二人の行く道
合一エリア。空。
銀水船の船尾にて、レイとバルツァロンドは、眼前の敵を見据えていた。
空に浮かんでいるのは、アーツェノンの滅びの獅子、ナーガ。
一瞬彼女の体がゆらりと動いたかと思えば、真っ向から飛び込んできた。
唸るような魔力とともに黒き脚が蹴り出される。
レイがそれを霊神人剣にて切り払う。
僅かに刃が食い込んだが、ナーガはその勢いを殺すように自ら回転し、逆の脚にて鋭い蹴りを放つ。
聖剣の腹にて、レイはその一撃を受け止めた。
「面白いことを言うのね。イーヴェゼイノとハイフォリア、両方を相手にして生きて帰れるつもりなのかしら?」
エヴァンスマナを封じ込めるようにその脚でぐっと押しながら、ナーガは微笑してみせた。
彼女の背後から、必中のチャクラムが八つ、風を切り裂きながら飛んでくる。
予め投げていたのだろう。
狙いはレイだ。
「エヴァンスマナを研ぎ直したようだけれど、ハイフォリアの住民でもないあなたに、それをどこまで使いこなせるかしらね」
獅子の脚から放出される黒き粒子が、まるで生き物のように蠢き、霊神人剣をがっしりと掴み、レイの動きを封じにかかる。
すかさず必中のチャクラムが、ナーガの背中から弧を描くようにしてレイを襲った。
それを視界に入れながら、静かに彼は息を吐く。
「――ふっ!!」
一閃。
白虹が煌めいたかと思えば、ナーガの片脚が切断されていた。
「………………っ!?」
体勢を崩し、驚きの表情を向けながら、彼女は落下していく。片脚は再生しようとしているが、霊神人剣がつけた傷だ。そう簡単には治るまい。
返す刀で、レイは霊神人剣を真横に構えた。
「はああぁぁぁぁっ!!」
白き虹の如き斬撃が、空を斬り裂く。目前に迫った必中のチャクラムすべてが切断され、その後方にいた三匹の災亀が真っ二つになった。
「さすがは、我がハイフォリアの象徴――」
レイの背後から、ガルンゼストの守護剣が襲う。それを弓にて、バルツァロンドが受け止めていた。
だが、接近戦では分が悪い。押し返そうとした瞬間、ガルンゼストがその力を利用するように受け流した。
僅かにバランスを崩されたバルツァロンドの土手っ腹を、奴の脚が蹴り飛ばした。
「ぐっ……!!」
「――されど、虹路なき霊神人剣は真の力を発揮できかねます」
魔眼を光らせ、ガルンゼスト叡爵はレイへと突っ込んだ。
「お返し願いましょうかっ。それは聖王陛下が持つべき剣でございます!」
「残念だけど、それはできない」
純白の光を纏わせ、レイはガルンゼストへ斬撃を振るう。
災亀さえも両断する白虹の刃を、しかし奴は二本の守護剣を交差して防いだ。
守護剣の秘奥が参<堅>。
それを二つの剣にて重ねることで、比類なき強固な防護を構築したのだ。
「今度は貴公の後ろががら空きだ。ガルンゼスト卿」
放たれたバルツァロンドの赤き矢が、ガルンゼストの背後に迫る。
奴はそれを一本の守護剣で弾き落とす。
しかし、双剣の防御が崩れた隙を逃さず、レイはエヴァンスマナを全力で押し込んだ。
さすがの叡爵とて押さえきれず、ガルンゼストは銀水船の外へ追いやられる。
「はあぁっ!!」
そのままレイはエヴァンスマナを振り下ろす。風を切って、勢いよく落下したガルンゼストは、大地に体を叩きつけられた。
レイはイーヴェゼイノの災亀と、そして――大地に立つ聖王レブラハルドを睨む。
「双方ともに兵を引け」
バルツァロンドと同じく、レイはそう<思念通信>を飛ばす。
レブラハルドは、<破邪聖剣王道神覇>にて境界線を築きながらも、空にいる彼を見上げた。
「――レイ・グランズドリィ、だったかな?」
動揺することなく、落ち着いた声で彼は言った。
「君の主張は理解した。だが、少し軽率ではないだろうか?」
地上と空。遠く離れた両者の視線が、静かに交錯する。
「よく考えるといい。それは私が、ミリティアの元首に預けておいた聖剣だ。君が我々に敵対するために使うというのは、なにを意味するか」
理路整然と奴は語る。
「ミリティアの元首にも立場というものがある。配下一人の暴走という言い訳は通らないよ。これ以上、我が聖剣世界に攻撃を加えるならば、それは転生世界ミリティアの反意と見なすが、構わないね?」
さらりとレブラハルドはレイを脅した。
自分一人の決断が、故郷の世界をも巻き込むことになるとすれば、尻込みせぬ者はいない。
そう思ってのことだろう。
「レイ。君は元首と道を違えてはいないだろうか?」
その決意を揺さぶるように、レブラハルドは言う。
「元首アノスは災淵世界の捕食行為を止めるために単身イーヴェゼイノへ乗り込んだ。だが、こうして争いは始まってしまった。それが現実だ。夢物語を語るのはけっこうなことだが、そのために世界を危険にさらすことが、君たちの元首が歩む正しき道かな?」
『夢物語? なにを言っている?』
その声に、レブラハルドが視線を鋭くした。
ここで俺が口を挟むとは思っていなかったのだろう。
元首がレイの行動は認めるならば、転生世界ミリティアがイーヴェゼイノとハイフォリアを敵に回したのと同義だ。
普通に考えれば、賢い方法とは言えぬ。
だが、そうでなくてはつかめぬものがある。
レイとつながる魔法線を通じて、俺はそこに魔法体の自分を創り出した。
「レイ・グランズドリィは転生世界ミリティアの大勇者。常に俺と肩を並べ、平和へ邁進してきた朋友だ」
レブラハルドの視線が、俺の魔法体に突き刺さる。
いや、彼だけではない。
イーヴェゼイノの幻魔族、ハイフォリアの狩猟貴族、そしてバーディルーアの鉄火人。この戦場にいる者たちが、こぞってこちらに視線を向けている。
「我が後ろを、彼が歩むのではない。彼が歩んだ道こそ我が王道。俺が歩む道こそが彼の覇道だ」
戦場一帯に響き渡るように、俺は<思念通信>を飛ばす。
「どれだけ遠く離れ、いかな方向へ進もうと、俺と友の歩む道は重なっている」
イーヴェゼイノとハイフォリアへ宣戦布告するように、俺は言った。
「このつまらぬ争いを止めることが、夢物語などと笑うような弱者は、我が配下には一人もおらぬ」
レイは僅かに笑みを見せ、霊神人剣を構える。
「血が欲しくば、かかってくるがよい。災淵世界イーヴェゼイノ、聖剣世界ハイフォリアよ」
両手を広げた魔法体が、陽炎のようにゆらゆらと揺れる。
「我々魔王軍の力を、その頭蓋に刻んでやる」
そう言い残し、俺の魔法体がふっと消える。
すぐさま、レブラハルドが動いた。
「エイフェ」
彼は背後にいるハイフォリアの主神を呼ぶ。
「霊神人剣を封じられるか?」
「今のエヴァンスマナは、よろず工房の魔女ベラミーの鍛えた剣であり、天命霊王ディオナテクの力を宿している。ハイフォリア側に引き寄せ、その力を半減させるのが限界かな」
「それで構わない――」
レブラハルドが<思念通信>を送る。
「――ガルンゼスト卿」
魔法陣が描かれ、そこにガルンゼスト叡爵が転移してきた。
「は」
「イーヴェゼイノの捕食を止めるため私は動けない。霊神人剣をハイフォリアの領土へ落としてくれるか?」
「……一〇分ほどお時間をいただければ」
二つの魔法陣が描かれ、そこにレオウルフ男爵とレッグハイム侯爵が現れる。
「イーヴェゼイノの注意は、エヴァンスマナの使い手に向いている様子。五聖爵三名により、事に当たります」
「任せた」
「それでは――』
素早くガルンゼストたちが、合一エリアに向かって走り出す。
「レオウルフ卿、レッグハイム卿」
大地を駈けながら、ガルンゼストが空を見上げる。
遠くにバルツァロンドの銀水船が浮かんでいた。
「まずはあの船を落とします。レオウルフ卿は地上より、レッグハイム卿は空より、敵を排除しつつ、エヴァンスマナの使い手をハイフォリア側へ追いやってください」
「「了解」」
レッグハイムとレオウルフが、別方向へ向かった。
ガルンゼスト叡爵はその場に立ち止まり、目標であるバルツァロンドの船を見据えた。
銀水船ネフェウスからは、もうもうと煙が立ち上っている。
船体は損傷が激しく、修復どころか、消火もままならない状況だ。
奴は下げている三本の剣の内、一本を抜き放った。
先程まで使っていた守護剣ではない。だが、強大な魔力を秘めている。
その聖剣をゆるりと振りかぶれば、煌めく光が剣身に集い始める。
「白陽剣、秘奥が陸――」
光はますます膨れ上がり、その熱に周囲の氷河がどろりと溶けた。
「――<爆陽>」
ガルンゼストが、白陽剣を投擲する。
桁外れの熱を発するそれは、さながら真白な太陽だった。
降り注ぐ雨を一瞬にして蒸発させながら、<爆陽>は銀水船ネフェウスめがけて突っ込んでいく。
そのとき、一筋の剣閃が疾走した。
膨れ上がった真白な太陽が真っ二つに両断され、銀水船に当たることなく、その場で大爆発を起こす。
「む……!」
ガルンゼストが眼光を光らせる。
噴煙と炎が立ち上る中を、歩いてくる一人の男がいた。
その手には、シルク・ミューラーが鍛えし屍焔剣ガラギュードスが握られている。
「お聞きになりませんでしたか?」
足を止め、その男――シンが静かに口を開いた。
「我が君は、つまらぬ争いを止めろと命ぜられた」
ガラギュードスの剣先をゆるりと向け、彼は告げる。
「暴虐の魔王の決定です。死にたくなければ、剣を捨てて投降なさるといいでしょう」
忠実なる魔王の右腕――
いつもお読みくださりありがとうございます。
書籍6巻が今月10日に発売ということで、
カバーイラストをアップしました。
↓にスクロールしていただければ見られると思います。
また以下は、6巻の店舗特典の内容となります。
※特典は、なくなり次第終了となります。
◆アニメイト様
SS『愛の絆』
卵聖絆結――それはジオルダルにて、
恋人の絆を育み、祝福を与える儀式。
神父に誘われ、その儀式を受けることになったレイとミサ。
しかし、そこには、あの男が待ち受けていた――!?
◆とらのあな様
SS『聖符占歌』
聖符占歌――それはジオルダルの占い歌。
アノス、ミーシャ、サーシャには果たして、いかなる運勢が
訪れるのか――?
◆ゲーマーズ様
SS『ジオルダルのお土産』
ジオルダル土産を物色していたアノスとミーシャは、
とある帽子を見つける。
それは普段心に秘めていることを
代わりに口にしてくれるというのだが――?
◆メロンブックス様
SS『音の実』
首都ジオルヘイゼでの自由行動中、
ゼシアに引っ張り回されたエレオノールは疲れてしまう。
ゼシアはミーシャと二人で、『音の実』の食べ放題に
挑戦するのだが――!?
今回の特典はジオルダルの首都ジオルヘイゼで
自由行動中のエピソードとなります。
書籍購入時の参考にしていただけましたら、幸いです。