできない。
いや、仮にできたとしても、その力は奴に残っていないだろう。
「……ま…………」
ぐらりとガルンゼストの体が傾き、前のめりに倒れる。
<焔舞波紋>によって、彼の根源はズタズタに斬り裂かれ、なおも燃え続けている。
「……まさ、か…………異属性の……秘奥合一…………」
地面に体を打ちつけ、信じられないといった表情でガルンゼストは、<焔舞波紋>の残滓を見つめる。
「…………できる、はずが…………」
「あなたの護道には、まだ足りないものがあったようです」
シンは流崩剣を収納魔法陣に収め、代わりに宝剣エイルアロウを抜き放つ。
「ハイフォリアの進む道もまた、それと同じかもしれません」
剣閃が五芒星を描き、ガルンゼストが宝石の中に封じ込められた。
秘奥の極地を凌駕する――